卒業することが決まったので、卒論のような気持ちで、自撮りへの思いを書いてみたいと思います。

実際書いてみたら、根暗全開でガチすぎる内容になりましたことを、先にご報告しておきます。 

自撮りをする前の自分

ソーシャルの私しか知らない人は信じてくれない人も多いかもしれませんが、私は写真が大のニガテでした。というか、”笑うのが下手くそ”。写真の多くは今でも笑っている一枚を見つけるのが難しいし、小さい子に「笑い方が変」だって無邪気に笑われたこともある。だから、そんな自分を記録に残す写真は本当に嫌いでした。

さらに言うなら、自撮りをしてSNSにUPする人に対して、正直「キモいな」とも思ってた。自己顕示欲の塊だし、自分のこと絶対カワイイと思ってるし、「何がしたいんだよ」って思って、なんとなくの嫌悪感を抱いていました。

自撮りをすることでわかったこと


そんな私が自撮りをSNSにアップし始めたのは、ひょんなきっかけからでした。完全に「おもろいことみつけた」という関西魂。詳しく知りたい人は、以下の記事を見てください。
45


小さなきっかけから始めた自撮りだったけど、今や自分のアイデンティティの一つだし、多くの人が私を「自撮りをする人」として認知してくれている。自分にとっても自撮りをすることが日常になっています。

自撮りをSNSにアップすることが日常化する中で、たくさん気づいたことがありました。これから書くのは、その一部です。


・自撮りは現代の「アバター」である。

よく聞かれるし、私も「自撮ラー」について最初に頭をよぎっていたのが「自分のこと好きなの?」という質問。自分のことが完全に嫌いだったら自撮りをSNSにアップすることはないかもしれないけど、実際やってみた私はもはや、「好き」「嫌い」ではなく、自撮りの中にいる自分を完全に「自分だ」とは思えていない部分があります。

どちらかというと、私が中高生の頃に流行した「アバター」を操作しているのに近い感覚。

中高生の頃、アメーバピグやモバゲータウンという”仮想世界”でのコミュニケーションが流行しました。今ほどネットに実名文化がなくて、それぞれの名前はニックネームだし、今で言うアイコンのようなものはそれぞれがつくりあげた仮装のキャラクターだった(アバターと呼ばれてた)。私は当時、アバターの顔を自分の好きなように作成して、アイテムに課金してカワイイ洋服を着させていました。そして、アメーバやモバゲータウンの中にいる人と会話したり、仮想世界での生活を楽しんだりしていたのです。

07


今の、自撮りをSNSにUPしている生活もそれに似ているかもしれない。自撮りは自分のリアルな顔だけど、完全な自分じゃない。自分よりちょっとかわいい「自分の理想」を着せたキャラクターみたいなもの。時には背景で自分のキャラクターを作るし、フィルターをかけて雰囲気を作る。コミュニケーションの相手は、リアルな私に会うまでそのキャラクターを私だと思って接してくれる。

もちろん、自撮りのアイコンに対して、「自分だ」という認識はある。しかしそれはまさにアバターと同じで、「自分を理想に向けて拡張した存在」であるように感じる。自撮りを撮り、それを公にして誰かとコミュニケーションを撮ることは「自分の拡張」のように感じています。


・「キモい」=「わからない」である

それから自撮りを初めて自撮りをする人を「キモイ」と思わなくなった変化も自分にとっては大きかった。

きっと今も「自撮ラーキモい」と思っている人多いと思います。じゃあなぜキモイと思うのか? 私の場合は、それは「理解ができない」ことが理由でした。「なんとなく」の嫌悪感は、理解の範疇を超えていることから来る、わけのわからなさだったのだと今になって思います。

しかし、実際に自撮りをやってみると様々な発見がありました。ポジティブな感情ばかりじゃないけれど、彼女たちの心情が痛いほどわかる。楽しさも面白さも、あるいは葛藤も。

楽しさや面白さを理解することは毎日をより楽しくしたし、葛藤を理解することは新たな想像の種になりました。コストがかかることだから全員にやれというわけではないけれど、わからないものを「キモイ」で一蹴することには、勿体ないと今は思えます。「なんとなくキモい」という文化の中には、未知なものがたくさん詰まっていて、それに体ごとつっこむことは時にたくさんの発見をくれるのです。

自撮りをする人は「カワイイ」

S__54575129

たくさん自撮りをして、どんどん上手く撮る技術を得て、今では「自撮りを教えて!」って言われるようになりました。まだまだ私もうまく撮れないことも多いから、一緒にうまく撮る方法を探る。かわいい写真が撮れた時、みんなとっても嬉しそうな顔になる。私はそれがとてもうれしい。

本当はみんな「自分をもっと好きになりたい」んだと私は思う。それがたとえ、写真の中だけでも。写真が大の苦手だった私は、自分の顔がうまく撮れる嬉しさを知っている。うまく撮れた自分の写真を「すき!」と言える嬉しさを、知っている。

そして、うまく撮れた写真や、それをアップし続けるSNSといった「虚構」が、リアルにはみだして実際に可愛くなろうとするパワーをくれることも、知っている。

だからこそ、これからもかわいくなりたくて、可愛い自分をすきになりたいひとたちと一緒に、もっと可愛い自分が撮れる方法を一緒に探していきたい。スマホの中の小さな写真から、誰かと「お気に入りの自分」を一緒に見つけていくために、これからもずっと熱量を注いでいこうと思っています。



S__54575130


自撮ラーが、撮られる世界「セルフポートレート」に巻き込まれた件 につづく(かもしれない)。

<追伸>

というわけなので、もっともっと自撮りのことを知りたいです。お会いした女の子や男の子たち、自撮りテクニックや自撮りアプリのことたくさん教えて下さい。よろしくお願いします!