五輪経費「3兆円」に さらなる肥大化が心配だ
<毎日新聞社説>
2019年12月8日 東京朝刊

 うたい文句だった「コンパクトな大会」には程遠い状況だ。

 東京五輪・パラリンピックを巡る国の支出が、1兆600億円に上るとの試算を会計検査院が公表した。

 現段階で東京都は1兆4100億円、大会組織委員会は6000億円を負担することになっている。合計で大会の総経費は3兆円を超える。マラソン、競歩コースの札幌移転に伴う費用も確定しておらず、経費はさらに膨らむだろう。

 招致時に総経費は約7300億円と見積もられていた。最終的な総経費はその4倍に達する見込みだ。

 総経費は、開催に直結する「大会経費」と道路整備などの「大会関連経費」に分けられる。特に膨張を続けるのが関連経費だ。国は今年度までの7年間で2197億円の予算を計上したが、会計検査院は他にも関連事業があると判断している。

 今回の調査では340事業が対象とされた。だが、関連経費かどうか、国と会計検査院との間で見解が分かれているものもある。例えば、水素社会実現に向けた燃料電池産業車両の導入補助や、地域の農産物や食文化を映像化して海外に発信する取り組みの支援などだ。

 五輪・パラリンピックは国家事業として準備が進められている。その機会に乗じて各府省庁から数々の事業が申請されたのではないか。政府は会計検査院の指摘を厳しく受け止めなければならない。

 「大会経費」も総額1兆3500億円に膨らんでいる。組織委が近く最新の予算を発表する見通しだが、さらなる増額は許されない。

 施設の後利用にも不安材料はある。完成した国立競技場は、民間業者に運営権を売却する計画の策定が先送りになった。業者のめどが立たない場合、所有者の日本スポーツ振興センターが管理しなければならない。だが、財源のスポーツ振興くじは売り上げが低下している。

 五輪・パラリンピックは肥大化し、今や世界的な大都市でしか開催できない状況だ。立候補都市は減少傾向にあり、国際オリンピック委員会は危機感を募らせる。

 年が明ければ、大会準備は最終点検の段階に入る。政府は税金がどれだけ使われるかを改めて精査し、肥大化に歯止めをかけるべきだ。


政治資金規正 ザル法のままでは困る
<朝日新聞社説>
2019年12月8日05時00分

 抜け道が多く、ザル法と批判される政治資金規正法を、このまま放置しておいては、法がめざす政治活動の公明・公正の確保はおぼつかない。資金集めで比重を増す政治資金パーティーの見直しなど、透明度を高める法改正に取り組むべきだ。

 総務省が2018年の政治資金収支報告書を公表した。政党や政治団体の収入総額は前年比2・5%増の1084億円。内訳をみると、寄付が微減だったのに対し、15%増のパーティー収入の伸びが目立つ。

 その理由は容易に想像がつく。寄付の場合、年間5万円を超えると個人や企業の名前を収支報告書に記載しなければならないが、パーティーでは1回につき20万円以下なら公表せずに済むからだ。

 例えば、菅官房長官は12年の就任以来、パーティーの開催が年々増え、18年は計10回で収入は約8100万円。しかし、パーティー券の購入者は、全員が20万円以下だったとして、1人も明らかにしていない。パーティーが匿名での資金提供の温床になっているのが実情だ。

 パーティーには別の抜け道もある。企業・団体による献金は政党に対してしか認められていないのに、パーティー券の購入であれば、政党以外の政治団体からも可能である。また、国の補助金を受けた法人や赤字法人、外国人・外国法人の寄付は禁じられているが、パーティー券の購入に制約はない。

 資金集めという実態に違いはないのに、寄付とパーティー券の購入でこれだけ扱いに差があるのは納得しがたい。少なくとも、公開基準は寄付並みに引き下げる法改正が必要だ。

 見直しの論点はパーティーにとどまらない。政党交付金を導入する代わりに廃止するはずだった企業・団体献金が、政党や政党支部向けに温存されているのはおかしくないか。資金の流れを把握するには、政治家がかかわる複数の政治団体を一つにまとめるべきではないか。収支報告書の保存期間が3年しかないのは、さかのぼった検証を拒むものではないか。

 クラウドファンディングによる資金集めや、暗号資産(仮想通貨)による寄付など、新しい社会の動きにどう対応すべきかも検討課題だろう。

 安倍首相は後援会が主催した「桜を見る会」の前夜祭が、収支報告書に記載されていないことは問題ないと繰り返すが、規正法の趣旨を理解していないと言うほかない。政治活動を「国民の不断の監視と批判」の下に置くことが、この法律の目的である。法の不備を不断に見直し、理念に近づける努力こそが、政治家には求められる。


週のはじめに考える 9条という「世界遺産」
<東京新聞社説>
2019年12月8日

 
 安倍晋三首相が改憲に向けた動きを強める中、「憲法九条は世界遺産」と訴え、九条改憲に異を唱える人がいます。自民党元幹事長の古賀誠さんです。

 きょう十二月八日は、七十八年前に太平洋戦争が始まった令和最初の「開戦の日」です。

 戦争の犠牲者は、この四年前に始まった日中戦争以降に戦死した軍人・軍属約二百三十万人と、米軍による空襲や広島・長崎への原爆投下、沖縄戦で亡くなった民間人約八十万人とを合わせて約三百十万人に上ります。

 これは日本人だけの数です。日本が侵略した近隣諸国や交戦国の犠牲者を加えれば、その数はさらに膨れ上がります。

◆父の戦死告げる紙片

 古賀さんの父も犠牲を強いられた一人です。福岡県旧瀬高町(現みやま市)で乾物店を営んでいましたが、三十三歳のとき、二度目の赤紙召集で出征しました。一九四〇(昭和十五)年生まれの古賀さんが二歳のときです。

 終戦後、しばらくして白木の箱が届きます。遺骨の代わりに「昭和十九年十月三十日、フィリピン・レイテ島に没す」と記した紙が父の最期を告げていました。

 生まれてまもなく父を失った古賀さんには、父の顔も、そのぬくもりも、記憶がありません。仏壇の遺影を見ても、何一つ思い出すことはなかったといいます。

 物心がついたときの最初の記憶は、古賀さんと姉、二人の子どもを育てるため、行商に出て懸命に働く母の姿でした。

 子どものころ、あの戦争は何だったのか、戦争が憎い、とまでは思いが至らなかったそうです。ただ母の姿を見て、同じような境遇の人を二度と生まないために何かしなければいけない、との思いを強くしていきます。そして、志したのが政治家でした。

◆母の姿に不戦を誓う

 国会議員の書生や秘書を経て、衆院議員に初当選したのは八〇年の衆参同日選挙でした。古賀さん三十九歳のときです。その後、自民党内で頭角を現し、九六年十一月、第二次橋本内閣の運輸相として初入閣。党では国対委員長や幹事長などの要職を歴任します。

 政界実力者として地歩を固めた古賀さんですが、戦争を繰り返してはならない、九条は守る、という政治家としての初心を忘れることはなかったといいます。

 「戦争で父を亡くした遺児である私の政治目標は、日本と世界の平和の実現です。再び日本が戦争の渦に巻き込まれないようにしたい」「悲惨な歴史を繰り返さないためにも憲法の平和主義、主権在民、基本的人権の尊重という崇高な精神は常に忘れてはならない」

 古賀さんは党幹事長当時の二〇〇一年二月、森喜朗首相の施政方針演説に対する代表質問で、こう強調します。その後、米中枢同時テロに報復攻撃する米軍などを自衛隊が支援するテロ対策特別措置法案やイラクに自衛隊を派遣するイラク復興支援特措法案の衆院採決では、直前に退席しました。

 いずれも自衛隊を海外に派遣する法案です。賛成の自民党方針には反しますが、自衛隊の海外派遣を認めれば、歯止めがきかなくなる、と信念を貫いたのです。

 古賀さんが政界引退した一二年に政権復帰した安倍晋三首相は、歴代内閣が違憲としてきた「集団的自衛権の行使」を一転認め、さらに自衛隊を明記する九条改憲を目指す考えを公言しています。

 政界引退後の今も、古賀さんが憲法九条を守ろうと積極的に発言しているのは、そうした「安倍一強」への警鐘にも聞こえます。

 改憲論議は大いにすべきだが、九条は頑として守らなければならない、自衛隊を明記する九条改憲も、今は必要ない、というのが古賀さんの立場です。

 九条に込められた決意と覚悟を持てば、日本はほかの国と同じ道を歩む必要はない、だから世界遺産なのだ、これを日本の宝として後世の人たちへの贈り物として守り抜いていきたい、と。

◆若い世代に理想継ぐ

 こうした思いを語り、一冊の本にまとめたのが「憲法九条は世界遺産」(かもがわ出版)です。古賀さんは、若い人にこそこの本を読んでほしいと考えています。学生ら若い世代からの講演依頼にも積極的に応じたいとも話します。

 古賀さんの現職議員当時、国会には戦争体験世代も多く、九条を守る特別な努力は不要でしたが、戦争を知らない世代が国会だけでなく有権者にも増え、九条の理想を語り継ぐ必要があるからです。

 古賀さんは日本遺族会会長当時の〇三年、政治の師と仰ぐ野中広務元自民党幹事長とともに、父が戦死したレイテ島を訪ねました。補給を断たれ、多くの日本兵が病・餓死した異郷のジャングルで、父の存在を初めて感じたといいます。戦争の本当の怖さとともに。


「対米英開戦」78年 
悲惨な戦争許さぬ決意新たに
<しんぶん赤旗 主張> 
2019年12月8日(日)

 戦前の日本が、当時イギリス領だったマレー半島のコタバルやアメリカのハワイを奇襲した1941年12月8日から78年です。

台湾・朝鮮半島を植民地化し、当時「満州」と呼ばれた中国東北部、さらに中国全土、東南アジアへと侵略戦争を拡大していった日本はこの日、対米英戦争を開始しました。

45年8月の敗戦までに、アジア諸国民と自国民に甚大な被害を与えました。戦後の憲法は、その反省に立って制定されたものです。安倍晋三政権の改憲策動が強まる中、悲惨な戦争を許さぬ決意を新たにすることが重要です。

歴史を見つめ学ぶこと

 ノンフィクション作家の澤地久枝さんの近著『昭和とわたし』を読みました。89歳の現在も「九条の会」などで活動する澤地さんのこれまでの著作からの文章を収録した一冊です。

その中で、“当時生まれていないから戦争を知らない”とおとながいうのは「もういいかげんにしてほしい」という言葉に強く刺激されました。歴史を見つめ、過去から学ぶ大切さを語った中での一節です。さらに憲法を守ることは「譲れない」と強い意志を表明しています。

 澤地さんをはじめ、戦争を身をもって知る人たちの思いを受け止め、国民の中で圧倒的多数になった戦後生まれの世代も、「12・8」を機に改めて戦争の悲惨さに思いをはせ、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意」(憲法前文)したことの重みをかみしめたいと思います。

 当時「満州」に駐留していた日本の「関東軍」が謀略で引き起こした31年の「満州事変」から始まり、37年の盧溝橋事件で中国全土への全面戦争に拡大し、ついに対米英戦争に突入して敗北するまで15年にわたる日本の戦争は、ドイツやイタリアの侵略戦争とともに、第2次世界大戦として世界に巨大な惨害をもたらしました。

 日本の侵略戦争によって、アジア諸国民で2000万人以上、日本国民でも310万人以上が犠牲になりました。

アジア・太平洋の各地の被害は大きく、朝鮮からの徴用工や中国からの強制連行、日本軍「慰安婦」などの問題は、今も責任が問われています。日本国内も大規模な空襲や広島・長崎への原爆投下、せい惨な地上戦となった沖縄などでおびただしい人命が奪われ、国土は荒廃しました。

 戦争末期には、兵力不足を理由に、学業半ばの大学生や専門学校生も戦争に駆り出されました。現在の高校生や大学生と同じ世代の若者が銃を持たされ、海軍や陸軍の「特攻兵」などとして、命を落としたのです。

敗戦時「ポツダム宣言」で

 安倍首相が目指す9条の改憲は、自衛隊が大手を振って海外の戦争に参加する道を開くものです。文字通り「戦争する国」への逆戻りです。若い自衛隊員が、他国の人々を「殺し」、自らも「殺される」ことになりかねません。

 日本が敗戦の際受け入れたポツダム宣言は、「日本国国民を欺瞞(ぎまん)し」「世界征服」の「過誤」を犯した権力は「永久に除去」せられると明記しています(第6項)。「安倍改憲」は、こうした原点にも反するものです。侵略戦争への反省もなく、改憲に固執する安倍政権に、国民の世論を集めて退陣を迫ろうではありませんか。
o0825134314602013456