2012年04月12日

関ヶ原の戦いを歩く 2

関ヶ原の戦い 陣地を歩く


案内板が見ることが出来ます。
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それぞれの陣地には、家紋の入ったのぼりがたっています。
さて、この家紋は誰かわかりますか?
         sekigaharatata2

小西行長陣地跡です。
西軍の将として参戦。
東軍の田中吉政、筒井定次らの部隊と交戦して奮戦。
しかし小早川秀秋らの裏切りで大谷吉継隊が壊滅すると、続いて小西隊・宇喜多隊も崩れていった。
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次に向かったのは、
徳川家康最後の陣地です。
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現地案内板より
合戦がたけなわとなると、家康は本営を桃配山から笹尾山の東南1キロのこの地点に進出させた

ここで家康は陣頭指揮に当たるとともに、戦が終わると、部下の取ってきた首を実検している。

周囲の土塁や中央の高台は、天保十二年(1841)に幕府の命により、この地の領主竹中家が築いたものといわれている。
         sekigaharatata6

とっても立派なのぼりがはためいていました。
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ryomanatabi at 22:54│Comments(0)TrackBack(0) 戦国時代 | 岐阜

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