No Nukes 原発ゼロ

初代「No Nukes 原発ゼロ」 の後続版です。 政治・原発問題などを中心に、世の中の「気になる動き」をメモします。

沖縄

防衛省の沖縄いじめ続く 
県知事・玉城デニーは不快感あらわ
日刊スポーツ 2025年9月17日8時0分
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今年に入り幾度となく大規模で展開されている離島奪還日米共同演習。21年から毎年実施され、今回が5回目となる「レゾリュート・ドラゴン25」は北海道、東京都硫黄島、九州全域、沖縄などを舞台に陸上自衛隊と米海兵隊1万9000人が参加し11日から25日まで。ことに18日からは大分県中部の由布市の日出生台(ひじゅうだい)演習場で、本格的な実弾演習が実施される。

日本の最西端、沖縄県与那国島では8月の町長選で現職を破り当選した新町長が大規模演習に否定的で、米軍が高機動ロケット砲システム「ハイマース」やオスプレイを展開予定だったが取りやめられた。沖縄県は沖縄防衛局に対し地元の理解が得られない訓練を行わないことや、米軍機による民間空港の使用自粛などを申し入れている。

★一方、15日には石垣島駐屯地に米軍の新型対空短距離防御システム「MADIS(マディス)」と、遠征対艦阻止ミサイル発射システム「NMESIS(ネメシス)」が初めて搬入された。マディスは地対空ミサイルや機関砲と誘導関連装備などを一体化し装甲車の上部に設置した高機能装甲迎撃車両。ネメシスは地上から艦船を攻撃できるミサイルを発射する車両で、いずれも2両1組で運用される。

ここでも沖縄県への対応に問題があった。訓練が実施される他の道県では8月に入って防衛省から訓練の説明があったが、沖縄に説明があったのは今月5日といい、演習実施直前。沖縄防衛局が意図的に沖縄県への説明を遅らせた可能性が高い。

★ことに最新型の地対艦ミサイル・ネメシスは日本で初の運用で、今後は米軍キャンプ・ハンセンの「第12海兵沿岸連隊」への配備といわれている。

沖縄県知事・玉城デニーは「基本的に沖縄防衛局には、事前に情報の共有を、丁寧に説明して欲しい」とし、沖縄の編成に加えられることを受け「そういう考えがあるならなおのこと、我々は丁寧に説明を受けなければならない」と不快感をあらわにした。東京は総裁選挙ですべての政治的機能は停止している。玉城が発言しなければとがめる政治機能すらない。(K)※敬称略

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「許可取ってこい」宮古島の陸自トップ、市民を恫喝 許可は不要、陸自側も申請なく使用 沖縄
琉球新報 更新日時 2025年08月10日 13:59
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「許可取ってこい」宮古島の陸自トップ、市民を恫喝 
許可は不要、陸自側も申請なく使用 
沖縄抗議の市民に強い口調で詰め寄る宮古駐屯地の比嘉隼人司令
(動画より、ミサイル基地いらない宮古島住民連絡会 上里清美さん提供)

  【宮古島】陸上自衛隊宮古島駐屯地のトップで、宮古警備隊長の比嘉隼人司令(1等陸佐)が6日、同駐屯地が実施した訓練に対し、抗議活動をしていた市民に「許可を取ってからやって下さい。やめろ」などと恫喝(どうかつ)的な態度で詰め寄っていたことが8日、分かった。

 現場は伊良部大橋の伊良部島側にある「いらぶ大橋海の駅」の駐車場。比嘉司令は敷地の使用許可を確認したとみられ、「われわれは許可を取っている」と発言したが、駐車場を所有、管理する県によると、同駐屯地から使用許可申請は出されていない。同駐屯地は本紙の取材に「詳細について確認中」としている。


 市民団体「ミサイル基地いらない宮古島住民連絡会」が比嘉司令の言動を撮影していた。同連絡会は9日、駐屯地を訪れ、謝罪を求めて抗議するとしている。

 動画では怒気をはらんだ強い口調で「われわれは許可を取っている。やるんだったら許可を取ってこい」と比嘉司令が述べる様子が確認できる。同連絡会のメンバーが「市民の利用に許可が必要か。取っていない」と返答すると、「だったら取れ早く、取ってこい」などと、命令口調で現場からの退去を求めた。

 訓練は5日夜から6日朝にかけ第15旅団の新人隊員16人が参加した徒歩防災訓練で、伊良部島と下地島の公道を約35キロにわたって歩いた。同連絡会のメンバー2人が、訓練を撮影しようと「海の駅」駐車場にいたところ、隊員らが休憩のため現場に到着した。

 動画を撮影した市民によると、「拡声器で激しく抗議したわけではない。きれいな朝日に迷彩服は似合わないと語りかけたら、司令が飛んできた」と当時を振り返った。「体を鍛えた自衛官が自分の意に添わないからと恫喝、威嚇するような態度を取ったことに自衛隊の本質を垣間見た」と話した。

 県宮古土木事務所によると、今回の訓練で同駐屯地からの使用許可申請は、口頭でも文書でも出されていなかった。ステージなどの工作物設置や大人数の集会など、通行の妨げになる場合を除き、特に使用許可の申請は必要ないとしている。

 「海の駅」の売店やレストランが入る建物は宮古島市が所有、管理しており、市観光商工課にも同駐屯地からの使用許可申請は無かったという。


【識者談話】陸自の恫喝行為、市民の「表現の自由」侵害 山田健太氏(専修大教授)
更新日時 2025年08月10日 13:57

【識者談話】陸自の恫喝行為、市民の「表現の自由」侵害 山田健太氏(専修大教授)山田健太教授

陸自宮古島駐屯地トップの警備隊長による市民への恫喝(どうかつ)が明らかになった。新隊員の徒歩防災訓練を監視していた市民に、警備隊長は「許可取れ」などと詰め寄った。

 市民の行動を制限する行為は、憲法が保障する「表現の自由」を侵害するもので極めて問題だ。

 自衛隊基地からの出入りを含め隊員の行動を基地の敷地外から監視することは、市民の活動として当然に認められる。

 守られるべき「表現の自由」の範囲は表現活動に限定されない。表現活動のために情報を収集する行為も活動の一環で、この範囲に含まれる。

 市民は、基地の敷地内に侵入したり、軍事機密にアクセスしようとしたわけではなく、市民側に行動制限の対象になり得るような問題行動もなかった。

 陸自側が、恣意(しい)的に対象を選別し、主観的な判断に基づいて当然に保護されるべき市民の活動を制限しようとしたとみられても仕方がない。

 宮古島では「南西シフト」と称した軍備強化が進んでいるという背景もある。不安視する市民がいることは陸自側も把握しているはずだ。市民の不安解消のために、陸自側がより積極的に情報公開に努めるのが行政機関としての本来の役割だ。

 市民に歩み寄ることなく、感情的な態度で接する幹部の態度を見ていると、陸自の教育体制のあり方も疑われる。市民から監視される立場にあるという陸自側の自覚が足りなかったと言わざるを得ない。(言論法)

戦後80年 沖縄慰霊の日 犠牲強いた歴史忘れない
毎日新聞 2025/6/24 東京朝刊
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「平和の礎」で手を合わせる仲宗根むつみさんの家族。むつみさんの祖母、比嘉ウシさんらが沖縄戦で犠牲になり、この日は孫5人を連れて慰霊に訪れた=沖縄県糸満市で23日午前8時6分、喜屋武真之介撮影

 沖縄は23日、「慰霊の日」を迎えた。80年前のこの日、旧日本軍と米軍の組織的な戦闘が終結したとされる。凄惨(せいさん)な地上戦によって、県民に多大な犠牲を強いた歴史を忘れてはならない。

 先の大戦で、旧日本軍は沖縄を本土決戦に備える時間を稼ぐための「捨て石」にした。首里(現・那覇市)にあった司令部の陥落後も、南部へ撤退して抗戦を続け、多数の住民を巻き込んだ。

 日本側の犠牲者約18万8000人のうち住民が半分を占めた。民間人の犠牲をいとわずに戦闘を長引かせた軍の姿勢は、県民にぬぐい難い不信感を残した。

 懸念されるのは、こうした歴史から目を背けるような動きが出ていることだ。

過去ゆがめてはならぬ
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ひめゆりの塔で行われる慰霊祭を前に合唱を披露する子供たち
=沖縄県糸満市で23日午前10時27分、北山夏帆撮影

 典型的なのが、今年5月に那覇市で開かれた会合における自民党の西田昌司参院議員の発言だ。

 「ひめゆりの塔」の展示を巡り、「日本軍が入ってきて、ひめゆり隊が死ぬことになった。アメリカが入ってきて沖縄は解放された」という趣旨の記載があったと一方的に主張し、「歴史の書き換え」と批判した。「自分たちが納得できる歴史をつくらないと、日本は独立できない」とも述べた。

 ひめゆり学徒隊は看護要員として軍に動員された女子生徒や教師だ。死亡した136人の8割超は軍の解散命令を受けた後、戦場に放り出される形で犠牲となった。西田氏の発言は沖縄戦の実相を反映しておらず受け入れられない。

 日本外交史が専門の野添文彬(ふみあき)・沖縄国際大教授は「発言は事実をゆがめるものだ。県民は沖縄の歴史が本土と共有されていないという疎外感を抱き、戦争がまた繰り返されるのではないかと不安を募らせている」と指摘する。

 こうした状況だからこそ、戦争体験を語り継ぐ重要性が増している。当時を知る人が少なくなり、記録や証言を伝えようとする若者たちの活動が注目されている。

 狩俣日姫(につき)さん(27)は、修学旅行向けの平和学習プログラムを提供する企業「さびら」を仲間と立ち上げた。戦跡を案内して体験者たちの証言を紹介するだけでなく、生徒たちが「平和構築のために必要なこと」といったテーマで議論する場も設けている。

 自身が受けた平和教育に物足りなさを感じたのが起業のきっかけだった。「体験者たちが貴重な話をしてくれても、予備知識なしでは難しかった。戦争が始まった理由もきちんと説明してほしいと感じた」と振り返る。

 「過去をないがしろにしないことが大切だ。戦後100年、200年と教訓を伝えていかなければならない」。活動を通じてそうした思いを強くしている。

我が事として考えねば
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「平和の火」の奥に広がる摩文仁の海を眺める人たち
=沖縄県糸満市の平和祈念公園で23日午前5時57分、北山夏帆撮影

 80年たっても沖縄の「戦後」は終わっていない。安全保障の名の下に米軍基地を押し付けられ、住民が負担を強いられる「構造的差別」が続いている。

 本土復帰まで27年間の米軍統治時代に、強権的な手法で住民の土地が奪われ、基地が建設された。今も飛行場や演習場など日本にある米軍専用施設の7割が集中する。

 基地負担軽減を求める県民の声を無視する形で、米軍普天間飛行場の県内移設計画が政府によって強引に進められている。2019年の県民投票では、名護市辺野古の埋め立て反対が7割に達した。

 駐留米兵による性的暴行事件も後を絶たない。にもかかわらず政府は、米兵訴追の障壁となっている日米地位協定の改定に取り組んでいない。事件を把握しながら県に連絡しなかったケースも判明した。人権をないがしろにするような対応は許されない。

 敗戦後に本土に置かれた米軍基地は整理・縮小が進められたが、沖縄には重い負担が残ったままだ。野添教授は「在日米軍が沖縄で実施している訓練をもっと本土が引き受け、負担軽減に取り組むべきだ」と訴える。

 中国が海洋進出を強める中、沖縄・先島諸島に自衛隊の新たな拠点が相次ぎ開設されている。台湾有事を念頭に先島の住民を九州などに避難させる計画も発表された。沖縄が再び攻撃の標的にされかねないとして、地元から上がる反発の声に耳を傾けるべきだ。

 今求められているのは、安全保障上の負担を「沖縄の問題」としてではなく、日本が直面する我が事として考える姿勢だ。沖縄戦の歴史や実相と向き合うことこそが、その出発点となる。

沖縄戦80年 きょう慰霊の日 
犠牲の20万人追悼 平和誓う


沖縄戦80年 きょう慰霊の日 犠牲の20万人追悼 平和誓う「仲良くしててね」。きょうだいの名前が刻まれた場所で花を手向け、語りかける眞榮城ヒデ子さん(87)。「いつもこっちに来て平和を願っている」と何度も口にした=22日午後、糸満市摩文仁の平和祈念公園(小川昌宏撮影)
この記事を書いた人アバター画像宮沢 之祐

 沖縄は23日、沖縄戦で組織的な戦闘が終結したとされる「慰霊の日」を迎えた。「戦後80年沖縄全戦没者追悼式」(県・県議会主催)が午前11時50分から、糸満市摩文仁の平和祈念公園で開かれる。戦後80年の節目に、亡くなった20万人余りを悼み、平和を希求する沖縄の心を世界に発信する。

 沖縄戦の歴史認識を巡る問題発言が相次ぐ中、沖縄戦の教訓を正しく次世代に伝える一日とも位置づける。

 追悼式には、石破茂首相や額賀福志郎衆院議長、関口昌一参院議長に加えて今崎幸彦最高裁長官も参列し、30年ぶりに三権の長がそろう。中満泉国連事務次長(軍縮担当上級代表)と、2024年にノーベル平和賞を受賞した日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の田中重光代表委員も初めて招かれた。

 式では玉城デニー知事が平和宣言を発表する。豊見城市立伊良波小学校6年の城間一歩輝さんは、「平和の詩」に選ばれた「おばあちゃんの歌」を朗読する。

 沖縄戦などで亡くなった人々の名前を記した平和の礎は、インターネットで刻銘者を検索できるようになった。今年も県出身の16人を含む342人の名前が追加された。国内外を含む刻銘の総数は24万2567人となった。 

沖縄復帰53年 問われる政権の姿勢
朝日新聞 2025年5月15日 5時00分
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多くの学徒が犠牲になった自然洞窟(ガマ)の上に立つ「ひめゆりの塔」。
ひめゆり平和祈念資料館(左奥)とともに、沖縄戦の悲惨さを今に伝えている

=2025年5月7日午後3時41分、沖縄県糸満市、伊藤和行撮影

 沖縄が日本に復帰してから15日で53年を迎える。半世紀以上たっても沖縄県内には在日米軍専用施設の面積の7割が集中し、「基地のない平和の島」は実現していない。

 米軍機の事故や米兵による性加害、環境汚染などを放置してはならない。

 1952年、日本は主権を回復した。一方で沖縄は米の統治下に置かれ、自治権は72年まで制限された。沖縄の求める「完全な復帰」の実現には基地の偏在をなくす政策が急務だ。だが今、政府と県の溝は深い。与党議員が溝をさらに深めているのは残念だ。

 自民党の西田昌司参院議員は沖縄戦で犠牲になった学徒隊らを慰霊する「ひめゆりの塔」に関し、「歴史の書き換え」などと批判。後に「謝罪、撤回する」としたが、沖縄では「むちゃくちゃな教育のされ方をしている」と述べた部分は撤回せず、過酷な地上戦や米軍占領下の不条理を訴えてきた沖縄の人の心情を傷つけた。

 4月の参院外交防衛委員会では中谷元・防衛相が米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設について「もっと沖縄県が努力をしていればもっと早く普天間の移転も進んだ」と述べた。反対の声を無視して辺野古にこだわり続けたのは国の方だ。県の求める対話にも応じず工事を強行し、移転が進まないことを地元のせいにするのは筋違いだ。

 問われているのは石破政権の姿勢だ。県は在日米軍に特権的な地位を認めた日米地位協定を改定するよう政府に求めているが、実現していない。就任初日の記者会見で改定に意欲を示した首相には、避けて通れない課題である。

 分断当時、沖縄では激しい闘争があった。琉球大学生だった浦添市の青山恵昭(けいしょう)さん(81)は64年の海上集会をよく覚えている。鹿児島県最南端の与論島と沖縄県国頭(くにがみ)村は海を隔てて約20キロ。見えない国境に両地点から漁船が集結、船上の青山さんは大学代表団の横断幕を掲げ、「沖縄を返せ」の歌を歌った。

 「米国が決めた『国境線』を本土と沖縄の船の交流で切り裂き、まさに闘いでした」

 父は与論町、母は国頭村の出身。6歳から国頭村で育った青山さんは、沖縄の現状に「政府は基地負担軽減と言うが、米国追従、県民不在の姿勢は一向に変わらず、むしろ状況は悪化している。自衛隊基地の配備や戦時下を想定した住民避難など戦争準備を進めるかのようだ」と憤る。

 沖縄を再び戦場としない。その願いを重く受け止め、過重な基地負担を軽減する必要性を胸に刻む日としたい。

自民・西田氏の暴言
沖縄戦の史実捏造許されない
しんぶん赤旗主張 2025年5月9日(金) 

 「沖縄戦の犠牲者や遺族を含めた県民を傷つける暴言だ」。自民党の西田昌司参院議員(京都選挙区)が那覇市での講演で、沖縄戦に動員され犠牲になった女子生徒らを追悼する「ひめゆりの塔」(糸満市)の説明について「歴史の書き換え」などと発言したことに沖縄県内外から怒りの声が上がっています。

■認識錯誤甚だしい

 西田氏が講演したのは、沖縄県神社庁、神道政治連盟沖縄県本部、日本会議沖縄県本部などでつくる実行委員会が憲法記念日の3日に開いた「憲法シンポジウム」です。自民党沖縄県連が共催しました。主催者あいさつした県神社庁の大山晋吾庁長が「憲法改正の狼煙(のろし)を沖縄から上げていこう」と呼びかけたとされる(統一協会系紙「世界日報」電子版5日付)ように、沖縄で改憲機運を盛り上げることを狙いにしています。講演に先立ち、安倍晋三元首相の顕彰祭も行われました。

 西田氏は講演で、ひめゆりの塔の説明について「今はどうか知りませんが、ひどい」「要するに、日本軍がどんどん入って来てひめゆり(学徒)隊が死ぬことになった。そしてアメリカが入ってきて沖縄は解放された、そういう文脈で書いている。亡くなった方々は救われない。歴史を書き換えられると、こういうことになる」と述べました。

 しかし、ひめゆりの塔の前にある石碑に刻まれた「ひめゆりの塔の記」をはじめ、そばに建つ「ひめゆり平和祈念資料館」の展示内容にも、そうした記述は過去にも現在にもありません。玉城デニー沖縄県知事が「認識錯誤も甚だしい」(7日)と批判したのは当然です。

 西田氏は講演で「沖縄の場合は、地上戦の解釈も含めて、かなりめちゃくちゃな教育のされ方をしている」などとも述べ、「自分たちが納得できる歴史」をつくるべきだと訴えました。

 西田氏は7日の記者会見で「沖縄戦は民間の方もたくさん犠牲になったが、助けるために日本軍が行った」とも述べました。狙いは、沖縄戦の史実を否定し、日本軍を美化することにほかなりません。

 しかし、日本軍によって旧制中学校や旧師範学校の生徒が、ひめゆりをはじめとする学徒隊や鉄血勤皇隊などとして戦場に駆り出され、多くの犠牲を出したのは紛れもない歴史の事実です。

 国体護持を至上命令とする日本軍が本土決戦を遅らせるため沖縄で時間稼ぎの持久戦を続け、本島南部に撤退した結果、住民を巻き込んだ激しい地上戦となり、生徒らも命を落としました。文字通り日本軍の作戦による犠牲です。

■議員の資格はない

 沖縄の地元紙は「(西田氏の)平和教育に対する偏見も許しがたい」とし、「沖縄の平和教育は、惨禍を二度と繰り返さないという県民の決意、『軍隊は住民を守らない』という教訓を踏まえている。体験者証言と沖縄戦研究に基づき平和教育の実践がある」と強調しています(琉球新報6日付社説)。

 西田氏こそ、歴史の捏造(ねつぞう)を図る「歴史修正主義者」であり、国会議員の資格はないと言わなければなりません。

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