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 いわゆる、ライフログというものです。

The Lord of The Rings: The Fellowship of The Ring - Original Motion Picture Soundtrack

 ついにサントラに手をだしてしまいました。ジャケットが格好いいのですが、ガンダルフ役のイアン・マッケランの、ピンセットでつまんだ指輪をにらむしかめ面が、なんとも言えないいい味を出してる。

 「ロード・オブ・ザ・リング」のサントラは、音楽担当のハワード・ショアの作った曲がメインなのだが、この 「旅の仲間」のサントラの中には、エンヤが曲を書いて、歌を入れたものが2曲入っている。エンヤの歌声は、ロード・オブ・ザ・リングの世界にぴったり合っている。ちょっと聴いただけで、あの壮大な雰囲気がよみがえって、盛り上がりますな。オーケストラの気宇壮大なメロディ、勇ましいリズムが全編を覆うなかで、エンヤの声はふと落ち着くというか、サントラに素敵な陰影を付与していると思う。

 そしてその「エルロンドの会議」という曲のなかで、「アニロン」というエンヤが書いた曲があるのだけれど、この曲は、映画の脚本を担当したフィリッパ・ボウエンという人が歌詞を付けていて、なんと全編エルフ語になっている。すごい。歌詞の一部を引用すると、こんな感じ。

Aniron
O mor henion i dhu:
Ely siriar, el sila
Ai! Aniron Undomiel

 ぱっと聴いただけでは、なにを歌っているのかぜんぜん分からない。

 エルフ語だからね。しかし、エンヤの声や、曲の雰囲気とあいまって、とても神秘的な雰囲気があって、いい感じである。歌詞の対訳を観ると、アラゴルンに向けたアルウェンの願いのようなものが感じとられる。

 映画の原作小説を書いたトールキンは、もともとが言語学者であったそうで、エルフ語のような言語創造を行う適性みたいなものがあったのかもしれない。しかし、「The Wind in Middle Earth」というサイトでのエルフ語分析をみると、なんともマニアック。ふつうはここまでやらないよな。でも、今こうしてエルフ語の歌を聴くと、とても感動するのであった。

ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還 コレクターズ・エディション [DVD]

 ついに観ました、「王の帰還」。最後が少しだれた気もするけど、いやあ、良かった。

 劇場で観たのはもう10年以上前になってしまうのか。エンディングシーンがどうだったのか、頭からすっかり抜け落ちていた(!)ので、新鮮な気持ちで見ることができた。

 第2部に引き続き、今回もCGがCGとは思えない、すごいクオリティだった。ゴンドール王国の都ミナス・ティリスの街中で、オークやトロルと兵士たちがぶつかり合うシーンがあるのだが、その場面でのオークたちはCGで描かれたという。どうみても特殊メイクしたかぶり物だと思っていたので、オーディオ・コメンタリーでそのことに言及した時には本当に驚いた。
 それから、ミナス・ティリスの壮大な全景や、灰色港の幻想的な西日といった、パノラマ。これら作りだされた光景は、人の手によるものとはとても思えない。

 今回の映画は、ニュージーランドを拠点に撮られ、都市のミニチュアやCGを始めとする特撮はWETAという工房が担当したという。映画を見ても分かる通り、WETAの貢献はものすごい。(WETA Workshop というサイト内のギャラリーで、工房が担当した映画を観ることができるのだが、当然そこにロード・オブ・ザ・リングも含まれている。必見)。あのとてつもない光景は、技術力をもった特撮会社の手になるものだった。当たり前だが、神の御業ではない。

 村上隆が、「王の帰還」映画パンフレットのなかでとてもいいことを言っていた。

特に万感の想いにかられるのは、エンドロールに出てくる鉛筆のスケッチ。あれは結局、たった一人のマンパワーから創造のすべてが始まっていくということの暗喩だと思う。(p.40)

 これだけの規模のある映画だと、スケールが途方もなさ過ぎて、個人の領域からはるかに隔絶されたもののように思ってしまうが、現実にはひとりの人間の手作業からすべてが始まっている。ということに、なんというか勇気をもらえる気がしますな。

 つぎは「スター・ウォーズ」を観ようかな、とはじめ計画していたのだが、なんだか「ホビットの冒険」も見たくなってきてしまった。

 うちにやってきた赤いベタくん。

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 小さな容器だが、ベタにはちょうどよいとのこと。人間が近づくと威嚇するような動きをするが、その時はとても素早く、普段のゆったりしたたずまいとは、大きく違う。

ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔 コレクターズ・エディション [DVD]

 アラゴルン役を演じたヴィゴ・モーテンセンは、最近になってどこかのインタビューで、「ロード・オブ・ザ・リング」でのピーター・ジャクソン監督の撮影手法を批判したということだった。

 その主な内容は、
1.撮影計画がずさんで、追加撮影に何度も付き合わされた
2.撮影への出費が巨額で、2作、3作と制作できる保証がないまま撮影が進んだ
3.デジタル技術(CG)に頼り過ぎていた

 ということだ。そのどれもが、パッケージになっている映画だけを観ている人間からしたら、驚きをもって聴かざるをえない内容だ(3.は別)。

 しかし映画公開当時に販売されていたパンフレットを読むと、なんとなくその撮影の大変さが透けて見える。

 主人公のフロドを演じたイライジャ・ウッドは、映画パンフレット用のインタビューにこう話している。

―――この撮影は、あなたにとって貴重なものになりましたか。
イライジャ・ウッド「そうだね。もう一度やれと言われたら、やってもいいと言うと、みんな頭がおかしくなったんじゃないかっていうけどね(笑)」p.28

 頭がおかしくなったんじゃないかっていうのがすごい。

(中略)一緒に仕事をした人たちとの友情はこの先、一生続くと思っている。でも、それと同時に、あれほど疲労困憊した経験もなかった。疲れるという感覚はこれまでも味わっているけど、今回で疲弊することがどういうことなのか、本当に理解できたよ(笑)

 一体どれほど過酷だったのか、それは推し量るしかないが、並みの映画撮影ではなかったということはわかる。

 また、映画のDVD版についてくるオーディオ・コメンタリーを観ると、3作目「王の帰還」のエンディングなど、追加撮影は、実に多くの場面で行われたことがわかる。うまくとれたと思っていたシーンが、すべてピンボケとなっていたせいで、まるごと撮り直しとなった場面もあったそうだ。ヴィゴ・モーテンセンは、追加撮影の際に、役作りのために髭をのばしたり、撮影のあと、別の撮影のためにすぐに剃ったりということもあったという。

 そんな舞台裏に思いをやりながら映画をみると、フロドの旅の過酷さにも、作りものではない真実味が付与される気がする。実際に制作が大変だったのだから。

 このへんの話については監督自身が、「王の帰還」パンフレット内のインタビューでこう言っている。

 俳優たちにはずいぶんつらい思いもさせたと思うけど謝ったことはないな(笑)。彼らはそれでお金をもらっているんだしね。(p.33)

 とのこと。わりとあっさりしている。


 2点目に関しては、監督であるピーター自身が、「2つの塔」映画公開当時のインタビューでこう答えている。

 1作目には、成功しなければ(制作を)やめさせられるというプレッシャーがあった。(同p.30)

 しかしこうも話している。

(中略)作品は3年前に撮影が終わってしまい、大きく変えることは不可能なんだ。言い換えれば、僕たちは続編を作るという立場にはいない。9時間の映画を撮影し、それを3つに分けて公開しているという感じだ。だから1作目の成功に影響されることがないんだよ。

 1作目が世に出る時には、撮影じたいは終了してしまっているが、ヒットしなければ「2つの塔」や「王の帰還」が世に出ることはなかった。しかし、保証はどこにもないけれど、ピーター・ジャクソン監督は「とりあえず撮ってしまいたい」と考えたのではないか。たとえ「旅の仲間」で打ち切りになっても、フィルムがあれば、いつかどこかのタイミングで、公開できる可能性が生まれる。


 ところで今回の第2部は、いうまでもなく第1部「旅の仲間」の続編――ヴィゴ・モーテンセンは批判するけれど、やっぱりデジタルがすごいなとぼくは思ったのだった。つまりゴラムであり、エントであり、ヘルム峡谷のCG大合戦。これらCGの使われ方は第1部を大きく上回っている。

 もちろん、CGではない、実物としての小道具、大道具、セット・・・たとえばアイゼンガルドやローハンといった都市セットの精巧さには感心するしかない。しかし、そこまで作り込んでおきながら、物語の中核のキャラクターと、ハイライトとなる戦争のシーンが、ともにCGメインで制作されているということに、監督の(やや狂気じみた)攻めの姿勢を感じとらずにはいない。

 もしかすると、映画の世界を再現するにはそれしかなかったということなのかもしれない。しかしデジタルデータを使って映像の調整をするというのは、ゴラムのような特殊メイクや、大勢のオーク役のキャストを必要としないかわりに、かける手間暇が膨大になる。それはそれで、過酷な仕事なのではないかと推測するのだけれど。

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