No Nukes 原発ゼロ

初代「No Nukes 原発ゼロ」 の後続版です。 政治・原発問題などを中心に、世の中の「気になる動き」をメモします。

マスコミ

高市首相と政治部が決める「皆様のNHK」
田中龍作ジャーナル 2025年11月11日 21:16 
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元BPO委員でジャーナリストの斎藤貴男さんは、NHKの番組でも散見される
歴史修正主義を問題にした。=11日、NHK西口 撮影:田中龍作=

NHKのニュースって何で大本営発表が中心でお上の批判をしないのか。理由は至ってシンプルだ。

堅苦しくて恐縮だがNHKという組織の仕組みを簡単に説明する―

会長を任命するのはNHKの最高意思決定機関である経営委員会(放送法52条)となっているが、その経営委員会の委員12人は、衆参両院の同意を得て総理大臣が任命する(放送法31条)。

会長は経営委員会の同意を得て副会長、理事を任命する(放送法52条)。

会長が現場の記者の人事に口を出す由もないが、理事は政治部長の人事を左右し、政治部長は政治部記者の人事に絶大な権限を持つ。

現在の稲葉延雄会長は岸田元首相が連れて来たと言われている。

NHKは組織の頂点から第一線まで政治に支配されるシステムになっているのだ。
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NHK放送センター。巨大な施設の一室で次期会長を決める経営委員会の
指名部会が開かれていた。=11日、NHK西口より 撮影:田中龍作=

稲葉会長が来年1月24日で任期満了となり、新会長が来月上旬にも決まるものと見られている。

高市早苗氏がNHK会長の任命権者である内閣総理大臣になって初めての会長人事だ。自らの意向に沿った人物をインストールすことも予想される。氏は総務相時代に「停波」を仄めかし、放送局や大株主の新聞社を震えあがらせた人物である。

きょう11日は、NHK経営委員会の(会長)指名部会が開かれた。

それに合わせてNHK・OBやBPO(放送倫理・番組向上機構)の委員を務めたことのあるジャーナリストたちが、NHK西口玄関前で声をあげた-

「政権の指名する会長候補者をそのまま追認する人事は許さない」という主題だ。

NHKのチーフプロデューサーだった永田浩三さんは、従軍慰安婦制度を問うた番組を制作したところ、放送(2001年1月)直前に内容を劇的に変えさせられた。

安倍晋三官房副長官(当時)と自民党の「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」に改編の圧力をかけられたのである。

当時、永田さんは「政治部記者から台本を前に一字一句を改変するように指示された」と話した。

番組改編が朝日新聞などにリークされて表沙汰になると、「(政治部は)『圧力はなかった』などとするウソのニュースを報道させた」と明かした。

高市政権下、圧力や忖度でNHKの報道内容がますます権力寄りになることは避けられない。「おかしい」ことは「おかしい」と国民が声をあげて行く他ない。
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昼食に出かけるNHK職員らに「会長人事の透明性を求める」チラシを配った。
=11日、NHK西口 撮影:田中龍作=

 ~終わり~

松尾貴史のちょっと違和感
「字幕押し付け」「便利すぎる検索」
想像力劣化が加速するのでは…
毎日新聞  2025/9/14 東京朝刊
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松尾貴史さん作

 ずいぶん昔にも書いたような記憶があるが、現代においては、日常的に想像力を発揮する習慣を保つことが難しくなっているような気がする。その時は大きな原因として、テレビの視聴習慣を挙げていたはずだ。

 バラエティー番組では出演者の発言を字幕(テロップ)で表示し、面白い部分は字幕の色や大きさを変え、さらには書体、角度まで変更するという「至れり尽くせり」の視聴者サービスを提供している。時には「アアーン」とエコーがかかった女性の声をかぶせることもある。私たちは「自分が何を面白いと感じるか」さえテレビに教えてもらわねばならないほど劣化してしまったのか。

 バラエティー番組を含む、映像全般について考えると、見たり聞いたり触れたりするものがリアルであればあるほど尊ばれる傾向があると思う。そこに「至れり尽くせり」が加わると、欠けている部分を想像力で補う「癖」のようなものがどんどん失われ、私たちの脳は劣化していくのではないかという恐怖心がわいてくる。

 最近では、インターネットやスマートフォンによる悪影響も増えてきたのではないかと思う。知らないことや、疑問に思ったことについて、想像したり推理したりするという過程をすっ飛ばして、すぐさま検索機能で答えを導き出すのが当たり前になっている。これでは脳の退化は止められないのではないか。物事を知りたくて渇望し試行錯誤した末に得た答えは、「アハ体験」(ひらめきを伴う発見や認知などのこと)を持ち出すまでもなく、質の高い記憶として残るはずだ。

 SNSでは自分と同じ考え方の人物のアカウントばかりをフォローし、画面上は自分にとって気持ちの良い言葉(いわゆる快楽情報)があふれるようになり、あげくには「自分の考え方は多数派だ」という思い込みまで起こすようになっている。

 その点、落語という芸能はたった一人が演じ、それも上半身だけで歩いたり走ったりする場面まで表現する。衣装を着替えるわけでもなく、ほんの少し右を向いたり左を見たりするだけで多くの人物を演じ分け、時間も空間も自由自在に操る。情報量としてはあまりに少ないが、大勢の観客を十二分に楽しませる。演者の技能もものを言うが、最も大切な要素は、観客の想像力だ。それによって、数百人の客それぞれの頭の中で、数百通りの情景が繰り広げられるのである。

 朗読という表現手法も、観客の想像力が大きな役割を果たす。大きな場面転換をすることなく、すさまじく効率のいい形で感動を生むのだ。観客のイマジネーションに敬意を払わなければ成立しない芸術と言っていいだろう。

 今月から来月まで、東京と大阪で上演される朗読劇「ハロルドとモード」に参加できることになった。今年で6回目を迎えており、毎回大盛況だ。現在、鋭意稽古(けいこ)中で、主役は黒柳徹子さんと七五三掛(しめかけ)龍也(りゅうや)さんという豪華キャストなので、私が宣伝するには及ばないのだけれども、ご都合がよければご高覧賜りたい。

 そういえば、テレビ朝日系列で放送されている長寿番組「徹子の部屋」は、録画にもかかわらず、出演者の発言を字幕(最近のテレビは字幕表示を選択できる機能があるが、そういう字幕ではなく番組が編集で施したテロップのこと)で画面に表示していない。古き良き生放送の風合いを残す意図があるのだろうけれども、視聴者の想像力を見くびっていないことの表れではないか、とも思うのだ。(放送タレント、イラストも)=9月9日執筆

オールドメディアは こうして
石破首相を退陣に追い込んだ
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両院議員総会で突き上げられ疲れ果てた表情の石破。
=7月28日、自民党本部 撮影:田中龍作=

メディアというより運動体だった。ジャーナリズムなどと呼べる代物ではなかった。

石破首相を退陣に追い込んだ立役者は新聞・テレビ・通信社というオールドメディアだった。

読売新聞と毎日新聞が“辞令”を出すところから始まったオールドメディアの暗躍は、50日間、安定して続いた。

特にテレビはスシローこと田﨑史郎が中心になって、石破首相を悪役に仕立てあげ、終盤は「総裁選前倒しを求める声が勢いを増している」と強調した。

様子見を決め込んでいた中間派の議員は、前倒し署名に傾いていった。「勝馬に乗れ」である。
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マスコミが菅直人を勝たせた民主党代表選挙。
=2010年9月、新宿 撮影:田中龍作=

民主党政権時代に菅直人と小沢一郎の一騎打ちとなった代表選挙(2010年9月)を思い出す。勝った方が総理となる。

選挙期間中に同党の国会議員から実際に聞いた話だが―

週末、選挙区に帰ると支持者から「代表選は菅さんと小沢さんのどちらに入れるのか?」と聞かれる。中間派の議員は50人もいた。

マスコミが創り出した小沢さんの悪役イメージが支持者に刷り込まれていて「小沢さんに入れたりしないでしょうね」と言われる。

小沢のお蔭で初当選した1期目の議員は苦しい胸の裡を明かしていた。

当時、週刊誌などに掲載される小沢の顔写真は、いかにも悪党という顔だった。

あれから15年。SNSに押されがちのオールドメディアが石破おろしを主導した。

~終わり~
  ◇
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「頭蓋骨のようなもの」
長周新聞コラム狙撃兵 2025年9月3日
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 「人の骨のようなものがみつかった」「頭蓋骨のようなものが発見された」――。宇部市長生炭鉱水没事故の坑道からついに遺骨が出てきたというのに、メディアときたらおしなべて前述のように「ようなもの」という表現に終始し、「遺骨か?」といったニュアンスを振りまいていた。

そこに183人の水非常の犠牲者の骨が眠っており、83年にわたってそのままにされていたことから潜水調査をくり返し、遺骨収拾そのためだけに尽力してきたというのに、「遺骨かどうかはわからない」「まだ確定はしていない」ような表現で伝えたがるというのは、いったいどのような神経なのだろうか。
 

 確かに警察の鑑定によって人骨か否かを確定する事項ではあるが、あの坑道から出てきた頭蓋骨を見てなお「頭蓋骨のようなもの」などと報道しているのは、同じくジャーナリズムを志す者としては恥ずかしいばかりである。

誰がどう見ても人間の頭蓋骨なのに、もしかすると牛や馬の頭蓋骨かもしれないとでも思ったというのだろうか。坑道に牛や馬がいたかも知れないと思ったというのだろうか。あるいはレプリカかもしれないと思ったというのだろうか。


 現場の記者たちは遺骨が出てくるか否かを大挙して取材に来て、ダイバーたちが引き上げてくる度に「出てきましたか?」ばかり尋ねていたというのに、いざ出てきたらこれである。「人間の頭蓋骨が発見された」「犠牲者の遺骨が発見された」ときっぱり報道するのが仕事だろうに、誰の判断でこうした「のようなもの」という曖昧模糊とした報道がなされたのか――である。

現場では命がけで潜ってきたダイバーたちが「4体の遺骨を確認した」「ブーツを履いた状態だった」等々、生々しい海底の遺骨の状態を伝えていたのに、それでもなお「人の骨のようなもの」という表現にこだわるというのは、「遺骨ではないかもしれない」と伝えたいメディア側の信念にも思えて仕方がないのである。

今後本格化するであろう遺骨収拾で183体が引き上げられた場合、それはもう膨大な遺骨の数となる。そのたびに「人の骨のようなもの」という表現をくり返した場合、メディアは「あいつらバカではあるまいか?」と白い目を向けられ、例の如く「マスゴミ」と罵られるのが関の山であろう。それはジャーナリズムとしては自殺行為なのである。

 
 同じく山口県では先週、上関町への中間貯蔵施設誘致を巡って中電が上関町に「建設は可能である」と適地調査の結果を伝え、反対派住民たちが抗議行動をくり広げた。この中間貯蔵施設を巡る報道についても商業メディアときたら極めて恣意的な伝え方に終始しているのが特徴である。

誰がどう見ても中電の必要性からではなく、大飯、美浜、高浜など福井県内にある関西電力の原発が抱える使用済み核燃料の持って行き場がなく、関電の都合で上関町がゴミ捨て場にされようとしているにもかかわらず、そのことには一切蓋をして触れることなく、まるで踏み込んでいかない姿勢である。

なぜ郷土山口県が全国のどこも受け入れたがらない核のゴミを引き受け、「中間」とは名ばかりで実質的には永久のゴミ捨て場にされないといけないのか――という単純な論点をかき消そうという欺瞞に満ちた報道が余りにも目に付く。関電や経産省への忖度以外のなにものでもなく、反対世論を抑えたいという意図が丸出しなのである。

 
 権力の監視を生業とし、人々に真理真実を伝えるのがジャーナリズムの役割だったはずが、いまやすっかり商業化して魂を抜かれ、スポンサーや権力に媚びを売り、報道機関というよりは不動産会社かと思うような経営状態になっているところも少なくない。斯くして鋭く社会問題に切り込んでいったりすることは稀となった。

「首相退陣へ」の号外までまき散らしてデマ報道をした大手新聞あり、1面トップのスクープ記事で容疑者(国会議員)の名前をまるで別人名にて秘書給与詐取疑惑を報道した大手新聞あり、以前なら考えられないようなやらかしをしているではないか。それは必然というか、堕落したジャーナリズムのお粗末な末路なのかもしれない。
武蔵坊五郎

石破続投“賛成多数”は幻💥 NHK世論調査は
大誤報!?⚡️国民のホントの声は退陣だった!

SAMEJIMA TIMES 

【戦後80年】"新しい戦前"にしないため
未来に語り継ぐこととは... 
ゲスト:古川隆久(日本大学文理学部教授)
古谷経衡(作家/時事問題評論家)

8月11日(月) BS11 インサイドOUT
今年は戦後80年。日本をとりまく安全保障環境は、もはや「戦争は過去の事」とは言えないような状況に...。日本も防衛費を大幅に増額。やむなく「戦争ができる国」へと進みつつあるのだろうか?

先の参議院選挙では排外的な主張の新興政党が躍進した。「右傾化」「軍拡」「排外主義の台頭」など、かつての戦前の状況に酷似しているとの指摘がある。

戦争体験者が減少する中、その記憶を次世代へ語り継ぐことも大切な課題。「新しい戦前」へとむかわないために、我々は何を成すべきか?

ゲストは、日本近現代史、特に戦前の軍部と政治や戦後の動向などを研究する歴史学者の古川隆久と、ネット社会の若者の動向に詳しく、先の戦争の戦跡を訪ね戦時中の史実を発掘する気鋭の作家、古谷経衡氏。日本を「新しい戦前」にしないために、未来について考える。

「反日の日本人」「非国民」「日本が嫌なら日本から出ていけばいい」「あほうだ、ばかだ、チョンだ」・・・
参政党がここまでイキってるんだから、メディアがそこを批判しないでどうする!!
くろねこの短語 2025年7月19日 (土)

 排外主義、差別主義を煽る輩が跋扈した参議院選も、いよいよ今日が最終日。ここに至って、極右カルト集団・参政党のポンコツ神谷君が異論を持つ者に対して「反日の日本人」って言いやがりました。これこそ治安維持法の本質なのだ。


 神奈川県では共産党から刑事告訴された候補者が野次る聴衆に向かって「非国民」と罵倒したそうだ。

 さらに、「日本が嫌なら日本から出ていけばいいではないですか」とアナウンスしながら宣伝カーが都内を走り回って、ヘイトを撒き散らしている。

 ここまでイキってるんだから、メディアは選挙戦最終日にあたって極右カルト集団・参政党の言説の数々を真正面から批判すべきだろう。

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