April 06, 2007

遅れてきた「点取り屋」

今季、初めてそのキャリアにおいてJ2でプレイするベテラン選手たちが注目を浴びている。京都の秋田豊と森岡隆三、東京Vの名波浩と服部年宏、湘南の斉藤俊秀と名良橋晃…。彼らはいずれも、日本代表として華やかな選手生活を送ってきたプレイヤーである。J2という見過ごされがちなカテゴリーにおいて、こういった選手たちがメディアに取り上げられるのは必然だろう。しかし現在、この元代表選手たちよりひときわ大きな輝きを放つひとりのミッドフィルダーがいる。その選手は鳥居塚伸人、8月7日で35歳になる名手である。

鳥居塚はザスパの地元群馬県に生まれ、高校は地元の強豪校である前橋商業に入学。後に横浜フリューゲルスでプレイする服部浩紀とともにチームを選手権ベスト4に導く活躍を見せる。この時のポジションは攻撃的ミッドフィルダー。166cmと小柄ながらテクニックが光る選手として高い評価を受けていた。しかし当時は日本プロサッカーの黎明期、まだ将来有望な選手は大学というコースが当たり前だったため、鳥居塚も東海大学へ進学。当時の東海大は3年先輩に澤登正朗、加藤望、飯島寿久(中退者に磯貝洋光)、1年先輩に田坂和昭、後輩には掛川誠や寺田周平と錚々たるメンバーが顔をそろえた強豪だった。鳥居塚は1年生時には総理大臣杯優勝を経験。2部降格など低迷したチームを主軸として引っ張った。

95年の大学卒業時もJクラブからのオファーはなく、社会人のコスモ四日市に加入。95年のルーキーイヤーには28試合に出場して4得点、2年目の96年には29試合に出場して2得点とパスだけではなく得点力も高いオフェンシブハーフとしての実力を見せる。しかし不運なことに地元である四日市市がJリーグ参入に難色を示し、スタジアム整備もままらなかったために96年に解散の憂き目を見てしまった。ただ、鳥居塚は翌年にJFLからJリーグ昇格を目指していたコンサドーレ札幌に移籍する。札幌では移籍1年目から18試合に出場しJリーグ昇格に貢献すると、翌年も不振を極めるチームにあって10試合に出場し気を吐くが札幌はJリーグ初の降格チームになってしまい、シーズン後に鳥居塚を待っていたのは「ゼロ円提示」戦力外通告だった。

Jクラブを解雇されてしまった鳥居塚だが、地元のクラブに活路を求める。前橋商業の奈良和彦監督が中心となって設立し、前橋商業OBが名を連ねた図南SC(現:図南SC群馬)に加入し、チームの中心選手となった。図南SCは群馬県内で並ぶ者なき強さを発揮し、関東社会人リーグでも強豪相手に奮戦したが、チームは関東リーグと県リーグを行き来するシーズンが続く。そして2003年、30歳の鳥居塚はある決断をする。群馬県社会人リーグに所属する「リエゾン草津」が母体となり、元平塚監督の植木繁晴をアドバイザーに招き98年フランス・ワールドカップ日本代表の小島伸幸、元鹿島の奥野僚右を加入させ近い将来のJリーグ加盟を目標としていた「ザスパ草津」へ移籍したのである。県リーグでライバル関係、しかも関東リーグ入れ替え戦で敗れるなど因縁のあったチームへの移籍に図南SCの関係者およびにサポーターは憤ったという。しかしもう一度Jリーグの舞台に立つためには、愛着あるクラブを去ってでもわずかな可能性に賭けるしかなかったのだ。

結果的に鳥居塚の決断は成功する。草津は日本サッカー協会が将来のJリーグ参戦を目指すチームのための優遇処置として設けた「飛び級制度」を適用して、関東社会人サッカー2部リーグから地域リーグ決勝大会に出場し見事優勝。JFL昇格を果たすと、2004年のJFLでも3位につけ年末のJリーグ臨時理事会でJリーグ・J2への参戦が正式に認められた。そして鳥居塚は草津でも中心選手となり、2004年には山口貴之の加入でポジションを一列下げボランチとして新境地を開拓。粘り強いディフェンスと奪ってからの正確なつなぎのパスでチームの勝利に貢献する。

2004年度の天皇杯ではセレッソ大阪と横浜F・マリノスを破りメディアの注目を浴びた草津だったが、2005年のJ2では厳しい現実が待っていた。Jリーグ入りまでチームの指揮を採ってきた植木氏が一線を退き日大コーチに就任。代わって監督の座に就いたのは現役時代に日本代表でも活躍した名選手として知られる手塚聡氏だったが、チームの能力を掌握できなかったことと選手層の薄さで低迷。シーズンが終われば年間で5勝しか挙げられず最下位に沈む屈辱を味わった。鳥居塚も不慣れなアンカー役を任されるなどして真の能力を発揮できなかった。

手塚氏の辞任を受け植木氏が監督に復帰した2006年、植木氏は大胆な戦術を採る。なんと鳥居塚を3バックの中央、すなわち「リベロ」の位置に据えたのだ。誰もが無謀な策と思ったが、鳥居塚はこのポジションに見事に適応してみせる。高いボール奪取能力と集中力を活かし相手の攻撃の芽を摘むと、持ち前のテクニックで最終ラインから攻撃を構築。正確なロングフィードで起点となった。シーズン中盤からは4バックを採用したために本職の中盤に戻り、3ボランチの一角を担う。ここでも攻守ともに高いパフォーマンスを見せた。

そして35歳になる今年、植木監督はさらに大胆な策を採った。すっかりボランチが板に付いた鳥居塚を右のオフェンシブハーフで起用し、開幕戦こそヴェルディの高い個人能力の前に大敗を喫するものの、第2節以降は2勝3分けと勝ち越しているのだ。そして鳥居塚にとって今年は記念すべき年になった。第4節の鳥栖戦、1点ビハインドの71分に左サイドを突破した松浦宏治のクロスを左足で流し込んで34歳でのJリーグ初ゴールを挙げたのである。札幌時代から実に10年を経てのことだ。さらに第6節の湘南戦ではロスタイムにシュートのこぼれ球を押し込んで先制点を挙げる活躍で2-0の勝利を演出。すっかり本職の感覚を取り戻したようだ。

鳥居塚の存在は、そこに真摯にプレイする選手がいる限りどのカテゴリーのチームでも決して侮れないということを教えてくれる。冗談交じりだが「得点王を狙う」と公言した彼のゴールで、敷島公園陸上競技場では今季何回も歓喜が沸き起こるに違いない。

ryangiggs1123 at 17:25│Comments(2)TrackBack(1)Japan Football 

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1. 栃木SC4得点、ホームでアルテ高崎に快勝!  [ めざせJ1、日本フットボールリーグ(JFL)栃木SCファンサイト ]   April 08, 2007 23:58
栃木SCアルテ高崎に快勝で、JFL順位2位に浮上!

この記事へのコメント

1. Posted by フトキチ   April 08, 2007 11:25
開幕前のFM群馬出演時に得点王宣言してましたよ鳥居塚。
ライバルはフッキらしいですw

05のリベロはビックリしましたね。
本職ではなく、大変だったと思いますが、
どこぞの代表チームのイノハ選手よりは適正がありそうですw
2. Posted by ryangiggs1123   April 09, 2007 13:19
昨シーズンの柏との対戦で鳥居塚のリベロを見たんですが、ミスから失点したものの、それ以外は極めてやっかいな存在でした。ボールへの執着心が高い選手ですね。

金満クラブの選手越えを目指してwこれからもいいプレイを見せてもらいたいです。

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