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 ふと気になったことについての感想。
 本と音楽についての話題が多いです。

 プレイステーション4を買って、とりあえず、YouTube などで動画を見たりして、いちどやってみたかった『ファイナルファンタジー15』をはじめたわけです。

 ちょうど、コンパクトサイズの、お求めやすいタイプの機体が発売されていたというタイミングもある。あと、そのうち Playstation VR をやってみたいという気持ちもあり(VRはまだ買ってない)。

 据え置き型のゲーム機を買ったのって、何年前かわからないけれど、やっぱりソニーのプレイステーション(今は One と言われる、初代のPS)で、その時はサルと化してゲームばかりしていたんだった。その熱がやがてさめ、次々と世に出るいろいろなゲームのタイトルを、「ふうん」という感じで横目にしながら過ごしてきた。iPhone のアプリなんかでは、たくさんのゲームを遊ぶことができるから、「これで十分」という気持ちもあったかも。それが据え置きゲームでもう一回遊んでみたいと思ったのは、こんどのファイナルファンタジーの動画を見て「なんかわからんけど、すごそうだ、動かしてみたい」と感じたからだった。

 それでどうだったかというと、たいへん満足のいく買い物でした。

 いまのところ、持っているソフトがとても少ない(ラインナップは、『ファイナルファンタジー15』と、『ドラゴンエイジ・インクイジション』と、なぜか『アンラベル』の3本)ので、このあたりのゲームを触ってみての感想になる。

 その手持ちのソフトをちょっと触ってみて、まず思ったことが、PS4 はあたりまえだけど、映像が精彩で、すごい。iPhone のレティナ・ディスプレイで感動している場合じゃなかった、というくらい映像がきめ細かい。

 いまさらこんなことを書いていて、いささか気恥かしい感じもするんだけど、正直に感心してしまった。

 ガチのゲームからしばらく離れていたがゆえの、浦島太郎効果も多分にあったのかもしれない。

 それから、キャラクターの動きなんかも、とても細かい。都合上『ファイナルファンタジー15』にだけ話を絞ってみると、キャラクターの表情や手の動きとか、自然に見えるように細かく手が入れられているのに、操作体系はあくまでシンプルで、プレイヤーのシンプルな操作に違和感なく、細かい動きがついてくる、というバランスがすごい、と思った。

 ゲームが抽象化された体験、ということを忘れさせるくらいの具体的な表象たち。次々と現れる、ゲームじゃないようなきれいな風景、そうは言ってもこれゲームだから、いやでもこんな実際的にきれいじゃん・・・という抽象⇔具体、の往復はゲームならでの楽しみなのかも。あくまでゲームであると割り切っているからこそ、かえって没頭できる。そうこうしているうちに、虚実があやふやとなり、自分がゲームの中で息しているかのような錯覚をおぼえはじめる。

 仲間たちと過ごす、(主に)ルシス大陸での時間はすばらしくて、この部分がこのゲームの一番楽しいところだった。

 これだけのものを開発するのは、とても大変な労力だったのではと推察される。

 ところでこのゲーム、とても面白くて、手に入れてから間をおかずに、ざーっと一気にクリア―してしまった。

 ここからは『15』のストーリーに関する話をちょっとだけ。がっつりネタばれがあります。

 『15』はコンセプトがわりに明確な硬派なゲームだった。そこに各チャプターの小さなエピソードが部分部分で、伏線を取りこぼしつつも追いすがっていく。

 開発力が追いつかず、たまたまこうなったのか、それともあえて狙ったのか、ちょっと悪い夢をみているような展開が続く。それでもストーリーは、コンセプトの成就のため、予定された終点に向かって確固としてひたすら進んでいく。絶妙なさじ加減だと自分は感じたけれど、説明不足感じる人もいるかもしれない。

 アーデンというキャラはとてもよかった。彼は主人公のノクティス(が代表するルシス王家)の鏡像のような悪役で、ノクティスが国レベルの王(ルシス王)を目指す際は、敵国の宰相として現れるし、もう一段上の、世界を救う段階(真の王)を目指す際には、彼もそれに対応して、世界全体を闇に包みこむ悪役として現れる。はじめは狂言回しのように見えた彼の存在が、実質物語をひっぱるでかいキャラだった、ということになる。ほかの敵キャラはみんなチンケなものだ。『15』の物語は、アーデンがなにをしたかったのか、に注目するとけっこうクリアに見えてきやすいのかもしれない。

 アーデンに関してはノクティスが、ルシス王家を代表して戦うわけだけれど、その存在はノクトに、自らの血筋が抱えた暗部、つまり歴史に対してきちんと責任をとることができるかどうか、という課題を突き付ける(父王レギスには王としての限界があり、どうしても聖域に閉じこもってしまう。そして立場上?性格上?外の世界は見て見ぬふりというフシがある)。

 ノクトが世界中を旅して歴代の王の力を身につける儀式は、王家の歴史を自分に取り込むということで、それがなければ歴史の暗部と対決できない。だからアーデンがそれを手助けする、というのはとても納得のいく話だった。最後にルシスの負の遺産として、呪いのようにアーデン王と、シガイのディストピアがついてくる。ルシスは美しい都市だけれど、光ばかりで世の中が回っていたわけではないのだ。そんな風なことを思った。

 そして最後の結末はなかなかに衝撃的だった。変な言い方だけど、なんだかうすら寒い終幕だった。言ってしまえばハラキリだもんな・・・。是非はさておき、『15』の世界観を踏まえると、これ以外のエンドはないのかな、という気もする。よくわからないけれど、王子には幸せになってほしい、と思うのみであります。。

 少しブログの更新をさぼっている間に、うちの環境がずいぶんと変化した。

 普段使いしているメインのディスプレイを新しくした。そこそこ大きなもの。

 それで、そのディスプレイにはプレイステーション4が接続されていて(これも買った)、ゲームをしたり、DVD や Blu-Ray ディスクもそれで見るようになった。

 まさか自分がこの期に及んで?ゲーム機を買うとは思っていなかった。

 それで、そこそこな大きさのディスプレイで、ときどきゲームをしたり、映画を見たりしている。

 ノートPC も、いろいろなコンテンツをそのディスプレイで観るため、ディスプレイ近くで各種コードにしばりつけられていて、どうしても必要な時には取り外すけれど、なんだかそれが面倒な感じになっている。

 なので現在は、ウッドテーブルにキーボードとマウス(どちらも無線)だけちょこんと置いて、ディスプレイを遠目に見ながら、そこでこの文章を書いている。

 こうなってくると、文章を気楽に書けるPCがもう一台欲しい・・・みたいなことになってくる。

 パソコンとか、オーディオ周りはシンプルをモットーにしてきたはずなんだけど、いつの間にかわがリビング、新旧大小、さまざまな機材がひしめき合う空間になりつつある。

 ゆゆしき事態でござる。なにかうまい方法を考えたい。

 ごぶさたしていました。

 ひさしぶりのメビウスFF日記。

 ジョブの数が増え、ガチャで目玉が当選する確率はどんどん下がっている・・・。

 そんななか、めぼしい新ジョブは、スーパーモンクとか、グラムヴァンプとか引けていないし、それ以降もまったく引けなくなってしまった。忍者?剣聖?なにそれ。なんとかウェポンも持ってない。これが無課金の限界か・・・!

 そんなきつい状況でも、なんとかめげずに旧ジョブを鍛えて頑張って、物語をすすめ、マルチでセフィロスや、ブリュンヒルデを討伐できたりできなかったりする毎日。

 しかし悲しいかな、最新のジョブや、限定アビリティにキャッチアップできていない自分のデッキでは、通用しない局面が増えてきたように思う。

 もちろん、以前から持っているジョブやアビリティでも、使い方や組み合わせで一線級に行ける、ということはあるが、たとえばブレイカーでスーパーモンクなしだと、かなりきつく感じる場面も多い。

 マルチでは唯一、魔女メイアのサンタ・ルチアというジョブがサポーター役ではまっている。しかしそれも、アルティメットカードのエアリスが登場することで、相対的に価値が低下してきている。

 こういうの、ジリ貧っていうのかな。うーむ。

 と弱気になるも、自分はガチャには突っ込んでいかないと決めているので、このゲームを続けるのであれば、できる範囲でなんとかしなくてはならない。

 それで、いつものようにチケットがたまったところで、ガチャを回せる範囲で回していたところ、あるとき、カードが引かれる前にクリスタルから出る光が虹色に。

 なんと、このタイミングではじめてのアルティメット・カードのダンカンが当たったのでした。夢幻闘武!確率0.8%だっけ?

 メビウスFFでダンカンといえば、攻撃力の高い拳闘士に持たせることで、本領を発揮するらしい。という話は聞いていたので、手持ちの拳闘士にさっそく付けてみた。

 うう。これは、めっちゃ強い・・・。

 アビリティを発動すると、ばーっと画面が白く光り、ずどーーっと多量の打撃音がして、後には敵のなきがらが残るのみ。中ボスくらいまでであれば、ブレイクを待たずに一撃で沈めることができる。毎回必殺技を撃っているかのような勢いがある。

 そんなわけで、久しく忘れていた、ブレイク無視の「ゴリ押し」ができるようになり、スト―リーだけでなく、マルチクエストもはかどるようになった(それまでは、ゴリ押しができる組み合わせは魔道士+ブルーヴァルナくらいなものだった)。

 ただ、いつもそうするわけではなくて、強い敵にはブレイクを優先。じゃないと倒せない。最高難度の星5ではゴリ押しをしてもうまくいかない場合があるし、パーティの人たちが嫌がりそうなので、基本的に星5では、地ならしからスタート。もちろんそのあとは、ダンカンでばーっととどめを刺すことになる。

 うっすら人目が気になるマルチで、しっかり戦えるアビリティがひとつでもあるのはけっこう気が楽。まあ、もっとベターな組み合わせがあるのかもしれませんが。

 さて、マルチクエスト報酬のブリュンヒルデ武器も、セフィロス武器もめでたくぜんぶゲットできた。

 新しいストーリーが配信される前に、やりこみ的な部分をちょっとずつ片づけていけたらいいなあ。

 マイケル・キワヌーカのデビュー・アルバムは、ぱっと聴いてすぐ、「あ、この感じはビル・ウィザースかな」とか「オーティス・レディングだな」と感じる。でも古くさいわけじゃない。ジャック・ジョンソンみたいな曲もある。「Home Again」とか。これらはよく引き合いに出されることです。それで、聴いているこちらもなんとなく安心(?)して音楽に身を任せるようなところがあった。そんな2012年の作品『Home Again』は、とても親密な音づくりがされており、フォーキッシュな黒人ソウル・アルバムとして、聴き手を選ばない間口の広さがあったと思う。

 それが2016年になって、4年がたち発表された『Love & Hate』はイメージが一変し、ストリートで身を切りながら歌うような、切実な哀愁ただようアルバムになった。これを聴いて、「ビル・ウィザースっぽいね」と評するひとは少ないだろう。

 いやもちろん、キワヌーカが大切にしているだろうルーツ音楽の影響は、そこかしこに顔を出すのだが。ただ、トーンがずいぶんダークでシリアスなものに変わった。

 曲調は、現代のポップスやロックに少し寄せてきたな、という印象で、前衛的なムードもある(1曲目の Cold Little Heart は10分もある!)。

 どこかで、ピンク・フロイドの「Wish You Were Here」という、ある夭折した天才への哀悼をささげたコンセプト・アルバムへの類似を挙げていたけれど、たしかに、そんな雰囲気も感じる。

 ただし、この「Love & Hate」は、基本的にはいま生きている自分であったり、社会との関係であったり、そういうものを歌っているという違いがありそうだけれど。

 マイケル・キワヌカの両親は、ウガンダからの移民で、自身は白人社会で生きる黒人でもある。

 見方によっては、自らのアイデンティティについて苦悩し、内向きにこもっていくタイプの音楽だとも言えそう。そしてその内省や告白は、幸か不幸か、時代と響きあいまくっている。

 そんなわけでコンセプトもメッセージもヘビー級なのだけれど、不思議と聴きづらいということはない。そこはおそらくアレンジが光るところで、無駄な音を省いて、洗練されている。ボーカルの発散する情念に奥行きを与え、少しだけアイロニカルに身をかわし、クールな大人の音楽に仕上げている。聴き手が寄りそっていけるスペースも確保されている。うまく言えないけど、このへんのバランスが、すばらしいと思う。

 ロシア語を少しかじるようになってまずつまづいたのは、文字(アルファベット)の読み方だ。

 よくロシア語は覚えてしまえば簡単だと言われるけれど、やっぱりアルファベットは最初は難しい。

 なんでかというと、たぶん、英語に中途半端に慣れてしまっているせいだと思う。

 英語のアルファベットとは読み方が違うのに、つづりが似ているからついつい頭が勝手に英語式に読んでしまう。

 頭の配線を、ロシア語式につなぎあわせなけりゃいけないのに、それが面倒臭い。

 そんなわけで、ロシア語のアルファベット(アルファベットは、ロシア語では алфавит アルファヴィートと表記する)は、読み方が基本的にはローマ字読みっぽいのと、英語のアルファベットとは発音が少しずれていたりするところが、ちょっととまどう。

〇キリル文字(ロシア語アルファベット)の字体

大文字 А Б В Г Ґ Д Ѓ Ђ Е Є Ѐ Ё Ж З Ѕ И І Ї Й Ѝ Ј К Л Љ М Н Њ О Ө П Р С Т

小文字 а б в г д е ё ж з и й к л м н о п р с т у ф х ц ч ш щ ъ ы ь э ю я

 そのまま頭に入るもの。A はロシア語で「ア」と読む。Oは「オ」と読む。これはいい。

 けれど、Иは「イ」と読むし、Рは「ェル」だったりする。よくわからない。

 ということになる。

 ロシア語の文字に使われているのはキリル文字といって、源流はギリシア文字や、ラテン文字になる。

 より詳しくは便利な wikipedia を参照して頂けたらと。

 毎日触れていると、ちょっとずつ慣れてくる。覚えてしまえば、なんとかなる。

 でも、アルファベットを習得する前に、やみくもに単語や文章に取りかかっても、足どりがおぼつかないのでかえって時間がかかってしまうと思う。

 それで、最初にアルファベットを覚えるのには、覚えやすいもの(英語との類比でなんとかなるもの)、覚えにくいもの(個別に覚えなくてはいけないもの)にブロック分けをして、ブロックごとに撃破していくのがいいんじゃないかと、なんとなく思う。

〇見たまんまの読みかたができるもの:A E K M O T

〇まぎらわしいもの:B H P C X

 それぞれ、B(ヴィー)H(ェヌ)P(ェル)C(ェス)X(ハ)

 とか。セットで覚えてしまう。

 Spin the Earth というサイトの「ロシア語のアルファベットを正しく理解する7つのコツ」にも、分かりやすくまとめてあります。

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