被爆体験者 救済は政府の責任だ
朝日新聞社説 2024年9月10日 5時00分
長崎地裁の判決を受け、地裁前に集まる原告の岩永千代子さんら=2024年9月9日午後2時26分、長崎市、小宮路勝撮影
原爆投下に伴う被爆者救済で、政府は広島ではより広く被爆者健康手帳を交付することにした。長崎でも同様に対応すべき人がいるのに、交付しないのは社会通念に照らし著しく合理性を欠く――。
長崎で被爆者と認められていない「被爆体験者」が手帳交付を求めた裁判で、長崎地裁は原告の一部について交付を命じ、政府をこう批判した。重く受け止め、幅広い救済へと姿勢を改める契機としなければならない。
長崎では、「被爆地域」を中心とする手帳交付の対象地域の外側に「被爆体験者」区域が設けられている。
体験者は「放射能による直接的影響ではなく、被爆体験による精神的な健康影響がある」とされた人で、精神疾患とその合併症に関して医療費助成がある。しかし手帳を交付された人がほぼすべての疾病で自己負担がないのとは差があり、交付を求める訴訟が繰り返されてきた。
広島での「黒い雨」を巡って争われた3年前の広島高裁判決は、黒い雨に遭ったことを否定できなければ被爆者にあたると判断するなど、救済対象を広げ、原告全員への手帳交付を命じた。当時の菅政権は上告を断念。原告に加えて「同じような事情」の人にも対応するとし、広島では新基準による手帳交付が進む。
これに対し長崎は降雨や放射性降下物の記録が乏しく、政府は「救済には客観的な記録が必要」として、体験者の被爆者認定を拒んできた。
長崎地裁判決は、「被爆体験者」区域のうち東側の旧3村について、多くの証言や調査結果も踏まえ「黒い雨」が降ったと認めた。その上で広島との対応の差を批判した。
一方、判決は原告の約3分の2については訴えを退けた。多くの地域では雨や灰などの降下が確認できないとしたためで、原告側は「広島高裁判決から後退した。新たな分断を生じさせかねない」と反発している。
司法の判断は一様ではないが、救済策を講じるのは政府である。高齢化が進み、他界する人も相次ぐだけに、対応を急がねばならない。
長崎市を8月に訪れた岸田首相は初めて被爆体験者の代表と面会。「早急に合理的に解決できるよう、具体的な対応策をまとめる」と語った。「合理的に」の言葉に体験者側は警戒感を強めたが、政治判断に期待する声も出た。
「経済的な理由ではない。被爆者として認めてほしい」。こう訴え続ける体験者の思いに応え、広く救済を図ることは、戦争被爆国としての責務でもあるはずだ。