parade 0.5

 日々の泡沫 浮かんでは消えるものの記録です。

 このアルバムの1曲目はひじょうに売れた『Rude』という曲だが、ぼく自身もけっこう気に入っており、よく鼻歌で歌ったりする。

 しかし、歌詞を読めば分かるように、これはちょっと変わった歌だと思う。「Rude」なのは一体誰なのかという話になる。

 いちおう説明をすると、この歌は、ある青年が意中の女性と結婚するために、彼女の実家に掛け合うが、彼女の父がかたぶつで、なかなか許可を出さない。くそ、なんて無礼なんだ!というストーリーである。

 しかしPVも含め虚心にみれば、チャラチャラして無礼っぽいのはどう考えても、青年の方である。

 それでも、「あんたが何を言おうが、ぼくはあの子と結婚するんだよ」とたくましく宣言し続けるところに、この歌の共感ポイントがあるのは間違いないだろう。

 ぼくはとても、この歌の青年のようにはいかない。でも、心情はよくわかる。

 レゲエっぽいアレンジがまた、この歌のもつ軽みを増幅しており、聴いているこっちとしては「ちゃらちゃらしやがって、しょうがないなあ」と言いながらも、ついつい何気なく口ずさんでしまうことになる。

 マジック!は基本はポップ・バンドなのだが、このようにレゲエ・テイストも導入されており、ポップスの明るさや洗練性みたいな要素と、レゲエのちょっとだるそうな軽みが、うまく融合されている。

 ボーカルをとるナスリ・アトウェの声は、地声はハスキーでかっこういい。だがすこし甘ったるくというか、舌っ足らずに歌うところもあり、日本でいうとハナレグミの永積タカシさん?のような魅力をもっている。

 アルバムには『Rude』のほかにも、『No Evil』や『Don't Kill The Magic』のようなポップ・ソングの佳作が多数あって、ナスリのメロディメーカーとしての才能みたいなものもはっきり確認できる。

 ぼくが彼らの演奏をはじめてみたのは幕張の夏フェスでのことだったけれども、またどこかのフェスかなにかでお目にかかりたいものだ。

 ボルトニャンスキー。18世紀後半から19世紀前半にかけてのロシアの大作曲家なのだが、日本で暮らしていてその名前にふれることは少ない。でも探してみると、意外に数多くの録音を聴くことができる。上にあげたジャケット画像は、いわばボルトニャンスキー全集とでもいえるもので、録音はロシア国立シンフォニー・カペラ、というオーケストラと合唱団がひとつになったもの。指揮はポリャンスキーという人がとっている。

 この全集は圧倒的なボリュームがあり、全容を把握できるとはとてもいいがたいのだが・・・。

 まとめて聴いていると、とても静かな気分になります。

 浅井慎平さんの本を読むと、2度ほど訪れた、千葉県千倉の海岸美術館が思い出される。山間の新緑や遠くに見える海のことなど。

 それはともかく、この「猫たちよ!」という本は彼の手になる写真と、短い挿話、引用句などでできている。猫たちの、クールで野性味のあるたたずまいは、昨今の「萌え」押しの写真集とは、一線を画しています。いや、そういうのが嫌いなわけではないんだけれど、この本を同じくくりにするわけにはいかないだろう。

 挿入されている挿話(フィクション)は、猫自身の暮らしに関するものであり、また、猫と人間との結びつきを描いたものでもある。そうした小さな物語を経ることで、固有の猫の姿が立ち上がってくる。

 これは不思議なことなのだが、この本は出版されてから約30年というところだが、古さが味に転化しているというか、時間がたっても手元に置いておきたいと感じる。それはたぶん、この著者のもつ写真や散文が、あまり出版当時の時代状況におもねることのない、固有のスタイルを持っていたからなのではないかと思う。

浅井 慎平
サンリオ
1986-06

 ニコライ・ディレツキーという人は、17世紀に活躍した、ウクライナ生まれ、ロシアはモスクワの作曲家であり、また音楽理論家でもあったという。彼は著名な「音楽文法(Grammatika musikiyskago peniya (A Grammar of Music[al Singing]))」を著した。

 彼はこの音楽理論を通じて、西欧のスタイルに従って音楽を書き、また読む方法を強く主張した。従来のロシア聖歌の構造を変えようとした。たとえば、拍節的な進行をする聖歌(それまで使用されていたネウマ譜は、音の高低や、上行下行の指示を与えるものだった)だとか、合唱曲を作成してから歌詞を乗せるスタイルであるとかを導入した。

 また、重要なこととして、「5度圏」の概念を示したことも、この本の大きな功績。


英語版wikipediaより引用

 彼とその弟子たちがもたらした新しい風は、ロシアにおいて守旧派との激突を呼び、宗教会議で論争がおこなわれるにいたった。

 カントといっても哲学者のほうではなくて、ロシア音楽に出てくる音楽の様式のことです。

 17世紀前半になって、ポーランド領であったウクライナから、カントという宗教歌が(パルテス聖歌とともに)ロシアに広まる。これは三声のアカペラによるもので、はじめに提示される旋律の繰り返しによる。基本的には下の第2声部が主旋律を歌うそうだ。歌詞は古くから伝わるクリスマスの宗教史や、詩人による新作が歌に載せられていたそうだ。こんにちに伝わる代表的なものでは「ヘルヴィームの歌」というものがあるそうです。

 これは以前の記事でも紹介したボルトニャンスキーという大家の手になるもの。

 カントは、はじめ民衆のクリスマス歌として定着して、それから「ヘルヴィーム」のように聖堂でも取り入れられるようになった。

 このカント・スタイルの音楽を大成させた人に、ワシーリィ・チトフがいる。

 オーソドックスなカントの曲とされるもの。ほかに

 Mnogaya leta (Многая лета)は代表的な曲として残されている。

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