関ヶ原の戦い

2012年04月23日

関ヶ原の戦いを歩く 4

関ヶ原の戦い

武将達の陣地を巡りました。
次に向かったには、徳川四天王の一人である本多忠勝の陣地。
本多忠勝と言えば「家康に過ぎたるもの2つあり。唐の頭に本多平八(忠勝)」と評されたことは有名です。
のぼりを発見!!
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えっ!こんな所にあるの?って思ったのは、民家の裏にあったからです。
入って行っていいのかな~っとそろっと入っていきましたが案内板があったのでどうどうと入っていいんでしょうけどもね~

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本多忠勝は、小牧・長久手の合戦や関が原の戦いなど計57回の合戦に参加し傷一つ負うことはなかったといわれています。まさに戦国最強!!


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ryomanatabi at 20:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2012年04月17日

関ヶ原の戦いを歩く 3

東軍の田中吉政の陣地

徳川家康の最後の陣地のすぐ近くにありました。

黒田隊らとともに石田三成の陣を攻撃し、合戦後は佐和山城攻めに従軍。
また敗走した三成を捕らえたのは吉政の家臣でした。

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大きな道路には、関ヶ原の戦いに参戦した武将達ののぼりがずらずらっとたっています。
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こんなのぼりもあります。
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関ヶ原の戦いの後、徳川家康が竹中重門に命じて、戦死者を首実検した後、葬ったものです。
昭和6年に国指定史跡に指定されています。
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徳川家康が首実検をする前に血を洗ったとされている井戸がありました。
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東首塚の横には、
徳川四天王の一人で赤揃えの井伊直政・徳川家康の四男松平忠吉陣跡があります。

慶長五年九月十五日の合戦の役に、中山道の敵を目標とする福島・藤堂・京極隊、北国街道を黒田、竹中、細川等の隊、その中央にあたるこの地に家康四男松平忠吉、後の彦根藩主井伊直政が約6千の兵で陣を構えた。午前八時頃、軍監、本田忠勝より開戦を促され、直政、忠吉を擁して前進し宇喜多秀家の前面に出たが、先鋒は福島正則であると咎められ、方向を転じて島津義弘の隊に攻撃し開戦の火蓋が切られた。
(案内板より)
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2012年04月12日

関ヶ原の戦いを歩く 2

関ヶ原の戦い 陣地を歩く


案内板が見ることが出来ます。
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それぞれの陣地には、家紋の入ったのぼりがたっています。
さて、この家紋は誰かわかりますか?
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小西行長陣地跡です。
西軍の将として参戦。
東軍の田中吉政、筒井定次らの部隊と交戦して奮戦。
しかし小早川秀秋らの裏切りで大谷吉継隊が壊滅すると、続いて小西隊・宇喜多隊も崩れていった。
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次に向かったのは、
徳川家康最後の陣地です。
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現地案内板より
合戦がたけなわとなると、家康は本営を桃配山から笹尾山の東南1キロのこの地点に進出させた

ここで家康は陣頭指揮に当たるとともに、戦が終わると、部下の取ってきた首を実検している。

周囲の土塁や中央の高台は、天保十二年(1841)に幕府の命により、この地の領主竹中家が築いたものといわれている。
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とっても立派なのぼりがはためいていました。
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2012年04月09日

関ヶ原の戦いを歩く

関ヶ原の戦いの陣地をめぐってみた。

まず、最初に訪れたのが
石田三成本陣から直線距離にして1km程の所にある島津義弘の陣地です。
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島津義弘陣地として有名な石碑前。
関が原では西軍。
石田三成の事をあまりよく思っていなかったためか三成の命令を無視し続けた。
島津勢は戦場を脱出して薩摩まで帰る為に四方八方敵に囲まれた島津勢は、無謀にも徳川家康の本陣前を駆け抜け、戦場を脱出に成功した。的中突破
家康には、西軍に島津あり勇姿を見せ付けた。

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こちらも島津義弘陣地の石碑です。
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次は、関ヶ原の戦いの開戦地です。
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関ヶ原古戦場のほぼ中央に位置する 開戦地 です。
碑の位置は整備により、実際の場所より北側へ 移動していています。

現地の説明板より
霧が薄くなり視界も広がった午前8時。先鋒の福島正則は井伊隊の旗の動くのを見て、先陣の手柄を取られてなるものかと、宇喜多隊に一斉射撃を浴びせた。一方、井伊隊も福島隊に遅れまいと、島津隊の陣に向かって攻撃を開始し、合戦の火蓋が切って落とされた所です。

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2012年03月23日

関ヶ原 ウォーランド 5

愛知の旅~

ウォーランド、ちょっと手入れが雑なのが残念ですが龍マッキーはかなり楽しみました。
手入れが行き届いていればもっと面白いのにな~っと感じながら


この家紋からここは石田三成陣地ですね。
三成さん、どんな状況ですか?
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戦っています。
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こちらは、島津義弘
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こちらは、小西行長
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龍マッキーも思わず参戦
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この方も参戦していたようで
まだ10代の若かった頃のようです。
宮本武蔵です。
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前回の関ヶ原 ウォーランド 3

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