2007年06月03日

子どもの見方が変わるかな。(2)4

745154a6.JPG もう、10年近く前になろうか。今日は前回の続きで、我が勤務校での、PTA家庭教育学級における、島本氏のお話の第二話をおくる。

 それでは、今日は、まずお話から。



 わたしが最後の学級担任だったのは、A小学校なのですけれど、そのときは、6年生担任でした。

 それで、その学校の2年生に、大変ないたずらっ子がいまして、その担任が、
「この子は、もういたずらでいたずらで目にあまる。」
っていう話をよくしていました。

 で、わたしは、毎日のように登校指導をしていたのですけれど、よく見るとね。この子は自分のカバンを持ってきたことがない。必ず友達か上級生に持たせている。自分は何を持ってくるかというと、虫かごとか水槽とか、とにかく生き物に関するものを毎日かかえてきます。

 それで、わたしは、
「よくまあ、毎日持ってくるね。」
と言うのだけれど、その子は自分がずっと生き物と一緒でないと気がすまない。だから、帰るときも必ず自分で持って帰る。それは魚のこともあるし、とかげのこともあるし、蛇のこともある。そういう子だったのだけれど、・・・、


 2月の、あるすごく寒い日。さすがに生き物はもういない。で、その子は何をかかえてきたかというと、大きなツララをかかえてきた。手を真っ赤にして。

 で、
「先生。ほら。ほら。」
と一生懸命見せるのです。
「これ、何か知ってる。」
「知っているよ。ツララでしょう。どこにあったの。」
って聞いたら、
「A神社の屋根に下がっていたよ。」
って言うのです。

 で、A神社の屋根はすごく高いのでね。心配になって、
「Bちゃん。それ、どうやって取ったの。」
って聞いたのです。そうしたら、Bちゃんはにこっと笑い、
「先生。大丈夫だよ。心配しないで。・・・。ぼく、ちゃんと、おがんで取ってきたから。」(笑い)

 いつも、『この子はこまった子だ。』と、みんなに思われている。でも、そのとき、わたしはフッと思った。『ああ。この子はこんなに純真な心をもっているのだ。』


 そこで、わたしは、担任と話をして、
「ぼくは、Bちゃんのファンクラブを作って、そのファンクラブに入る。なあ。先生も一緒に入らないか。そして、Bちゃんと一緒に、(生活科の学習で使える)A町の『生き物マップ』をつくろうよ。」


 A小学校は当時、開校したばかりでしたので、そういうマップがない。

 で、このBちゃんは、どこにどんな生き物が棲息しているか、ほんとうによく知っている。どこでかぶとが取れるとか、どこに鯉がいるとか、どこにトカゲが出るとか、そういうことをほんとうによく知っているので、わたしたちは放課後、その子と一緒に学区をまわりながら、『生き物マップ』を作った。

 それがBちゃんの自信となって、3年生になるころには、立派なリーダーになっていましたけれど、・・・、

 やっぱり、『この子はどうしようもない子だ。』って見ちゃうと、そういうふうにしか見えない。でも、『この子はなんて純真な子なのだ。』って見ると、ほんとうにそういう世界が広がっていく。

 つまり、我々は日ごろ、子どもたちを色眼鏡で見ているのではないか。で、『この子は。』って決めつけちゃうのではないか。




 第二話はこれで終わる。

 この話は、よく言われる、『ピグマリオン効果』にかかわる。


 つい最近、わたしは、このブログに、『よい子、わるい子、ふつうの子、』という概念を持ち出し、『ふつうの子』という位置づけが大事と述べた。

 そして、その際、わたしは、

 『わるい子』。いえ。『わるい子』というのはありませんね。子どもは、発達途上にあるからです。『わるい行動』と言うべきでしょう。

と述べた。

 ほんとうに、子どもって、まわりの大人の接し方によって、いかようにも変容していく。大人が、その確信を持てるかどうか、それは実に大きい。


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 わたしが初任者指導に当たって、一番大切にしていることは、今日の先輩校長のお話にかかわることと言って過言ではありません。

 昨年度末の、初任者との対談にリンクします。まさに、初任者がこの、『確信がもてるか。』という点について、苦闘したことがうかがえます。
 お読みでなかったら、ぜひ、どうぞ。

  3月22日   初任者の成長(2) 初任者研修を終えて 〜対談〜

 それでは、今日も、1クリックをよろしくお願いします。

 (3)へ続く。

rve83253 at 14:25│Comments(4)TrackBack(0)児童観 | 自己啓発

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この記事へのコメント

1. Posted by kei   2007年06月05日 23:29
 toshi先生ご無沙汰しています。島本先生の著書はすでに購入させていただき読ませていただきましたし、他の仕事でもお世話になりましたので、今回の記事はいつも以上に心を寄せて読ませていただきました。
 「ファンクラブを作ろう」のところではうれしくって涙がこぼれそうになりました。ツララの友達もどんなにうれしかったことでしょう。問題行動があったとしても、どの子どもたちにもかならず理由があると思います。「それは何なのだろう?」と考えたい。見えないものを見ようとすることを大事にしたいなと思います。年を重ねて、経験をつんでますますその思いが強くなりました。(決して甘やかすことではありません。)
2. Posted by toshi   2007年06月06日 16:39
keiさん
 こちらこそ、ご無沙汰いたし、申し訳ありません。
 『決して子どもを甘やかすことではない。』
 ほんとうにその通りと思います。子どもに気を配ること、子どもの内面をつかもうと努力すること、これは、今という時代、特に、教員としての基礎・きほんであろうと思います。
 それさえできれば、今という時代であっても、いかようにも子どもは育つというものでしょう。
3. Posted by せきちゃん   2007年06月09日 07:33
先日、何でも叱りとばしてしまう初任者に、
「子どもがそうすることには、意味がある。」
と、話をしました。
でも、伝わったかどうか、分かりません。(笑)
これは、経験年数も関係していますが、見ようとしているか、いないかでしょうね。
子どもたちの背景が見える、分かる力をつけたいです。
4. Posted by toshi   2007年06月09日 23:32
せきちゃんさん
《でも、伝わったかどうか、分かりません。》
 今、この仕事をしていて思うこと。
 四六時中、初任者の学級にいるものですから、具体的に言葉かけのあり方を指導できることは、ほんとうに大きいですね。
 初任者の変容を見ると、そして、それを通して、子どもたちの変容も見られるわけで、そういうときは、ほんとうにうれしくなります。
 背景はやはり、初任者から聞くことが多いですけれどね。

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