公明党の連立離脱 高市体制が招く政治の混迷
朝日新聞 2025年10月11日 5時00分

党首会談に臨む自民党の高市早苗総裁(中央右)と公明党の斉藤鉄夫代表(同左)=2025年10月10日午後1時42分、国会内、岩下毅撮影
自民党と連立を組んでから26年。野党時代も含めて維持してきた協力関係を、公明党が白紙に戻した。
直接の理由は「政治とカネ」をめぐる自民の対応とされるが、保守的な政治信条の強い高市早苗総裁が率いる新体制への懸念が背景にあることは間違いあるまい。
公明と合わせても衆参両院で少数与党だった自民は、さらに大きく過半数を割り込むことになる。高市氏の首相指名の不確実性は高まり、政治の混迷の長期化が懸念される。ただでさえ、臨時国会の召集や新内閣の発足が遅れ、物価高対策など喫緊の政策課題への取り組みが滞っている。衆参で比較第1党である自民の責任は重い。
■献金規制拒んだ自民
公明の斉藤鉄夫代表がきのうの高市氏との会談で、連立離脱の意向を伝えた。斉藤氏は先の党首会談で、派閥の裏金問題のけじめと企業・団体献金の規制強化を求め、高市氏が繰り返してきた靖国神社参拝と外国人政策についても懸念を示していた。
とりわけ重視したのが、企業・団体献金の受け皿を党本部と都道府県連などに大幅に制限する提案だった。これから検討するという自民の返答は不十分だとして、連立に区切りをつける道を選んだ。
高市氏は記者団に対し、党内手続きが必要で、総裁の一存では決められないとして、公明側から「一方的に」離脱を伝えられたと述べた。
しかし、裏金問題へのけじめを強く求められながら、政治資金収支報告書に多額の不記載があった旧安倍派幹部の萩生田光一氏を党幹事長代行に起用するなど、神経を逆なでする人事を行ったのは高市氏だ。献金の受け皿規制についても、事前に党内で真剣に検討した形跡は見られない。
公明は昨年の衆院選、今年6月の東京都議選、そして7月の参院選と相次いで議席を減らし、参院選の総括では「党存亡の危機」にあるとした。自民の裏金問題の影響も大きかったとして、踏み込んだ対応を求めていたのに、高市執行部は公明は連立維持を優先し、最後は折れると甘く見ていたのではないか。
■歯止め役果たせたか
公明との関係が「基本中の基本」と言いながら、頭越しに国民民主党の玉木雄一郎代表と連立拡大を視野に会談を行ったことも、公明の不信感を強めたはずだ。
四半世紀に及ぶ両党の協力関係が始まるきっかけは、金融危機のあった1998年の参院選で自民が過半数を失ったことだ。小渕恵三首相が安定政権をめざし、99年に自由、公明両党との3党連立政権を発足させた。
以来、両党は時に衝突を繰り返しながらも協力関係を維持し続けてきた。自民にとっては、選挙の際、公明の支持母体である創価学会の協力を得られるメリットがあった。公明にとっても、閣僚ポストの獲得や支持者にアピールできる政策実現が魅力だった。
55年体制崩壊後、単独での政権維持が厳しくなった自民の土台を支えてきたのが公明だったともいえる。
斉藤氏は連立離脱後も、継続性を重視し、予算案や法案など賛成すべきものには賛成すると述べる一方、国政選挙における協力はいったん白紙にすると明言した。人物本位で応援することもあるというが、自民候補への推薦は出さないとも述べた。
これまでのような「持ちつ持たれつの関係」が断たれるとなれば、両党とも自らのあり方を根底から見直す必要に迫られるかもしれない。
公明は「平和の党」を掲げながら、2003年の自衛隊のイラク派遣、15年の安全保障法制の成立、22年の安保3文書改定など、自民が推し進める安保政策について、歯止め役として十分な役割を発揮することができなかった。
裏金問題での逆風も、自民の不記載議員に推薦を出すなど、自らの判断がもたらした側面は否定できない。党勢の退潮は、創価学会員の高齢化に伴う運動量の減少などによって、裏金問題以前から見られていた。
「クリーンな政治」「大衆福祉」「平和」といった党の原点に立ち返り、党の存在意義を再確認できなければ、自民との「悪縁」を切っただけで党勢が回復するほど甘くはない。
■多数派形成困難増す
公明が連立を離れる一方、野党の立憲民主党や日本維新の会、国民民主などは、それぞれの政策や思惑の違いから、大同団結して自民にとって代わろうという機運はない。多党化の様相が一層強まり、過半数の賛同を得て政治を前に進める多数派形成は一層困難を増すだろう。
高市氏が赤字国債の発行も辞さない積極財政路線を掲げるだけに、各党が国民の歓心を買おうと、安定財源の確保を置き去りに、「バラマキ」に走ることが懸念される。
他方で、公明が自民に突き付けた企業・団体献金の受け皿規制は、自民を除く各党の賛同で実現する方途もある。一歩でも改革を進める協力こそが求められる。





