政策に反対する官僚の更迭は当然と言う菅、
偏屈爺の思考にはウンザリ!

どうも菅は、少しでも異論を言うと政策に反対していると思っているのか。
そうだとしたら随分余裕のない総理じゃないか。

3日の参議院予算委員会の一コマで、菅の思考がまったく柔軟性もなければ、度量もない事が良く分かった。。

                     3/3(水) 12:23配信 ロイター

>森委員は菅首相の著書「政治家の覚悟」の内容を引用し、首相が総務相時代、自らの意に沿わない発言をした官僚に人事権を行使したことについて確認した。

>菅首相は自身が推進したNHK改革について「政策に反対する者については、政策を掲げて政治家として大臣になったのだから(担当者を更迭し)、政策を実現することは当然なことでないか」と述べた。

幾ら政策を掲げて政治家になったとしても、議論無くして政策を実現することはできない。

その政策が本当に国民のためになるのか、国のためになるのか、政治家個人の考えが暴走していないか、議論に議論を重ねて結論を出すべきだろうに。

どうも菅は自分の政策に少しでも異論を唱えると、「反対意見」と捉える人間のようだが、政府、政策がその方向に進むと決まってからの表立っての反対意見は暴走かも知れないが、結論に行きつくまでの多様な意見は必要じゃないのか。

初めから自分の意見が一番正しいなどと誰が言えるのか。

御用官僚だけではなく、きちんと物事をとらえる官僚なら、その政策が理にかなっているのか問題点などがあれば指摘するのは当然と言えば当然だと思うが、その意見さえ、菅に取ったら「反対意見」と映るみたいだ。

初めからレールが決まっていて、それに少しでも異を唱えると「反対意見」というのはいくら何でも柔軟性が無さすぎる。
だからこの国の政治、というかアベスガ政権下では、硬直化してしまってまともな議論ができなくなっているのではないだろうか。

少しでも疑問を呈したり異論を言えば意趣返ししたり、「俺の政策にケチをつける」と左遷したり。。。

そんな度量がない政治家は、アベスガくらいの物じゃないか。

国会答弁を聞いていても、アベスガの場合、どんな質疑もまともに答えたことはない。

頭のいい人が、わざとはぐらかすと言う事ではなく、どうもこの二人は日本語の意味が理解できないから、話が噛み合わないのではないかと、常々感じてきたが、いみじくも芥川賞作家の平野啓一郎氏が、私の思いをツイートしてくれた。


「前首相もそうだけど、マトモな大人の会話の水準に達してないようなことを言う人が、総理大臣をやってる」と菅首相と安倍前首相の共通点を指摘。

「企業で働いてたとして、こんな社員、通用しないだろう。何故、彼みたいな人物が総理にまで上り詰めることができるのか、という制度的ガッカリ感」と投稿した。

本当にそうなんだよなあ。。。
日本語理解能力に難があるのか、野党の質疑や記者の質問に的を射た返しをしたことがまったくない。

聞いている方がイライラしてくるほど会話が噛み合わない。

官僚の場合は噛み合わなくても、調査をされてウソがばれた途端に現実に戻ってくるから(笑)

この二人は本当に何を語らせてもトンチンカンで、本当にこんなのが総理で大丈夫かと思った事も何度となくある。

やっぱり大人の水準に達していない人なんだろうなあ。

平野氏が言うように、アベスガでは企業において使い物にならないだろうし、まともな仕事ができるとも思えないほど、ズレ感が半端ないんだよなあ。。

こんなのでも、政治家になり、周りに担ぎ上げられて総理にでもなってしまえるのだから制度の不備と言うか。
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