アニメーション作品の美術監督やメカデザイナーとしてご活躍された
中村光毅さんが、5月16日に逝去されました。
http://bit.ly/lNczKp

『マッハGoGoGo』のマッハ号、
『科学忍者隊ガッチャマン』のゴッドフェニックス、
『タイムボカン』のメカブトン、
『機動戦士ガンダム』の背景美術、
『うる星やつら』のトラジマ宇宙船、
『風の谷のナウシカ』の腐海の生態系、
『北斗の拳』の世紀末世界  ……等々、

私の世代が子どもの頃に抱いていた、
SF的・未来的なイメージは、そのほとんどが
中村さんの筆から生まれたビジュアルによって
形作られていたと言っても、過言ではありません。

本当に残念・・・
慎んでご冥福をお祈りいたします。

以下は、建築専門誌「Confort」(建築資料研究社:刊)の
2003 10月号 No.69 に私が寄稿した、
中村光毅さんへのインタビュー記事になります。
http://book.japandesign.ne.jp/magazine//confort/69/

タイトルとしては『空想建築設計資料集成』という連載記事の一つで、
映画・TV・アニメ・舞台などの作中に築かれる、
「空想上の都市や建築」について、
建築専門誌の中で大真面目に語ってしまうという、
ちょっと不思議な立ち位置の企画でした。

その第4回が、『機動戦士ガンダム』の都市・建築表現。
国分寺にある、中村光毅さんのお仕事の拠点
「デザインオフィス・メカマン」でお話を伺いました。

以下にその記事を再録します。

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<空想建築設計資料集成 第4回>

『機動戦士ガンダム』  美術監督 中村光毅 氏

 1979年の第1テレビシリーズの放送開始から、まもなく四半世紀を迎える、SFアニメ『機動戦士ガンダム』。そこに描かれたのは、人類の大半が宇宙に浮かぶ人工植民島「スペース・コロニー」で生活する、リアルな未来世界だった。宇宙時代の人類が暮らす「新しき大地」誕生の秘密を解明する。

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 「人類が、増えすぎた人口を宇宙に移民させるようになって半世紀……」というナレーションで幕開けする『機動戦士ガンダム』(以下、『ガンダム』)の物語。そのリアリティ溢れる世界観は、20余年にわたって作られた続編やサイドストーリーにもほぼ継承され続けてきた。これらを観ながら育った、現在30代以後の世代が宇宙時代の生活を思い描くとき、そのイメージから『ガンダム』の影響を拭い去ることは難しいのではないだろうか。それら『ガンダム』の物語の全ての根幹である「宇宙移民」という巨大事業の要にして、人類の宇宙生活の砦である「スペース・コロニー」とは、どのように発想されたのだろうか。『ガンダム』第1シリーズにおいて美術監督を務めた中村光毅氏にお話を伺った。

 「アメリカの大学が提唱した『オニール計画』という宇宙移民に関する構想があるんですが、スペース・コロニーは、それを参考にして発想されたものです。でも、私が番組の準備作業に参加した時には、オニール計画のスペース・コロニーのビジュアル的な資料は、たった3枚しかありませんでしたから、独自の発想でかなり膨らませた部分がありますけど。」
 現実に提唱されていた宇宙開発構想がベースにあったからこそ、当時のアニメとしては画期的とも言えるリアリティとインパクトを持っていた「スペース・コロニー」という存在。しかし、画面で描かれた内部の生活空間は、それまでのSFアニメ風のメカニック世界の更なる延長ではなく、意外なほど日常的な風景だった。
 「私も当初は奇抜なSF的建築物が立ち並ぶ内部空間を想像して、大きな支柱がブロック構造の部屋を支えてる建造物なんかを提案したんですが、結局は、基地やステーションではなく、永遠にそこで暮らす”大地”なんだから、地球上と同じような風景になるはずだ……という話になりました。だから、住宅街もごく普通の郊外風景のような感じだし、アムロの家なんかも、今でもありそうな普通の住宅でしょう? 高層ビルも建てませんでした。理論上、上層階は重力が低くなってしまうということもあったんですが、それよりも、なるべく日常的な風景を作ろうという意識のほうが強かったですね。ですから、コロニー特有の風景や建造物って、意外と画面には出てこないんですよ。」

 また、コロニーの世界では、地球上では当たり前の自然現象すら全て人工的にコントロールされたものなので、その点での苦労も多かったという。
 「まず光ですね。3方向のミラーから太陽光が入ってくるわけだから、本当は影も3つ出来ないとおかしいんですが、それをいちいちアニメで書いてはいられませんし。また、コロニーの構造上、遥か斜め上空に必ず「別の街」が浮かんで見えてるはずなんですが、これもいちいち背景に書きこむのが手間なので、雲を浮かべて隠してしまいました。コロニー内の空中に、本当に雲を作れるのかどうか、ちょっと不安でしたけど(笑) 確かに『ガンダム』では、当時のアニメとしては格段にリアルな空間づくりを要求されました。でも、徹底的にリアリティを追求するのではなく、ある程度の遊びを織り交ぜながら、いかにリアルに見せるかの工夫を楽しむことを大切にしてきたつもりです。現実の模写や予測ではない、”創造物”としてのアニメーションを作る意味は、こういう部分にこそあると、私は思っています。」

 最近の上海の風景や、ヘルムート・ヤーンの建築がお気に入りだという中村氏。「アニメーション美術は、光を描くのが腕の見せ所なので、夜景には人一倍思い入れがあります。ぜひ、昼間の見た目だけじゃなくて、夜に眺めて美しい建物や街を作って頂きたいですね。宇宙の闇に浮かぶ緑のコロニーのような……」と、ガンダム世代の空間クリエイター達にエールを送る。


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<以下、各種図版のキャプション>
 ※『 』が中村氏のコメント。


●「スペース・コロニー」

 1977年、ジェラード・オニール博士(米・プリンストン大学教授)による宇宙移民構想、通称「オニール計画」で提唱された宇宙植民用の人工島。建設拠点ステーションの「島1号」、中型の「島2号」、大型の量産用で一般市民が移民・永住するための「島3号」という3段階を経て建設される。『機動戦士ガンダム』に登場するコロニーは、「島3号」タイプがベースになっている。全長約40km、直径約6kmの円筒状の内壁に1000万人が居住するというもの。もし実現すれば、間違いなく人類史上最大の巨大人工建造物となる。




●スペース・コロニー「サイド7(建設中)」、および「サイド3」の設定資料

 サイド7は、円筒の内壁を6等分し、人が住む陸地部分と、太陽光をミラー反射で採り入れるガラス部分を交互に配置した「開放型」。サイド3は、太陽電池発電による内部の人工太陽灯で採光する「密閉型」。これらの構造形式、および説明図に書かれている直径や円周、「2分間で1回転」(遠心力で地球上と同じ1Gの重力を得る回転速度)という仕組みも、オニール計画の内容にほぼ準じている。




●テレビ版・映画版とも冒頭ナレーションの
 背景として画面に登場したコロニー内壁の街並み。
●番組開始前、プレゼンテーション用に描かれたイメージ・イラスト。

 『せっかく特殊な環境なんだから、背景を描く立場としては、地面が微妙に湾曲しているようなところも見せたいんだけど、全体を見渡すようなシーンが少なくて、思ったよりもコロニーの内部空間の面白さは表現しきれませんでしたね。』
 番組にはあまり登場しなかったシリンダーの内壁を広く見渡す視点や、外部から陸地部分が透けて見える構図なども、中村氏自身の筆によるイラストレーションでは、その壮大なイメージが如何なく表現されている。




●敵側であるジオン公国の首都ズム・シティのコロニー内観の背景画。
●ジオン公館ビル、背景画。

 『ズム・シティの庭園は、ジオンノ公国の設定に沿って、帝国主義的なイメージでデザインしました。公館ビルの表面が顔のようなデザインになっているのは、監督が描いたラフイメージにあったアイディアです。』




●サイド7にあるアムロの家の設定資料。
●物語冒頭に登場するサイド7内部の街並み。

 インタビュー中の中村氏の話にもあるように、現在の日本の街角にあってもおかしくない、極めて日常的なデザイン。『突飛すぎるSFの世界ではなく、1970年代の生活の延長で想像できる身近さを心がけました。』



●ホワイトベース ブリッジ

 主人公アムロ・レイたちが乗り組む戦艦ホワイトベースの艦橋。それまでのSFアニメで描かれた宇宙船の内装に比して、色調も含めて非常にモダンなデザイン。『中央の階段状の艦長・オペレーター席は私のアイディアです。艦橋全体を見渡せるように考えたものですが、画面としても立体感が出るので、監督やスタッフにも好評でした。』

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■取材・文 古井亮太(不破了三)

■初出:建築専門誌「Confort」 2003 10月号 No.69 
 http://book.japandesign.ne.jp/magazine//confort/69/