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 「ふるさと」など唱歌にせっして、なんとなく思うこと。

 唱歌っていうのは、一般的な人間感情を、自然の情景などに託して歌う事が多い。うさぎ追いし、かの山。はるかな尾瀬、遠い空。一種のロマン主義がある。

 このロマンは、原曲の通りのアレンジで歌えば、そのままのかたちで、ベタに体験できる。

 一方、そのままの編曲では、つまらないから、コード進行などをジャズ風などにひねった、変化球もよくある。

 ここで、ふしぎなこと。変化球アレンジでは、歌に描かれている自然の情景から、遠い距離があるように感じる。自分はそこにいるようで、いない。

 そして、最後のクライマックスなどで、原曲通りのアレンジにもどったりすると、急に、あの山や畑、あるいは荒れた城といったものの間近に来た気がする。

 この落差がダイナミズムで、うまい演奏ではぞくぞくっとする効果がある。いわば、唱歌の遠近法のようなもの。これは、自然の景色を取り扱う事が多いから、より感じやすいのだろうか。

 ほかのジャンルで想像しても、こうしたダイナミックさは、あまり感じないのだよな。ふしぎなことに。

 「ビアンカ・オーバースタディ」(筒井康隆)を読む。筒井版のラノベ、あるいはメタラノベ、ということで、「涼宮ハルヒ」シリーズのいとうのいぢがイラストを担当するなど、仕掛けがいろいろある。

 物語は、ちょっとアンモラルな実験に精を出す美少女の女子高生のところに未来人があらわれて、タイムトラベルを繰り広げながら世界の実相をしる、というもの。「時をかける少女」とは少し違うラインの、古典的なストーリーのように思った。一定の面白さはあるし、エロいところもあったりして。。不満足ではないのだけど、天地がかえるような驚きがあるというほどでもない。

 そしてラノベのようではあるものの、物語に入り込んでいるのは紛れもなく戦後の日本のSFのイメージで、そこで行われているのは社会への批判や提言であったりして、ラノベの姿は外殻だけ、という感じもする。

 たぶんこれを読んだ人は、作者の画策したとおり、ラノベそのものより、本人の作風のほうに興味をもつことになるんだろうな。

 それはそれで、作者の狙い通りなのかも。ラノベより、おれの本のほうが面白いぞ、と。

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 今日出会ったネコは、妙に人なつっこかった。

 こちらの姿を見つけると、「ニャ、ニャ」と小刻みに鳴きながら近づいてきて、ぼくの膝に体をすりつけたのだった。

 なんとなく、鳴きかたや、時折しゃくりあげる感じから、「病気をしているな」という感じがした。だから、目の前で横になって、催促をしていることは伝わってくるのだが、そのネコをなでたりすることはしなかった。

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 この、弱った見知らぬネコは、ぼくがそのばに立ち止まっているあいだ、足元でひたすら毛づくろいをしていた。

 やがてぼくがその場を離れると、なんだか恨めしそうな、物悲しい目でこちらを見つめてくるのだった。

 「高音の音楽を聴くと、食べ物を甘く感じる

 多感覚覚知、というのがあるんですね。高い音を聴いていると、甘みが引き出されるソニック・シーズニング。

 こうした研究を読むと、味わうことの複雑さを感じるわけだけど、反対に音楽も、食べているものやその場の照明などから影響を受けて、聴いた感じが変わったりするんだろうな。

 家の中で、料理をおいしく味わったり、音楽を気持ちよく聴く環境がその都度演出できたら、なかなか楽しそうではあるね。

 電子書籍版で、ちょっと安くなっていたときに衝動買いしたものです。

 読んでみると、なかなかに雰囲気のある写真集だった。

 廃墟というのは、なぜかいつでも、不思議な魅力があるものだ。廃墟に残された人々の活動の痕跡は、一種の残留思念のようになって、いまだ来るべき未来を夢見ているような気さえする。

 このたび、カザフスタンの宇宙基地から、日本人宇宙飛行士を乗せたソユーズの打ち上げが成功した。

 原材進行形で、志向される宇宙計画。一方で、打ち捨てられた計画もあり、その亡霊のような現在が、この「バイコヌール宇宙基地の廃墟」という写真集におさめられている。

 ところどころ崩落した基地、痛んだシャトルの残骸。

 痛んではいるが手つかずで、この基地で、ある段階までシャトル計画が、「現実的に」すすめられていたのだな、ということはありありと伝わってくる。

 このシャトルが飛び立つことはむろんなく、夢のあと、という感じだ。

 しかし、可能世界の話として、このプロジェクトがそのまま進んだらどうなっていたかということを 、つい考えてしまう。それは、この残された廃墟が、まだ宇宙を志向しているようなたたずまいのまま残されているせいだろう。まだ生きたままの死者と対面したような、不思議な決まりの悪さと、切なさのようなものがないまぜになった感情が湧いてくるような読後感だった。

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