2007年07月01日

友達のよいところ4

e0e0181e.JPG 前記事に、以下のようなことを書いた。

 ここでは、リンクをせずに、再録しよう。全校朝会での、わたしの話の一部だ。

『今、多くのクラスで、友達のよいところを見つけようということをやっていると思います。

それでね。友達のよいところというのは、見つけやすいことと、よほど気をつけて見ていないと見つけにくいこととあると思います。

 見つけやすいというのは、たとえば、落としたものを拾ってくれたとか、助けてもらったとかいうことね。これは、今、目の前でそのお友達はよいことをしてくれているわけですから、これは見つけやすいよね。

 でもね。まえはけっこう乱暴したりわがままだったりした子が、今はそういうことをしなくなったよというのは、見つけにくいと思います。なぜかと言うと、今、目の前では、そのお友達は何もしていないからです。だから、よほど気をつけて見ていないと気づかない。〜。』

 再録はここまで。



 ところで、この、『見つけやすい友達のよいところと、見つけにくい友達のよいところ』についてだが、ある一つのことにお気づきだろうか。

 それはこういうことだ。

 『見つけやすい友達のよいところ』というのは、今、目の前でやってくれている。その中身は、思いやり、やさしさ、協調、積極性など、文字通りよいことばかりだ。どちらかと言えば、模範的行動の多い子に当てはまる。

 それに対し、『見つけにくい友達のよいところ』というのは、今、目の前では何もやっていない。何もしていないことが、『よいところ』なのだ。
 そして、以前やっていたその中身は、例示した『わがまま、乱暴』以外にも、言葉遣いのひどさ、さぼり、約束破りなど、よいところは何もない。どちらかと言えば、問題行動の多い(多かった)子に当てはまる。



 さて、どちらが重要か。切実性があるか。

 もちろん後者である。

 これは、子どものそばにいて、子どもに多大な影響力をもつ大人の問題なのだが、一つは、見つけにくいがゆえに、もう一つは、『そんなこと、しなくなって当たり前』という思いになりやすいがゆえに、なかなかほめることができない。

 そして、『ああ。あの子(うちの子)は、ほめることなど、何もない。』ということになってしまう。
 
 子どもの実態からすれば、望みが高いのだ。



 自覚したいものである。

 一見ほめることなど何もないと思える子に対してこそ、ほめることは重要なのだ。

 でも、見つけにくいのだよね。

 矛盾である。


 それなら、どうするか。

 親なら意識して覚えておこう。

 教員なら記録しよう。人数が多いのだから。

 そして、ときには、記憶を呼び起こそう。記録を読み返そう。そこに宝が見つかるかもしれない。


 ほめることができたなら、子どもの変容、成長は、著しいものがある。

 『ああ。大人の人は、見てくれているのだ。そして、認めてくれているのだ。』

 そういう思いになるだろう。



 あっ。そう。そう。見つけやすい部分もある。

 『久しぶりに宿題をやってきた。』『ちょっとだけだが掃除をやっていた。』『へえ。あんがい友達思いのところもあるのだな。』

 見つけやすい部分もあるが、でも、見つけにくい部分をほめられたら、

『うわあ。そのようなところまで見てくれているのか。』という思いになるに違いない。

 そして、心と心の強い絆が生まれるのだ。


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 学級経営していると、このことによる波及効果の、実に大きいことを感じます。一人をほめていても、その効果は一人にとどまらない。

 変な言い方で恐縮ですが、『あの子がほめられた。じゃあ、ぼくも、わたしも。』となるようです。『負けてはいられない。』という思いになるのでしょうね。

 そして、はじめは担任と一人ひとりの子どもとの関係だったのが、子ども同士の関係に転移していきます。

 あっ。そうか。家庭においてなら、兄弟関係にも言えそうですね。

 
 もう一つ。模範的行動の多い子に対して、ほめなくてもいいと言っているわけではないですからね。

 こういう子に対しては、質を考えてほめてやりたいものです。

 わたしが担当する初任者の最近の例で言えば、

「Aちゃんは、自分がやったことをひけらかさない。誰も見ていなくても、いいみたい。黙ってやってくれるのね。『天の神様が見てくれている。』そんな思いで、やっているようよ。」


 最後に反省。

 今日は、何か、教訓をたれるような感じになってしまいましたね。すみません。

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rve83253 at 09:24│Comments(2)TrackBack(0)学級経営 | 児童観

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この記事へのコメント

1. Posted by きゃる   2007年07月01日 22:36
通知表を作成する時期になりました。
所見の欄には「見つけにくいよさ」を書いた方が
親さんも喜ばれますよね。
がんばって全員分かいてみようと思います。
2. Posted by toshi   2007年07月02日 05:03
きゃるさん
 ほんとう。もう通知表の季節になったのですね。きゃるさんのコメントを読ませていただいて、わたし、以前、『通知表は担任の作品である。日ごろ、どれだけ一人ひとりの子どもを具体的、前向きに見ているかが端的に示される。』と言った記事を書いたことを思い出しました。本コメントのわたしの名前をクリックすればでるようにしましたので、よろしければご覧ください。
《がんばって全員分書いてみようと思います。》
 すごいです。『見つけにくいよさ』を全員分とは。きゃるさんの日ごろの取組のなせる技ですね。ご苦労様です。(ありゃ。ごめんなさい。きゃるさんの校長のような書き方になってしまいました。すみません。)

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