2006年05月20日

パス トゥ ザ ルーラル ディストリクト ,アンド ミー (ボクの細道)

1.杞の国の空ととりこした憂い その1

おかんの反応、というより提案はまったく意外なもので、しばらくあっけにとられた。
「じゃあ、岡山まで自転車で帰ってくりゃあええが。」
・・・あ〜、そ、そうねー。


そもそもの発端はそれよりさらに一週間ほど前までさかのぼる。
僕は自転車屋にいた。
旭川に随分と昔から架かっている京橋の袂にある、その小さな自転車屋には昔からお世話になっており、とか言いながら店に入ったのは高校生のときに初めて寄ってからこのときを合わせても3度ほどだがな。
とにかく気に入っているので、お世話になっていると言いたい。言わせて。言わせろ。言わせんか。
初めてその店に入ったのは、部活帰りに同じ野球部のK寺くんのパンクした自転車を直すためで、その頃にはすっかり日も暮れて、店の人たちも閉店の作業をしていた。そんな時間帯にも関わらず、たいして金にもならないただのパンクのために、店にいたお兄さん2人とお姉さん(だったと思う)はとても丁寧に対応してくれた。3人で店を立ち上げて、苦労しながらも支えあってがんばってますーみたいな(実際は全然そんなじゃなかったが)さわやかな人たちで、テキパキとあっという間に直してくれた。アリガトゴザイマスー。タスカリマスー。
そんなことがあって、それ以来「お気に入り」ということにしているのだが、それから十年近く、その店にはあまり足が向かないでいた。
このときも、随分と前から行こう行こうと思って尻ごみをしていて、ようやく決心して店に入っていた。何をそんなに決心することがあるかって、それはマイバイシクルを見ればまあなんとなく分かってもらえるだろう。
マイバイシクルは9年ほど前に兄貴から譲り受けて、兄貴と合わせてかれこれ16年、もうすぐ17年目を迎えるような年季の入りまくった自転車である。汚れなんかいくら磨いてもちっとも取れやしない。しかもパーツ類は購入した当時のまんま、さすがにワイヤーなどは換えているが、なにしろボンロボロのオンボロバイシクルだ。プラスチックの部分なんか腐ってもげている。元が何の部品かわからないモノもある。
特にひどいのは駆動部分で、3枚ある前のギアの歯のうち、一番良く使った真ん中の歯は欠けに欠けて、2,3回転する度にチェーンが外れるので、乗りこなすのには相当の技術が要る。
しかし、9年を迎えた頃からは僕とバイシクルの息もすっかり合ってきて、一度完全にチェーンが外れても、乗ったまんま
「がんばれ!オラ!気合だ、オイ!オイ!オイ!」
と声をかけながら空漕ぎすることで、自転車も
「…ゥオラオラオラー!!」
と自力でチェーンを戻すという技をおぼえた。16年も乗ってみるもんだな。
そうしてしばらくはそれで何とか乗り切っていたのだが、最近ではすっかり歯が欠けてどうにも乗れなくなったので、真ん中のギアをあきらめることにした。
とりあえず一番大きい歯にチェンジしようとした。が、入らない。何度調整してもやっぱり入らない。ガチャガチャと適当にいじっても何の変化もない。
仕方がないので、前は一番小さい(軽い)ギアにし、その分後ろのギアを重たくしてスピードを稼ぐことにした。
が、今度は後ろのギアが重くならない。
ただでさえ時代遅れの7段ギア(最近は8〜9段がフツーらしい)の、その5段目にまでしか入らない。これまた何度調整してもダメなので、結局、前1段、後ろ5段という、とてつもなく遅ーい自転車に落ち着いてしまった。
どのくらい遅いかというに、買い物帰りのおばちゃんに圧倒的大差で負ける。もう十馬身差ぐらい。シャカシャカ漕いでもちっとも風景が変わらない。
この前なんか小学1年生ぐらいの女の子と本気で勝負をした。いつものようにシャカシャカとマイバイシクルを漕いでいると、後ろから同じくシャカシャカ必死に漕ぐ音が聞こえてきた。ここにも同じ境遇の人が、と少しうれしくなり音のする方を見ると、目線のはるか下に小さな女の子が生意気にも子供用マウンテンバイクにまたがって、彼女なりのフルスピードで走ってくるのが見えた。
彼女なりのトップスピードで次第に近づいてきて、いよいよ彼女が僕の横をすり抜けるとき、ふと目が合った。
その瞬間だ。確かに、確かに彼女はニヤッと笑って、僕の前に躍り出た。
テ、テメー、この野郎!今、笑ったろう!ンガー!お、大人をナメんなぁー!!
少しばかり頭にきた僕は、ここで引き下がっては大人のメンツに関わる、大人をナメたら怖いんやでーということを教えてやらねばならんと思い、全力で彼女を追走した。
サザエさん家のワカメちゃんばりにパンツを見せつけながら、尻をフリフリ全力で走る彼女に追いつくと、そこからデッドヒートとなった。小さいながらも彼女もなかなかの走り屋だった。こっちが少し前に出れば、彼女もすかさず食い下がる。若いのになかなかやるわい、と思いながら、ここは負けられんとこっちもフルスピードだ。
そんななかなか勝負のつかないレースに先にしびれを切らしたのは彼女だった。若い、まだまだ若いな。
彼女は十字路にさしかかると大きく体を右に傾け、住宅街の方へと走り去っていった。勝った、のか?
フン、まあ大人をナメるからこういうことになるんだな、などと勝手に勝ち誇りながら、ただ彼女は友達の家にでも向かっていただけだろうに、そうして一人で満足していた。ハタから見ればオッセー2人で、レースにも見えなかっただろうに。
んなことはどうでもいいんだが、それであれだ。とにかくボロボロだ。その時点でもすでに自転車屋に持っていけば、煙たがられることはわかっていた。こんな自転車を持っていって、どこをどう直したらいいですかねー、なんてそんな大胆なことはとても訊けない。素人が一目見ても
「買いかえろ」
と、一言で片付くだろう。
ましてや自転車屋の方々なんかは、それこそ自転車に対して愛がある。
どっこい僕だって自転車が大好きですっ!と言ってみたところで、自転車屋の方々は口をそろえて
「ウソこけ!」
とキレるぐらいの勢いで総ツッコミだろう。そうねー。誰がどう見たって、この状態じゃあねー。でも好きなのよ、ホント。バイシクルLOVEの人たちには悪いけど。
そういうわけで何となーく自転車屋に行くのをためらっていたのだが、先日、とうとう決定打が出た。というか、玉が出た。
想像できますか?アナタ。目の前で自転車の部品が飛んでいく恐怖が。
自転車の車輪の軸はハブといって、その中にはベアリングという小さな玉がいくつも入っています。その玉のおかげで車輪はうまく回るのですが、もちろんフツーはその玉が飛び散らないようにシールドというカバーがしてあります。マイバイシクルは、去年の年末あたりからそのシールドが外れかかっていたんだねー。
いつものように仕事先に向かおうと、地下道に入る急な下りの坂道を勢いよく走っていると、何かが目の前でポーンとはじけた気がした。何かとてもイヤーな予感がしたので、飛んでいく物体の見えた前輪をそーっとのぞきこんだ。
するとまた、ポーン。・・・お、おえー!ベアリング、飛んどるがなー!
勢いよく転がる前輪からは、太陽の光を受けてキラキラと輝きながらとてもキレイな放物線を描いて、今まさにベアリングが飛んでいっていた。
ノー!!カンバーック!ベアリングー!戻ってこんかーい!!
こりゃー怖い。急な坂道で、車輪の心臓部分の部品が見る見る飛んでいく恐怖。死ぬかと思った。前輪がガキン!と止まれば、バイクのプラモデルに乗っかっているライダーの人形のようにそのままの体勢で、前にスッ飛んでいただろう。こえー。チョーこえー。
そんな命がけのスリリングな通勤を毎朝したくもないので、仕方なく、「アナタねー、どーたらこーたら・・・」とお叱りを受けるのも覚悟して、その日の帰りに自転車屋へと向かった。
自転車屋へ入ってもしばらくは話を切り出す勇気が出ず、たいして知識もないのに
「ホホー、こんなの出たんだー。」といった風に、何の部品だかまったくわからないモノをしばらく眺めていた。
しかし、さすがにそのままでは何の解決にもならないし、あまり長引けば万引き犯かと間違われそうだったので、意を決して優しそうな女性の店員に話しかけた。
「・・・あ、あのーぉ、そのーぉ、自転車をぉー、ちょっとぉー、見てもらいたいかナー、なんて。ちょっとですよ、ちょっと。」
とか何とか、好きな男子の前で恥らう女子高生のようにモジモジしながら伝えると、その女性店員は
「ハイ、少々お待ちくださいますか?」と優しくこたえてくれた。
あー、なるほどー、こういう人(今の自分のような)にはこんな風にこたえよー、と感心していると
「ちょっとお願いしまーす。」と言って何やら奥に呼びかけた。
「ハイ」と言って出てきたのはいかにも店主っぽい人で、女性店員、というか奥さんから説明を受けている。
自転車を何かちょっと、ちょびーっとだけ見てほしい、気がする、ぐらいのニュアンスで言ったつもりだったが、「わかりました。」と言って、店主はしっかり見積もり帳とペンを手にした。
「い、いやー、ちょっと、ちょこーっと見てもらえればいいんですけどぉ・・・」
と言っても
「わかりました。」
と言って、ペンを放さない。
うぉーい、お、おおげさなことになったなー、と思いながらももう流れには逆らえない。店主に追われるようにジリジリと店の外まで進んで、精一杯申し訳なさそうに自転車を見せた。
・・・・・。
気まずい空気が流れ、しばらくの沈黙のあと、店主はペンを胸ポケットにしまい、静かに見積もり帳を閉じた。
ほらー!だから言ったじゃーん!ちょっとでいいってー。
店主はしばらく「ンー」と唸って、すぐさま結論を出した。
「これはねー、買いかえた方がいいよねー。」
・・・やっぱりねー。わかってましたけどねー。そうですよねー。そんなもんですよねー。
「どうしてもこの自転車って言うんなら、新しい自転車を一台ご購入されて、その部品をこっちに付け替えた方が安いですね。」と、思いのほか店主さんは優しい丁寧な対応をしてくれた。さすが、その辺は変わっていない。
んー、でもそれじゃあその新しいのでいいじゃん、と思いそう言うと、
「そうですよね。」と、あっさりミもフタもない答えが返ってきた。
「でも、思い入れのあるフレームっていうのもあるでしょうし、・・・ただ所々現在の規格ではない部分もあるので、その辺りは特注するしかないと・・・」と、あくまでもその自転車とそれに乗り続けてきた僕に理解を示すように、丁寧に説明してくれた。
まあ、そこまでするほどいい自転車でもないし、そろそろ新しいのも良いかなーと思っていたので、
「・・・わっかりました。新しいのを買う方向で考えてみます。」と、曖昧ながらも前向きな政治家のような返事をした。
店主さんは「そうですか。」と言った後、懐かしいなーと言いながら、しばらくマイバイシクルを骨董品を眺めるようにめでていた。
そうして、僕はすっかり新しい自転車を買う気になっていた。

4月も終わりの日暮れ時、旅はまだスタートしない。

ryogocycle at 14:47│Comments(0)TrackBack(0) パス トゥ ザ ルーラル ディストリクト ,アンド ミー 

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