日本政府の指針に従わなかった勝利 
米紙が新型コロナ対策で「和歌山モデル」を絶賛
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マスクをして大阪の街を歩く人々
Photo: Tomohiro Ohsumi/Getty Images

ワシントン・ポスト(米国)
Text by Simon Denyer and Akiko Kashiwagi

日本の和歌山県の新型コロナウイルス対策に、米紙「ワシントン・ポスト」が注目。政府の対応を待たず、知事の強力なリーダーシップの下で迅速な検査と感染ルートの追跡を徹底した結果、封じ込めに成功したと称えている。

世界が和歌山から得られる教訓とは

日本ではそれは「和歌山モデル」と呼ばれている。新型コロナウイルス対策において、一つの自治体が中央政府の方針を破り、独自の検査基準を採用して果敢な封じ込めに動いた結果、この世界的なパンデミックとの闘いに勝利したのだ。

それは、迅速な判断と行動によって新型ウイルスの流行を抑制し、感染の連鎖を断つことができるという教訓である。新型コロナウイルスの感染拡大が世界各国の政府や医療体制に重くのしかかるなか、日本の和歌山モデルは、この闘いの核となる防御策を明示している──積極的な検査と接触者の追跡だ。

和歌山県湯浅町の済生会有田病院に勤める男性医師が、体の不調を感じたのは1月31日のこと。彼は3日間、解熱剤を服用しながら勤務を続けた。だがすぐに、これは普通のインフルエンザではないと思い、自宅にとどまることにした。胸のレントゲン写真を撮ると、肺に影がみられた。
ほどなくして、湯浅町でまた4人が症状を出した。同じ済生会有田病院に勤める医師と、同病院の患者3人だ。

新型コロナウイルスの院内感染ではないのか? 和歌山県に暗雲が立ち込めた。

当時の日本政府のガイドラインは明確ではなかった。新型コロナウイルスのPCR検査は不足しており、検査対象となるのは主に中国への渡航歴がある人、または感染が確認された人の濃厚接触者に限られていた。

和歌山で感染が疑われた5人は、いずれの基準にも当てはまらなかった。

日本の官僚はルールを守ることで有名だ。だが関西は少し違う。そこは自分たちの独立性にプライドを持っている地方だ。

そして和歌山県庁にも自立心の強い仁坂吉伸知事がいた。仁坂は政府のガイドラインに従わず、「独自のアプローチ」を取るとした。県福祉保健部の野尻孝子技監はこう述べた。

「和歌山ではこの状況に柔軟な対応を取ることに決めました。中国人との接触があった人だけに限定していては、感染者を見つけるのが困難だと判断したからです」

済生会有田病院で感染が疑われる症状が報告される前から、「私たちは最前線の医師らの意見に従うと決めていました」と、野尻はつけ加えた。

野尻は済生会有田病院で最初に症状を訴えた男性医師のPCR検査にゴーサインを出した。結果は陽性だった。

感染者と接触のあった人全員を検査

2月13日、仁坂知事は記者会見を開き、和歌山で初めて感染者が確認されたこと、その医師が接触した全員を追跡すると述べた。



このニュースは東京の医学界に衝撃をもたらした。日本国内で初めて、感染ルートが中国につながらない感染者が出たのだ。

すでに検査基準を拡大すべきたとのプレッシャーにさらされていた厚生労働省は、2月17日に基準を緩和。渡航歴や感染者との接触にかかわらず、懸念すべき症状のある人のPCR検査を医師が要請できるようになった。

その間、和歌山は続けて独自の対策を取っていた。

当時の厚労省の指針では、感染者と濃厚接触があった人すべてが検査されるというわけではなかった。濃厚接触者でも、その多くが自宅待機して自身の健康状態を観察するようにと言われていただけだった。

湯浅町の済生会有田病院は医師の感染確認後、外来診療を休止していたが、仁坂や県保健当局はできるだけ早い再開が必要だと認識していた。そのためには、感染の可能性がある人全員を検査しなくてはならない。

感染が確認された医師と接触のあった人たちの追跡が始まった。看護師、パートタイムのスタッフ、患者、家族、そして病院の仕入れ先の従業員まで──。

「大変でした」と県福祉保健部の野尻は言う。「まずは全体像の把握に努めたのですが、それには時間がかかりました。いったいどれだけの人数になるのか、それをつかむだけでも大変です。名簿があるわけではありませんから」

福祉保健部の職員らが聞き取り調査をおこない、3日間かけて接触した人全員を追跡。さらに検査用の検体を採取するのに11日間を要した。

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大阪府知事を説得して協力を取りつける

そうして検査対象となった人のリストは約470人に膨れ上がった。日本がまだ1日あたり数百人ほどの検査しかできていなかった時期に、この数字はとても大きく感じられた。

そこで仁坂は政府に働きかけ、検査に必要な化学薬品を送ってもらうように説得した。仁坂はまた、隣の大阪府に自ら出向き、大阪の施設で150人分の検査を実施してもらうよう府知事の協力を取りつけた。残りは和歌山県内でおこなう。

こうして和歌山と大阪は24時間体制で検査結果の分析に努めた。

「あれ以上のスピードではできなかったと思います」と、野尻は振り返る。

2月25日までに全員の検査が終わり、その間に10人の感染が確認された。

3月4日、済生会有田病院は外来を再開した。県内ではそれまでの2週間で新たな感染は確認されなかった。日本の他の自治体は、その和歌山に称賛の目を向け、そこからどんな教訓が得られるかと考えている。

「第一に、明確な目標を立て、それを達成するための行動を起こすこと。第二に、それを迅速におこなうことです」と仁坂は言う。「アクションは論理的でなくてはなりません。そして徹底的に、かつ迅速に遂行しなくてはなりません」

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新規感染が確認されれば、また「全力で封じ込め」

とはいえ、和歌山の警戒感が解けるのはまだ早すぎる。

3月初めに大阪のライブハウスで集団感染が起きていたことが判明。3月5日、そのライブに行っていた和歌山県在住の女性の感染が発表された。

仁坂と彼のチームは再びアクションのギアを入れた。和歌山市と県の職員らは、その女性と接触があった人全員と、彼女が訪れた場所すべてを即座に追跡した。

さらに女性の勤め先を公表し(これも日本のプライバシー保護のルールから外れたものだ)、同僚全員の検査を実施した。陽性者は出なかったものの、県は彼らに公共交通機関の使用を控えて4週間の在宅勤務をするよう命じた。

仁坂は県のホームページで、和歌山の人々へ向けて、こんなメッセージを発信している。

「これからも最大限の緊張感を持って目配りをし、不幸にもまた発生したら、全力を挙げて、同じように封じ込めるよう力を合わせなければなりません。しかし、その時でも、我々にはあるではありませんか。必死の努力で勝ち取った希望が」

3月19日、和歌山県で新たに50代男性の感染が確認された。 
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