2007年09月16日

ヴォラピュク版ウィキペディアがボットで記事を自動生成で10万項目達成

ヴォラピュク版ウィキペディアがボットで記事を自動生成で10万項目達成

ヴォラピュク版ウィキペディアがの記事数が10万を超えている。Libera Folioによれば普通に記事を創って10万項目達成したのではなく、インターネットボットを使って記事を自動生成して達成したらしい。ボットの名前は「Smeira」。ボット使用して記事を自動生成したのは、エスペランティストのSergio Meiraさんである。(ボット使用者が実名を公開しているため、この記事ではボット使用者の実名を公開します)

ヴォラピュク版ウィキペディアのサイトを開き、「最近更新したページ」を開くと、「Smeira」というボットが現在も地理の記事を大量に生成している様子がわかる。生成された記事は1行ぐらいしか内容がなく、ウィキペディア初心者でもボットによって生成された記事だとわかる。かなり見苦しいと感じた。ただ、地図とカテゴリを付けているのは少し感心した。

インターネットボットによる記事の自動生成はエスペラント版やいくつかの言語のウィキペディアでも行われている。しかし、ウィキペディアの質を落としかねないほど大量に記事を生成するボットがあれば、他の参加者がボット使用者に対して注意したりして止めるから、深刻な事態にはならない。
ヴォラピュク版ウィキペディアでは参加者があまりおらず、大量生成を注意する人がいなかったのであろう。だから、自動生成で10万記事達成などという深刻な事態になってしまった。

Libera Folioの記事には、なぜボットによる記事の自動生成を行ったかという、チャック・スミスさん(エスペラント版ウィキペディアを立ち上げた人)の質問へのSergio Meiraさんの返答が載っている。ボットによる大量の記事の自動生成をした理由をLibera Folioの記事から端折ってみる。

Sergio Meiraさんは熱心なヴォラピュキストであった。ヴォラピュク版ウィキペディアは参加者が少なく、しかも記事を書ける参加者がいなかった。ヤフーグループなどヴォラピュクのコミュニティに参加を呼び掛けたが参加者が集まらない。そこで、ヴォラピュク版ウィキペディアの記事数を増やしまくって注目を集めようと考えた・・・というわけである。(しょうもない理由やなあ・・・)

この事件を悪い見本として、ウィキペディアで量より質を重視する空気ができれば、良いのですが・・・


Libera Folioの記事
言語別ウィキペディアの統計
ヴォラピュク版ウィキペディア

2006年12月29日

Ĝangalo.comがCNNに買収された!? 嘘みたいな記事

まずは、このブログの記事を読んでください。
gxangalo.com aĉetita de CNN

「Ĝangalo.comがCNNに買収される」なんて・・・すごいことですよね。ということはCNNのニュースがエスペラントで読める・・・。ポーランドラジオのエスペラント部門が廃止でがっかりしている人にとってはすごくうれしいニュースですよね! 記事によるとサイトの再開は「4月1日」・・・。

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あれ・・・。「4月1日」・・・。もしかして・・・。あれ・・・この記事・・・「エイプリルフール」?! でも・・・この記事の日付は・・・「12月28日」・・・。え、どういうこと

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実は、このブログの管理人はスペイン人。スペインではエイプリルフールは「12月28日」にもあります。スペイン語でDía de los Santos Inocentes、日本語では「幼子殉教者の記念日」といってこの日は嘘が許されるらしい。日本語版ウィキペディアにはその事件に関する記事がある(幼児虐殺)が、スペイン版エイプリルフールについては書かれていない。

スペイン版エイプリルフールを知らなかった私はこの記事に騙されそうになってしまいました。
スペイン人のエスペランティストと交流のある人は「12月28日」には注意してください。

ryoho_vikipedio at 12:20|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)

2006年11月04日

Radio Polonia のエスペラント放送が廃止?

久しぶりにLibera Folio(エスペラントの運動などを扱うポータルサイト)を開いてみたら、びっくり・・・。ショッキングなニュースが投稿されていました。

記事名: "Pola Radio eksilentos en Esperanto"「ポーランドラジオがエスペラントで静かになります。」

「静かになる」が「放送停止」の意味なのは説明されなくてもわかりますが、ラジオをあまり聞かない私にはなじみが無い表現です。

当然、UEAの理事長のOsmo BullerさんによればUEAは存続を求めていく意向。これから、エスペラント界はこの話題で盛り上がるだろうな・・・。そして、ポーランド外務省や外務大臣に手紙出したり、署名運動が行われて・・・で結局廃止される流れか。

廃止の流れを端折ると次の通り。

10月の終わりにRadio Poloniaの幹部が入れ替わった。新しい局長のKrzysztof Czabańskiはエスペラントに好意的でなかった。同様にポーランドの外務大臣(Libera Folioには載っていませんが、Zbigniew Galor)は、エスペラント編集部が出席している会合で「16年間にわたりこのプログラムを支配している、ポストコミュニズムの影響への対抗」の必要性を訴えた。10月始め、ポーランドラジオの幹部たちは外国向けプログラムの最初の変更を指示した、そして10月31日ポーランドラジオのサイトで計画が発表された。そこで、エスペラント版放送の廃止が計画された。その代わり、ベラルーシ版、ウクライナ版の放送を充実させ、ベラルーシやウクライナのジャーナリストの職業的な教育を支持し、周辺の国々へのポーランド版の放送を増やす方針となった。

外部リンク
Libera Folioの記事

ryoho_vikipedio at 00:53|この記事のURLComments(1)TrackBack(0)Libera Folio 

2006年10月06日

生まれながらのエスペランティストの名簿

エスペラントではプライバシーのことを"privateco"(プリヴァテーツォ)という。国境を越えるエスペラントでの個人情報の取り扱いについてよく知らないのだが、いろいろと難しいのではないだろうか。

とあるドイツのエスペランティストが、生まれながらのエスペランティスト(エスペラントのネイティブスピーカー)のリストをエスペラント版ウィキペディアに投稿した。Listo de denaskaj esperantistoj

彼は世界にエスペランティストがどれだけいるのかを知るのに便利だと語るのだが・・・、当然のことながら名前を公表された人たちはプライバシーを侵害されたとして怒っている。名簿の出所はウィキペディアやLibera Folioからはわからない。

問題の記事は既に削除依頼が出され、会話ページでは記事をどうすればいいのか議論が続いている。さすがにまずいと実名はまずいと思ったのか、現在は子どもの名前はイニシャルだけになった。
リストは一人だけだが日本人の名前も含んでいる。

残念ながら、このようなケースをエスペラントでは他に知らないので、この問題がどのように決着が着くのか予想がつかない。今までにも、このように名前が公表されるようなことエスペラントではあったのだろうか?

ちなみに、これが日本語のウィキペディアだったら、即時削除の事例である。
Publika listo de denaskuloj kaŭzas disputon

2006年09月14日

訃報 ウィリアム・オールド氏(元世界エスペラント協会副会長)

スコットランドの詩人エスペランティストウィリアム・オールド(William Auld)氏が9月11日に死去。葬儀は9月18日。

世界エスペラント協会の副会長、アカデミーオ・デ・エスペラントの議長などを務めた。


オールド氏についてはエスペラント版から翻訳した記事を日本語版に創りましたので、詳しくはそちらをみてください。
ウィリアム・オールド

Libera Folioに追悼記事が出ているので、落ち着いたら日本語版に加筆するつもりです。Libera Folioの追悼記事


2006年08月08日

「エスペラント市」始めました。

ドイツ連邦共和国、ニーダーザクセン州のオスタローデ郡に、ヘルツベルク・アム・ハルツ(Herzberg am Harz)という小さな市(人口1万5千人:市長:ゲーアハルト・ヴァルター)があります。その市の市議会で7月11日、市の名前を"Herzberg am Harz – die Esperanto-Stadt"する案が可決されました。

「エスペラント通り」とか、エスペラントがついた建造物は結構聞きますが、行政区域の名前に「エスペラント」が冠されるのは多分初めてでしょう。die Esperanto-Stadtの部分は"La Esperanto-urbo"とエスペラントでも書けるみたいです。

日本語ではヘルツベルク市の情報が見つからないので、すこし触れておきます。

ヘルツベルク市はニーダーザクセン州の州都ハノーファーから南南東に90km、ゲッティンゲンから北東に32kmの位置にあります。ちなみにヘルツベルクという名前を冠する都市はブランデンブルグにもあり、それと区別するためにハルツ山にちなんで"am Harz"をつけているようです。

エスペラント運動が盛んで、同じくエスペラント運動が盛んなポーランドの都市グラ(Góra)と姉妹都市の関係です。

観光地はヘルツベルク城、アインホルンヘーレ洞窟、ルーム泉など。

行きかたについてですが、ドイツ語版ウィキペディアによると、連邦道路27号線(ゲッティンゲン〜ブラウンラーゲ間)と、243号線(オスタローデ〜ノルトハウゼン間)が通じています。ドイツ鉄道を使う場合、ノルトハイム、ノルトハウゼン、ブラウンシュヴァイク行きの列車が通っているみたいなんですが、肝心の路線名が書いていない。これ以上調べようとするとドイツ語が必要・・・。いつか行きたいけど行けるようになるのは何年先か・・・。

Libera Folioの記事
ヘルツベルク市のウェブページ
ヘルツベルク(ドイツ語版ウィキペディア)

2006年06月12日

秀逸な記事「エスペラント」

ウィキペディア日本語版にある記事、「エスペラント」の編集に携わったことがある。

その記事が6月2日、高品質と参加者に認められた記事である、秀逸な記事に選ばれた。日本語版222,396本の記事があり、そのうち秀逸な記事に選ばれたのは75本だけだから、「秀逸な記事」がいかに選りすぐられた記事であることがわかる。記事「エスペラント」の編集に携わった者としては、うれしい限りである。1週間ぐらい入口のメインページに記事の要約が掲載されるので、ウィキペディアンのみなさんにもエスペラントを知ってもらえるかもしれない。

高品質と認められたとはいえ、まだまた編集しなければならない部分もある。エスペランティストの方々には、更なる編集をしていただきたい。

秀逸な記事にするために


別に秀逸な記事にするために特別気をつけて編集したわけではないが、一応よい記事にするために気をつけたことがある。

「エスペラントを持ち上げない」


誰でも自分の言葉には誇りを持っている。自分の言葉をかっこよく紹介してしまうのはしかたないが、ウィキペディアは百科辞典であり宣伝の場ではない。優れた点を書くにしても、宣伝に使われるステレオタイプなフレーズは一切排除し、「さらっと」優れた点を書くようにした。

「エスペラントとは○○な言語」はナシ!


事実ではなく「○○とは××である・・・」のように「読者に速くわからせるために」属性をつける文を私は「早わかり文」と呼んでいる。「属性付け文」と呼んでも良い。

早わかり文は文字通り読者に速くわからせる便利な文である。その上、短いので、他の人に伝えるうえでも便利である。しかしものごとにはさまざまな面がある。どこかの一面に注目すれば属性は簡単つけることができるが、それはある一面を示したものでしかない。「中立」「平等」「公平」「容易」「平和主義」「ヨーロッパ中心主義」「男性中心」「共産主義」「役に立たない」・・・・。一面にさえ注目すればエスペラントには良い属性も悪い属性も付け放題である。

エスペラントは中立公平で学びやすい国際共通語です。(リンクを張らずとも知れたJEIのエス語の紹介)

私もエスペラントは少なくとも英語よりは中立だと思っているから別にこのフレーズに反対しない。しかし、中立ではない一面ももちろん持ち、そう感じている人もいる。宣伝の場ではないウィキペディアでは少なくとも「そのような意見を持つ人がいる」ことを書かなければならない。だから、一面しか示せない「早わかり文」は書かないようにし、冒頭文には事実だけ淡々と書いている。

2006年05月14日

涼宮ハルヒの憂鬱/朝比奈みくる

ライトノベル「涼宮ハルヒの憂鬱」の登場人物紹介。4人目は未来人の朝比奈みくるです。彼女はハルヒに運悪く「任意同行」(英語版では"voluntarily arrested")で連れ去られ、無理やりSOS団のメンバーにさせられてしまいます。

エス語記事中では時間を飛び越えることをtranstempiĝiとしましたが、tempovojaĝi(時間旅行)としたほうがよかったかもしれません。

Suzumiya_Haruhi_no_Yuutsu

2-a-grada studento(16 aŭ 17-jaraĝa), sed ŝajnas pli juna ol 1-a-gradaj studentoj. Ŝi estis membro de klubo pri kaligrafio. Haruhi ŝin forkaptis kaj trude membrigis nur ĉar Mikuru estas ĉarma, grandbrusta kaj moevoka. Fakte, ŝi venas el estonteca mondo, kaj povas transtempiĝi. Ŝi estis sendata por enketi Haruhi, tamen ŝi estas ne sciigata detalajn informojn. En la serio venas la nuntempon ankaŭ ASAHINA Mikuru el mondo post kelkaj jaroj de ŝi. Ŝi estas matura kaj distingata ASAHINA Mikuru (la granda). La granda helpas la estintan ŝin ASAHINA Mikuru (la malgranda), sed intence ne renkontis ŝin.

ryoho_vikipedio at 12:00|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)

涼宮ハルヒの憂鬱/朝比奈みくる

ライトノベル「涼宮ハルヒの憂鬱」の登場人物紹介。4人目は未来人の朝比奈みくるです。彼女はハルヒに運悪く「任意同行」(英語版では"voluntarily arrested")で連れ去られ、無理やりSOS団のメンバーにさせられてしまいます。

エス語記事中では時間を飛び越えることをtranstempiĝiとしましたが、tempovojaĝi(時間旅行)としたほうがよかったかもしれません。

Suzumiya_Haruhi_no_Yuutsu

2-a-grada studento(16 aŭ 17-jaraĝa), sed ŝajnas pli juna ol 1-a-gradaj studentoj. Ŝi estis membro de klubo pri kaligrafio. Haruhi ŝin forkaptis kaj trude membrigis nur ĉar Mikuru estas ĉarma, grandbrusta kaj moevoka. Fakte, ŝi venas el estonteca mondo, kaj povas transtempiĝi. Ŝi estis sendata por enketi Haruhi, tamen ŝi estas ne sciigata detalajn informojn. En la serio venas la nuntempon ankaŭ ASAHINA Mikuru el mondo post kelkaj jaroj de ŝi. Ŝi estas matura kaj distingata ASAHINA Mikuru (la granda). La granda helpas la estintan ŝin ASAHINA Mikuru (la malgranda), sed intence ne renkontis ŝin.

ryoho_vikipedio at 11:59|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)

2006年05月05日

"HIKIKOMORI" って格好良く書いたつもりはありません。

近年は漫画やアニメの影響で、日本語由来の単語が外国語に取り入れられることが多くなっています。エスペラントを始めた頃、Karoshi(過労死)とかNisei(二世)が外国でも通用すると知ったときは驚いたものです。最近はさすがに慣れてきて、新しい日本語由来の単語を知っても驚かなくなりました。

最近、ディアン在住の某フランス人の方がエスペラント版ウィキペディアに"Hikikomori"(引きこもり)を投稿したので、それを取り上げます。引きこもりといえば、日本文化特有のものということで有名ですが、これがまさかエスペラント版にまでかかれるなんて面白いですね。面白いのでいろいろと加筆しておきました。この単語は完全なネオロギスモ(新語)ですが、この単語が受け入れられるかどうかは日本以外の国にどれだけ引きこもりがいるかにかかっているといえるでしょう。

Hikikomorio




Hikikomoro (El la japana Hikikomori, ひきこもり aŭ 引き篭り) tradukebla Forigita aŭ Izolita signas junulojn kiu decidis izoliĝi de socia vivo. Tiu fenomeno, kiu precipe okazas en Japanio, kutime estiĝas kiam iu ne plu eblas subteni la socian premon, ŝarĝita je devigoj, trudadoj kaj perfortoj kaj preferas malproksimiĝi (kelkaj diras ŝrumpiĝi) en ekzemple sia ĉambro dum monatoj kaj eĉ dum jaroj.

Japanan lernadon multaj konsideras konkura kaj elita kaj ili kulpigas tiun sistemon, kiu humiligas la plej malfortajn, sproni adoleskojn hikikomoriĝi. Veras ke plejofte, junuloj unue komencas malviziti lernejon (tōkōkyohi (登校拒否)) por poste definitive enfermiĝi dormoĉambre. Ili ĉefe okupiĝas per videoludoj, komputiloj kaj mangaoj (la t.n. Otakuoj).

La psikologo Tamaki Saito, kiu elpensis kaj popularigis la vorton, taksas ke tiun fenomenon koncernas nuntempe unu miliono da japanoj, t.e. kvinono de la japana junularo kaj iom malpli ol centono de la tuta loĝantaro. Alia prognozo kiun determinis la Ministro pri Sano helpe de spertistoj konservative kalkulas ne pli ol 50.000. Kliŝa hikikomoro estas vira junulo (77% el ili estas virseksaj), kaj ofte unuenaskita infano de la familio.


Hikikomoroとは、「取り除かれた」あるいは「孤立した」と訳され、社会生活から孤立することを決めた青年を指す。その日本で特に起こる現象は通常、強制や押し付け、暴力などの社会的圧力に絶えられない時に起こり、例えば部屋の中へと遠ざかることを好むようになり、(「萎びる」とも言う)その期間は数ヶ月、あるいは数年に及ぶ。

日本の教育を多くの人々は競争・選抜であるとみなしており、その弱者から自尊心を失わせ、青春期に引きこもることに拍車をかけてしまうシステムに原因があるとしている。実際、たびたび青年たちは学校を休み始め(tōkōkyohi 登校拒否)、後に寝室に完全に閉じこもってしまう。彼らは主にテレビゲーム、コンピュータ、漫画などに興じている。(いわゆるオタク)

その単語を広めた心理学者斉藤環はその現象は100万人の日本人が関係していると評価する。すなわち、5分の1の青少年、または全人口の100分の1よりいくらか少ないぐらいである。厚生大臣(原文ママ)が決定した他の予測では、有識者の助言で50万人以下と保守的に見積もっている。ステレオタイプな引きこもりは男性青年であり、(77%は男性である)多くは第一子である。

ryoho_vikipedio at 20:20|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)