桂木嶺の GO TO THE THEATER!!

こんにちわ!演劇の批評をしている、桂木嶺(かつらぎ・りょう)のブログです。歌舞伎・演劇・クラシック音楽・美術・映画を中心に感想をまとめています。 横浜の海や花を眺めるのも大好きです。おだやかな日々を送りたいと思います。 たのしく元気よく、ユーモアもわずれず、いろいろおしゃべりをしていきたいと思います。どうぞ楽しくお立ち寄りくださいませ。

ただいま 歌舞伎学会の紀要誌「歌舞伎 研究と批評」第58巻に論文を掲載しております。「平成歌舞伎の発展のために〜二世中村吉右衛門論〜」というタイトルです。雄山閣出版から出ますので、ぜひご高覧ください!

〇5月8日より、ブログのアドレスを下記にお引越しいたします。よろしくお願いいたします!
http://blog.goo.ne.jp/tomomori0303

きょうからゴールデンウィークも終わりましたね(^^)/

心機一転、ブログのお引越しをいたします。

新・アドレスは、

http://blog.goo.ne.jp/tomomori0303

です。どうぞよろしくお願いいたします。

ライブドアさんには大変お世話になり、ありがとうございました。
今後もどうぞよろしくお願いいたします。



歌舞伎座夜の部寸評を引き続き。

「伽羅先代萩」を菊之助・海老蔵・松緑が演じ、見事な成果を上げている。この花形世代にいよいよ歌舞伎界はバトンを託す時が来たのである。

わけても、海老蔵の仁木が團蔵型を披露し、新境地を開いてすばらしい。

彦三郎の「対面」の五郎という「事件」があり、その印象が薄まった感があるが、それでも海老蔵の仁木が画期的であることにはかわりはない。まず、「床下」の底知れぬ不気味さを全身で表現するさまが見事である。また、今回は、團蔵型を取り入れ、ほくろをなくし、薄くとのこ塗りをして、より実悪としての風格を出し成功させたのは立派である。容貌魁偉の名優・七代目團蔵を意識し、海老蔵自身もすさまじい妖気と怒気を放ちつつ、当代を代表する仁木として躍り出た。自慢の眼力の恐ろしさは、仁木の怪物性をよく表し、まさに仁木の存在をリアルに魅せている。

「対決」においても、海老蔵はその不羈、ふてぶてしさ、怪異さ、不気味さにおいて、歴代の仁木も凌駕する、悪の華さかせんとする仁木である。梅玉の細川勝元との対決の問答において、終始いらだちを隠さない仁木の人物像に、昨今の政治家たちの狭量ぶりをあざ笑う姿が垣間見えて痛快である。「刃傷」にいたっては、鬼神が乗り移ったかのような快演。祖父・十一代目をも超えた、新しい怪物としての仁木を造形して成功している。

菊之助の政岡も「御殿」で毅然とした女性像を現出して見事である。こと、歌六の八汐と対決してからの問答がすばらしい。特に菊之助の政岡のすぐれているのは、魁春の栄御前とのやりとりである。ここでは権力闘争が女たちに仮託されているが、その本質は冷たく、どろどろとした男たちの葛藤のドラマをも投影している。菊之助が本来の「母」に戻るのは、ほんの一瞬、一子千松を抱きしめ慟哭する場面であるが、終始毅然として、政岡の、エリートとしての気概を見せたのは収穫である。

荒獅子男之助の松緑も力感あふれ、立派である。しいていうなら、荒事としての荒れ狂う怒気を、松緑に望みたいし、かれならその可能性は十分にあると信じる。中心の役者になったいま、大いに研究、精進してもらいたい。

また、今回何と言っても白眉なのは、「対決」「刃傷」における梅玉の細川勝元である。捌き役としての品格、時折あふれる洒脱さ、大人(たいじん)としての余裕、そして圧倒的な弁舌の鮮やかさが見事である。若い役者たちは、大いに見習い、手本とすべきであろう。白皙、端正な横顔は独壇場ともいうべき風格である。

そのほか、市蔵の渡辺外記左衛門は実直な味。右團次の渡辺民部は物語をスケール大きく見せる。友右衛門の山名宗全は憎々しさがあり、右之助、九團次も詮議の場でのあくどさが傑出。廣松、梅丸が端正な舞台ぶりである。近年、極めて見ごたえのある、「先代萩」となった。

追い出しは、新・亀蔵襲名披露狂言の舞踊「弥生の花浅草祭」次々に変化して、踊りの名手でもある亀蔵の魅力を見せていく。松緑が付き合い、襲名を寿ぐ。特に亀蔵の通人・獅子の精が圧巻である。坂東家の未来は安泰といえよう。

さわやかな皐月の風を満喫した、東銀座の夜であった。

※お詫び:興奮のあまり、タイトルを逆に書いてしまいました!<m(__)m>お詫びして訂正いたします。もちろんタイトルは「伽羅先代萩」です!



新・彦三郎の「壽曽我対面」の曽我五郎が大当たりである。

私が見た中で、史上最高の五郎である。新たなスーパースターの誕生である。歌舞伎界は彦三郎の個性を大事にしてもらいたい。なんといってもしっかと正面をきった顔が、祖父の十七代目羽左衛門に瓜二つである。泉下で祖父も喜ぶであろう。いい追善と襲名になった。歌舞伎の血と芸がこうした形でまたあらたな一ページを刻んでいくのは、感無量である。

彦三郎の五郎で見事なのは三つである。

まず、歌舞伎座の大空間を切り裂く声が圧巻。「いやだいやだ、堪忍袋の緒が切れた」というところ、「絶所悪所の嫌いなくしんつとあゆませたり」などで、見事なセリフ術を披露する。歌舞伎座の壁がびりびりとゆれたのは、後にも先にも初めての体験である。

そして、彦三郎はきびきびとした型の美しさで魅了する。特に、三方を手にしての工藤(菊五郎)にとびかからんとする気組みの型の美しさは抜群である。亡き三津五郎も凌駕する勢いが横溢してすばらしい。

最後に、五郎の心をきちんと理解している。「鬼も十八年来の、今吹き返す天津風・・」というところにすさまじい怒気と五郎・十郎兄弟の人生を見せたのは立派である。

彦三郎の可能性は、今回(まだ昼の部は未見だが)の五郎で飛躍的にひろがった。スケールの大きな、芯の役者になれるということである。顔の拵えを工夫し、型をいっそう研究すれば、いずれ弁慶、助六、知盛、松王丸・・・・と手がける役者になれるだろう。いっそう精進し、祖父十七代目羽左衛門をも大きく超える役者になってもらいたい。

また、この彦三郎の五郎がいいので、まわりの座組も安定している。菊五郎の工藤は芸容が大きく立派である。座頭としての風格も申し分なし。時蔵の十郎が品格あふれ、素敵である。こちらも襲名の新・亀蔵の近江も気合十分。松也の八幡、竹松の秦野、ともによくささえている。萬次郎の大磯の虎が凛としている。梅枝の化粧坂の少将も美しく、可憐である。新・楽善の小林朝比奈にスケール感があるので、「対面」のドラマが一層引き締まった。権十郎の鬼王新左衛門も、おさない新・亀三郎をつれての登場は感無量であろう。橘太郎の梶原平次、家橘の平三景時。吉三郎、吉五郎、辰緑、新蔵、左升、蔦之助らの並び大名も神妙である。

襲名と追善の口上が劇中にて行われるが、これぞまさに祝祭劇、21世紀の「対面」の誕生である。新たな五郎役者を得て、歌舞伎界は一層輝きを放った。

とりいそぎ、短評まで。
「伽羅先代萩」「弥生の花浅草祭」評は、後日に譲る。



ちょっと、私のFacebookでまとめたコメントを、リライトして再録します。
実はツイッター上で、この「観劇マナー」というのが話題になっているので、わたしなりの私見をまとめてみました。

実はこの「かつらぎ流・観劇マナー」というのは、とある別のブログ(歌舞伎をまだあまりご覧になったことのない方向けです)に書いた記事の転載なのですね。つまり、歌舞伎鑑賞・演劇鑑賞をあまりしたことのないお客様、あるいは、観劇5回未満くらいの方むけに書いたものなのです。

あまり鑑賞なさらない方の場合、「なぜ?」「どうして?」ということが多いので、それをちゃんと説明してあげる場が必要かな、と思いましたので書いてみました(^^) ただもう鑑賞歴がとても長い方であるにもかかわらず、これらのことがまもれない方もいらっしゃいますよね。私も正直、こまった方だと思います。ともあれ、観劇は「社交」の場でもある、ということを、わかってもらうことが必要なのでしょうね(^^)

やっぱり、お客様のすそ野を広げるためには、「あんなことをしてけしからん」という前に、あたらしい観客を育てる努力も必要だし、そのためにこうしたマナーの啓もうも必要なのかな、と思いますね(^^)

むかし江戸時代はもっと自由だった、というご意見もありますね。ただ、21世紀に新しい歌舞伎座もでき、時代の要請で、例えばスマホや携帯の問題、ちいさいお子さん連れのご鑑賞、上映中の撮影や録音(これ、海外のオペラ座などのバレエ公演だとまったく問題ないケースもあるのです)がなぜいけないのか、きちんと説明する必要もあるでしょうね。歌舞伎の鑑賞マナーさえ守れれば、あとはクラシック・普通の演劇もまったく問題なくできるとおもいますので、たとえば、さまざま教育現場で、歌舞伎や演劇のご鑑賞の場をもうけていただいて、そこでマナー講座的なものをしていくことも大切でしょうね。

きっかけは、実はとある歌舞伎役者さんのブログ(いまは削除されています)の投稿だったのですが、いい問題提起になったと思います。とある(歌舞伎でない)舞台で、主演の方の熱狂的なファンの方が、まったくマナー違反なことをして、歌舞伎役者さんがそれをたまたま見ていて、注意喚起したものだったのですが、誤解のない形で、かれの真意も、そして日ごろ歌舞伎を愛する方々の思いも伝わればいいなと思っております(^^)

「常識の範囲内」のつもりで、私見による歌舞伎の観劇マナーを考えてみましたが、それでも「こういうことを知らないで見ている人がいるのだな」と思うことがあります。でもそれは知らないのがいけない、と考えるより、「じゃぁ、しらせてあげよう」と思うほうが建設的でいいのかなと思っています。(たとえば勧進帳の手拍子とか、三番叟の翁への拍手のくだりですね)でも、それでも「いまはそういう時代じゃなくて、わたしたちは拍手がしたいんです」といわれれば、それも時代の要請なのかな、という気がします。ミュージカルなども私がみはじめた若いころは、普通にポイントポイントで拍手しておしまいでしたが、最近は、ちゃんとスタンディングオベーションをするのが当たり前、という状況に変容しています。歌舞伎も時代につれて変容するのは当たり前のことなのだろうと思いますね(^^)

スマホの電源を切ることについては、それはごく当たり前、と思いますが、これだけスマホが普及してしまい、生活のいたるところでスマホを操作する人が増えてしまうと、「なんで?」「どうして?」という疑問も生まれてしまうのはしかたないかと思います。そこで、こういうブログでの表現になりましたが、要は最低限のマナーを守るように、観劇マナー以前にいうべきことがあるだろうという気がしています。たとえば学校の授業の場で、会社の会議の場で、スマホをいじっていたら怒られるのと一緒だということですよね。(まぁ、わたしが知っているとある総理大臣経験者は、大事なミーティングの際も携帯をいじっていましたけれども・・👀)世を挙げてこんな具合なので、コツコツ、せめて歌舞伎や演劇サイドから、「スマホや携帯から離れて、芝居のコミュニケーションに参加しましょう」ということを言っていくことが大事なのでしょうね。

帽子を取ることだって、そうですよね。おうちで、「人の家に上がったり、よその会社にうかがったりする事があれば、帽子は脱ぎなさい」という躾と一緒だと思いますね。もちろん、円形脱毛症だとか、やむを得ない事情で、帽子をかぶらなければならない方は別ですね。

つまり、実は観劇マナーは、それぞれのご家庭での躾にもリンクしてくるように思われるのですね。

観劇マナーを知ることで、芝居の楽しみ方もしりつつ、社会参加のマナー(ネット上ではなくて、現実の人間関係だったり、社会ですね)を学んでいき、人生を実り豊かなものにすることが、実は観劇のひとつの目的ではないかな?と、かつらぎなりに思っています。

みなさまもいろいろご意見あろうかと思いますが、私の考えをのべさせていただきました(^^)


さて、ゴールデンウィークになり、
歌舞伎をはじめてごらんになる方、いろいろ心配ごともあると思います。
とくに気を付けたいのが「観劇マナー」ですね

劇場でも観劇マナーを喚起されていますが、
こんなことを気を付けておくと、
たのしい観劇がおたがいにできますので
心がけてみるといいのではないでしょうか。
かつらぎの、独断と私見でおおくりします

 携帯・スマホはどうすればいいですか?

A.開演前にかならず電源から切っておきましょう!
よくマナーモードにしている方がいますが、
そういうときにかぎって肝心の場面で
「ブルブルブル!」となりだします(笑)
マナーモードもかなりの音がしますので、
かならず電源からきっておきましょう。
電源の切り方がわからない場合は、
すなおに、となりの方や劇場スタッフの方に聞いて、
電源を切ってもらいましょう。

 客席内で飲食はできますか?

A.歌舞伎座・演舞場などは基本的にはできます。
でも、上演中は飲食はみなさま控えてくださいませ
飲み物や食べ物(特にお酒・お寿司など)の匂いを気にされる方もいますし、
食べる音がすると、せっかくの名台詞も台無しです。
幕間(まくあい)でたのしくいただくようにいたしましょう。

撮影・録音はできますか?

A.上演中の撮影・録音は当然ですが、できません。
してしまうと、機材を劇場に取り上げられますので
くれぐれもご注意ください。
まぁ、役者さんの名台詞は、たしかに録音して
聞き返したくもなりますが(笑)
ちゃんと、すばらしい舞台ですと、テレビが放送してくれたり、
シネマ歌舞伎になりますので、どうぞそちらをお楽しみに♪

大向こうなどはかけてもいいのですか?

A.むずかしいところですが、やはりベテランの大向こうさんに
おまかせするのがいちばんだと、かつらぎ個人はおもっています。
徐々に慣れてきたら 応援してあげると、役者のみなさんも
大いに張り切られますね(^^)

ただ、女性は基本的にはひかえたほうがいいですね。
たまにかけている方いますが、
正直、あんまり上手とはいえないし、芝居の雰囲気を
こわしてしまうことが多いです。

かくいうかつらぎも、じつは誰もそのときは大向こうさんがいなかったときにだけ
かけたことがありましたが、やはりかなり冷や汗ものでした。
まぁ、いろいろな見巧者の方は、あまり賛成される方はいないですね。

できれば、専門の大向こうさんの美声を堪能したいですね

吉右衛門さんのエッセイなどをよませていただくと、
女性の場合、大向こうさんにお願いして、
ごひいきの役者さんに声をかけてもらうこともしていたそうです。
3階や幕見に大向こうさんをお見掛けしたら、
お願いしてみるといいのではないでしょうか
(※バッジなどをつけていますのでわかります。弥生会というのがあります)

ちいさい子供を連れて行ってもいいですか?

A.基本的には大丈夫ですが、ちいさいお子さんの場合、芝居の間に泣き出したりしたら、
ロビーで休んでいただく、ということもあります。

乳幼児の場合ですと、歌舞伎座でも国立劇場でも
期間が決まっていますが、託児サービスが受けられます。
日程がきまっているので、それぞれのホームページをごらんになってみてくださいね!

ほかに観劇の際、気を付けたほうがいいことはありますか?

A.いろいろありますが、かつらぎが思うことは・・・。


〇帽子はかならず脱ぐ。ひとのおうちに行くのと一緒と思うこと。

〇音のでるものはもっていかない。上演中の私語・雑音はつつしむ。

たとえば、お弁当のビニール袋のガサガサいう音はとても気になりますね。
また、上演中に、「あら、〇〇さんだわ」といってしゃべりだす人もいますが、
これは大変迷惑ですね(苦笑)。
名台詞、名演奏を楽しむには、まず静寂をこころがけましょう。

〇2階・3階席の方にとくにご注意いただきたいのは、
身を乗り出しての前傾姿勢でみてしまうこと。
役者さんが花道にでたときなど、ついついやってしまうのですが、
後ろのお客様はまったくみえなくて迷惑してしまいますね。
興奮をおさえて、ただしい姿勢でみるようにしましょう

〇香水など、匂いのつよいものは、なるべくちょこっとつけましょう。
あまり匂いがつよいと、密集空間なので、気分のわるくなる方もいます。
香りのマナーもわすれずに(^^)

〇席が決して広いわけではないので、
コートや大きな荷物は、コインロッカー(歌舞伎座・演舞場だと100円、
国立劇場だと10円〜20円です)にあずけましょう。
大きな荷物をどん!と通路におかれると、
これはこれでかなりこまってしまいますので(笑)

〇というのも、歌舞伎は大変上演時間が長いです。
(大体昼の部で5時間くらい!昼夜合わせると10時間!!)

長時間すわっていると、エコノミー症候群になってしまいそうになるので、
幕間によく体を動かしておくといいでしょう。

洋服で来られる女性の方には、靴も、あまり高いヒールだと足が痛くなるので、
低めのパンプスなどをおすすめします。

〇そしてすばらしい演技、踊り、名台詞には、大いに拍手を!!

これがいちばん大事なことですが、
「あっ、〇〇さん、名台詞をいってるな!」
「名演技してるぞ!」
「あ、この三味線のひと、すごく上手だな」
などなど・・・素直に感動したら、素直に、大きな拍手を贈りましょう!

わたしなどは、吉右衛門さんの仁木弾正のすばらしさに
拍手しすぎて、指輪がぐにゃりとまがってしまったことがあります(笑)

ただ、拍手してはいけないケースもあります。
1)勧進帳の弁慶の、飛び六法での手拍子
最近多くなってきて、本当にビックリしてしまうんですが、
これはやってはいけないのです(!!)。
かたずをのんで、弁慶の飛び去るのを見守ってください!

2)寿三番叟のときの、翁が2階正面にご挨拶するときの拍手
これはしてはいけないのです。というのも、翁が挨拶するのは、
(江戸時代に見にいらしていた)将軍家に対してするものなので、
観客にしているわけではないのです。
しずかに、荘重な儀式とおもって見守りましょう!


しかし、役者さん・演者の方にとってなによりも
お客様の大きな拍手は、大きなエールになりますし、
ますますすばらしい演技を引き出すパワーの源でもあるのですね(^^)

笑って泣いて感動して拍手して、
役者さんや演者のみなさまをたのしく元気に応援しましょう\(^o^)/!




というわけで、参考になりましたでしょうか?
観劇マナーをまもって、快適な環境で楽しく歌舞伎を観劇しましょう!

origutisinobu


きょうはゆったりのんびりデー。
夫とほのぼのすごしています。
明日歌舞伎座夜の部を観劇しますので、ちょっと準備をしていますが、
論文が刊行になってから、歌舞伎座で観劇するのは
初めてなので、かなり緊張気味です。
とにかく、眠らないようにすることと、落ち着いてみること・・・・
しっかり見届けなくては!!

写真は、もはや古本屋さんでないとおいていないかもしれない、
戸板康二先生の「折口信夫坐談」という本です。
(昭和47年刊行 中央公論新社 560円>ですが、もっと高くなっているかもしれません)

戸板先生は、折口信夫の弟子だったのですが、
その生前の言葉を記録した言葉の数々です。
折口は民俗学の権威としてしられていますが、
歌舞伎に関しても造詣が深く、初世中村魁車、11世仁左衛門、
15世羽左衛門などの俳優論を執筆しています。
この本は、戦中から敗戦にいたるまでの時代、
戸板先生が折口の言葉を詳細に記録し、
ひとつの歌舞伎短評として成立させた本となっています。

なかなか折口も俳優に対して、手厳しい批評をしており、
「あの天下の名優も折口にかかるとこんな風に評されてしまうのか」と
かなりビックリしたことがあります。
俳優論を書いたとある歌舞伎役者に対しても、
「かれの正義感では、まわりもこまっただろう」と評しており、
冷静に観察していることがわかります。

この観察眼は、私もいずれ持ち得るようにしたいものです。

ひとつの励みとして、読ませていただく一冊となりました。








蝉の詩 チラシ

きのうは、劇団桟敷童子の「蝉の詩(うた)」を観劇してまいりました。大変不勉強ながら、初めてこちらの劇団を拝見。作・サジキドウジ 演出・東憲司 美術・塵芥

主演の佐藤誓さん以下、俳優陣が本当に体を張っての大熱演で圧倒されました。
俳優の肉体のぶつかり合い、言葉と言葉のぶつかり合いの中で、「昭和」の一断面であり、抜け出しようもない現実が私たちの胸に迫ってくるのを感じ、魂が揺さぶられる思いでした。いろいろな意味でタイムリーでもあり、かつ、声高な問題提起はなくても、この芝居に息づく人々の生活実感の中から、「いままさになぜ、この物語なのか」ということが問われているように思います。
この物語を、「笑った」「泣いた」「感動した」と言えるひとは、とても幸せな人であり、この現実を抱えて生きているひとたちがたくさんいたことを、記憶の隅にとどめてほしいと願っています。

戦争も終えて、まだその混乱期にある、昭和20年代の九州。
鍋嶋六部(ろくべ、佐藤誓さん)は、鍋嶋舟運送の親方だが、その生き方は激烈で破天荒そのものだ。彼の娘たち(板垣桃子、井上カオリ、みょんふぁ)ははげしく彼に反発しつつも、その荒れ狂う彼の支配下から逃れることはできない。長女の壱穂(いちほ、板垣)は、もっとも彼に反駁するが、いちばんある意味彼の血をひいているともいえ、鍋嶋運送を興しつつも、やがてヒロポンに手を染める。また、次女・菜緒(なお、井上)は食堂を経営するも、肉体を酷使し、やがて病に倒れる。三女の輝美(てるみ、みょんふぁ)はもっともおとなしいが、アメリカ兵に凌辱された悲劇を体験している。

そんな3人の娘の救いは、六部がよその女に産ませた四女・織枝(おりえ、大手忍)の存在だ。蝉を愛する彼女は、幼いながら、けなげに人々の救いになり、やがて成長し、高校進学をめざすようになる。「女に学問はいらん!」と言っていた六部たちだが、やがてそれが大変な運命の打撃を与えるようになる___。

けっして予定調和に陥らない、日本が高度成長を遂げる中で、少しずつはぐれていった底辺のひとびとの魂を、東の演出が丁寧にあぶり出しています。日本のふるき家父長制度を体現するかのような父・六部と、彼に反発する娘たちも、血の業から逃れ出ることはできないのです。しかし、それでも、絶望することなく、懸命に「まっすぐ」生きる人々の姿に、日本の失われた生命力の輝きを見出す思いがします。誰もが戦争で傷つき、誰もが貧しく、誰もが精一杯生きていた時代を、けっして美化することなく、徹底的に「昭和の光と影」として描きつくそうとする、東の演出は緻密かつ見事です。昭和から平成へ向かう人々のくらしの中で、人間の貪欲な生の必然性を説きます。

蝉の7日間の生に、自らを重ね合わせる人々。いまやそれも人生100年時代を迎え、そういう意味では、日本は実り豊かになりすぎたのかもしれませんが、しかし、さらなる進化をとげていくべく、希望をもっていきたいと、私自身はこの舞台から感じ取った次第です。

荒々しい九州の男を佐藤誓さんが熱演。緒形拳さんをほうふつとさせる男臭い演技で魅了し圧巻です。また、長女・壱穂を演じる板垣桃子さんの剛毅さは男女の枠を超えて、まさに名演。演技陣は総じて血潮がどくどくと流れるような快演で、素晴らしいです。

チケットは完売だそうですが、非常に記憶に残る舞台として、ブログにも記した次第です。

5月7日まで、すみだパークスタジオ倉(そう)で。


今朝、うちの夫が「俳優祭の『月光姫恋暫』を観たいから見せてね(^^)」と申しますので、ふたりで改めて見直しました。やっぱり私もすごく楽しめましたが、夫の見ているポイントが楽しかったので、ご紹介します。(彼は歌舞伎をたぶん5回くらいだけ私につきあってみてくれてますけれども、歌舞伎のことはほとんどよくしりません)夫との一問一答をご紹介します♪

__いちばんすごかったのは?
夫「中車さん。いろんな意味ですごすぎる(笑)ボク大ファンになっちゃった」
__いちばんかっこよかったのは?
夫「勘九郎さん。マスクも二枚目だし、どんどん王道の役を演じてもらったほうがいいんじゃないかな(^^) 声もどんどん低くするといいと思うよ(^^)」
__全体的な感想としては?
夫「素晴らしいね!贅沢な気分になれるよ。ただ、トゥーランドットの物語をお客様がわかってないと、この物語の面白さがわからないかもね(^^)」
__鮮烈なのは?
夫「ピン・ポン・パン役の3人だけど、特に片岡亀蔵さんが最高だね!ディズニー映画のキャラクターで、ああいうひと、いそうだよね(^^)」
__俳優祭、気に入ったかな?
夫「彦三郎さん、好感度あがっちゃった(^^)ああいう幹事役って人望ないとできないもんね(^^) あと、鴈治郎さんがとてもいい味をだしてるね。染五郎さんも役の幅がすごく広いひとだよね。襲名後が楽しみ楽しみ♪菊之助さんって、若手役者の中でいちばん落ち着いてた人なのかな?受け答えがとてもしっかりしてるよね」
__ヒロイン役の猿之助さんは?
夫「うん、今回の役にはすごくあってる。でも、職場であんなかぐや姫がいたら、ボクまいっちゃうよ(笑)毎日泣かされそう😢」
__海老蔵さんはどうですか?
夫「かれだけちょっと現代劇みたいでふしぎだね(^^)面白いね」
__左團次さんは?
夫「ほとんどレジェンドだね(笑)もうすっかり名物なんだね!」
__そのほか気になった人は?
夫「梅玉さん!すごい美声だね!会社の役員の人みたいに、品があるよね(^^)」
__歌舞伎、好きになったかな?
夫「うん!歌舞伎役者さんってなんでもできちゃうんだね、すごいね(^^)」

すっかり気に入ってくれたようです(^^)よかった〜(^_^)/
入口は俳優祭かもしれませんが、これからいろいろなエッセンスをしって、歌舞伎もたのしんでほしいです♪
うれしい、うれしい朝でした!

明治座


というわけで、明日3日からは明治座も「五月花形歌舞伎」を上演します。

愛之助さんが座長になられる、奮闘公演です。

そして、注目は、萬太郎さん、米吉さん、隼人さん、壱太郎さん、新悟さん、

橋之助さん、福之助さん、種之助さん・・・・といま人気の若手花形が

総登場すること!

昼の部の「月形半平太」、夜の部「南総里見八犬伝」でそれぞれ大活躍します!

学割もありますので、学生さんはこの機会にぜひごらんになってみてください(^_^)/

 

「月形半平太」

これは私もまったく未見なので、とても楽しみです。もともとは、

新国劇(辰巳柳太郎さん、島田正吾さん、緒形拳さんらが昔所属していた劇団です。

いまは劇団若獅子という名前で活動しています。創設100年を迎える老舗劇団ですね)の

大ヒット作品です。

幕末の京都を舞台に、薩長連合を画策する桂小五郎(片岡亀蔵さん)と、

主人公・月形半平太(愛之助さん)の交流を描きつつ、芸妓の梅松(壱太郎さん)、

染八(新悟さん)をめぐる恋と剣の物語です。

「春雨じゃ、濡れていこう・・」の名台詞でもおなじですね。

「三人連獅子」

親獅子、子獅子、そして母獅子が登場します。上方情緒あふれる舞踊です。

 

「南総里見八犬伝」

曲亭(滝沢)馬琴が1814年(文化11年)から30年近い年月をかけて

書き上げた、大長編の傑作。

仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の8つの玉に引き寄せられた、

8人の犬士たちが、里見家再興のために力を合わせるという波乱万丈の物語。

映画化・舞台化も何度も繰り返され、日本人に愛された不朽の名作です。

 

大変エンターテインメント味あふれる舞台がそろいましたので

こちらも大変楽しみです!!!

ぜひぜひお誘いあわせの上、明治座へお越しください(^_^)/








 

以前からとても気になっていた、長谷部浩先生の「権力と孤独―演出家 蜷川幸雄の時代」を拝読しました。まさに渾身の力作で、大変読みやすくすばらしい一冊です。日本の現代演劇史の一証言としても貴重ですし、蜷川幸雄さんと、著者である長谷部先生の魂の交流史でもあり、長谷部先生ご自身の劇評家としての成長記録でもあります。演劇ノンフィクションの名著として、記憶されるであろうと思います。 ひりひりするような緊張感の中、稽古場でのドラマの組み立てに没頭する蜷川さんの姿を、長谷部先生がぐいぐいと鋭い筆致で描いています。櫻社解散にいたるまでの、俳優やスタッフたちとの息詰まるような対峙や、政治権力に対するふかい憎悪を持ちながら、自分自身は「権力者」であり続けた矛盾、商業演劇への進出、「王女メディア」での海外公演の成功、蜷川スタジオの誕生、スランプ時代、野田秀樹さんとの共同作業にいたるまでの葛藤、藤原竜也さんの出現、「NINAGAWA十二夜」での歌舞伎への進出、そしてやがて迎える最晩年にいたるまで、克明に長谷部先生が、その息遣いまでリアルに描きつくしています。 個人的には、やはり「近松心中物語」の成功で商業演劇に進出したあたりが大変興味深く、また私がとても蜷川さんの舞台で鮮烈な印象をもつのは、実は渡辺謙さんの「ハムレット」なのですが、その時代の蜷川さんの大新聞に対する挑戦(もちろんよく覚えています。壁新聞が貼られていたのです)も面白く読みました。「グリークス」の演技陣についても、旺盛な取材を続ける長谷部先生の行動力に感嘆する私でもありました。ここまで逆に演劇の書籍で可能性を広げられるのか、という思いで読ませていただきました。 大変刺戟を受け、また自分の今後の執筆活動においても、ひとつの規範として手元に大切に残したい一冊です。 演劇に日ごろあまりご縁のない方も、蜷川幸雄という一代の傑物の人生とその幕引きを知っていただきたいですし、日本の演劇の成長に多大なる影響を及ぼした蜷川の、切なる思いを知っていただき、演劇の魅力と可能性を感じ取っていただきたいと思います。 全国の書店、Amazonなどで販売中です。

きのうは、おまちかね、俳優祭のテレビ放送がNHKEテレでありました。
(北海道地区のみなさまには、お見舞い申し上げます。地震大丈夫だったでしょうか?)
大変たのしい内容で、俳優祭に行かれなかった方も、とても楽しくごらんいただけたのではないでしょうか。実際に初めて見に行けた私も、とてもうれしく楽しく見ることができました(^_^)/

さて、第1部・模擬店・第2部と構成されたこの俳優祭、せっかく私もレビューをアップしますので、私も「劇評版・俳優祭」と銘打ち、諸先生に敬意を表して、ちょっとたのしく書いてみたいと思います。諸先生方、ごめんなさい<m(__)m> あたたかい広い目でみてくださいませ(^_^)/

第1部 舞踊二題 「二つ巴」「石橋」 〜上村以和於先生風に〜

素踊りというのは俳優の個性が大いに発揮され、あるいは実力を試される意味において、もっともアンビバレントな芸として存在するが、芝翫の由良之助はそのますらおぶりを大いに発揮し、魅力あふれ、「われらの由良之助」としての地位を確固たるものにした。芝翫の七段目・十一段目も、われわれは今後ずっと見ていくことになるであろうけれども、ふっくらとした色気をたたえ、扇雀のおかると舞う姿に、未来の「大芝翫」の可能性を見出すことができたのは収穫であったろう。とはいえ、若手中堅勢ぞろいの「忠臣蔵」に、次代の花形誕生のことほぎを見出すとともに、一抹の寂しさも感じなかったわけではない。勘三郎・三津五郎・團十郎の亡きあとの大きな「空洞」は、ようやく埋められつつあるのかもしれない。

スタア登場の予感のする「石橋」であるが、亀三郎、いやもう新・彦三郎というべきか、彼のリーダーシップに負うところの大きい新鮮な舞台が誕生した。松也・巳之助・壱太郎・尾上右近・隼人・米吉などが堂々と歌舞伎座の大舞台に一座する姿は、胸の熱くなる思いがするし、これはこれでひとつの未来の歌舞伎のありようなのだろう。毛振りの数が何十回いったとか、そういうことが話題にのぼるけれども、本来は実は毛を振る形にその極意があるのだ、とここで力説しても、若い読者にはどれだけわかるだろう。六代目が見たら、かれらの獅子を見て、苦笑いをうかべるか、やはり、ふんどしひとつでしっかり踊るように、と鍛えるかもしれない。しかし、いまはそうした指導環境が払底であるのは皮肉である。

第2部 模擬店 〜長谷部浩先生風に〜

春宵一刻値千金。
一夜の祭典に集う観客の嬌声こだまする中、熱気あふれる歌舞伎座ロビーの中をゆく。各俳優の人気のすさまじさに、歌舞伎の未来の盤石ぶりを思うし、心強いものがある。ただ、あくまでも模擬店は模擬店としての品格をしめすものでありたい。特に菊之助と鴈治郎の模擬店には、歌舞伎役者としての本分をわきまえつつも、たくまざるサーヴィス精神が横溢し、菊之助の観音菩薩のような横顔に、ふと祖父・梅幸の面影がよぎる。歌六の人形焼きにおける洒脱な個性、又五郎の好人物ぶり、松緑のバーテンダーのリアルな魅力も捨てがたい。役者と観客のふれあいの中に、俳優祭の醍醐味があると信じたい。

第3部 月光姫恋暫(かぐやひめ こいのしばらく)」(菊之助・海老蔵監修、京蔵・咲十郎作、菊之丞振付)
〜渡辺保先生風に〜

猿之助のかぐや姫、勘九郎の山男が傑作である。
こと勘九郎については、父の勘三郎も、俳優祭にはなくてはならなかったが、勘九郎は、俳優祭という大舞台で、父も祖父もなしえなかったあらたな芸境を開拓した。

私がこの山男を推奨する理由は三つ。
まず第一に荒事・義太夫の骨法が明確となり、「型」の美しさを最大限引き出したことにある。この山男は、明らかに「国性爺合戦」「暫」そしてオペラ「トゥーランドット」のカラフのパロディである。が、勘九郎の身体の中に、「型」がしっかりと入り込んでいるため、「月光姫恋暫」の世界をスケール豊かなものにしている。
第二に、恋ダンスにおける見事な六法の再現である。恋ダンスとは明らかに現代の舞踊だが、それを花道で六法で引っ込むというところに、勘九郎のセンスのゆたかさ、歌舞伎の奥深さをあらためて感じる。
たとえば、勘九郎の「みぞみぞする」というスマートな現代感覚も、親父さんやお祖父さんにはなかったもので、このスマートさと荒事の魅力が内在するのが、当代勘九郎の強みである。
第三に、以上の結果、山男の恋情が、パロディの域をこえて、リアルにわれわれに伝わってくる。かぐや姫に第三の質問を問われて、まようことなく、「それはあなただ、かぐや姫」とさけぶ姿は、彼の愛情のほとばしりを私たち現代人の身近な鮮やかさで感じさせる。
以上三点、勘九郎の芸境の進歩である。

もちろん、問題がなかったわけではない。たとえば、染五郎の竹斉以下俳優陣の味わいであるが、これも一歩間違えたらドリフのコントである。ドリフのコントがいけない、というのではない。これもひとつの芸である。しかし、先人たちはドリフのコントに頼ることなく、おかしみ、飄逸さをみせたのである。もっと研究してほしい。



〜以下、あとはいつもの「かつらぎ」風です(^_-)☆まじめにかきますね!〜

「竹取物語」という日本の古典の中に、プッチーニの「トゥーランドット」の世界観を内包した「月光姫恋暫」は、俳優祭の枠を超え、歌舞伎の新たな可能性を切り開くのに成功した。

こと、猿之助のかぐや姫、勘九郎の山男が素晴らしい。
勘九郎の山男については先述した通りであるが、剛直で一本気な魅力は得難く、また荒事の骨法をとりいれた演技は殊勲賞もの。古怪なマスクの立派さも、義太夫狂言に本格的にいずれチャレンジしてほしいと思わせる。

また猿之助のかぐや姫は、たおやかな女形の芸のなかに、強靭な精神をもつ、ひとりの現代的な女性の魅力をにじませ、21世紀の女形芸の新たな境地を見せている。「花婿はIQ100以上のイケメンに限る」という荒唐無稽な設定も、現代の女性からすればリアルな実感をともなうものであるし、これを成功させたのも、猿之助のたぐいまれなる個性故であろう。できれば、当たり役として、今後も本を洗い直し、かぐや姫を持ち役にして、宙乗りの手法でもって魅了してほしい。

染五郎の竹斉は、「関の扉」のぶっかえりを自ら魅せるというパロディー精神を標榜しながら歌舞伎の手法を楽しく観客に呈示し、きっちりと俳優祭の精神を伝えている。「かさね」の連理引き、そして、「暫」の道化役、「四の切」の狐忠信・・・・とさまざまな魅力を魅せ、大奮闘である。染五郎の身体能力に感嘆する思いである。

「月光姫恋暫」の監修担当でもある海老蔵・菊之助コンビであるが、輝くばかりの美貌をそれぞれ封印して、たのしげに翁・媼を演じている。当世美女のまつエクも、海老蔵のたくまざるユーモアの中では、コメディーの道具に早変わり。銀座でのブランドあさりも、立派な現代歌舞伎の諧謔精神の発露である。

獅童・松也の「あらしのよる」のがぶとめいも、ここでは立派にパラレルワールドの住人である。だんまりをEXILE風に魅せたのも、現代の青年たちの生活実感を思わせて微笑ましい。

左團次の放送事故的な芸はもはや至芸、貴重である。東大卒・「平成教育委員会」のレギュラーだった中車に、こんなクイズを出すことのおかしみ、また鴈治郎のえも言われぬ愛嬌。市蔵のめずらしや「まつり」の熱唱など、個性豊かなイケメンたちの姿の描出に作者(京蔵・咲十郎)のするどい視点と愛情を感じる。

「トゥーランドット」のピン・ポン・パンを猿弥・弘太郎・片岡亀蔵がそれぞれ好演。歌舞伎をささえる立派な脇役としての彩をそえる。大真面目で演じる吉之丞がかえっておかしい。

この笑いに満ちたドラマの中で異彩を放つのが、七之助と彌十郎だが、立派に大歌舞伎になっている。こと七之助にはいつか小万を演じてもらいたい。魁春・雀右衛門が花を添える。

大幹部の思わぬ一面を見られるのも俳優祭の魅力のひとつ。菊五郎の帝がアドリブともつかぬハプニングで笑わせ、吉右衛門が見事なテノールを披露し超満員の歌舞伎座を沸かせる。また幸四郎は洒脱にギャルソン風に登場。梅玉は進行も含めてご苦労さまである。仁左衛門・玉三郎の究極の美のコンビは、場内の熱狂的な歓声で迎えられた。王朝絵巻物も、また歌舞伎座で見たいと思わせる。

最後に挨拶の藤十郎と手締めの菊五郎。もちろん、忘れてはいけない、新・彦三郎の活躍も、かれの人徳であろう。

歌舞伎の未来はまたも安泰であると確信した、東銀座の夜であった。


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というわけでようやくネタバレ解禁となりましたが、いかがでしたか?(^^)
やっぱりこのくらいおなか一杯で楽しく歌舞伎を堪能したいですね!
劇評もこうしてパロディでやってみると、意外にむずかしくて、
先生方の文体を改めて書いてみると、自分の劇評の底の浅さがわかるし、
先生方が歌舞伎のどこを見ておられるのかよくわかって
大変勉強になりました!!(^_^)/

以上、たのしい俳優祭レポートでした!またいつかお会いしましょう!!!

きょうは夫の話をします。いつも単なるヨッパライ?と思われがちですが(笑)私が、夫のすきなところをオハナシし、「かつらぎさんがいいと思う役者さん像、人間像って・・」というところを想像していただければと思います。

正直言うと、強引な人、マイペースな人はキライです。


わたしの夫はその点でやさしくて、わたしを小さな人間として見てくれるので、ありがたいですね♪♪♪

あと学閥にこだわる人もキライですね。まあ、誰だってそうですが、意外にこれにこだわる御仁もいるので困りますね。


夫はものの見方が独特です。べつに芝居好きではないので、芝居というものをフラットに考えています。13000円で買えるもの、というブログの記事は、彼の影響に負うことが大きいです。「芝居にこられない人の生活を考えてみてごらん。もし彼らが手抜きの芝居を見せられたら怒るだろう?」と夫は言います。


「めったに芝居にこられない人たちが、120%満足するものを、演劇に携わる人たちはつくらきゃね」と夫は申します。まさに芝居は一期一会だからです。私もそう思います。


たとえば、三日御定法、という言葉は、夫には通用しません。プロなのだから、最高のものを見せるのは当然だし、セリフをおぼえてこないのはもってのほかです。私よりきびしい批評眼を持っています。


人間国宝だからすごい、御曹司だからすごい、という考え方を、夫は全くしません。プロとして当然の努力と、観客に夢を与えられ、勇気づけようという気概がある人を評価します。どんな役者さんだろうと、どんな人だろうと謙虚に努力する人を彼は評価します。傲慢な人は才能があっても認めませんね。権威には毅然とした態度をとるひとです。


夫のそういう公明正大なところが、わたしは大好きです!


朝からおのろけ話で失礼しました!!

気が付けば、28万アクセス突破しておりました!ありがとうございます(^_^)/

(こういう事情でアクセスが増えるというのも、いいのかな?という気もしますが・・・
別にアクセス稼ぎのために毎日書いているわけではないのですけど、
自分の中に、すごく湧き上がるものがあるので、書いているだけなんですね)

ご来場いただいたみなさまにお礼を申し上げます。

コツコツやってきて、この数字になったのですが、
今回は、論文も発表できて、本当によかったなとおもっております。

いろいろ論文の反響などもかえってきつつあって、感謝しております。
吉右衛門さんがすごいひとなんですね、というリアクションもあれば、
歌舞伎の可能性ってこんなにひろがるんですね、というご感想もいただいたり、
「平成」という時代はなんだったのか、というひとつの検証にもなっていたり、
「平和国家・ニッポン」のこれからの在り方ってなんだろう・・・・ということを考えたり、
演劇批評のみならず、さまざまな切り口での反響をいただいて、
本当に思い切って書いてみてよかったなと思います。

ひょんなことから、「劇評とは何か」ということを考えさせられたり、
すぐれた舞台をたくさん見ることができて、その誕生の瞬間にたちあえたり、
いろいろな作家さんとの交流もうまれて、
このブログがどんどん、演劇シーンを元気にしていく、
ひとつの起爆剤というか、問題提起になってくれたことに感謝しております。

もちろん、ひとりひとりの読者のみなさまのおかげ、諸先輩、同期、後輩のみなさん、
友人たちのみなさんのおかげです。
ツイッターから、Facebookから、さまざまな検索ページからご来訪いただくかと思いますが、
これからも、現状に甘んじることなく、がんばりたいと思います。

どうぞよろしくご愛顧くださいませ。

いろいろ、今回反響をいただいて、自省するところもあり、しかし、いうべきところはきっちり言おうと思うところあり、考えさせられるものでありました。ことに私がただネットで書いているだけでなく、紙媒体で書くように再びなったので、それで責任も一層重くなったと感じています。

劇評の在り方についても、ずいぶん考えさせられました。
(「歌舞伎四〇〇年の言葉」の記事は、削除させていただきましたので、ご安心いただきたいと思います。堀越さまにもご配慮いただいて、感謝しています)

いま、紙媒体もけっして部数を伸ばしていない今、ネットでSNSで雨後の筍のごとく登場する観劇レビューを前に、(私のブログもどういうジャンルになるのだろう?と思うのですが)劇評とはどんな意味をなしているのでしょうか?

こういうときは、なぜ私は劇評を始めたのか、振り返る必要がありますね。

それは、新之助さん(現・海老蔵丈)の「助六」の初役を2000年の1月8日(もうわすれもしません)を見た時のことでした。これも大変にショッキングな舞台でした。あらゆる意味で、素晴らしい舞台でしたし、感動的でしたし、私はそのとき演舞場の3階席のいちばん後ろの席で見ていましたが、それでも海老蔵さんのすばらしさはよく伝わってきました。ある意味、「事件」でもありました。

ところが、どの劇評を読んでも、私の思いや感動、受けた衝撃を言い表しているものは見当たりませんでした。みなさん一様にほめていましたが、爆発度は全く違いました。みなさん、感動をうまく言い表せないようでした。

そこで、思い切って、「テアトロ」の懸賞劇評に投稿させていただいた次第でした。結果は700号懸賞劇評の佳作に入選させていただき、2001年の1月号に掲載されておりますので、バックナンバーをお読みいただくといいかと思います。そして、渡辺保先生の劇評の講座に通う日々となりました。先生はくわしく「型」を教えてくださり、私は必死でノートをとりました。

それから、私の劇評人生が始まりました。

さまざまな舞台を観劇していましたが、いつも感動と興奮の連続で、言葉が面白いように繰り出されていきました。本当に素晴らしい舞台の数々に出会えたことは感謝しています。「テアトロ」でも現代劇を書かせていただきましたが、こちらもとても好きな舞台ばかりでしたので、必死に書いていました。犬丸治先生とも知り合えたのは、このころです。感謝しています!

そして、「演劇界」に書かせていただけることになりました。題材は、尊敬していた吉右衛門さんの「俊寛」です。もう身震いするようでした。

NHKホールで古典芸能鑑賞会を拝見したのですが、そのときの感動たるや忘れられません。あこがれの劇評家の先生方にまじってご招待券をいただき、とてもいいお席で観劇できるのです。

その期待や裏切られませんでした。そのときの感動も戦慄を覚えるほどの衝撃でした。吉右衛門さんの魂の絶唱がいまだによみがえるほどです。この舞台で「演劇界」デビューを飾ることができて、本当に幸せでした。

ところが、私が、2002年の7月に、大病をわずらいました。
いまだに、通院・加療しています。かなり治ってきていますが、それでも一生通院しなければならないのが実情です。妊娠もしないでくれといわれ、私は人生の絶望のどん底に立たされました。

病名は明かすことはできませんが、長時間の観劇をするのは困難、ましてや外出することも、電車にのることも困難なほどの病状でした。3か月会社を休職しました。

しかし、その間に、当時の「演劇界」の編集部の方がお声かけくださり、我當さん、秀太郎さん、愛之助さんの「修善寺物語」を書かせていただきました。ところが観劇中に発作が起こり、七転八倒しながらの観劇となりました。それでも必死に書きました。療養中、私を助けてくれたのは、夫の母でした。原稿を書くために、椅子に腰かけるのもやっとの私を、励ましてくれ、原稿もチェックしてくれ、アドバイスもくれたのは彼女でした。

大病を得て、人生の絶望に立たされましたが、家族の絆はふかまりました。
両親も、夫も、義母も、一致団結して、私を応援してくれることになったのです。
人間なにが幸いするかわからないものだと思いました。

2002年の10月に、東宝の映画・演劇の台本や資料を扱う部署に復帰しました。この時も薬のつよい副作用や、発作に見舞われ、苦しい日々でしたが、当時の上司が大変理解の深いひとで、「演劇界」への執筆を許してくれ、しかも国立劇場や早稲田大学の演劇博物館、松竹さんの大谷図書館の視察も積極的にしてくださいました。このとき、水落潔先生や、藤田洋先生、近藤瑞男先生、児玉竜一先生などと知己を得ることができたのも幸せなことでした。

大病を得ましたが、私の劇評人生には、大変実り豊かな時期が訪れたのでした。

2003年10月、東宝の広報室に異動となり、以後はブログを読んでいただいた通りです。

ここでの出会い・経験は一生忘れ難いほど、鮮烈な記憶となっています。
私が、ふつうに演劇部に配属になっていたら、いまのような価値観はきっと持てなかっただろうと思います。演劇には詳しくなったかもしれませんが、もう批評は無理だったかもしれません。

広報で、企業広報と社内広報を経験し、俳優・監督のインタビューをし、東宝社内を活性化すべく奔走し、そして、企業としての東宝をみたことで、私の中に「経営とは」という観点がうまれたのでした。東京証券取引所に行き、業界記者会見をひらき、東宝の役員の取材のセッティングをしたことで、「経営」とはなにか、日本経済とはなにか、お客様の満足を得るということはどういうことか、という観点が私の中に生まれました。私の氏育ちを考えれば、びっくりするほどの立場だったのでした。

劇評はあまりの多忙さに中断されましたが、なにものにも得難い体験をしました。
管理職に昇格し、女性社員としては当時異例の抜擢人事で、役員・部長につぐポジションとなりました。

そして、NHK大河ドラマの衣裳部に出向となり、「風林火山」「篤姫」「坂の上の雲」という作品と出会ったのでした。特に「篤姫」の成功は忘れ難く、徳川家・島津家の後継者の女性の方から、お礼のことばをいただいたのでした。大病をえたことで、ちいさな存在の私が、こんな経験もできたのでした。神さまのなさるみわざに、感謝したいと思っています。

そして、東宝を退職して、専業主婦を数年間経験しました。劇評はもう無理かもしれないと思いつつ、
観劇仲間に恵まれ、Facebookでの活動もスタートし、あらたな人脈を得ることができたのも、本当に幸せでした。

そして、2016年から今年。ようやく劇評家として、再スタートを切ることができました。
辛抱つよくみてくださった劇評家のみなさま、そして、読者のみなさまのおかげだと思っています。

劇評がなぜ必要なのか、とよく専業主婦をしながら考えておりました。
で、いま論文を書き終えてみて、やはりこういうことだと思っています。

 「助六」や昨年の「吉野川」のような観劇体験を、観客の方々と共有し、さらに観劇を通して、人生の勇気やはげまし、芝居をみることの意義を観客のみなさんに提示するのが、劇評のまず第1の役割だと思っています。また、役者さん・スタッフのみなさんへのひとつの応援でもあり、忌憚のない意見でもあり、建設的に演劇ビジネスの経営を発展させるための提言もすることが第2の役割。そして、演劇の記録を付ける冷静な観察者でもある、ということだと思います。

そして、演劇界の位置づけを日本の社会のなかでさらに活性化させ、社会の在り方そのものにも切り込んでいくことが大切で、実りあるものにしていく役割をになっているのではないかと思っています。

そういう意味で、劇評は、すぐれた舞台については賞賛をおしまず、また、問題のある舞台については、しっかりと批判することで、さらによりよい舞台づくりの一助になるようにしていかなくてはならないと考えています。

「○○さんかっこいい〜」的な感想も、もちろんあっていいのです。ブログはそれでいいでしょう。SNSもそれでいいと思います。

しかし、今回の拙稿である「二世中村吉右衛門論」を読んでいただくとわかるのですが、もっともっとテーマは深淵ですし、大きいものです。一俳優論にとどまらず、日本の芸能・経済・政治・文化が、どう密接にかかわりあいつつ、いかに日本を成長させていくべきか、ということを考えています。

劇評のもつ可能性を、もっとさらに広げたい、と改めて思うようになりました。

どうぞ今後ともよろしくお願い申し上げます。






きのうはミューザ川崎にて、N響のクラシックコンサートに行ってまいりました。
指揮は広上淳一さんです。初めてかれの指揮を聴きましたが、大変迫力があり、ダイナミックで
すばらしかったです!

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特に素晴らしかったのは、後半の2曲。ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番ト短調作品26と、ベートーヴェンの交響曲第7番が見事な成果をあげました。

前者のほうでは、ヴァイオリンのダニエル・ホープさんがダイナミックな演奏を聴かせ、圧倒的な超絶演奏を披露されました。アンコールもすばらしかった!

そして後者では、私の大好きなベートーヴェンの第7番。格調高く始まる第1楽章を、広上さんが優美にリードしていきます。高みにのぼっていく旋律が、栄光への道をしめしているかのようです。第2楽章は暗鬱な雰囲気ながら、荘重に、第3楽章はかろやかに、そして、第4楽章は剛毅にスケール大きく聞かせます。広上さんは特に第4楽章に力強く力点をおき、精力的な演奏をみせスピード感をみなぎらせました。緊迫感がいやがうえにも高まり、完成度の高い演奏をみせてくれました。

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川崎でのN響のコンサートは、月2回、水曜夜と木曜昼に行われますので、ぜひ近隣の方はおとずれていただくことをお勧めいたします。すばらしい演奏で、心を豊かにしていきたいものです!

さて、5月の歌舞伎座と明治座のご案内をしましょう♪
(一部、私の別のブログの転載をしています)

きょうは歌舞伎座の演目からおとどけします

5月は毎年、九代目團十郎丈と、五代目菊五郎丈を顕彰して、

「團菊祭(だんきくさい)」というものを歌舞伎座で開催しています

これが毎年、大変たのしく、またゴールデンウィークもはさみますので

「歌舞伎座デビュー、どうしよう・・・」と思っている方には、

まさにうってつけの演目ぞろい、ともいえます。
團菊祭 5月


また、今年はおめでたいことがいろいろ重なり、

坂東彦三郎さんが、初代楽善(らくぜん)を、

また、亀三郎さんが、九代目彦三郎を、

そして、弟の亀寿さんが、三代目坂東亀蔵さんを、それぞれ襲名されます。

そして、彦三郎さんの長男が亀三郎で初舞台を、
菊五郎さんのお孫さんでもあり、寺島しのぶさんの愛息・眞秀(まほろ)くんが、

初お目見得となります。

 

演目について観劇ポイントをみていきましょう!



<昼の部> 

梶原平三誉石切(かじわらへいざほまれのいしきり)

通称「石切梶原」とも呼ばれている、人気狂言です。

主役の梶原平三を、新・彦三郎さんが演じる話題の舞台です。

 

こちらのいちばんむかって右側にいらっしゃるのが、新・彦三郎さんです!

大変、大変、美声で、口跡のいい方で、舞台姿もよく、期待の花形です。

私も大変大好きな役者さんのひとりです。

先日の俳優祭もたのしい名幹事ぶりを披露して、大人気となりました。

また、大変なスワローズファンでもいらっしゃいます

今回の型は、十五代目羽左衛門の型で、梶原を演じられるそうです。

ぜひ、かれの舞台をご覧になった際、皆さんでおっしゃっていただきたいのが、

彦三郎さんが「剣も剣」、六郎太夫を團蔵さんという方が演じられ、「斬り手も斬り手」といいますので

「役者も役者!」と大向こうをかけていただきたいんです

(特に男性のみなさま、よろしくお願いします^^)

大いに舞台がもりあがりますので、ぜひぜひたのしく盛り上げましょう!

こちらのポスターも、都内などの地下鉄などにはられているそうですので、

ぜひぜひチェックしていただいて、みなさま宣伝してください(^_^)/

 

義経千本桜 吉野山(よしつねせんぼんざくら よしのやま)

佐藤忠信じつは源九郎狐と義経の愛妾・静御前・・・

この究極の美男美女カップルを、海老蔵さん・菊之助さんのコンビで演じます。

さぞやお似合いだろうと思います(^^)

ふたり旅をする忠信と静御前ですが、忠信は「壇之浦の合戦」に思いをはせ、

ひとり戦物語を舞い始めます。

そして、静との連れ舞いもまた一幅の絵。美しいことこの上なしです。

珠玉の道行をおたのしみあれ(^^)

 

魚屋宗五郎(さかなやそうごろう)


河竹黙阿弥の傑作で、菊五郎劇団の大事な財産ともいうべき作品です。

当代菊五郎さんが江戸っ子気質たっぷりに演じてくださいますので必見です。

またこの舞台で、孫の眞秀くんが登場しますので、要チェックです!

妹・お蔦が妾になった殿様・磯部主計(かずえ)之助によって手討ちとなり、

かなしみにくれていた主人公の宗五郎(菊五郎さん)でしたが、

ひどい事情をきいたので、殿様に一泡ふかすべく、ずっと断っていた酒を

とうとうたらふく飲んでしまって、大トラになり、酔って暴れたあげくに

殿様のところへ乗り込む・・・というストーリー。

江戸庶民の哀歓と、酒乱になる宗五郎の酔った演技、

ち密な劇団の型の集積をおたのしみください(^_^)/

 

<夜の部>

壽曽我対面(ことぶきそがのたいめん)


こちらも襲名披露狂言。新・楽善、新・彦三郎、新・亀蔵、そして彦三郎の長男・新・亀三郎が

登場する、話題の舞台です。

こちらは、いつもお正月などに上演され、江戸の祝祭劇として発展しました。

座頭の工藤祐経(菊五郎さん)、荒事の曽我五郎(彦三郎さん)、

和事の曽我十郎(時蔵さん)、立女形の大磯の虎(萬次郎さん)、

二枚目の女形の化粧坂(けわいざか)の少将(梅枝さん)・・といったぐあいに

一座の構成や、役者さんの位置づけがわかる舞台です。

父の敵と祐経をねらう五郎と十郎ですが、「友切丸(名刀ですね)を持ってくるまではまて」と

さとす祐経。そこへ鬼王新左衛門(権十郎さん)があらわれて友切丸を持ってくるので、

祐経は、富士の狩場での再会を、五郎十郎と約束するのでした・・・・というストーリーです。

大変はなやかな舞台なので、こちらもたのしみたいですね!

 

伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)御殿・床下・対決・刃傷


これは、伊達騒動をモデルに描かれたお家騒動の傑作です。

菊之助さんが政岡を、海老蔵さんが仁木弾正を、また松緑さんが荒獅子男之助を演じる

大変話題の舞台です。

ちょっと・・・・ちいさいお子さんがいらっしゃる方には、

このお話がむごく思えるかもしれませんね。

ヒロイン・政岡が、忠義のために自分の一子・千松をなぶり殺しにされても

顔色ひとつ変えない演技をするからです。

でも、その耐える姿と、子供たちのいじらしさ、そして、

女同士のすさまじいバトル(八汐というお局のおっかない人があらわれます。

これは加役といって、大体が立役が演じます。今回は歌六さんが演じられます)を見て、

昔のひとは「やれやれ、どこも大変だなぁ」とため息をついていたのですね。

そして、稀代の悪役・仁木弾正を海老蔵さんが演じるので、こちらも期待が持てます。

海老蔵さんのおじいさま・十一代目團十郎丈も大変得意とされたお役でした。

やはり立役にとっては、あこがれの役ともいえます。

「床下」では、冷気をただよわせてすーっと現れ、妖術をつかって去りますし、

「対決」では弁舌術を、そして、「刃傷」では壮絶な大立ち回りを見せるからです。

かならず、左の額につけぼくろをつけますが、これはこの役を得意とした、

五代目幸四郎がほくろのあるひとだったので、それに敬意を表したものとなっています。

 

四変化 弥生の花浅草祭(やよいのはな あさくさまつり)


こちらは、亀蔵さんの襲名披露狂言です。松緑さんと一緒に踊ります。

私は未見なので、どんな舞台かとてもたのしみにしております。

早替わりがあるようなので、ドキドキしています(^^)

 

というわけで、ご紹介した、以上歌舞伎座の舞台でした

みなさまも、素敵なゴールデンウィークで、

楽しく歌舞伎をご堪能くださいね!

 

 

 

一度載せておりますが、来月の観劇予定です(^^)

5月3日(祝・水) 蝉の詩
5月5日(祝・金) 歌舞伎座夜の部(夫とまいります♪)
5月8日(月)   明治座昼・夜 通し
5月12日(金)  歌舞伎座 昼の部(友人とまいります)
5月15日(月) 文楽第1部
5月19日(金) N響 NHKホール
5月27日(土)  帝劇「レ・ミゼラブル」

というスケジュールです。
ご一緒できる方はおこえかけくださいませ(^_^)/

5月はちょっと論文の執筆があるのと、
先月かなりハードスケジュールだったのと、前述しましたが、体調の問題があるので、
毎日観劇、というわけにはいかないところがあります。

来月もいい芝居との出会いを楽しみにしております!

きょうはのんびり家で休んでおります。
スポーツクラブに行く予定でしたが、
考えてみたら、10日間ぐらい連続でずっと外出していたので
ちょっとクタクタになってしまいました(^^)
しっかり休養をとって、気持ちを切り替えたいと思います♪

きょうの動き。

1) 区役所に行き、もろもろの手続きをする。

4月は家のことで、いろいろ煩雑な手続きもしなくてはなりません
慣れぬ役所周りに苦労するものの、
なんとか無事に用事をすませました。
職員の方のおだやかな対応に感謝。

2)横浜美術館にいく。「ファッションとアート 麗しき東西交流」を
見てきました
うつくしい洋装・和装の衣裳がさまざまあり、心が癒されました
一部写真撮影ができたので、さっそくパチリ♪

3)ランチをマークイズみなとみらいでいただく。

ハンバーグランチをいただきました。おいしかった!
となりにすわった女性が、ずっと携帯で仕事の電話をしており、
ちょっとおちつかなかったですかね。
まぁ、私も会社勤めをしているときは、そんなこともありましたので、
「がんばれよ〜(^_^)/」という気持ちでみていました。


4)近所でおかいもの。

久々にほっこり。スーパーのおばさまたちとたのしく会話。
おだやかな時間がながれますね(^^) ありがたい♪
やっぱりこの街は住み心地がいいなぁと思いますね。

5)夫の給料日がきのうだったので、
きょうは銀行も回る。今月もなんとか黒字でほっと一息。

テクテクと散歩しつつ帰宅しました。

さて、ちょっとお昼寝をするかな(^^)
夫が帰ってくるまで、ちょっと晩御飯のメニューを考えます〜(^_^)/





何人の方から、コメント欄に、今回の中村屋さんの舞台に関するご意見、ご感想を伺いました。
個別にお返事というより、私の意見を補足すべきだろうと考え、白玉あんみつさんへの回答ということで、下記の形で書かせていただきましたので、ご照覧ください。

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一幕で帰ってしまった・・・たしかに普通に考えればもったいない、かもしれませんね。でもまさにブログのタイトル通りで「13000円で、何ができるか?」なのです。中村屋さんのお芝居が好きな方にとっては13000円は中村屋の芝居を観たい、と思うでしょうが、ものの価値とは、もっと多様なものですよね。
ふつうは、これで一泊旅行に行けたり、新幹線で新横浜〜大阪までいけたり、ファッションが好きな方は、これで素敵なお洋服を買えたり、あるいは、誰かにプレゼントをできたりする値段です。あるいは、超豪華なディナーが食べられる、そういう値段です。つまりはそれだけ贅沢かつ高額な商品である、ということなんです。観劇というものはですね。

つまり、それだけの満足度の高いものを、かならず120%は保証できる舞台に仕上げる義務が、興行・役者・演出側に生じると、私は考えています。すくなくとも歌舞伎や商業演劇に携わる方々はです。きびしいようですが、これが現実です。

ちなみに、帝劇の「王家の紋章」のS席のお値段は、13500円でしたが、私はA席で見て、十分満足でしたし、ブログをおよみいただくとわかりますが、みんな大体4000〜7000円台の舞台で、びっくりするほどすばらし成果をあげる舞台ばかりでした。オペラだって、10000円で見ているんですね。でも素晴らしかったです。

ものの価値とはこういうことなんですね。

歌舞伎の興行、特に中村屋さんの興行をみていて、「なんでこういうことをするかなぁ?」と思うのは、この値段の付け方に、とてもプロダクト・アウト(product outとは、企業が商品開発や生産を行う上で、作り手の理論を優先させる方法のことです。「作り手がいいと思うものを作る」「作ったものを売る」という考え方で、たとえば、従来の大量生産がこのやり方に当たります)、つまり興行側の理屈しか考えていないなぁということを痛感します。平成中村座のお大尽席などが象徴的ですね。お客様の事情はもっと顧みてもいいはずだと思いますが、中村屋さんの場合、これで劇場がいっぱいになってしまうから、「ああ、これでいいんだ」と興行側も役者も思ってしまう危険性があるということなんです。で、いいものが生まれてくれればいいのですが、決して満足度は高くない。

これが4000円の席で見られたのなら、私も文句はいいません。しかし、13000円もだして、「ダメでどうしようもない愚図で、借金だらけで」なんて男と女の人生をみせつけられて(興行と役者の単なる思い入れだけでです)、現代語でピアノの下座で・・・これはかれらの自己満足以外なにものでもないわけです。中村屋好きの方は、なんでも彼らがでているならいいでしょう。でも、「歌舞伎」を見に来たつもりの他の歌舞伎ファンは、もっとひややかな目で見ていることを、知っておいたほうがいいと思います。今後の中村屋のお二人の成長も阻んでしまうし、白玉あんみつさまがまさにおっしゃった、「古典をきちんと体に叩き込む機会」がなくなって、かれらの芸の薄さが露呈してしまう危険性も、わたしは劇評家として、危惧しています。

特に勘九郎さんには、古典をきっちりがんばってもらって、18代目がなしえなかった荒事、そして、義太夫の大役
(昨年の松王などもよかったですね)も手掛けて、いっそうスケールの大きな役者さんになってもらいたい、と(中村屋ひいき以外の)歌舞伎ファンは願っています。

七之助さんには、玉三郎さんたちにもよく教わって、いつか菊之助さんに続くような、古典の大役をできるような立女形になってもらいたい。しかし、こういう赤坂「大歌舞伎」なるものに埋没し、いらぬ労力を使うようでは、芸が荒れてしまうのではないか、という思いも、ずっと観劇中頭を離れなかったですね。

松竹さんがどう考えておられるかは、私はよくわかりませんし、部外者の私がそこまで立ち入ったことはいうべきではないと思いましたので、当初はこの劇評をアップすまいと思っていました。ところがツイッターの私のちいさなつぶやきから、「もっと苦言を呈してほしい」というご要望がありましたので、書いてみたということです。
太郎の役は、もっと掘り下げればさまざまな可能性も秘めていたのかもしれませんが、正直消化不足でした。「肘付き」という言葉を若き勘九郎さんや七之助さんに送りたいと思います。(いくどもこのブログで紹介していますが)昔、渥美清さんという名優がいました。彼は実にさまざまな舞台・映画を見ていて、並みの批評家より厳しいところがありました。開演して15分で、まったくつまらず、ドラマになんの展開もないと、隣にいる友人に、肘でちょんちょんとつついて「おい、もう帰ろうぜ」と言って途中で帰るのだそうです。浅草の厳しい芸の競い合いの中で育ってきた渥美さんは、「初めの15分で満足させられないような役者はダメだ」というのが持論だったそうです。15分は極端かもしれませんが、一幕みて、ドラマの進行や核が見えない商業演劇の舞台は、それはやはり商業演劇失格といわざるをえません。


ましてや、「歌舞伎」らしさとはなにか、です。なにをもって「歌舞伎」とするかです。それは、永遠のテーマでもあるし、もっと興行側もわたしたちも真摯に考えなくてはならないことでしょう。

きびしいようですが、私も、きちんと態度を示すべきだと思い、退席した次第です。

これが再演され、もっとブラッシュアップされ、「どうしても桂木さん、見に来てください」ということでしたら、拝見しますが、まぁそうでもなければ、すぐに忘れて次の舞台との出会いを大切にしたいですね。

もっとも、13000円という値段は、ふつうの(芝居を普段見ない方にとっては)しょっちゅう払える金額ではない、ということを、私も心したいと思っています。

あまり的確な回答ではありませんが、よろしくご理解くださいませ。

ちょっと起きだして、書いております。
いやはや、さんざんな一日だったなぁ

あの世で、勘三郎さんがヤキモチでもやいてるんでしょうかね(笑)

きょうの私の行動です。

朝。病院へいく。もう15年になる、私の持病の診断書をもらいにいく。
当初、この病気になり、いろいろ調べた時には、目の前が真っ暗になったし、
大ショックで、毎日泣いたものでしたっけ。

芝居を見に行った時、昔ずいぶん勘三郎さんと福助さんが、私の病気のことを
いろいろ揶揄してくれて、本当にすごく傷ついたのです。

でも、神様は、結果的に、私に味方してくれたんだな、と思っています。
天に唾を吐けば、必ず自分にもどってくるし、
「ちいさいものにしたことは、私にしたのである」という神様の言葉はただしいと思っています。

私もあれから15年。とてもつよくなりました。
芝居で私の病気のことをいう人がいたって、
「あら、そう?だからどうしたの?(^^)まぁ、そんなこともありましたね」と思えるようになりましたし、
いいたい人には言わせておけばいいんだな、と馬耳東風の心境になりました(^^)

わたしの人生を、いったい誰がわかっているでしょうか。
いや、100%理解することなんて、お互い無理に決まってるんですから、
最低限、おたがい、不愉快な思いをしない程度に生きていけばいいんじゃないでしょうか

病院の先生に、私が書いた論文をお渡ししてきました。
先生が喜んでくださるといいですね(^^)
わたしとおなじ病気で悩む方々への、ひとつの励ましになればいいなと思っています。
こんなに回復できるんだし、社会復帰だって、ちゃんとできるんですよね(^^)
そのために、たくさんの方々が応援してくださったことに感謝したいと思います。

病院のあと、食事をし、中村屋の芝居を観る。

・・・・・正直、とても気分が悪くなったのは事実。
でも、もういいたいことは言いましたから、スッキリしています。

一応、こっちは病人ですからね(^_-)-☆
健康なひとばかりが芝居を見に来るわけじゃない、ということを
劇場も作家も役者さんも考えていただきたいですね(^_-)-☆

ま、いいわけにすぎませんが、
「君子危うきに近寄らず」で、当面中村屋さんの芝居は
観ないことにしましたので、中村屋ファンの方はご安心ください。

おやすみなさい♪
明日は、気分をかえて、がんばります(^_^)/




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