とにかく世紀の瞬間を見届けなくては!と思い、歌舞伎座秀山祭夜の部の千穐楽に行ってまいりました。吉右衛門丈、玉三郎丈、染五郎丈、菊之助丈・・という顔ぶれで観ることはもうできないのではないか・・・という熱い思いを抱いたたくさんの歌舞伎ファンで、歌舞伎座は大いににぎわい、全席完売という大変な盛り上がりをみせました!「吉野川」はまさに21世紀を代表する名舞台となり、傑出した舞台効果をあげました。

なんといっても吉右衛門丈、玉三郎丈の魂の絶唱ともいうべき熱演で心打たれ、感動の涙にむせました。この一か月は天候不安もあり、吉右衛門丈に関してだけいわせていただくと、かれは風邪を実はひいてしまったりして、ときどきせき込むこともあり、大変好劇家を心配させたものでしたが、大千穐楽ということもあり、お客様の熱気もあり、丈も絶好調の仕上がりで魅了してくれました。

とくに、「畢竟親の子のと名を付けるは人間の私(わたくし)。天地から見るときは同じ世界に湧いた虫」という仮花道でも舞台を朗々と謳いあげ、場内を陶然と吉野川の雄大な世界へ引き込むのに成功しました。息子久我之助を思い、かれの恋する雛鳥を思いつつも、みずからの逆らえぬ運命に嘆きつつ、毅然と生きる人間像を見事に描出されました。また、「命を捨つるは天下のため、助くるは又家のため」というところも見事に決めました。

ことに私が泣いたのは、「げにもっとも、嫁は大和、聟は紀の国、妹背の山の中に落つる吉野の川の水杯、桜の林大島台、めでとう祝言させましょうわい」でふかいふかい親としての情愛が出たこと、(ちょっとうろ覚えですが)「倅を斬る刀になろうとは五十年来知らなんだ」というところで、かれのいままでのもののふとしての人生と絶唱があったことなどが素晴らしく、大きな感動に包まれました。久我之助の死したる後は、大判事にとっても空虚な日々、死にもひとしい人生が待ち構えているに相違なく、それでも蘇我入鹿への反抗を決意した人間の矜持とつよさを感じさせる大判事でした。しかたばなしも見事で、久我之助の切腹を定高に報せるところも悲嘆の色濃く、満場の観客の涙を絞りました。

一方の玉三郎丈もまさに魂魄のこもった熱演で、慟哭ともいうべき母の情愛を感じさせました。「せめてひとりは助けたさ」の悲しみ、「よういうた、よういうた、でかしゃった。でかしゃった」の間のすばらしさ、「大名の子の嫁入りに、乗り物さえもなかなかに」というところの悲嘆と絶望が見事にないまぜになって、こちらも忘れられない名演となりました。千穐楽ということもあり、またこの顔合わせで見ることはもうないかもしれないという感慨が、吉右衛門丈と玉三郎丈の白熱した演技に昇華したのでありましょう。魂が打ち震えるほどの感動を覚えました。

ふたりが若い恋人たちの死に接して、ようやく和解するところも、天のさだめた運命を感じさせて見事な作劇であり、近松半二の素晴らしい視座を感じ取ることができました。

このふたりの名演を前にした染五郎丈、菊之助丈も未来の大判事・定高役者として大きく成長してほしいと切に願います。

いつまでも万雷の拍手は鳴りやまず、21世紀の決定版ともいうべき今月の「吉野川」は感動のフィナーレを迎えました。

一緒に観劇、食事を共にした大勢の仲間たちに感謝申し上げたいと思います。
また素晴らしい感動を一か月間生んでくださった、吉右衛門丈、玉三郎丈、染五郎丈、菊之助丈、梅枝丈、萬太郎丈ほか、竹本葵太夫師、愛太夫師にお礼を申し上げたいと思います!