新型肺炎 国内初の死者  感染拡大の防止に全力を
<毎日新聞社説>
2020年2月15日 東京朝刊

 感染経路がはっきりしない新型肺炎の患者が相次いで確認され、国内で初めての死亡者が出た。

 新型コロナウイルスは、中国・武漢市から中国国内に感染が拡大した。日本国内ではクルーズ船を除けば、中国人観光客との接触があった人などの感染確認にとどまっていた。かねて指摘されていた国内における感染の広がりが、ここに来て表面化したといえる。

 国境を越えて人の移動が活発になり、新たな感染症が国内に侵入することを完全に防ぐことは難しい。状況を冷静に受け止めつつ、先手を打って感染拡大の防止に全力を尽くすべきだ。

 政府はこれまで、国内へのウイルス侵入を防ぐ水際対策に主眼を置いてきた。しかし人員や機材には限りがある。国内感染が新たな段階に入った今、患者数拡大に対応できるよう万全の備えを整えることに重点を移す時だ。

新たな段階に入った

 まず取り組むべきは、感染を判別する検査体制の拡充だ。

 政府は第1弾の緊急対策で、国立感染症研究所の検査システムの処理能力を約4倍にすることを打ち出した。民間の検査機器で使う試薬の開発も急ぎ、検査時間を6時間から30分程度に短縮することを目指す。
 いずれも3月末までに達成することが目標だが、感染拡大とともに検査ニーズも増える。できる限り早い実現が必要だ。

 感染経路の調査や、患者の家族など新たな感染の可能性が高い人を把握することも当面は欠かせない。

 同時に、患者の増加に備えた医療体制を整えていくことが大切だ。

 世界保健機関(WHO)によると、新型コロナウイルスの致死率は2%台だ。重症急性呼吸器症候群(SARS)の9・6%より低い。カウントされていない感染者もおり、さらに下がる可能性もある。

 軽症者が多いことをふまえれば、重症者への対策に力を入れることが重要だ。

 高齢者や持病のある人など、感染すると重症化しやすい人への感染を防ぐことが第一だ。それでも感染して重症化した人には、手遅れにならないよう適切な治療を施す体制が肝心だ。軽症者には自宅療養を促すことも選択肢の一つになるだろう。

 全国の感染症指定医療機関では、約1800床の病床は確保されている。不足する場合は、一般の医療機関でも受け入れることになるだろう。他の患者との接触が避けられる通路や病床の確保に向けて、今から準備を整えておきたい。

 医療従事者への迅速な情報提供も欠かせない。ウイルスや症例に関する情報を整理して公開し、感染や症状悪化の防止につなげたい。

 和歌山県で感染が確認された男性外科医は、発熱後も勤務した日があったという。勤務先の病院では、肺炎を発症した同僚医師と患者もいる。院内感染が起きたことを前提に対応すべきだ。

 厚生労働省は和歌山県の病院に専門家を派遣する方針だが、全国的に防止を図る必要がある。個別の医療機関任せにせず支援すべきだ。

検査・医療拡充が急務

 病院以外でも感染予防を徹底したい。懸念されるのは、高齢者施設での集団感染だ。インフルエンザと同様の対策が基本になるだろう。職員から入居者への感染予防はもちろん、家族ら面会者がウイルスを持ち込まないよう万全を期したい。

 一般の人も、せきや発熱の症状があると心配になるだろうが、重症例は少ない。感染のおそれがある人は、まずは各都道府県などの相談センターに電話をするよう、厚労省は呼びかけている。専門外来など、適切な医療機関の紹介を受けられる。

 症状がない人には、都道府県が設置した新型コロナウイルスに関する一般的な電話相談が窓口となる。

 一人一人ができる感染予防は、こまめな手洗いやせきエチケットだ。重症化しやすい人は人混みを避けた方が安心だろう。

 感染者が増えれば、企業活動への影響も予想される。企業は仕事を休みやすい環境を整えつつ、在宅勤務の活用など事業継続のための対策をあらかじめ検討しておきたい。

 政府が出した緊急対策は、観光業など影響を受ける産業への支援策や水際対策の強化などが中心だ。対応が後手に回っている印象は否めない。国内での流行に備えた追加対策の具体化が急がれる。


新型肺炎拡大 国内流行へ先手を打て
<東京新聞社説>
2020年2月15日
 
 新型コロナウイルスによる肺炎(COVID19)が拡大している。国内で感染者の死者が初めて出た。感染経路がはっきりしないケースも出始めた。国内で流行が起きていると想定し備えるべきだ。

 亡くなった女性をはじめ東京都内のタクシー運転手、千葉県の男性、和歌山県の医師の感染が次々と分かった。これまでと違い感染経路がはっきりしない。

 国内で感染が広がっている。そう考えて政府には拡大防止に先手を打つ対応を求める。

 まず、やるべきは情報の開示である。今国内がどんな感染状況なのか全体像が分からないからだ。

 加藤勝信厚生労働相は国内流行については「今の段階で根拠がない」と言うが、専門家は国内での感染が始まっていると指摘している。専門家の認識を前提に今どんな段階の感染状況なのか、その説明を聞きたい。その上での対策だ。

 クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の乗客は、感染状況や検疫の見通しに関する情報が不足し不安を増幅させている。情報の重要性は自明だ。政府は通信機器の提供を始めたが遅すぎる。

 状況認識を国民も共有してこそ対策が進むと心すべきだ。

 患者増に備え治療態勢の整備は必須だ。政府は感染症に対応する医療機関の態勢強化を図るが、軽症者が集中しては重症者の治療に支障が出かねない。どんな状態の患者をどう治療するのか、一般の医療機関との役割分担など連携も迅速に進めたい。

 政府の緊急対策では簡易診断キットの開発と利用開始を本年度中に実施する方針だ。ワクチンや治療薬の早期の開発も待たれる。

 個人でもできることがある。感染が心配ならむやみに医療機関に行かず、厚労省の相談窓口や各地の帰国者・接触者相談センターに連絡してほしい。必要なら受診する医療機関を紹介してくれる。

 もちろん水際対策の重要性は変わらないが、乗客らの船内待機が続くクルーズ船について世界保健機関(WHO)は感染の「劇的な増加」がみられると、封じ込めを疑問視している。

 政府は乗客の健康状態の悪化に配慮して高齢者の一部の下船を決めたが、希望者は原則下船させるなど方針の転換が必要ではないか。感染防止と生活環境への配慮の両立を考えるべきだ。

 新型肺炎は高齢者や持病のある人の重症化は注意が必要だが、患者は軽症者が多い。正確な情報を得て冷静に対応したい。


資料書き換え 原発審査の根幹揺らぐ
<朝日新聞社説>
2020年2月15日 5時00分

 原発の審査を、根幹から揺るがしかねない事態である。

 日本原子力発電・敦賀原発2号機(福井県)の新規制基準に基づく審査資料を、原電が黙って書き換えていた。「再稼働実現のために改ざんしたのでは」と疑われても仕方あるまい。

 原子力規制委員会が審査を中断し、調査資料の原本の提出を求めたのは当然だ。

 敦賀2号機をめぐっては、規制委の有識者会合が「原子炉建屋の直下に活断層が走っている可能性がある」と報告した。これを規制委が認めたら運転できなくなるが、原電は「活断層ではない」と主張して審査を申請した経緯がある。

 書き換えられたのは、ボーリング調査で採取した地層サンプルの観察記録だ。たとえば、原電は一昨年の審査資料にあった「未固結」という記述を無断で削除し、「固結」と書き加えていた。同じような事例が、少なくとも十数カ所あるという。

 もとの資料は肉眼で観察した記録だったが、顕微鏡で調べたら結果が異なっていたので最新情報に修正した――。原電はそう説明し、「悪意はない。意図的ではない」と釈明した。

 だが、観察記録のような生データの書き換えは、一般の研究論文なら改ざんと認定されてもおかしくない。原電が問題の重大さを認識していなかったのは、あきれるばかりだ。

 「生データに手を加えれば議論に誤解が生じる。本当にひどい」と規制委の更田豊志委員長が批判したのも無理はない。

 看過できないのは、今回の書き換えが審査の行方を左右しかねなかった点である。規制委が活断層と判断するか否かは今後の審査しだいだが、その際にボーリング調査のデータは重要な役割を担うのだ。

 原発専業の原電は、4基のうち2基の廃炉が決まり、残る敦賀2号機と東海第二原発の再稼働に社運がかかる。ぜひとも運転を認めてもらおうと、活断層説が弱まるようにデータを書き換えたのではないか。そんな疑いがぬぐえない。

 悪意も意図もなかったというのなら、原電は詳しい事実関係を明らかにする責任がある。

 原発を運転できるかどうかが経営に大きく影響するのは、電力各社に共通しており、業界あげて早期の再稼働を望んでいる。だからといって再稼働に不都合なデータが隠され、都合のいい資料ばかりが提出されるようでは、審査が骨抜きになってしまう。業界全体で改めて襟を正すべきだ。

 規制委の厳正な審査こそ、原発の安全性を担保する。それが福島の原発事故の重い教訓であることを、忘れてはならない。
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