10周年

April 04, 2022

TRIBE TOKYO MMAが4/1で設立10周年となりました。
どうなるかも解らずがむしゃらに工事して指導して皆に支えられて10年。
早いものです。

沢山の方々の応援ありがとうございます。


前回のブログから数日経って自分の心境に変化と言うか変えなければいけないと思った事があったので記しておきたいと思います。

もうセコンド業は本気で控えようと思っていました。
いくら俺が作戦を立てて叫んでもやる側がそれをやらなかったり指示に対して理解できていなかったら意味がないし選手がもっと自分で考えないといけないと思っていました。

うちの選手達はセコンドにつく事も他所のチームより圧倒的に少ないですし大体自分が相手を考えてこちらのプランを作ってバンテージ巻きからウォームアップまで全部やっていました。

セコンドで大事なのは相手が何をやろうとするのか先読みする事です。
その上でこちらの武器をはめていき勝利に近付けると言う指示が必要になります。
先日のシンガポールでは本番では全く指示が通りませんでしたしBJJの世界チャンピオンに寝技で勝負するなんて言うプランはありませんでした。


必要以上にプレッシャーを感じていたのか我々が過度な期待をし過ぎたのか理由は解りませんが結果やってきた指導や今までが非常に意味のないものに感じたのでした。
更にタイミング的に他の敗戦が重なった事でいろいろ改めなければと思ったのです。


先週末、昨年まで10年近くボクシングコーチをやってくれていた臼井さんと会う約束をしていました。
臼井さんは離れてもずっと気にしてくれています。

0E75A131-284B-4429-9E6E-312AB417960A思えばTRIBEでは数年前に当時のトレーナーと当時いた選手がトラブルがあり双方とも辞める事になりチームは滅茶苦茶になった時期がありました。
臼井さんは俺を心配してくれてジムにある問題を必死に考えてくれました。
「長南のジムなんだから長南がやらなきゃ駄目だよ。俺も手伝うから」と。
いろいろ落ち込んでたのですが凄く救われました。


そして先週末、自分の考えてることを臼井さんに伝えました。
「お前がやらなあかん」
悩んでいた事は一蹴されました。
俺は頑固なので決めた事は曲げないように生きていますが義理も人情もあるので臼井さんが選手達を心配して言ってくれてる事はしっかり聞きます。

またセコンドで叫びます。
同時に今後はアホファイターを作り出さない為の作業も並行します。
もっともっと成長します。選手達も俺も。
臼井さん改めてありがとうございます。
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土曜にはアマチュア修斗の下町フリーファイトが行われていました。
ワンマッチ形式でしたが若手達が沢山出場しました。
俺がMMAの基礎を教えている子達です。
戦績は1人がアマパン優勝者に判定負けするもの善戦。
他の4人は圧倒的に勝っていました。
上京してくる子達も多いです。

仕切り直して20周年に向かいます。  
Posted by ryo_chonan at 12:12

大敗とこれから

March 29, 2022

先週末、シンガポールで行われたONE Xで所属の若松佑弥がチャンピオンのアドリアーノ・モラエスに挑戦して3Rフロントチョークで敗れました。
三浦に続き世界タイトル連敗。

指導はしていないと言え、うちからアメリカに送り込んだ佐藤天が3/20UFCロンドン大会で何もできずに完封負け。

翌日の月曜には小川徹がパンクラスのタイトルの防衛を失敗しベルトを失いました。

小川の試合に関してはよく頑張ったと思いますし同日修斗で試合だった2選手は良い試合で勝っています。
ただ自分が見てきたものは世界の舞台での勝利で、選手を引退してからも試合をしているつもりで選手の側に立ってきました。
ジム経営、一般の指導、選手の指導と試合のサポート。
10年続けてきましたが今回の敗北は選手で言えば引退勧告みたいなものでした。
若松はまだ若いしこれから何とでも巻き返せるでしょう。

ただ自分に対しての自信の喪失、俺如きがATTに挑むなんてのは無理な話だったのか?
自分の敗北より苦しいですし応援頂いた方々に申し訳ない。
試合現場でのトレーナーとしての仕事はとりあえず休業しようと思います。
俺がいない方が逆に勝つんじゃないかと期待する自分もいますし海外遠征の度に1週間もジムを不在にするのもよくないと感じます。

気持ちが入り過ぎて、戦っている選手より敗北でダメージを負っているようでは他の仕事に悪影響です。
これからはジム内での指導に全力を注ぎ引き続きマネージメントをしながら現場では前に出ず後ろからサポートするようにします。
今後ともTRIBE TOKYO MMAの選手達を応援して頂けますと幸いです。
  
Posted by ryo_chonan at 18:15試合

三浦彩佳の世界戦を終えて

January 17, 2022

ブーちゃんこと三浦彩佳がONEのタイトルマッチで敗れてから3日。
あの試合の日の事とそれまでの事を振り返ろうと思う。

知っての通り一昨年からONE Championshipは新型コロナウィルスの影響を受けて大会が延期になったりと多大なダメージを受けていた。
ブーちゃんの試合も相次ぐ延期、本当に試合があるのか不安の中でトレーニングキャンプを過ごしてきたのだ。

まず始めにコーチの堀江さんをはじめチームメイト、出稽古でお世話になった選手の皆さん、スポンサーや他にも沢山の応援してくれた皆さまに心から感謝致します。
皆様がいるから彼女は生きています。


2020年2月28日ブーちゃんはONE Championshipにてティファニー・テオ(シンガポール)と戦った。
1Rこそ得意の寝技で圧倒するも2Rからテイクダウンを防がれ打撃を浴びて3R終了間際にタックルを切られ動けなくなりレフェリーストップで敗北した。
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それまではONEの舞台で連続一本化ちで全く敵を寄せつけていなかったのだがテオのディフェンスと作戦の前に全てが封じられ気持ちから折られてしまうような内容になってしまった。

正直今後このようにやられるともうこの先、厳しいのでは?と思った。

打撃に関してはうちに入会して以来ゼロから教えていたのだが他の選手と比べて全くセンスが無くて、他の選手に教えて出来ている事が彼女には出来ないと言うのが非常に多かった。
コーチとしては出来ない打撃に時間を費やすよりも長所を伸ばしてそこで勝負する寝技特化型のスタイルをデビューの時から作り上げれば良いと思っていた。
その通りに試合では相手の打撃に一切付き合わずに組んで投げて試合を終わらせると言うのが定番となり勝つ試合はいつも圧勝していた。


更に8年前に遡る。
三浦さんはジムの近くで自分や選手、会員さん皆がお世話になっている”にだいら整骨院”で柔整師として働いていた。我々が治療に通ってる時に練習に参加したいと院長の推薦もあってTRIBEに一般会員として入会する事になった。
普通に朝から勤務した後半に少し早めに抜けさせてもらってジムに来ては1時間くらいの練習を毎日熱心にこなしていた。
始めて間もない頃、急に彼女に自分とは関係の無いところからDEEPジュエルスのグラップリングマッチに出場すると言う話が舞い込んだのだった。
院長からはTRIBEとして出させて欲しいと依頼を受けたのだが、その時はマネージメントもしていないし、そもそも三浦さんは試合をするようなレベルの練習もしていないのでTRIBE所属としては出せませんと断らせて頂いた。

案の定、その試合は一本負けをしていたのだが、もっと練習するからTRIBEで面倒を見て欲しいと言う話を本人と院長から受け、今の段階はまず練習することが大事で現状で試合をするべきでは無いと自分の考えを伝えた。
しかし今後の練習内容によっては所属で試合する事も許可しますしマネージメントもしますと話したのが彼女のTRIBE所属のMMAファイターとしての始まりとなった。

同期に佐藤天と安藤達也が当時はいた。

IMG_0799とにかく練習は真面目だった。当時はプロになりたいと言ってロクに練習も来ず消えて行く者も少なくなかったのだが反対に三浦さんは勤務後の短い時間で1秒でも無駄にしたく無いと練習に取り組んでいた。
やられてもやられても立ち上がりグシャグシャの髪を振り乱しながらスパーをしていた三浦さんを見て俺はゾンビと命名させてもらった。
TRIBE所属として出場したDEEPジュエルスを一本化ちでMMAデビューすると2戦目でいきなりベテランの藤野選手と対戦。
敗れるも1Rはテイクダウンで藤野を苦しめた。

いつも軽量時に体重が規定を大きくアンダーしていたので一つ下の階級で試合する事を提案したのだがそれが悪夢の始まりだった。
虫垂炎で一回試合を欠場した後に今度はメニエール症候群と言う原因不明の目眩に襲われ連続欠場。普通に生活する事すらままならなくなり2年近くも試合を欠場する事になった。
今になれば原因不明ではなく何故そうなったのかがはっきりと解るのだが当時はDEEPや対戦相手にも迷惑をかけその原因を全く把握できなかった自分に対して情けなく思う。

体調も戻り練習を再開する事が出来たのだが彼女を使ってくださいとDEEPに言える状況じゃなかったので自分の主催のTTF CHALLENGEを復帰の場所として試合を組んだ。

復帰戦で勝利後、DEEPでも復帰を果たしてからパンクラスに主戦場を移してキャリアを重ねONEから名指しでオファーが来るまでになった。
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その間、お世話になったにだいら整骨院を辞めて本業ファイターになったり、さまざまざな生活の変化があったけどTRIBEの練習には欠かさず来ていた。
IMG_2068無事復帰を果たすもデビュー当初は問題無かった体重管理がメニエールと同じ原因で減量が全くうまくいかず、いつしか俺はゾンビからブーちゃんと呼ぶようになる。彼女の減量物語はそれだけで長くなってしまうのでここでは省略します。
俺は女だからとか差別はしないし、かなりきつい事を言うと思う。
ブーちゃんは相当泣いていた。
それでも厳しい練習にも厳しい言葉にもずっと追いて来ていた。

そんな彼女に救世主が現れたのは2018年9月。前コーチの退任を受けてTRIBEのフィジカルコーチとして堀江敏志幸さんが就任してくれた。

堀江さんには俺目線でのプロ選手それぞれの長所や短所を説明させてもらった。

堀江さんは今まで見て来たフィジカルコーチと違ってまずそれぞれの体の特性を理解することから始まり目の動きや血液など徹底して調べることから始めていた。
俺がきついプロ練やミットなど戦う為のハードトレーニングを課すのに対して体調管理やケアを怠らず無事に試合に辿り着くまでのトレーニングをやってくれている。

ブーちゃんを堀江さんが見てくれるようになり、フィジカル以外にもメンタルも救われ体重も再び落ちるようになり始めた。
他の選手達に関しても怪我人が少なくなりジムの空気さえもとても良くなった。
根性で現役をやって来た自分にとっては堀江さんの教えがマジックのように見えたし今フィジカルを見て貰ってる選手達が羨ましくもある。

話は再びティファニー・テオ戦に戻る。
まずブーちゃんも自分も一回倒してしまえばなんとかなると思っていた甘い部分があった。それが凌がれた時もう何も残っていなかったのだ。
連勝で感覚が麻痺していた我々は2度とそんな事が無いように新しい取り組みを開始した。

彼女の視覚や運動神経に大きな問題があるのでそこは堀江さんに取り組んで貰った。
自分は組み方の問題点を修正してパターンを増やした。
普通ずっと一緒にやっている選手の変化は分かり辛いのだがブーちゃんはどんどん変化していくのが目に見えて分かった。
それまでディフェンス出来なかった打撃に反応できるようになってる。明らかに力が強くなり体重もしっかりシェイプされONEではアトム級でも戦えるくらいになっている。

昨年4月に復帰戦を勝利で飾り今回ジヨン・ジンナンの持つストロー級タイトルに挑戦する権利を得た。

ジンナンはブーちゃんをTKOしたテオにほとんど何もさせず大きなダメージを与えて大差の判定勝ち。
柔術世界王者のミッシェル・ニコリニも同様に完封している。
下馬評では不利と言われているのも今までの戦績を見れば一目瞭然である。

しかし本人も俺も対ジンナンを無理だとは思わなかった。テオにやられた以上にジンナンからはやられる可能性はあるけどこっちが極めて終らせる可能性も大いにあると思っていた。こっちは一回テイクダウンを成功できればそれで試合を終らせれる力がある。

ブーちゃんの攻撃バリエーションはとても少ないが一つ一つ確認し何度も反復して確認した。

そしてタイトルマッチを迎える。
前日の計量前から応援してくれる人達に沢山のメッセージを貰い試合前する前から号泣していた。
計量は問題なくパス。

いつも通りバンテージ巻いてウォームアップして体に叩き込んだ作戦を持ってケージイン。絶対王者ジンナンと対峙した。
DA-8613試合が始まると驚いたことが2つあった。ブーちゃんがジンナンのパンチを避けているのだ。これはデビューから今まで見たことが無かった。ローキックまでディフェンスしている。
堀江さんが反応の練習をさせてるのは知っていたが実戦で使える物になってるとは思ってもいなかった。
そして相手をしっかりキャッチ出来ている。

RP-03906もう1つの驚きはジンナンのテイクダウンディフェンスだった。少し前はテオに投げられる場面もあった。自分は中に入れれば投げれるだろうと思っていて、入れるかが勝負のポイントだと思っていた。
しかしそれが簡単に掴む事は出来ても投げが完全にディフェンスされてしまう。
タックルも決まりかけたがジンナンのダーティーテクニックで防がれてしまった。
ジンナンは防御方法的にはそれほど難しい事はやっていない。
ただこっちにはイレギュラーに対する他のバリエーションは無い。

ジンナンはディフェンスに比重を置き小さな打撃を蓄積させていく戦い方だった。明らかにポイントは向こうに入るのだがダメージを負う様な攻撃は無かった。もっと踏み込んで来てくれれば隙も生まれるのだがジンナンも警戒しているのか飛び込んでくる様ないつもの攻撃は無かった。

結局ディフェンスを打ち破ることが出来ずに5R戦い判定で敗れた。
5R目は前に出続けたのだが1,2からそれをやれば良かったとブーちゃんは涙を流しながら言っていた。
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沢山のサポートを受けていたようだ。
それに応えたかったのだろう。携帯を握りながらずっと泣いていた。
しかしテオとの試合後は3Rだったのにも関わらず自分で歩く事さえままならなかったのに対して、今回は大丈夫ですと言って普通に歩いているし何処も痛く無いという。

ここ1、2年で本当に成長したと思った。よくやったなとそっと抱きしめてやりたいところだったけどキモいから止めた。我々は敗北したのだ。
しかしジンナンにはテオよりもニコリニよりもアンジェラよりもやられていない。

俺の中でやり返す為の戦闘プランはすぐに作れた。
残りの契約を全勝で消化し再びタイトル戦に浮上する。

満足してはいけないと思うけどブーちゃんは沢山の人に支えられ自分の好きな事を全うする人生を日々過ごせていると思う。
そんな彼女の戦いをまた見守って頂けると幸いです。


RP-00230最後に前回のブログが上久保の件で終わってますが今回上久保は強い決意で試合をしてくれました。
攻守入れ替わるグラップリングバトルの末に3Rリアネイキッドチョークで一本勝ち。
いつも練習で見せてる強さを沢山の人に見てもらう事ができました。
俺が見たかったのはこれです。それだけです。







  
Posted by ryo_chonan at 01:07試合

上久保君とONEと。

November 03, 2021

上久保がONEとの契約に不満をSNSで発信しているのでそれについて自分の見解を書きたい。

まず上久保をONEに紹介して契約を結んだ時の代理人は俺である。
ずっとTRIBEの木曜プロ練に来ていて練習姿勢やグラップリングの強さなど一目を置く選手であった。
そんな選手なので練馬で開催したTTF CHALLENGEには2度ほど出てもらったし国内プロモーションのランカーでもなかったけど将来性があるからと言ってONEに推薦してねじ込んでもらった。

その様な経緯なので新人としてあまりギャラなどの条件はよく無いけどマッチメイク的にも下の方から経験積んでいってもらえればと思っていた。
俺は練習を見ている他に自腹でセコンドにも行ったりした。

彼は3部練とか当たり前でそれが満足いかないときはよく試合のオファーを断った。
契約が延長されちゃう事を伝えると彼はそれで良いと言った。

オファーを何度も蹴らずに受けていれば彼の最初の契約は2年くらいで終了していたはずだ。

最初は国内プロモーションよりONEが良いと言ってた彼も尊敬するコリアンゾンビの影響からかUFCが最高だみたいな事をよく呟くようになった。
UFCは紛れもないMMAのトッププロモーションではあるがONEと契約しながらそれを言い出すのは少し失礼な話で自分の契約しているプロモーションに選手は全力を注ぐべきである。それが自分の為になるのだから。

ONEは上久保を良く評価してくれてると思う。
判定基準が良くわからないONEでも判定でしっかり勝って内容も褒められていた。
キャリア最大の難敵になるであろうユサップ・サラデューエフとタイで組まれ入国直後に目の不調を訴え試合をキャンセル。
ONEはすぐに病院に連れて行き彼の体調を気遣いすぐに帰国させてくれた。
5日前に代替え選手まで用意してくれたのだがイベント側としては結構大変な事で何も言わずにやってくれたのだから選手のケアをしない団体などではない。

そんなこんなで上久保は試合は断ったり非常に頑固だったりUFCが最高と言い出したり当時コンサルタントとしてマネージメント業務も担当していたのでちょっと面倒くさかった。
ただ練習はしっかりしているし実力もあるからもっと上に行って欲しいと思う選手ではあった。

昨年からコロナウィルスが猛威を振るいイベントがキャンセルになったりで契約選手の試合が無くなってしまった。
国内ではRoad to ONEを開催したりなんとか選手に試合の機会を作ろうと取り組んでいる。
しばらくイベントができない間の昨年8月に自分のコンサルタントの仕事は終了となった。

当時は沢山の選手を契約させていたので自分の仕事はONE JAPANに引き継いでもらう形になった。
仕事自体とても大変だったので一ジムの代表に戻り選手育成やジム経営に力を使えば良いだけになったので気持ち的にはスッキリした。

ONEがイベント開催出来ないのも大量のリストラ者が発生したのもコロナのせいである。
選手達は国内に活動を戻したり再開まで待ったりそれぞれ対応しているようだ。

自分は若松や三浦、和田のマネージメントは継続してやってるが上久保は現在タッチしていない。

本人と少し話したが柔術の試合に出たことまで契約延長にカウントされ契約がかなり長くなってるとの事。
事実、長期間上久保を起用していないのだから契約書は無効だと思う。
普通に裁判やっても上久保が勝つだろう。

今自分は中にいないのだが秦さんをはじめONE JAPANはこのような問題をそのままにしてはいけないと思う。
ONEも試合して欲しい気持ちがあれば歩み寄るべきだしもっとコミュニケーションをとって解決するべきだ。その為に日本法人があるのではないか。

2022年には通常通り大会が開催されるようになると聞く。
願わくば上久保が望む場所で戦って欲しいし彼の試合を俺は見たい。
彼がどう思おうがONEの戦いで彼が有名になり世界の人達に知ってもらえる事になったのは事実である。
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写真はセコンドしに行ったら試合欠場となって俺より先に帰国してしまった時の上久保君です。  
Posted by ryo_chonan at 16:40

9周年と新ロゴ

April 09, 2021

TRIBE TOKYO M.M.A は4月1日で9周年を迎えました。
オープン当初はどうなるか解らず借りたお金を全額返済すべく必死に働きました。
有り難い事に沢山の入会者様に恵まれて最初の月から黒字でした。

しかし気は抜けず、ガンガン指導して考えてクラスの時間割を変更したり設備を増やしたり未だ完全を求めて営業しております。

9周年を記念してと言う訳では無いのですが周年の節目のタイミングで新しいロゴを発表します。つきまして今までのロゴやその思いを説明させて頂きたいと思います。

9年間使ってきた楕円赤丸のロゴはG1950の北さんにデザインして頂いたものです。
原案ではいくつかパターンがあって長南はこんな感じじゃない?とサンプルで送ってくれたのは真っ赤な円形の中にTRIBE TOKYO MMAと入ったものでした。
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自分が愛国者で日の丸が好きな事を組んで考えてくれたのだと思いますがジムのコンセプトとして愛国心を初っ端からからドンと打ち出すのはちょっと違うかなと思いました。
極端な話ですが人種、思想は関係なく格闘技を楽しんで欲しいし外に向かってアピールする必要は無いと思ったのです。
なのでサンプルにあった楕円のものを選ばせて頂きました。
それでも友人からはお前の思想は良いけど商売するなら発言は注意しろとよく言われてましたが(笑)

ちなみに表記のM.M.Aに何故ピリオドが入ってるかを説明します。
自分がジムを開く前は試合するにあたって白井、中西、滑川さんとTEAM M・A・Dと名乗っていました。
DEEPの佐伯氏からDEEP直属のチームを作って欲しいとの事で自分が考えたのですがマーシャアーツデビルズでM・A・D、マッドではありますがマッドと呼ばれないようにエムエーディーと呼ばれるように間に点を入れました。
それからジムを作りジムの名前を考え表記する時に当時MMAと言う言葉はあまり浸透してなくMMAと言えば大抵の人は総合と呼んでいました。
なので最初に作った看板はわざと総合格闘技と大きくか書いて作った経緯があります。
TRIBEと言う文字ですらトリべとか読む人がいたくらいでエムエムエーと呼んで欲しいが為にピリオドを付けたのが理由です。
自分の感覚的にMMAと言う言葉は9年前よりだいぶ浸透してきたので今後の表記や作るものからピリオドは止めてTRIBE TOKYO MMAにしたいと思います。

話は赤ロゴに戻ります。
近年になって弟子達が世界と戦い始めました。
ONEで試合する者、アメリカに飛び経ってUFCで試合する者。
皆、日の丸を背負っています。
佐藤天はアメリカトップのチーム、サンフォードで練習しています。世界のトップが集まり凌ぎを削るジム。
嬉しい事に彼はその中で存在を示し皆に好かれています。彼を通してTRIBEのTシャツが人気となり世界のトップの選手達がそれを着てくれています。
TOKYOと言う文字が気に入って貰えてるのかと思います。
弟子達が海外で戦い海外の選手からも好評ならもっと日本に誇りを持って日本の代表として世界と戦い世界の人達と交流できたらと新しいロゴを作る事にしました。
アメリカで沢山の星条旗が掲げられてるように日本国旗を掲げまた日本でジムに来てくれた外国人がお土産に日本のジムの日本だと解るTシャツを持ち帰ってほしくて新ロゴは日の丸にします。

デザインしてくれたのはTTFの大会画像等いろいろお世話になってるデザインワイさんです。代表のY君はG1950でデザイナーをしていた経緯もあるので最初のロゴとも繋がりがあります。
新ロゴはこちらになりますが自分が現在SNS等のアイコンにしているものです。
グッズなどはまだ忙しくて手が回りませんがTシャツから作り始めたいと思います。
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長くなりましたが今後ともTRIBE TOKYO MMAを宜しくお願い致します。  
Posted by ryo_chonan at 12:16

大ピンチ到来5

June 15, 2020

ジムが休館となり自粛生活を送っている会員さん達にとっても闇練習しているチームメイトにとっても4/17 Road to ONE:2ndはコロナ渦の中での良い光となった。
大会自体が対ウィルスというこれからの時代の興行モデルとなったと言っても過言では無い。
大会日から2週間後まで選手関係者の体調をチェック。
これが成し遂げられた時、この状況で黙って見ているだけではなく自分で選択して動ける人間で良かったと改めて思えた。

気がかりだったのがテレビマッチに出れるレベルの選手は良いけどデビュー戦レベルの選手達の今後。
試合が決定してもコロナが理由で2度も延期されずっと練習だけ続けている選手もうちにはいた。
アマチュアやデビュー戦レベルの選手を誰もケアしようとしないのであれば俺がやるしか無いと思った。

2014年に自分がスタートさせた自主興行「TTF CHALLENGE」と言うイベントがあるのですが、このイベントの意義は団体に囚われず新しい選手の発掘。
業界における固定概念の破壊。
生意気かもしれませんが既存プロモーションにも風を吹かせようと企んでいました。
今では普通ですが当時はジムの頭同士が連絡を取りあい試合についての情報交換などほとんどない時代でした。
各団体の代表に頭を下げ協力してもらいイベントは良いテンポで開催できていたと思います。
TTFでデビューしたり良いパフォーマンスをしてステップアップしていく選手も少なくなかったです。

こんな中でサステイン代表の坂本さんは自分の興行や考え方を理解してくれてサステイン興行の中に自分が入っていく事になりました。
RIZINのアマチュアを3年連続手伝ったのも、きっかけは坂本さんとルミナさんの要請でした。
ケージ組みに関しては今までの組んでいる作業を無駄だらけと感じ、自分達であれば半分以下の費用で3分の1の時間で出来ると豪語しそれを実践しました。
それを修斗の後楽園大会に反映させることも出来ました。

現在TRIBEは修斗とパンクラスを中心に選手を派遣しています。
コロナ渦前は毎月のように興行が開かれ所属選手達に試合のオファーがきました。
自分の実績が評価されONE Championshipの仕事もさせてもらうようになりました。
ジム自体が忙しいのに更に増えていく仕事。
TTFに力を注ぐような時間は全くなくなり2年以上自主興行はストップしていました。

IMG_1025そして今このコロナ渦の中、若い子達に誰もチャンスを作らないのであればこの競技の未来は無いと思いました。
人に求めるより自分でやろう。
6/27 TTF CHALLENGE 08 無観客大会開催決定。
嬉しい事にABEMAもサステインも大きく協力してくれることになりました。放送はチケットぴあのLIVE STREAMです。
赤字でも良いです。これは投資です。大会も発表し選手達の指導もより一層気合が入りました。

更に嬉しい事に緊急事態宣言が解除され6月からジムの一般クラスも再開できる事になりました。

5/31(日)都内某所、修斗が無観客試合を開催。
メインに岡田vs倉本の世界バンタム級暫定王者決定戦。TRIBEからは清水と石井が参戦。
勿論ケージ班は我々、長南金網興業。
ケージ組みから始まりバンテージ、ウォームアップ、セコンドを2名分、2名とも勝利、ケージ撤収から帰宅。
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IMG_10406/1(月)朝から対ウィルス抗菌コートデルフィーノの施工立会い。
午後15時からTRIBE TOKYO M.M.A再オープン。
前日の疲れはあるものの最後までハイテンションで指導。
ジムをやれた事が爽快だった。



掃除を終え23時くらい。翌朝に備えて会員さん、アニマドのマスタージョイ君と遅めの夕食。
なんだか腰が痛いが楽しく過ごし練馬に借りてるマンションに帰って寝ようとしたその時…
腰痛が腹痛へと変わり呻き声をあげるほどの痛みとなった。
食中毒か?
なんだか解らないが全身から汗が吹き出し痛みで歩行も困難に。
タクシー乗り場までも行けず119番にダイヤルした。
ジョイ君がわざわざ来て付き添ってくれたのは深夜2時。
病院に着くと血液検査、CTスキャン、点滴と激痛に耐えながら行われた。
正直一瞬死ぬかと思いました。

救急隊員さんが寝ている嫁を電話で起こし嫁は軽自動車で4時くらいに病院に到着しました。
次の日は子供達の学校も嫁の仕事も再開するのにえらい迷惑と心配をかけてしまいました。
半年の間に2度目の入院。
IMG_1042診断の結果は「腸閉塞」。腸の中に化膿した溜まりが出来て激痛の原因になってるそうです。
前回の手術したところが発生源でした。
それを手術で取り出すわけには行かず抗生剤を1日3回投与し時間はかかるけど炎症部を叩くと言うのが担当の先生からの治療の説明でした。
最初の数日間は痛みが治まらず苦しみ1日500mlの水と点滴による栄養補給でした。
今回は炎症部が中心に痛み数日間は高熱も伴い苦しかった。
ジムは選手達が指導に回り自分の不在をカバーしてくれてます。バイトの受付嬢も毎日出勤してくれました。
6月は既存会員さんの希望者のみ復会可能と言うシステムだったけど思ったより沢山練習に戻って来たそうです。
入院した事により沢山の業務に支障が出てしまいましたが、それ以上に沢山の励まし助けを頂き自分は幸せ者だと改めて実感しました。家族にも感謝です。
病院の先生や看護士さんには本当にお世話になりました。
入院してちょうど2週間、明日6/16に退院します。
退院したら再発防止に気をつけながらまた突っ走りますよ。

何度倒れようと俺は立ち上がります。それよりも若いこれからの格闘家達を応援してやってください。
6/27 TTF CHALLENGE 08チケットはこちら

大ピンチ到来 完
  
Posted by ryo_chonan at 21:36

大ピンチ到来4

25日に指導復帰したものの翌26日には三浦彩佳のセコンドでシンガポールへ向った。
武漢でコロナが爆発し空港や飛行機など危険だと言われ始めた時期だ。
いくら体調不良でも選手のマネージメントなどで本社チームとは連絡を取り合っていたので自分が入院した事も皆さん知っていてくれてシンガポールに着くと沢山のスタッフが心配して声をかけてくれた。

コロナ感染拡大防止の為、初の無観客で行われた2/28 ONE Championship、三浦の相手はティファニー・テオ。相手を映像で見る限りこれと言った武器はなく殺傷能力もそれほど高いようには見えなかった。
しかし試合はうまくいかなかった。
三浦はONEでの過去3戦あまりにも簡単に勝ち過ぎた。
1Rは優勢だったけど途中から思い通りにならず、彼女は相手と向き合わず目を逸らすように戦った。
IMG_0500後半は試合すら投げ出しそうだったのでそうならないようセコンドとして叫んだ。
試合は3RTKO負け。
三浦は病院送りとなり長い時間付き添ったのだがその時の彼女を見てるとこりゃ負けるだろうな〜って要素が多々あってそれをもっと早く見抜けなかった自分にムカついた。
また復帰して試合するのであれば徹底的にやるしか無いのだがその選択も彼女次第である。

帰国すると手術後の傷を庇いながらも毎日指導。
自分の一連の体調不良がヤバい病気だと思っている人も少なくなく久しぶりに連絡くれたりわざわざ会いに来てくれる人も多く3月はがっちり指導して酒も沢山飲んだ。

しかしこの時期から日本でもコロナウィルスが感染拡大し格闘業界だけじゃなく全ての産業が世界中でピンチを迎える事になった。
政府の非常事態宣言を受けて4月からジムは閉鎖。
格闘技イベントは軒並み中止か延期となり増え続ける感染者数に絶望を感じた事もあった。

本来4.12にはABEMAとサステインと自分でRoad to ONE:2ndを行う予定だった。
TRIBEの選手も出場予定。
普通に収支だけを考えれば中止にする事が無難で誰からも責められない。
普通だったら…

ジムの閉館時に俺は選手達に伝えた。
「一般会員さんをジムで感染させる訳にはいかないけどお前らは違う。この閉館の間、変わらずお前らの練習は見るからこの時期に他に差をつけるぞ」
SNSなどで世界のトップが練習しているのは知っていた。アメリカの天が練習しているハードノックスのコーチ達とも連絡を取り合っていた。
根本自分の考えは戦い攻める事。
ABEMAの北野さんや坂本さんも近い感じではあっただろう。あとはコロナ渦でも試合を出来る選手を集め感染症対策を行いやるだけだ。
中止、延期、自粛、自粛…に一矢報いたい気持ちと練習している選手に試合をさせたいと言う気持ちが行動となった。
Road to ONE:2ndは週末を避けて4/17にリスケジュールして決行された。
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IMG_0715TRIBEから工藤と後藤が参戦、日頃の練習の成果を発揮。
無事に勝利を収める。
体壊してもミットを持ち続け、試合をする場も用意出来た。ビジネスと呼ぶには程遠いしこれを続けろと言われると無理がある。
でも出場選手にはギャラが入って生活も守れる。不要不急って何なんだろうか?
2人の試合と勝利で自粛期間練習のモチベーションが更に上がる。

この大会を無事に終えてもう一個やらないとなぁと新たな目標が出来た。

5に続く  
Posted by ryo_chonan at 09:53