2012年06月19日

神戸海軍操練所・海軍営之碑

大阪の旅~

町を歩いていると
ん!?あの看板の絵、あれは、もしかして・・・・・

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ちょっと、微妙な龍さん
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大阪の町では、結構珍しいので記念写真。
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次の日は、神戸に向かいました。
神戸に行ったらここへ行きたかったんだよな~
見えてきた、見えてきた
「神戸海軍操練所」の跡地です。

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碑の左側にある本には、何故神戸村が選ばれたのか、何故海軍操練所が閉鎖されたのかが綴られています。
この神戸海軍操練所は兵学校、機関学校、海軍工廠を総合した観があり大規模な組織であった。
勝海舟はここに天下の人材を集め日本海軍の礎を築き、海外発展の基地をつくろうとした。
その高風を仰ぎ、来り学ぶ俊英二百の多きを 数え、坂本龍馬、陸奥宗光、伊東祐享など幾多有為の人材が輩出したのである。
元治元年(1864年)、海舟は禁門の変に操練生の一部が反幕軍として参加したため、激徒養成の嫌疑を被って解職され、操練所もまた翌慶応元年(1865年)3月、ついに閉鎖されるの止むなきに至ったのである。
(一文です。)
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さらに歩いて数分の所に2つの石碑が建っています。神戸海軍操練所、海軍塾の塾生であった陸奥宗光(第4代兵庫県知事のち外務大臣)の功績を記念して顕彰碑。左側のもう一つは諏訪山にある「海軍営之碑」の複製です。
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時間の都合上諏訪山に行けなかったので
次回は、諏訪山にある本物を見に行きたいと思っています。
そして、勝海舟が神戸海軍操練所建設時に住んでいたといわれる家もあるようでそこには龍さんも何度も訪れていたとか。
龍マッキーも訪れてみたい!!

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ryomanatabi at 17:28│Comments(0)TrackBack(0) 幕末 | 神戸

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