9周年と新ロゴ

April 09, 2021

TRIBE TOKYO M.M.A は4月1日で9周年を迎えました。
オープン当初はどうなるか解らず借りたお金を全額返済すべく必死に働きました。
有り難い事に沢山の入会者様に恵まれて最初の月から黒字でした。

しかし気は抜けず、ガンガン指導して考えてクラスの時間割を変更したり設備を増やしたり未だ完全を求めて営業しております。

9周年を記念してと言う訳では無いのですが周年の節目のタイミングで新しいロゴを発表します。つきまして今までのロゴやその思いを説明させて頂きたいと思います。

9年間使ってきた楕円赤丸のロゴはG1950の北さんにデザインして頂いたものです。
原案ではいくつかパターンがあって長南はこんな感じじゃない?とサンプルで送ってくれたのは真っ赤な円形の中にTRIBE TOKYO MMAと入ったものでした。
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自分が愛国者で日の丸が好きな事を組んで考えてくれたのだと思いますがジムのコンセプトとして愛国心を初っ端からからドンと打ち出すのはちょっと違うかなと思いました。
極端な話ですが人種、思想は関係なく格闘技を楽しんで欲しいし外に向かってアピールする必要は無いと思ったのです。
なのでサンプルにあった楕円のものを選ばせて頂きました。
それでも友人からはお前の思想は良いけど商売するなら発言は注意しろとよく言われてましたが(笑)

ちなみに表記のM.M.Aに何故ピリオドが入ってるかを説明します。
自分がジムを開く前は試合するにあたって白井、中西、滑川さんとTEAM M・A・Dと名乗っていました。
DEEPの佐伯氏からDEEP直属のチームを作って欲しいとの事で自分が考えたのですがマーシャアーツデビルズでM・A・D、マッドではありますがマッドと呼ばれないようにエムエーディーと呼ばれるように間に点を入れました。
それからジムを作りジムの名前を考え表記する時に当時MMAと言う言葉はあまり浸透してなくMMAと言えば大抵の人は総合と呼んでいました。
なので最初に作った看板はわざと総合格闘技と大きくか書いて作った経緯があります。
TRIBEと言う文字ですらトリべとか読む人がいたくらいでエムエムエーと呼んで欲しいが為にピリオドを付けたのが理由です。
自分の感覚的にMMAと言う言葉は9年前よりだいぶ浸透してきたので今後の表記や作るものからピリオドは止めてTRIBE TOKYO MMAにしたいと思います。

話は赤ロゴに戻ります。
近年になって弟子達が世界と戦い始めました。
ONEで試合する者、アメリカに飛び経ってUFCで試合する者。
皆、日の丸を背負っています。
佐藤天はアメリカトップのチーム、サンフォードで練習しています。世界のトップが集まり凌ぎを削るジム。
嬉しい事に彼はその中で存在を示し皆に好かれています。彼を通してTRIBEのTシャツが人気となり世界のトップの選手達がそれを着てくれています。
TOKYOと言う文字が気に入って貰えてるのかと思います。
弟子達が海外で戦い海外の選手からも好評ならもっと日本に誇りを持って日本の代表として世界と戦い世界の人達と交流できたらと新しいロゴを作る事にしました。
アメリカで沢山の星条旗が掲げられてるように日本国旗を掲げまた日本でジムに来てくれた外国人がお土産に日本のジムの日本だと解るTシャツを持ち帰ってほしくて新ロゴは日の丸にします。

デザインしてくれたのはTTFの大会画像等いろいろお世話になってるデザインワイさんです。代表のY君はG1950でデザイナーをしていた経緯もあるので最初のロゴとも繋がりがあります。
新ロゴはこちらになりますが自分が現在SNS等のアイコンにしているものです。
グッズなどはまだ忙しくて手が回りませんがTシャツから作り始めたいと思います。
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長くなりましたが今後ともTRIBE TOKYO MMAを宜しくお願い致します。  
Posted by ryo_chonan at 12:16

大ピンチ到来5

June 15, 2020

ジムが休館となり自粛生活を送っている会員さん達にとっても闇練習しているチームメイトにとっても4/17 Road to ONE:2ndはコロナ渦の中での良い光となった。
大会自体が対ウィルスというこれからの時代の興行モデルとなったと言っても過言では無い。
大会日から2週間後まで選手関係者の体調をチェック。
これが成し遂げられた時、この状況で黙って見ているだけではなく自分で選択して動ける人間で良かったと改めて思えた。

気がかりだったのがテレビマッチに出れるレベルの選手は良いけどデビュー戦レベルの選手達の今後。
試合が決定してもコロナが理由で2度も延期されずっと練習だけ続けている選手もうちにはいた。
アマチュアやデビュー戦レベルの選手を誰もケアしようとしないのであれば俺がやるしか無いと思った。

2014年に自分がスタートさせた自主興行「TTF CHALLENGE」と言うイベントがあるのですが、このイベントの意義は団体に囚われず新しい選手の発掘。
業界における固定概念の破壊。
生意気かもしれませんが既存プロモーションにも風を吹かせようと企んでいました。
今では普通ですが当時はジムの頭同士が連絡を取りあい試合についての情報交換などほとんどない時代でした。
各団体の代表に頭を下げ協力してもらいイベントは良いテンポで開催できていたと思います。
TTFでデビューしたり良いパフォーマンスをしてステップアップしていく選手も少なくなかったです。

こんな中でサステイン代表の坂本さんは自分の興行や考え方を理解してくれてサステイン興行の中に自分が入っていく事になりました。
RIZINのアマチュアを3年連続手伝ったのも、きっかけは坂本さんとルミナさんの要請でした。
ケージ組みに関しては今までの組んでいる作業を無駄だらけと感じ、自分達であれば半分以下の費用で3分の1の時間で出来ると豪語しそれを実践しました。
それを修斗の後楽園大会に反映させることも出来ました。

現在TRIBEは修斗とパンクラスを中心に選手を派遣しています。
コロナ渦前は毎月のように興行が開かれ所属選手達に試合のオファーがきました。
自分の実績が評価されONE Championshipの仕事もさせてもらうようになりました。
ジム自体が忙しいのに更に増えていく仕事。
TTFに力を注ぐような時間は全くなくなり2年以上自主興行はストップしていました。

IMG_1025そして今このコロナ渦の中、若い子達に誰もチャンスを作らないのであればこの競技の未来は無いと思いました。
人に求めるより自分でやろう。
6/27 TTF CHALLENGE 08 無観客大会開催決定。
嬉しい事にABEMAもサステインも大きく協力してくれることになりました。放送はチケットぴあのLIVE STREAMです。
赤字でも良いです。これは投資です。大会も発表し選手達の指導もより一層気合が入りました。

更に嬉しい事に緊急事態宣言が解除され6月からジムの一般クラスも再開できる事になりました。

5/31(日)都内某所、修斗が無観客試合を開催。
メインに岡田vs倉本の世界バンタム級暫定王者決定戦。TRIBEからは清水と石井が参戦。
勿論ケージ班は我々、長南金網興業。
ケージ組みから始まりバンテージ、ウォームアップ、セコンドを2名分、2名とも勝利、ケージ撤収から帰宅。
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IMG_10406/1(月)朝から対ウィルス抗菌コートデルフィーノの施工立会い。
午後15時からTRIBE TOKYO M.M.A再オープン。
前日の疲れはあるものの最後までハイテンションで指導。
ジムをやれた事が爽快だった。



掃除を終え23時くらい。翌朝に備えて会員さん、アニマドのマスタージョイ君と遅めの夕食。
なんだか腰が痛いが楽しく過ごし練馬に借りてるマンションに帰って寝ようとしたその時…
腰痛が腹痛へと変わり呻き声をあげるほどの痛みとなった。
食中毒か?
なんだか解らないが全身から汗が吹き出し痛みで歩行も困難に。
タクシー乗り場までも行けず119番にダイヤルした。
ジョイ君がわざわざ来て付き添ってくれたのは深夜2時。
病院に着くと血液検査、CTスキャン、点滴と激痛に耐えながら行われた。
正直一瞬死ぬかと思いました。

救急隊員さんが寝ている嫁を電話で起こし嫁は軽自動車で4時くらいに病院に到着しました。
次の日は子供達の学校も嫁の仕事も再開するのにえらい迷惑と心配をかけてしまいました。
半年の間に2度目の入院。
IMG_1042診断の結果は「腸閉塞」。腸の中に化膿した溜まりが出来て激痛の原因になってるそうです。
前回の手術したところが発生源でした。
それを手術で取り出すわけには行かず抗生剤を1日3回投与し時間はかかるけど炎症部を叩くと言うのが担当の先生からの治療の説明でした。
最初の数日間は痛みが治まらず苦しみ1日500mlの水と点滴による栄養補給でした。
今回は炎症部が中心に痛み数日間は高熱も伴い苦しかった。
ジムは選手達が指導に回り自分の不在をカバーしてくれてます。バイトの受付嬢も毎日出勤してくれました。
6月は既存会員さんの希望者のみ復会可能と言うシステムだったけど思ったより沢山練習に戻って来たそうです。
入院した事により沢山の業務に支障が出てしまいましたが、それ以上に沢山の励まし助けを頂き自分は幸せ者だと改めて実感しました。家族にも感謝です。
病院の先生や看護士さんには本当にお世話になりました。
入院してちょうど2週間、明日6/16に退院します。
退院したら再発防止に気をつけながらまた突っ走りますよ。

何度倒れようと俺は立ち上がります。それよりも若いこれからの格闘家達を応援してやってください。
6/27 TTF CHALLENGE 08チケットはこちら

大ピンチ到来 完
  
Posted by ryo_chonan at 21:36

大ピンチ到来4

25日に指導復帰したものの翌26日には三浦彩佳のセコンドでシンガポールへ向った。
武漢でコロナが爆発し空港や飛行機など危険だと言われ始めた時期だ。
いくら体調不良でも選手のマネージメントなどで本社チームとは連絡を取り合っていたので自分が入院した事も皆さん知っていてくれてシンガポールに着くと沢山のスタッフが心配して声をかけてくれた。

コロナ感染拡大防止の為、初の無観客で行われた2/28 ONE Championship、三浦の相手はティファニー・テオ。相手を映像で見る限りこれと言った武器はなく殺傷能力もそれほど高いようには見えなかった。
しかし試合はうまくいかなかった。
三浦はONEでの過去3戦あまりにも簡単に勝ち過ぎた。
1Rは優勢だったけど途中から思い通りにならず、彼女は相手と向き合わず目を逸らすように戦った。
IMG_0500後半は試合すら投げ出しそうだったのでそうならないようセコンドとして叫んだ。
試合は3RTKO負け。
三浦は病院送りとなり長い時間付き添ったのだがその時の彼女を見てるとこりゃ負けるだろうな〜って要素が多々あってそれをもっと早く見抜けなかった自分にムカついた。
また復帰して試合するのであれば徹底的にやるしか無いのだがその選択も彼女次第である。

帰国すると手術後の傷を庇いながらも毎日指導。
自分の一連の体調不良がヤバい病気だと思っている人も少なくなく久しぶりに連絡くれたりわざわざ会いに来てくれる人も多く3月はがっちり指導して酒も沢山飲んだ。

しかしこの時期から日本でもコロナウィルスが感染拡大し格闘業界だけじゃなく全ての産業が世界中でピンチを迎える事になった。
政府の非常事態宣言を受けて4月からジムは閉鎖。
格闘技イベントは軒並み中止か延期となり増え続ける感染者数に絶望を感じた事もあった。

本来4.12にはABEMAとサステインと自分でRoad to ONE:2ndを行う予定だった。
TRIBEの選手も出場予定。
普通に収支だけを考えれば中止にする事が無難で誰からも責められない。
普通だったら…

ジムの閉館時に俺は選手達に伝えた。
「一般会員さんをジムで感染させる訳にはいかないけどお前らは違う。この閉館の間、変わらずお前らの練習は見るからこの時期に他に差をつけるぞ」
SNSなどで世界のトップが練習しているのは知っていた。アメリカの天が練習しているハードノックスのコーチ達とも連絡を取り合っていた。
根本自分の考えは戦い攻める事。
ABEMAの北野さんや坂本さんも近い感じではあっただろう。あとはコロナ渦でも試合を出来る選手を集め感染症対策を行いやるだけだ。
中止、延期、自粛、自粛…に一矢報いたい気持ちと練習している選手に試合をさせたいと言う気持ちが行動となった。
Road to ONE:2ndは週末を避けて4/17にリスケジュールして決行された。
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IMG_0715TRIBEから工藤と後藤が参戦、日頃の練習の成果を発揮。
無事に勝利を収める。
体壊してもミットを持ち続け、試合をする場も用意出来た。ビジネスと呼ぶには程遠いしこれを続けろと言われると無理がある。
でも出場選手にはギャラが入って生活も守れる。不要不急って何なんだろうか?
2人の試合と勝利で自粛期間練習のモチベーションが更に上がる。

この大会を無事に終えてもう一個やらないとなぁと新たな目標が出来た。

5に続く  
Posted by ryo_chonan at 09:53

大ピンチ到来3

June 14, 2020

2月16日、夜は24時を過ぎていた。
朝から病院行って車で走り回っていたのでロクに飯も食っていない。
紹介された病院にはすぐに行ってくれとの事で38度超えの熱を発したまま車を再び走らせ移動した。
車にはシンガポール用の遠征セットがあったのでそれを持って入院。

翌日が手術なので何も食べたり飲んだりしないでくださいと腹ペコの俺に無慈悲な一言。

嫁に連絡して翌日に手術と入院になる話を伝え朝のフライトもキャンセルしてもらった。
シンガポールに向かってる工藤にもメッセージを送り俺が行けなくなったけど必ず代わりに誰か行かせると伝えた。

17日月曜朝、手術前に担当医から状況説明。
虫垂炎であるが発見が遅れ広範囲で化膿していると。通常の虫垂炎の手術では解決できないのでもっと大がかりな手術となる。場合によっては、腹を真ん中から縦に開いて中を洗浄する可能性がある。

嫁が入間から来てくれてのだが手術の時間となり車に乗って帰ってくれと伝えると親族は手術中は待機してもらうそうだ。昔嫁と付き合っていた頃に頰骨陥没骨折の手術があって当時の嫁は帰らされ一人で全身麻酔して挑んだけど家族なので今回は何かあったら困るから残ってくださいと嫁は待たされてなんか申し訳なかった。

14年ぶりの全身麻酔の手術が終わった。

IMG_0455意識が戻ると喉が乾いて仕方なかった。
腹の真ん中は切られてなかったが3箇所穴が空いて1箇所にはドレンが付いて中から膿やら血が出てくるようになっていら。穴はホッチキスで塞がれていた。
麻酔が切れて右手が動くようになったので前日試合した逸人に連絡した。「俺のかわりに工藤のサポートにシンガポールに行けないか?」本人は行けるとの事でそのままスマホで航空券を購入し行ってもらう事になった。
工藤にもそれを伝え多少心配ではあるがまずは一件落着。
ジムのライングループにも指導の代行をお願いした。

手術前は最初に行った病院と入院した病院で俺は鉄人扱いだった。
この症状で一日中動いて働いてたのが信じられないと。
昭和のおっさんはそういうタイプが多かったらしくほったらかして悪化して時には命を落とす人までいたそうだ。
術後、虫垂炎はもう一つ上のステージの腹膜炎と診断された。
痛みに強い鉄人気分で調子乗ってた俺だったが術後の痛みはなかなか酷かった。
腹に穴が空いてるので起き上がるのが痛くて苦しくて時間がかかる。トイレに行くのも座るのも汗をかいて真っ赤になりながら必死にやった。
点滴や錠剤の痛み止めが全く効かず駄目もとで坐薬にトライ。
一番効果があってなんとか寝る事が出来ました。

19日水曜日、本来だったら行っていたはずのシンガポールで工藤の試合が行われる日。
病院のベッドから見守ってました。
試合はタフな相手を終始圧倒し最後まで攻めての完封勝ち。
行けなかったのは申し訳なかったけど試合が終わったばかりの逸人がサポートに回り勝つこともできてほっとしたし嬉しかった。
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入院は6日間。
土曜には再び嫁が車を乗って来てくれて帰りは自分の運転で帰りました。
お世話になった病院ですが後日コロナの院内感染が起きたようです。
そう言えば入院中の患者さん達の交流が多い病院だった。

腹膜炎の原因となった虫垂炎(盲腸)ですが原因は解らず断定できないとの事でした。
子供もなりますし何に気をつければ良いのかも解らないのは大変です。
自分の場合、最初の異変で大きい病院行って検査すればこんな大事にはならなかったと思います。
それが最大の反省点。
腹にはホッチキスが付いたままでしたが2月25日から指導に復帰しました。

4へ続く

  
Posted by ryo_chonan at 12:13

大ピンチ到来2

June 13, 2020

IMG_01311月10日バンコクのimpactアリーナで行われたONE Championshipにおいてブーちゃんこと三浦彩佳は得意のV1アームロックで強豪マイラ・マザールを破り3連勝。
正直、自分の胃の痛みは苦しかったけどタイにいる間にだいぶ回復することが出来た。

毎回海外遠征の間は選手達やパーソナルトレーナーの堀江さん、ボクシングコーチの臼井さんにジムを見てもらっている。

帰国すればすぐに普通の指導に戻り1/26は修斗後楽園のケージを組み翌週は和田竜光と佐藤将光君のサポートの為マニラへと飛んだ。
試合前日に到着するや否や竜光に「腰やっちゃいました」と告げられる。
試合無理なんじゃないか?と言うテンションだった。
柔整師の資格を持つブーちゃんにFaceTimeで連絡し手技を教わる。試合まで何度もそれを繰り返し試合前には堀江コーチがウォームアップの方法など細かくイラストを描いて送ってくれったものを実践。
竜光は無敗の相手を完封して勝利し将光君も圧倒的な強さを見せて勝利した。

マネージメントも練習も見ている選手達なので純粋に嬉しかった。
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帰国すれば良い試合で上がったモチベーションを糧に指導三昧。
キッズから年配、選手から初心者まで毎日ジムで指導。
通常営業では閉館までジムにいるので23時ぐらいにならないと夕食には辿り着けない。
朝も早いし不規則だけど自分のこのルーティーンでTRIBEは成り立っていた。

ブーちゃんはすぐ次戦が発表され次に迫るのは2/16の修斗で逸人、同日パンクラスで丈治と川北、2/19シンガポールで行われるOWSの工藤の試合だった。
修斗の前々日となる2/14(金)、起きると歩行困難な程の腰痛に見舞われた。
まるでマニラの試合直前の竜光である。
IMG_0437金曜は自分の休日なので車を運転していつもお世話になってる小平の「愉快鍼灸院」に治療に行った。
ギックリや結構なピンチの状況にいつもお願いしているのだがこの日の先生は「ちょっと手の施しようが無いですね」と言うあまり見ることのないリアクションだった。「これは安静にするしかないですよ」それでも清水先生に骨盤矯正をしてもらい歩行は随分楽になった。
ただ格闘技の動きなどは出来ないので翌日15日土曜の指導は大事をとって休ませてもらった。

15日夜、布団に入ると腰痛と共に腹痛、寒気に襲われる。インフルくらいでしか熱の出ない俺のはずが38度になっていた。
年末がインフルB型だったので今回はA型か?大量に汗をかきながら明日は行けないかもな?と頭を過ぎった。インフルで格闘技会場行くアホな代表などはいない。
ウォームアップからバンテージ巻き、試合の作戦等色々頭を巡る。
しかも16日の修斗とパンクラスを終えれば17日の早朝に羽田に向かい工藤のサポートに向うと言う強行スケジュールが組んであったのだ。

16日朝、何故か朝は平熱だった。おや?と思いながらも内科に向かった。
正月に胃カメラを飲んだ医院である。まずインフルの検査をお願いした。
金曜からの腰痛がインフルの症状だとすると2日経てば検査出来るはずだ。検査の結果は陰性。
しかし昨晩の高熱は何だったのだろう?
先生はまた「この前のやつじゃないの?」と言っていたのだが振り返ると腰痛の前の木曜の夜はリトルピラニアを始め沢山の強打を腹のパッドで受けまくっていたし実際にあの時も熱が出たのでそれで間違い無いと思っていた。
診療後、準備を整え練馬経由でニューピアホールへ向かった。
ケージ班の皆はちょこちょこ俺のtwitter を見てくれていたので自分の体調不良を気遣い重量物はあまり持たないよう役割分担を配慮してくれた。この時点でだんだん腰から足の付け根へと痛みの位置が変わってきた。
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ケージが終わると竹芝のニューピアホールから新木場のスタジオコーストに移動。
後藤丈治のバンテージとウォームアップ、セコンドを担当。
IMG_0448ウォームアップはミットを担当し試合に必要な技の反復とディフェンス、組みは選手達に任せて調整する。海外遠征など人が少ない時は組みもミットも全部やることもある。
試合は丈治が1Rで圧勝。
川北の試合はメインカード後なので再び車を走らせニューピアへ。

今度は逸人のバンテージ、ウォームアップ、セコンド。
試合は2R判定勝ち。
このあたりで痛みは完全にピンポイントでチ◯コの脇辺りがすごく痛み出し一緒にセコンドしていた堀江さんから虫垂炎では無いですか?と具体的病名を出して言われた。
金網バラシは楽な会場なのでケージ班に任せて再びコーストへ。

川北のデビュー戦の応援に。
まぁ省略しますが近年稀に見ぬ駄目な内容で驚きました。久々にTRIBE敗北。

練馬に選手達を乗せて戻ったのだけど堀江さんに言われた虫垂炎の症状をネットで見れば見るほど痛みの箇所とか全く一緒で、実際そうじゃないだろうかと思っていた。頭もボーっとしてきた。
ジムに着くと看護師の大越に夜間受付をやっている病院を問い合わせてもらい片付け後に夜間診療に向かった。

例え虫垂炎だとしても抗生剤を処方してもらいシンガポールへ向かうつもりだった。
コロナが広まり出したこの時期。
病院で最初に体温を測ると38.6度もあった。発熱した状態でセコンドやら何やら走り回っていたようだ。
造影剤を投入してのCTスキャン。
先生がCTの結果を見ながら話す。
先「虫垂炎なんだけどだいぶ進行しちゃっているねぇ?症状はいつから?」
私「金曜からなんか調子悪いと思って一応病院も行ったんですけど大丈夫だと思っていました」
先「どうやってきたの?」
私「自分で車を運転して来ました」
先「……凄いですね」
私「明日の朝からシンガポール行きたいんですけど…」
先「駄目です!これはすぐに手術です」

文字に起こすとタフな日々を過ごしていたと改めて思う。しかしとうとうドクターストップがかかった。
手術がすぐ出来る違う病院を紹介されそのまま車で向かい翌日には手術をする事になった。

3へ続く


  
Posted by ryo_chonan at 12:41

大ピンチ到来1

June 12, 2020

ジムオープン8周年を迎えようとした2020年の年明け早々、今までに無かった強烈な体験をする事となり現在は病床で身動きも取れず何も出来ないので記録としてこのブログに残す。

まず1年以上更新していなかったので2019年を軽く振り返る。IMG_3696
正月は建てたばかりの新居に沢山のお客さんが来てくれた。非常に忙しい日々を過していたのだが我が家でほんの一時の休息を家族や友人と過ごすことが出来た。
のんびり過ごした正月以降は疾風怒濤の日々。
毎月のように選手の引率で海外に飛び、国内でもコンスタントに所属選手の試合をサポート。
一般会員さんのクラスも手を抜かず海外遠征以外は毎日クラスの指導をしてミットも持ち続けた。
IMG_3768ONE Championshipの日本大会が3月と10月にあったのでこれも都内を走り廻り忙しかったな。
ケージも組みまくって青森まで車で行った。
佐藤天のUFC初参戦もあり再びアメリカにも飛んだり、そんな中でもTRIBE会員さんや練馬の愉快な仲間達と酒を飲み交わしあっという間の1年が終わった。
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年々確実に仕事の量は増えていった。
オープンした年と比べると倍以上は働いてるだろう。
関わってくれている人達もどんどん増えているし責任のあるポジションにもなってきた。
自分の生活を知っている人は自分のタフさに驚く人が大半なんだけど「長南はこんな生活を送って体が大丈夫なのか」と心配してくれる人も少なくはない。
自分自身このスケジュールは無理だろうと最初は思ったりしても案外気合いを入れると乗り越える事が出来ていたので労働に対する感覚は麻痺しているのかも知れない。

体の異変は2019年年末に始まった。
12月中旬、年内所属選手の試合はすべて終わりジムの忘年会などの催し物でワイワイ騒いで過ごしていた。
2019最終週には個人的に楽しみにしていた忘年会もあり、働きに働いた2019年も幕を閉じようとしていたのだが12月26日、高熱が出て病院に行ったらインフルの可能性があると告げられ27日に再検査、A型が発覚して部屋に隔離、結局は寝たきりの年末となってしまった。
31日の大みそかにはインフルは回復したので昼はベラトールのセコンドにアメリカから来たカミ、久しぶりに日本に来たライアン暴らと合い夜は家族や友人と食事をした。

インフルが治って油断していた2020年元旦にそれは急に訪れた。

起床すると、もがくような原因不明の腹痛に襲われ布団の中でうずくまり動く事も出来ない。
自己診断で胃腸炎かと思ったが発熱もあり便が出血で真っ黒になり慌てて病院に向かった。
人生初の胃カメラを経験。
なんと胃の中には裂傷があり、先生もこんなケースは見たことが無いそう。
周りに生活習慣や酒のせいじゃ無いか?みたいに言われていたのだがそれも違うらしく裂傷以外に内蔵が弱っている訳ではないそう。
自分の普段の生活や格闘技の指導内容を説明すると裂傷の原因がミット持ちの最中にボディープロテクターで受けた打撃のダメージが一番有力だと先生は言った。
年末に続き年始の飲み会もキャンセルになってしまった。

病院からは胃の粘膜を保護する薬など沢山処方してもらいしばらく腹のミットはしばらく受けない事にした。
少し回復したので1月3日は新年初のプロ練を指導し1月6日には三浦彩佳と共にバンコクに向かった。
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2へ続く
  
Posted by ryo_chonan at 17:03

Henri Hooft セミナー・練習会

March 23, 2019

3/27 水曜 13:00 TRIBE TOKYO M.M.AにてアメリカのHardknoks365のヘッドコーチ、ヘンリー・ホーフトによるストライキングセミナー・練習会を開催。

download米国で主流となっているドリル式のトレーニングを広めたのはヘンリーでMMAではマイケル・チャンドラー、カマル・ウスマン、オングラ・ン・サン、ルーク・ロックホールド、ロビー・ローラーといった世界トップの選手のストライキングコーチを務めていますが、元々はオランダでタイロン・スポーン、アーネスト・ホースト、ピーター・アーツ、レミー・ボンやスキーといったK-1トップ選手のコーチを務めていました。
上記以外にも沢山の選手を育て信頼されている名将です。

今回、One Championshipのオングラ・ン・サンのサポートで来日。
日本の選手のストライキングレベルを知りたいと言う事からヘンリーがこのセミナーを提案してくれました。

話を頂いてから告知や準備の時間が無くて場所を借りたり出来ず場所はTRIBEで選手のみの募集となります。
参加費は特別無料とさせて頂きますが当ジム所属選手以外で定員15人を予定しています。
定員一杯になった場合はこちらで選考させて頂きます。
どこか所属されてる方は代表者を通して直接長南まで連絡、または代表者様の許可を得たうえでDMなどSNSで連絡して頂いて大丈夫です。
ジムに電話で問い合わせるのは止めてください。
連絡頂ければ指導者による見学もOKです。

持ち物:16,14ozの大きめのグローブとレガース、マウスピース
ファールカップやエルボー、ニーパッドの使用は自由です。
  
Posted by ryo_chonan at 20:02