舞台いっぱいにひろがる一面の水仙の花。そこで愛を確かめ合うエドワード(川平慈英)とサンドラ(霧矢大夢)の美しい恋に、思わず私は涙しました。舞台「ビッグ・フィッシュ」は、ティム・バートンの同名映画をもとに作られた、心温まるミュージカルの秀作です。演出・白井晃。きょうはこの「ビッグ・フィッシュ」を見てまいりました。

物語は、エドワードの息子・ウィル(浦井健治)が、婚約者ジョセフィーン(赤根那奈・注・夢咲ねねがこの名前で出演)との結婚式を控え、エドワードにある約束を頼むことから物語は始まります。彼女はすでに妊娠しており、そのことを結婚式では黙っていてほしいとウィルはエドワードに頼みます。しかし、エドワードはそれを何も聞いていなかったかのように、結婚式で皆に発表し、祝福を受けます。

エドワードは、ずっと昔から、ウィルに対してさまざまな大ぼら話を聞かせてきて、もうウィルは辟易していたのでした。大男の物語、エドワードに「死ぬ最後の瞬間」の予言をした魔女の物語、人魚姫の物語・・・でも、エドワードにとってはすべてが「真実」。美しい妻・サンドラ(霧矢大夢)への愛の成就も語って聞かせます。しかし、ジョセフィーンの妊娠を喜ぶウィルに衝撃の事実が・・・。エドワードが死病で余命残りわずかと宣告されてしまうのです。エドワードとの語らいを改めて大事に思うウイルは、エドワードの入院する病院に向かうのでした・・・。

エドワードの語る、さまざまな大ぼら話は、白井の演出により、さまざまなファンタジーとして生まれ変わり、実際に友人ドン・プライス(藤井隆)、大男カール(深水元基)、森の魔女(JKim)、サーカス団の団長(ROLLY)たちとなって現れ、幻影はやがて現実のエドワードの世界を彩ります。劇場の舞台空間いっぱいにひろがった大きな河に、登場した大きな魚―ビッグ・フィッシューが何を意味するのか、観客たちは問いかけられながら、エドワードの夢想をともに追いかける構成になっています。

エドワードを演じる川平の、伸びやかで明朗な個性と豊かな歌声が、この物語の美しさとすがすがしさを一層引き立たせるのに成功しています。また、狂言回し的に父・エドワードの物語を追慕するウィルこと浦井も、スケールの大きな演技と歌声で、テンポよくこのファンタジーへ観客をいざないます。また少女から娘、妻、母、祖母と女性の人生を現出する霧矢の達者な演技力も、ドラマの奥行を一層深め、感動を呼ぶものにしました。これに赤根ふんするジョセフィーンの献身があり、家族の歴史、アメリカの歴史が連綿と続いていくことを示唆しています。

やがて訪れる、最高のクライマックスーエドワードの人生の終幕の瞬間に、エドワードが唯一はたしてきた、大ぼらではない人生の宝物が何だったのか、ウィルは悟ります。エドワードの隠された真実の前に、私たち観客も深く感銘を受けました。そのカギを握る女性・ジェニー(鈴木蘭々)も、幻影ではなく、すべては現実だったのだと明らかになる過程で、大きな感動が劇場を包み込みます。ジョン・オーガストの詩的な脚本、アンドリュー・リッパの流麗かつ繊細な音楽・詞が、清廉な魅力をもって私たちに迫ってきます。

舞台「ビッグ・フィッシュ」は映画版の幻想的な雰囲気をそのままにしつつ、一層美しい愛の物語としてさわやかな感動を約束します。小雪ちらつく中、心洗われる思いで劇場をあとにしました。ぜひたくさんの方にご覧いただいて、ひとときの幻をご堪能いただきたいと思います。28日まで。日生劇場。