2012年01月

2012年01月30日

立会川の龍馬さん像

今日は、立会川にたっている龍さん像。

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以前にも行ったことがあるのですが、
現在たっている龍さん像は、20歳の龍馬像でプラスチック製からブロンズ像にと凛々しく立派に変身していました。
プラスチック製の龍馬像は、土佐藩の下屋敷跡にある区立浜川中学校に移動したそうです。
一度は、見ていますが高知で是非もう一度見てみたいですね~。

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何故、立会川に龍さん像が・・・・ですよね。
1853年頃にペリーが開国を求めて浦賀に来航した。
幕府は江戸湾岸に藩邸を持つ諸藩に警備を命じました。
土佐藩は品川に下屋敷があり、土佐藩は江戸詰の藩士を動員。
龍さんは、修行の為江戸に来ていた。龍さんも「臨時御用」として9月まで警備の一員として務める事になりました。

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龍さんと言えばブーツですが、立会川に来ていた頃はまだ草履だったのでこの銅像は草履の龍馬さん像なんですよね~
こういう違いを見つけるのも楽しみの一つなんですよ!
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ryomanatabi at 21:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)龍馬像 | 東京

2012年01月24日

板垣退助

高知の旅

こちらの石碑は、昨日アップしました後藤象二郎と幼馴染だった板垣退助の誕生地です。
父親は高知藩士の乾正成。
戊辰戦争で活躍。
高知に立志社を設立して自由民権運動を開始した。
50銭と100円札の2回お札の肖像画になっていますが、龍マッキーは使ったことがありませんね~。

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板垣退助の誕生地の街の商店街には、こういった垂れ幕がありました。
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高知県高知市北本町1丁目にある間崎哲馬(滄浪)邸跡です。
早くより才覚を表し土佐の三奇童のひとりと称された。
武市瑞山(半平太)と意気投合し,土佐勤王党に加盟。
勤王運動を行う藩政改革を計画したが、それが佐幕派や山内容堂に疎まれ、平井収二郎、弘瀬健太と共に切腹させられた。

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昨年の秋、東京は銀座にある高知県アンテナショップ
まるごと高知に行きました。
ショップ前に龍馬さんの銅像があったので見に行こうということで出掛けたのですが、もうありませんでした。
残念。。。。。。。

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ショップに飾られていた小さい龍馬さんフィギア。
売っていたら買おうと思ったのですが売っていませんでした。
これまた残念。。。。。。
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隣の沖縄アンテナショップ前にいた大きなシーサーと3ショット。
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近くのとある場所に龍馬さん像があるので行ってみました。
以前にも行ったことがあるのですがその時は、サッカーのユニフォームを着ていたので今回はノーマル龍馬さんで3ショット。
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ryomanatabi at 21:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0)幕末 | 高知

2012年01月23日

後藤象二郎の誕生地

龍馬高知の旅

はりまや橋ちかくにある大きなお土産屋さん

お土産屋さんの前にも、あるんですよ~

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龍馬さんの銅像が
我が家の前にも欲しいです。龍馬さんの銅像~
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次に向かったのが
土佐電気鉄道「大橋通」電停下車、南へ徒歩15分の所にある後藤象二郎の誕生地です。
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後藤象二郎は、明治には政治家として活躍
吉田東洋が開いた少林塾で、板垣退助や岩崎弥太郎らと学んだ。
長崎に「土佐商会」を作った時には 岩崎弥太郎を会計係に登用した。
龍馬さんの提案した船中八策に基づき、山内容堂による将軍・徳川慶喜への大政奉還を進言する。 
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ryomanatabi at 20:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)幕末 | 高知

2012年01月17日

河田 小龍

高知の旅

前回の記事の岡本寧浦の塾生の一人であった河田小龍

河田小龍生誕地 墨雲洞跡です。
墨雲洞には、長岡謙吉、近藤長次郎、新宮馬之助の土佐の志士達が通っていました。
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河田小龍は、幼いころから絵が得意で幕末から明治にかけて絵師として活躍されました。
また、ジョン万次郎の取り調べをするように命じられ、ジョン万次郎から聞かされるアメリカの発展(鉄道、蒸気船、モールス信号、選挙制度など)の話に興奮し、改めて開国への思いを強くした。この時、ジョン万次郎から聞き取った内容をまとめたものが「漂巽紀略(ひょうそんきりゃく)」です。
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龍馬さんは、ペリーの黒船来航の後、河田小龍を訪ねジョン万次郎の話を聞き
そして、海外に目を向けていくことになりました。
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ryomanatabi at 23:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)幕末 | 高知

2012年01月16日

岡本 寧浦

高知の旅

今回は、ここに向かいました。
中央に石碑が見えますね~
わかりますか?

石碑の後ろに洗濯物が干されていますが・・・・・・

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ここは,陽明学者の岡本 寧浦(おかもと ねいほ)の塾があった場所です。
岡本寧浦は土佐にとっての吉田松陰のような存在の方だと言われていて塾生は、1000人はいたそうです。
塾生の中に清岡道之助、河田小龍、奥宮慥斎、岩崎弥太郎、中江兆民がいました。
そして、吉田東洋や武市瑞山といった要人との交流がありました。
幕末から明治にかけて活躍した人物など多くの人材を輩出した。
また、岩崎弥太郎の母の姉の夫が岡本寧浦だったそうです。

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ryomanatabi at 15:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0)幕末 | 高知