parade 0.5

 日々の泡沫 浮かんでは消えるものの記録です。

 ハードロックに帰還したリッチーブラックモア、プロジェクトは永続的なものではなくて、期限を区切って行うものだったんですよね。

 レインボウはこのあいだドイツのモンスターズ・オブ・ロックに出演したばかり、レポートや映像も見られるようになってきている。amass のニュースにも詳しく出ているけれど、Rainbow の曲だけやるのではなくて、半数弱はDeep Purple の曲をやったらしい。

 リッチーは、たまに指さすなどのアクションをするほかは、わりに淡々と演奏している。しかしこのバンドの御本尊はまさしく彼で、なんというかあまり動かなくても存在感がすごい。ギターのほうは・・・懐かしいトーンにほろりとくるし、それなりにエモいのだが、あまりキレはない??でも、拝めた人は幸せだっただろうなあ。
 ヴォーカルの若きロニー・ロメロは、ロニー・ジェイムス・ディオ風の歌唱がかなり板についてる。客席の合唱が大きくて聴き取りにくいけれど(笑)

 17世紀、近世ロシアで合唱聖歌の新しいスタイルが開花するのと時を同じくして、「劇」スタイルの宗教音楽が発展する。大きく3つ、典礼劇、聖書劇、学校劇に分けられる。

 ‥砧薹爐蓮∪蚕颪竜述を再現する、大がかりな音楽劇であったらしい。祝祭日の前後に行われた。たとえば、キリストのエルサレム入場、など。

 ∪蚕餬爐蓮◆屮好灰蹈癲璽奸淵好灰蹈癲璽辧法廚梁減澆箸おきな関わりを持つ。スコロモーフたちの音楽を禁じて、生まれたのが聖書劇だといってよい。

 wikipedia の説明によると、この頃のスコロモーフは、以下のような存在だったという。

スコモローフは社会的には多様な民衆層からなっていた。その多くは無宿の漂泊者であり、演奏や演技を生業として町や村を転々とした。一方で都市に定住する者もあり、別に生計を立てながら楽師を務めて副収入を得る者や、単に道楽として興じる者もあった[16]。 初期には、主として諸侯・貴族の宮殿や屋敷で養われて演技していたスコモローフは、数を増すとともに活動範囲を広げ、民衆や農民に近づいていった。彼らは、民衆の娯楽の集いや商業都市の広場、同業者仲間の宴会、身内の集まりなどの場で芸を披露するようになった。

 ロシア正教会からすると、スコモローフの存在は異教的で、しかも聖職者の存在を風刺的に扱うなど、鼻もちならない存在だったようだ。そのため、スコロモーフは不可避的に弾圧されていく。グースリ、ドムラ、バラライカといったスコロモーフたちの楽器は演奏を禁止され、時には川に捨てられるなどした。

 現代に伝わる音楽で、スコロモーフに材をとったものは、いくつかある。

 チャイコフスキー『雪娘』より、「スコロモーフたちの踊り」

 リムスキー=コルサコフ『サトコ』。主人公がスコロモーフ。

 書物『革命と音楽』によれば、時の皇帝アレクセイは、スコロモーヒたちの音楽に変わるものとして、「聖書劇」を導入した。彼は西洋文化に親しんでおり、当時の音楽場として大きな位置を占めた「外人村」の牧師の協力もあった。作り上げられた「聖書劇」は、聖書に範をとりながらも、皇帝の、合唱好きなどの西洋趣味も注入した、新しいスタイルだった。皇帝が新規に開設した小劇場で上演された。演目は、ドイツ語聖書の翻訳による、『エステル』『ユーディト』『アダムとイブの悲しいコメディー』など。

 弦楽器、トランペット、オルガンなど計63人ほどの大編成で、ほとんどが外国人だったという。世俗的な楽器も使用しているし、皇帝の趣味にはかなうかもしれないが、これは正教会からしたら、やはり許し難い暴挙だと写ったのではないだろうか。

 3惺桟燹神学校で宗教教育の素材としても、劇は行われた。生徒たちが演じるそれは、合唱があり踊りがあり楽器の演奏があり・・・。有名なものに、ドミトリイ・ロストフスキーによる「イエスの生誕」がある。これは後年ボリス・ポクロフスキーが再現したことで有名なのだそうだ。オペラの原型ともいえる音楽劇だ。

 これら劇は、しだいに聖堂→貴族のサロンと、世俗的な舞台で行われるようになってくる。これにより音楽の質も変わり、ロシア中世から近代音楽へと、変化をとげていくことになるのだった。

 ねこが最近、うちのベランダに来て、なにやらいろいろ悪さをして帰っていく。

 気付いたのは2週間くらいまえ、荒れ放題のベランダを観て愕然とした。カラスか?それとも猫?日中は自分も妻も家を空けていることが多いので誰の仕業かは長い間わからなかった。

 それがさきほど、ベランダがガリガリ、ゴソゴソ・・・。

 いた。三毛猫。けっこう毛並みがいい。

 窓越しに覗いていたら、こちらに気づいて、驚いたのかものすごい速さで脱出していった。

 証拠写真をおさえる余裕もなかったな。笑

 それから1時間くらいして、またガサゴソ・・・。

 またか!と思って覗くと、こんどはサビ猫。こちらは、野良?

 こちらは目が合っても、なかなか逃げない。そろそろと後じさりし、脱出の態勢をとるものの、目があってもそらさない、なにかを期待しているのかも。

 やがてベランダに降りていくと、さすがに外に出たが、その後もしばらくこちらをうかがっていた。

 荒らされたベランダを片づけながら、食いものはないよ、と表情を作ると、ふと消えていった。

 早死にの天才というと、音楽の世界ではモーツァルトが思いつく。彼は35歳で亡くなった。

 もう少し古い世代では、ペルゴレージの名前が挙げられると思う。ジョバンニ・バッティスタ・ペルゴレージという人は、モーツァルトより40年ほど前に生まれた作曲家で、26歳の若さで、子どものころからの持病の結核で亡くなったということだ。


ペルゴレージ(1710-1736)の肖像

 彼は10歳のころ、いまはなきナポリの名門養成校「ポーヴェリ・ディ・ジェス・クリスト音楽院」(1589-1743)に在籍し、優秀な成績をおさめていたという。


かつての音楽院

 彼の時代には、それまで主流のオペラの幕間に上演されていた、息抜きのための「インテルメッツォ」が、独立したオペラ作品として上演されるほどに成長してきていた。ペルゴレージは、大ヒット作品「奥様女中」などを発表することで、成長したインテルメッツォ、つまりは、コミック・オペラをジャンルとして完成させた。

 奥様女中。

 しかしずっとコミック・オペラを書いていたわけではなく、後になると宗教音楽も手掛けるようになる。死の前年頃から結核が悪化し、ナポリの修道院で療養するようになるのだが、療養かたわら、傑作『スターバト・マーテル』を書きあげる。

 

朗読CD 驟雨 吉行淳之介 原作 渡辺謙 朗読 
朗読CD 驟雨

 吉行淳之介の『驟雨』を久しぶりに。といっても、読んだのではなくって、聴いた。新潮社から出ている、渡辺謙の朗読によるもの。

 吉行さんはこの小説で芥川賞をとったことで有名になった。あらすじは以下のようです(wikipedia より)。

大学を出てサラリーマン生活3年目で独身の山村英夫にとって、愛することは煩わしいことである。娼婦の町(赤線)に通い、遊戯の段階に留まることは、精神衛生にかなうと考えている。しかし、なじみになった道子という娼婦のもとへ通ううち、愛情を抱き始めた山村はその感情に戸惑う。

 吉行作品の魅力として、今はもうなくなってしまった赤線地帯(娼婦街)の光景と、そこで商売を営む娼婦たちとの交流があげられる。

 『驟雨』では、主人公が、ミイラとりがミイラになるではないけれど、メタからベタへと変わっていく。自分と女の間に微妙な距離を保とう保とうと精神的な努力をするが、ついにはベタな愛情、嫉妬といった感情を抱いていることに気づく、もう引き返せない・・・というふうに、徐々に「堕ちていく」過程が楽しめる。呼んでいると、出てくる娼婦よりは、主人公の心の微妙な揺れに、一種の「萌え」を感じる、そういう感じの小説なのです。自分にとっては。

 渡辺謙の低く通った声が、渋みと、クリーンな抜けの良さの両方を作品世界に付与しているようで、とても心地よい。

 あと、この小説にかんしては、語りのペースがよいのか、文字を目で追うより、朗読で聴いたほうが作品世界に入りやすい・・・?とも感じた。

↑このページのトップヘ