No Nukes 原発ゼロ

初代「No Nukes 原発ゼロ」 の後続版です。 政治・原発問題などを中心に、世の中の「気になる動き」をメモします。

原爆・原発

使用済み核燃料を拒否 展望欠く国策への抗議だ
毎日新聞 2026/4/11 東京朝刊
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中間貯蔵施設へ搬入するため、容器に入った状態で運搬船から
降ろされる使用済み核燃料

=青森県むつ市で2024年9月26日午後0時38分、本社ヘリから

 原発の使用済み燃料を再利用する「核燃料サイクル」は、事実上破綻している。矛盾を正そうとしない国や電力事業者に対し、立地自治体が突き付けた抗議の意思表示に他ならない。

 国内で唯一の使用済み核燃料の中間貯蔵施設がある青森県の宮下宗一郎知事が、今年度の核燃料搬入を現時点で認めない方針を表明した。再処理工場の建設が遅れる中、「なし崩し的に搬入される環境を作るわけにはいかない」と理由を説明した。

 中間貯蔵施設は使用済み燃料を再処理して新たな燃料に加工するまでの間、一時保管する役割を担う。再処理工場は青森県六ケ所村に建設中だが、技術的な難しさから工期の見直しが繰り返され、当初予定の1997年から30年近くたっても操業していない。

 事業者の日本原燃は今年度末の完成を見込むものの、原子力規制委員会の審査が終了しておらず、さらに遅れる可能性が高い。
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青森県むつ市と中間貯蔵施設

 再処理が進まなければ、最長50年と取り決めている貯蔵期間を過ぎても使用済み燃料を搬出できない事態になりかねない。核のごみ捨て場にしない確約を繰り返し国に求めてきた宮下知事のいらだちは理解できる。

 搬入は2024年から始まり、今年度は再稼働した東京電力柏崎刈羽原発から約60トンが運ばれる予定だった。拒否によって運転にただちに支障が出るわけではないが、原発内の使用済み燃料貯蔵プールは8割以上が埋まっており、移さないと数年で満杯になる。

 全国の他の原発も使用済み燃料の保管に苦慮している。再稼働が進めば、状況は一層厳しくなる。 そもそも核燃料サイクルは、中核となる高速増殖炉の開発が頓挫しており、再処理の意義は薄れている。かといって再処理をやめると、全国で計2万トンを超す使用済み燃料は「資源」ではなく「ごみ」とみなされる。立地自治体から撤去を求められれば、原発の操業は窮地に陥る。八方塞がりの状況だ。

 増え続ける使用済み燃料や廃棄物の適切な管理・処理の道筋を示さずに、原発回帰にかじを切るのは無責任だ。国は自治体の声を重く受け止め、負担を押し付けたまま課題を先送りしてきた姿勢を改めなければならない。

東電の事故から15年
脱原発の土壌 再エネをさらに
朝日新聞社説 2026年3月12日 5時00分
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原子炉建屋が爆発した東京電力福島第一原発4号機
=2012年5月、福島県大熊町、本社ヘリから

 思い出してほしい。東京電力の過酷事故で恐ろしい思いをした日々を。炉心溶融、建屋の爆発、原発の暴走を抑えられなかった。首都圏を含む広い地域で、避難が必要になるとも指摘された。

 あれから15年、政府は忘れたかのように「原発回帰」に前のめりだ。事故後の2011年7月、朝日新聞は社説特集で「原発ゼロ社会」を提言した。拡大を訴えた再生可能エネルギーは15年で格段に増え、政府も主力電源化を掲げる。脱原発と再エネ拡大を、着実に進めるべきだ。

 ■「原発ゼロ社会」のいま

 原発を一気にゼロにすれば生活や経済が打撃を受ける。提言では、無理せず着実に減らすことが現実的として、ゼロの時期は「20~30年後がめど」とした。分散型で地域密着の電源として「希望の星は自然エネルギー」と訴えた。しかし、政府は原発の活用へと舵(かじ)を切り、60年超運転を認める制度もつくった。

 5年後の原発ゼロは難しいが、前進はしている。

 再生可能エネルギー(大型水力をのぞく)の電源構成に占める割合は、震災前の約2%から、23年度に約15%まで拡大した。事業用太陽光発電の買い取り価格は、12年度の1キロワット時あたり40円が十数円に低下した。政府は40年度の電源構成で再エネを最大の4~5割と掲げる。拡大の土壌は育っている。

 災害が多い日本の原発リスクは大きい。ひとつは予想外の災害が起きることだ。警戒度が高くない地域で大地震が起き、原発は想定を超える揺れに見舞われた。インフラ老朽化など社会変化も新たなリスクとなる。1基で大量の電力を供給する原発頼みでは、止まった時の影響も大きい。

 さらに、原発を動かす事業者にリスクを真摯(しんし)に受け止めない体質が残る。中部電力浜岡原発で、想定する最大の地震の揺れを示すデータの不正が発覚した。運転させるのに都合がよいデータの解釈は続き、業界の病巣は根深い。

 ■非現実的な回帰政策

 震災の前年、政府はエネルギー基本計画で原発の活用を進め、原発や再エネなど二酸化炭素を出さない電源比率を「30年に70%」と掲げた。事故後に大幅に見直し、昨年策定の計画は原発の割合を「40年度に2割程度」とした。

 この2割の達成には、地元が一部廃炉を求める東京電力の柏崎刈羽原発の全基と、地震リスクから原子力規制委員会が不許可にした敦賀2号機を動かし、建設中の大間原発や東通原発などの完成が必要だ。長期運転も常態化する。現実的な目標と言えない。

 安全確保の砦(とりで)である原子力規制委員会の変質ぶりも気になる。60年超運転では政府の方針に沿って性急に制度を変えた。テロ対策施設では事業者側の事情で、設置期限を延ばそうとしている。

 自然災害と原発事故の複合災害が起きた際の避難対策など、様々な課題が置き去りのままだ。ウクライナで顕在化した原発への武力攻撃のリスクも未解決だ。「核のごみ」の最終処分が見通せないことは、15年前と変わらない。

 足元の中東情勢の悪化はエネルギー自給の重要さを再認識させた。当面は天然ガスなど旧来のエネルギーに頼らざるを得ない。欧州では脱原発の機運がしぼむ動きもあるが、需給の逼迫(ひっぱく)を原発回帰の理由とせず、将来を見通した施策を練る機会とすべきだ。

 世界の投資の潮流は再生可能エネルギーだ。輸出も含めて原発を推進しているのはロシアと中国などに限られる。

 ■将来の危機を防げ

 原発も石炭火力発電も今ある設備を使い続ければ、帳簿上は電力会社の利益につながり、「安価な電力」として生活や産業を支援することにもなる。しかし、問題とコストの先送りに過ぎない。安全を確保し、子孫に負担を先送りしないことが重要だ。目先の利益を優先すべきではない。

 再エネは、政策の誘導で拡大の余地は十分にある。潜在的な供給量は、予想される40年度の電力需要を上回る規模がある。すべて活用できると限らないが、いまは送配電や蓄電の問題から、使える再エネさえ無駄にされている。

 持続可能な社会をめざす一般社団法人「プラチナ構想ネットワーク」は2月、「50年の全エネルギー需要の8割を再エネでまかなうのは技術的に可能」で、経済的にもメリットがあるなどとする構想をまとめた。他にも複数の民間団体が、原発ゼロや再エネの主力化を提言する。

 再エネという純国産資源の活用を広げ、脱炭素とエネルギー自給、世界に売り出せる技術開発で経済も後押しする。この好循環を生み出すことこそ、政治の役割だ。

 15年前の弊紙提言は「好きなだけ電気を使う生活を楽しんできた」としてエネルギー政策の国民的議論も訴えた。

 事故後、家庭でも街でも節電の知恵を絞った。その認識は薄れ、世論調査で原発再稼働の賛成が多数となった。国民的な議論も進んでいない。

 電気を使う誰もが自分の問題と考え、声をあげ、行動していくことが欠かせない。

すっかり後退した「脱原発」の機運…
 自民はすっかり再稼働推進、
野党も「ゼロ」主張から「活用」派が増えて
東京新聞 2026年3月12日 06時00分

 東京電力福島第1原発事故から15年を経て、国のエネルギー政策は「原発回帰」が鮮明だ。先の衆院選では、人工知能(AI)の普及などに伴う電力需要増を理由に再稼働推進を掲げた自民党が圧勝し、「原発ゼロ」を訴えた勢力は大きく議席を減らした。東日本大震災を機に与野党で高まった「脱原発」の機運は、すっかりしぼんでいる。

◆官民一体で原子力産業の再興を図る構えに

 高市早苗首相は11日、福島市内で開かれた追悼復興祈念式に出席し、震災の教訓を後世に受け継ぐ決意を示した。一方、原発事故に関しては、1年前の石破茂前首相と同じ文言で「いまだ多くの方々が避難生活を余儀なくされている」などと触れただけだった。
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東日本大震災の追悼復興祈念式を終え、記者の質問に答える高市首相=11日、福島市で(代表撮影)

 事故の翌年の衆院選では濃淡こそあれ、主要政党が原発の積極活用から距離を置いていた。与党の民主党が「2030年代に原発稼働ゼロ」を主張したほか、野党の自民は「原子力に依存しない経済・社会の確立」を公約した。

 だが、自民は徐々に姿勢を転換。岸田政権は2022年に「原発を最大限活用」という方針を示し、高市政権も昨年10月、自民と日本維新の会の連立政権合意書に「安全性確保を大前提に再稼働を進める」と明記した。日米関税合意に基づく対米投資では原発建設が有力案件とされており、官民一体で原子力産業の再興を図る構えだ。

◆廃止を訴える勢力は大きく議席を減らして

 原発ゼロを主張する野党も少数派になった。民主を源流とする立憲民主党は綱領に原発ゼロを掲げてきたが、衆院選前に公明党と合流して中道改革連合を結党する際、条件付きながら再稼働容認に転じた。国民民主党や参政党、チームみらいは原発活用の立場だ。

 原発廃止を訴える共産党は、衆院選で公示前の8議席から半減し、れいわ新選組は1議席しか確保できなかった。これに伴い、国会論戦でも原発そのものの是非を巡る議論は低調になっている。(近藤統義)
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原発事故で「東北の鬼」に
武藤類子さんの15年 「誰も責任を取らない」
裁判が終わっても、抗い続けるのは
東京新聞 こちら特報部 2026年3月10日 06時00分

 「私たちはいま、静かに怒りを燃やす東北の鬼です」

 2011年、東京電力福島第1原発事故の半年後に東京で開かれた集会で、福島県三春町から参加した武藤類子さん(72)が約6万人の聴衆に語りかけた言葉だ。

 その後、東電旧経営陣の幹部3人を刑事告訴した告訴団団長として、数々の原発訴訟の法廷に足を運び、事故の責任を問い続けてきた。各地で再稼働が進む今、何を思うのか。武藤さんの15年を追った。(片山夏子)

◆「国は国民を守らない。私たちはすてられたのだ」

 2011年9月19日の「さようなら原発集会」。東京・明治公園を埋め尽くした人たちを前に、武藤さんはこう呼びかけた。「福島のみなさん。どうぞ一緒に立ち上がってください」

 福島県内や避難先から何台ものバスを連ね、被害に遭った自分たちこそ「原発はいらない」と声を上げようと、誘い合って会場に来た人たちだった。
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「さようなら原発集会」で脱原発を訴える作家の大江健三郎さん(中)。右端が武藤類子さん=2011年9月19日、東京都新宿区の明治公園で

 「みなさん、福島はとても美しい所です。(中略)3.11原発事故を境に、その風景に、目には見えない放射能が降り注ぎ、私たちはヒバクシャになりました」

 「毎日、毎日、いや応なく迫られる決断。逃げる、逃げない。食べる、食べない。(中略)さまざまな苦渋の選択がありました」

 事故から半年たって鮮明になってきたこととして、武藤さんは言葉を継いだ。

 「真実は隠されるのだ。国は国民を守らないのだ。事故はいまだに終わらないのだ。(中略)大きな犠牲の上になお、原発を推進しようとする勢力があるのだ。私たちはすてられたのだ」

 事故から15年がたつ今、このときの自分の言葉が武藤さんの胸によみがえる。

◆悲しみや悔恨、絶望が入り交じった猛烈な怒り

  2012年、福井県の関西電力大飯原発3号機が再稼働する際、首相官邸前は子どもを連れた母親や若者、会社員など、危機感を持った人で埋め尽くされた。だが今、国は原発を最大限活用するとし、各地で再稼働が進む。

 「あんなすさまじい事故が起きたのに、たった15年で忘れられていく。考えてみると、あのときもう今の状況を感じていたのかもしれない」

 明治公園の集会で「東北の鬼」という言葉を使うかは悩んだという。事故から半年の自分の心情をどう伝えたらいいのか。
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原発事故前まで喫茶店をやっていた所で事故から15年を振り返る武藤類子さん=福島県田村市で

 武藤さんがスピーチの内容を考えていたとき、頭によぎったのは、全国各地の民俗舞踊を習う中で、かつて見た岩手県北上地方を中心に踊られてきた「鬼剣舞(おにけんばい)」の躍動する舞だった。

 原発事故でぼうぜんとした後、襲ってきたのは悲しみや悔恨、絶望が入り交じった猛烈な怒りだった。

◆搾取され蹂躙されてきた東北、象徴するのが「鬼」

 「その怒りを表現したのがあの言葉だった。東北は歴史の中で貧しく、中央から虐げられた土地だった。電気だけでなく、人やさまざまな物が搾取され、いろいろなことで蹂躙(じゅうりん)されてきた。『鬼』は東北が中央からどう扱われてきたかという悲しい一面を象徴していると思うのです」

 火にはさまざまな表情がある。まきの表面をなめる炎は濃い赤で激しく動く。やがて明るい朱色のなめるような炎となり、さらに中心が火の玉を抱いたように白くなるという。

 「時間がたつにつれますます困難を極める福島の中で、エネルギーを内包したおき火のような冷静で静かな怒りを、私たちの生きる尊厳を奪うもの、命をないがしろにするものに、ぶつけていかなければならない」

◆里山喫茶で意識するようになった「コンセントの向こう側」

 武藤さんが原発問題に取り組み始めたのは、1986年に旧ソ連で起きたチェルノブイリ(チョルノービリ)原発事故だった。

 「そのころ姉が骨髄性白血病を発症した。私たち姉妹が育った時代は米ソの核実験の最中だった。もちろん因果関係の立証はできないが、私が原発に向き合う一つのきっかけになった」
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 チェルノブイリ原発事故後、反原発運動は各地で盛んになった。武藤さんも「脱原発福島ネットワーク」を結成し、自治体や東電との交渉をしてきた。1988年に東京であった2万人デモでは、延々と続くデモ隊の列に「世界は変わるかもしれない」と感じた。しかし、原発は増設されていった。

 無力感と絶望感に襲われる中で、自分にとっての脱原発とは何かを考え、暮らしを見つめ直した。田村市の自然豊かな里山で喫茶「燦(きらら)」を始めた。夏の日差しを遮るよしず、太陽光発電、まきストーブ…。この電気はどこからくるのという「コンセントの向こう側」を意識するようになった。

◆「長い間恐れていたことが現実になった」

 だが福島の事故で生活は一変する。かすかな山鳴りの後、木造の家がぎしぎしと音を立て食器が割れた。そして夕方、約45キロ離れた福島第1原発での「全交流電源喪失」をラジオで知る。
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原発事故前まで喫茶店をやっていた所で見送ってくれる武藤類子さん=福島県田村市で

 「長い間恐れていたことが現実になった」

 メルトダウン(炉心溶融)という言葉が頭の奥でこだました。子どものいる友だちに「逃げた方がいい」と伝え、吹雪の峠を家族と避難した。

 1カ月後に福島に戻ると現実が待っていた。山の恵みも出していた喫茶店は「安全な食材を提供できない」と閉めた。

 「放射線健康リスク管理アドバイザーと呼ばれる専門家が安全キャンペーンを繰り広げ、国は事実を隠し、被害を矮小(わいしょう)化していた」

 事故の真実が明らかになり、責任が取られれば少しは事態は変わるのではないか…。

◆「真実と責任が明らかにならなければ同じことが起きる」

 2012年、武藤さんは仲間と「福島原発告訴団」を結成。原発事故の責任を問い、約1万4000人で福島地方検察庁に当時の東電経営陣や政府関係者、学者ら33人を刑事告訴、告発した。だが2013年9月、全員不起訴処分に。東京の検察審査会に不服申し立てをした。
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原発事故前まで喫茶店をやっていた所で事故から15年を振り返る武藤類子さん=福島県田村市で

 「個人を訴えるしかなかったが、人の罪を問うのは怖かった。でも真実と責任が明らかにならなければ同じことが起きると思った」

 2014年7月、東京第五検察審査会は東京電力旧経営陣3人を起訴相当の議決。喜んだのもつかの間、2015年1月に検察は再び全員不起訴に。2回目の検察審査会が開かれ、3人は強制起訴された。

 「東電が大津波が原発を襲う可能性を把握し、いったんは対策を検討していたことなどさまざまな事実がわかってきた」

 武藤さんは全公判で法廷に足を運んだ。だが東京地裁と高裁で無罪判決が出され、昨年3月、最高裁の上告棄却で確定した。

◆誰も責任を取らず終わった裁判…それでも

 多くの人の人生を根こそぎ変えるような原発事故が起きたのに、被害者の十分な救済がされず、誰も責任を取っていない。
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東京電力旧経営陣2人の無罪が確定することを受け、記者会見する福島原発告訴団の武藤類子さん=2025年3月6日、東京・霞が関で

 「これで裁判での責任追及は終わってしまうのか」

 ぼうぜんとした。準備から13年走り続けてきた。事故後、ずっと何か考えているように頭が休まらず、夜中に何度も目を覚まし、眠れたのかわからない日々を過ごしてきた。大好きな音楽も聴けなくなっていた。

 国は今エネルギー基本計画で「原発の最大限活用」とし再稼働を進める。福島第1原発からは処理水の海洋放出が始まり、国は除染で出た8000ベクレル以下の汚染土を各地で再利用しようとする。

 「福島の復興のための再利用? とんでもない。放射性物質をあえて拡散するなんてありえない。15年で福島の事故を忘れ、原発の最大限活用とは堪え難い愚かしさと思う。理不尽で絶望的な現実の中でも、現実を見つめ、その中に小さくても光が見いだせると信じて、諦めずあらがい続けたい」

◆デスクメモ

 原発事故後に取材した福島出身の女性は、母子で自主避難した知人女性が自死をしたと明かし「不条理」と話した。この国が原発を手放さず再稼働を進める後ろに置き去りにされた人々の思いがある。コンセントの先はどこにつながっているか。首都圏に暮らす私たちも問われている。(恭)

国が核ごみ調査打診 選定の議論深める契機に
毎日新聞社説 2026/3/8 東京朝刊
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太平洋に浮かぶ南鳥島
=2012年11月21日午前11時39分、航空自衛隊C130輸送機から鈴木泰広撮影

 原発から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分場建設は、先送りできない課題だ。手続きの第1段階となる文献調査を東京都小笠原村の南鳥島で実施したいと、国が村に申し入れた。調査は3カ所で既に進んでいるが、国から打診したのは初めてだ。

 赤沢亮正経済産業相は「地域任せにせず、国の責任で協力をお願いする」と説明した。

 国は10カ所程度で文献調査を実施し、候補地を絞り込みたいとしている。自治体からの「手挙げ方式」を原則としたものの、住民の反対で断念したケースもあり、思うように増えていない。このため、国が関与を強めるよう求める声が出ていた。
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南鳥島の地図
 核のごみは、放射線量が安全なレベルに下がるまでの約10万年間、地中深くに埋めて保管する。地震や火山活動の影響を受けない場所に処分場を設ける必要がある。

 日本最東端に位置する南鳥島は、地質的に安定している。自衛隊基地などがあるだけで、民間人は住んでいない。全島が国有地である点でも、整備を進めやすい。

 一方で、面積が狭く、地上施設の用地が不足する恐れがある。地盤はサンゴ礁に由来する石灰岩のため水を通しやすく、地下施設を造る難しさも指摘される。核廃棄物の長距離の海上輸送は安全上のリスクがあり、コストもかさむ。
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核のごみ最終処分場の建設までの流れ
 文献調査の開始には地元同意が必要で、村は国側の説明会を聞いた上で判断するとしている。ただ、今回の申し入れは唐突で、しかも南鳥島は村役場のある父島から1200キロも離れた孤島だ。村民の間には戸惑いも広がる。

 国が選定を主導するのであれば、なぜその場所を候補地とするのかの丁寧な説明が欠かせない。経産省が公表している「科学的特性マップ」によると、国土の約7割は最終処分場に「好ましい特性」を持つとされ、多くの市町村が候補地になる可能性がある。

 先行して調査に入った自治体では、巨額の交付金が地域振興に活用される一方、調査の是非を巡り住民が対立し、分断も起きている。

 候補地選定のプロセスはどうあるべきか、検証しながら見直しを重ねていくことが求められる。幅広い理解を得て事業を進めるための議論を深めねばならない。

柏崎刈羽原発6号機の原子炉停止へ 
前日に再稼働 警報で作業中断 
毎日新聞 2026/1/22 18:38
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新潟県の東京電力柏崎刈羽原発の7号機(左)と6号機
=2025年11月、本社機「希望」から

 東京電力ホールディングス(HD)は22日夕方、前日に再稼働させた柏崎刈羽原発6号機(新潟県)の原子炉を停止すると発表した。22日未明に原子炉から制御棒を引き抜く際に警報が鳴り、作業を中断していたが、原因究明に時間がかかると判断した。
記者会見した同原発の稲垣武之所長は「1日、2日で片が付くとは思っていない。何日かかるか全く言えない」と述べた。

 東電は、外部への影響や施設の安全性に問題はないとしている。ただ柏崎刈羽原発では制御棒を巡る別のトラブルが17日に発生し、当初予定した20日の再稼働を1日延期したばかり。再稼働直後に再びトラブルが発生して原子炉を停止するのは異例の事態で、同社の管理態勢が問われそうだ。

 東電HDは21日午後7時2分、柏崎刈羽6号機の原子炉を14年ぶりに起動した。同8時28分には核分裂反応が安定的に続く「臨界」に到達していた。だが、22日午前0時28分ごろ、制御棒の操作を監視するシステムで警報が鳴り、制御棒を引き抜く作業を中断し、原子炉を起動したまま原因を調査していた。

 東電が原発を再稼働させたのは、2011年福島第1原発事故後初めて。今後各種試験や原子力規制委員会の検査を経て、2月26日の営業運転開始を目指していた。

 同社は「安全最優先で慎重に対応していく」とコメントした。【中島昭浩】

浜岡原発の不正
中部電力に原発扱う資格なし
しんぶん赤旗主張 2026年1月16日

 中部電力が浜岡原発(静岡県)で、想定される地震の最大の揺れ(基準地震動)のデータを意図的に操作していました。原発の耐震性を土台から揺るがす事態です。原子力規制委員会による安全審査の前提を根底から覆すデータの捏造(ねつぞう)です。中部電力に原発を扱う資格はありません。

 規制委は14日、審査の中止と中部電への立ち入り検査実施などを決めましたが、規制委の審査のあり方そのものも問われています。

■不正見抜けぬ審査

 浜岡原発の基準地震動は、さまざまな条件を設けて算出した地震波の平均に最も近いものを用いると説明されていました。しかし実際は、都合のよい地震波を選んでいました。再稼働を急ぎ、審査を通すことが不正の動機とされ、少なくとも2018年以前から行われていました。長年にわたる不正であり、一担当者でなく組織的なものです。中部電は不正の全容と組織の責任を明らかにするとともに、浜岡原発の再稼働を断念すべきです。

 不正が発覚したのは、25年2月に規制委に外部から情報提供があったからです。この時点ですでに規制委は、中部電が示した浜岡原発の基準地震動を認めていました。規制委が不正を見抜けなかったことは重大です。電力会社が示すデータの真偽を判別できないのでは、規制委の審査に「合格」しても安全は何ら保証されないことになります。

 原発をめぐるウソやごまかしは繰り返されてきました。
20年には日本原電敦賀原発2号機(福井県)の審査で地質データが書き換えられていました。
00年代には、東京電力の炉内設備の損傷隠しや検査に合格するためのデータ偽装、北陸電力志賀原発(石川県)での臨界事故隠し、敦賀原発での検査不正、中国電力島根原発での検査不備などが相次いで発覚しています。

 過去の例も今回も、原発の運転を妨げないための工程優先、ものを言えない企業体質の下で起こされたものです。電力会社がウソをつかないという「性善説」は通用しません。規制委が電力会社のウソを見抜く能力と仕組みを整備しなければなりません。

 浜岡原発だけでなくすべての原発について、データの信頼性を確認し、不正の有無を調査すべきです。

■原発ゼロの日本へ

 木原稔官房長官は、浜岡原発の不正を「国民の信頼を揺るがしかねない」と批判しました。しかし、高市早苗政権は、東京電力柏崎刈羽原発などを次々に再稼働させようとしています。

 規制委の審査の信頼性がくずれた下でも、再稼働と新規建設など原発の最大限活用をめざす政府こそ、国民の信頼を裏切るものです。国民と日本社会の安全に対する責任として、原発活用路線をきっぱりとやめるべきです。

 3月で東京電力福島第1原発事故から15年です。被害は甚大で、いまも帰還困難区域が広く残り、生活と生業(なりわい)の再建は途上です。この現実を直視し、原発ゼロの共同を広げ、財界言いなりで原発推進に走る高市政権に総選挙で審判を下し、原子力政策を転換させましょう。

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