メディアと性被害 声上げる勇気に応えて
朝日新聞 2025年6月11日 5時00分

主要テレビ局への調査結果について記者会見する国際NGO「ヒューマンライツ・ナウ」の伊藤和子副理事長(中央)ら=2025年5月29日、東京都千代田区
あのとき、声を上げられなかった。上げても誰も動かなかった――。メディアで相次ぐ性被害に改めて目が向けられるようになり、過去に受けた傷がうずく人も、自分を責める人も多いのではないか。フジテレビ問題を受けて、国際NGOヒューマンライツ・ナウ(HRN)が5月末、NHKと主要民放局の取り組みを調査した結果を公表した。
メディアに関わる性被害が人権問題と広く認識されたのは、ジャニー喜多川氏の事案が契機だ。23年に訪日調査した国連の「ビジネスと人権」作業部会が「日本のメディアは人権リスクに対処する責任を果たしていない」と批判。テレビ各局は「人権方針」の作成などに取り組んだ。
だが、その実効性は十分とはいえない。HRNの調査からは性被害が起きたとき誰が担当し、どう情報共有し救済に当たるか、具体性や透明性の乏しさが明らかになった。
これ以上苦しむ人を生まないために、メディアに関わる一人ひとりが性被害を人権問題として直視する必要がある。特に経営陣は業界の構造的問題と捉え、具体的な防止・救済策を急ぐべきだ。
問題の根底には「企業の意思決定層における同質性がある」と指摘された。国連作業部会やフジの第三者委員会の言及とも重なる。
日本のメディア企業の多くは、国内向け事業が中心だ。個人を尊重した働き方や多様な人材の登用といった国際水準の価値観を求められる機会は少なく、とりわけ同質性が高くなりがちだ。経歴や経験が似通った人が集まる組織では、事案が起きても気づきにくく、異質な意見を軽んじるリスクを内包する。
状況を是正しようと日本民間放送連盟は5月、男性優位の業界構造を改革するための提言を行うと表明した。確実に進めてほしい。
こうした構造的な問題は、私たち新聞社にも当てはまる部分が多く、自戒しなければならない。メディアは報道や番組を通じて社会に影響力を持つ。フジ問題の背景に「面白いものをつくるには犠牲も辞さない」意識があったのと同じように、新聞社も「良い報道」をめざすことを免罪符に、ジェンダー不平等や長時間労働を容認してきた面は否めない。
多様性のない組織はさまざまな立場にいる人たちへの想像力を欠き、生み出す作品や記事は意図せず人を傷つけるものになりかねない。
いま向き合わなければ、声を上げた人の勇気にも、声を上げられなかった人の無念にも応えられない。