コップ一杯のビールだけで、私は少しくらっ、とした。
小さなテーブルの向かい側に座る大迫さんはそんな私の様子に気付いたようで、
「疲れてるよなあ、そりゃあ」
と、いつもの落ち着いた声で言った。
「大丈夫です。明日やっと休みなんで」
大迫さんは微かに笑みを浮かべ、優しい手つきで煙草をくわえて火を点ける。煙が私の方に向かわないように指を曲げて、小さく頷きながら言った。
「真っすぐ帰っちゃっても良かったのに。悪いね」
「明日はもう、爆睡するんで大丈夫ですよ。それに、大迫さん一人で食べるの寂しいと思うから、付き合ってあげますよ」
私は冗談だと分かるように、笑みを浮かべながら言った。
鋭い目つきと細い眉、痩せ型だがどう見ても堅気の人間とは違う雰囲気を纏ったスーツ姿の大迫さんが、目を細めて笑う。
不思議な迫力の有るその笑みに内心ほっとしながら私は、もう一口ビールを喉の奥に注ぎ込んだ。苦くて、炭酸の強い、いつものビールだ。
『仕事の後の一杯の為に生きているんだ』という言葉を昔からよく聞くが、どうやら私にはその言葉は当てはまらないようだ。
きっと、私の仕事の中身のせいだろう。
いや、仕事の内容じゃなくて私自身の問題かもしれない。
「今日は本当に良く頑張った!ビールが美味い!」
と爽やかに呑めている同業者は、居るのだろうか。私にはあまりイメージ出来ない。でも、そうやって美味しくビールを呑めるソープ嬢はきっと沢山居て、そんな彼女たちを、私は心から羨ましく思う。
「カオリちゃんさ、餃子と春巻、どっち食いたい?」
大迫さんが、アサヒの中瓶から私のコップにビールを注ぎながらそう言った。
「あー・・お腹空いてるんで、両方でもいいですか?」
「おう」
大迫さんはそう言うと、お兄ちゃん、と側を通りかかった店員に声を掛けた。
「餃子二人前と春巻き一つ、あとチャーハンちょうだい」
中国人とおぼしき男性店員が注文を復唱し、立ち去る。
「ありがとうございます。・・・大迫さんも飲みたいですよね、すいません」
「いや、大丈夫だよ。カオリちゃんを送ってくまでが俺の仕事だから。帰ったら浴びるように飲むよ」
少しの沈黙のあと、大迫さんが、
「なんか、さっきカオリちゃんも同じようなこと言ってたよな」
と、笑った。
私も軽く笑って、ふと中華料理店の大きなガラス窓から外を見た。
東京都台東区千束四丁目ーー
「お待たせ致しました」
中国人訛りの声と共に料理が運ばれてきた。
瓶ビールからコップにビールを注いで、空になった瓶をテーブルの上に置いた時、
「カオリちゃん、いつまでやんの?この仕事」
と、大迫さんが言った。
「決めてないですけど・・結局こっちに戻ってきちゃうんですよね。でも、そんなに長くは・・需要も無くなるだろうし」
笑いながら私が答えると、大迫さんは眉間を上に寄せるような表情をしながら小さく頷き、空になったビールの瓶を一瞥して店員に向かって、瓶ビールもう一本ちょうだい、と言った。

小さなテーブルの向かい側に座る大迫さんはそんな私の様子に気付いたようで、
「疲れてるよなあ、そりゃあ」
と、いつもの落ち着いた声で言った。
「大丈夫です。明日やっと休みなんで」
大迫さんは微かに笑みを浮かべ、優しい手つきで煙草をくわえて火を点ける。煙が私の方に向かわないように指を曲げて、小さく頷きながら言った。
「真っすぐ帰っちゃっても良かったのに。悪いね」
「明日はもう、爆睡するんで大丈夫ですよ。それに、大迫さん一人で食べるの寂しいと思うから、付き合ってあげますよ」
私は冗談だと分かるように、笑みを浮かべながら言った。
鋭い目つきと細い眉、痩せ型だがどう見ても堅気の人間とは違う雰囲気を纏ったスーツ姿の大迫さんが、目を細めて笑う。
不思議な迫力の有るその笑みに内心ほっとしながら私は、もう一口ビールを喉の奥に注ぎ込んだ。苦くて、炭酸の強い、いつものビールだ。
『仕事の後の一杯の為に生きているんだ』という言葉を昔からよく聞くが、どうやら私にはその言葉は当てはまらないようだ。
きっと、私の仕事の中身のせいだろう。
いや、仕事の内容じゃなくて私自身の問題かもしれない。
「今日は本当に良く頑張った!ビールが美味い!」
と爽やかに呑めている同業者は、居るのだろうか。私にはあまりイメージ出来ない。でも、そうやって美味しくビールを呑めるソープ嬢はきっと沢山居て、そんな彼女たちを、私は心から羨ましく思う。
「カオリちゃんさ、餃子と春巻、どっち食いたい?」
大迫さんが、アサヒの中瓶から私のコップにビールを注ぎながらそう言った。
「あー・・お腹空いてるんで、両方でもいいですか?」
「おう」
大迫さんはそう言うと、お兄ちゃん、と側を通りかかった店員に声を掛けた。
「餃子二人前と春巻き一つ、あとチャーハンちょうだい」
中国人とおぼしき男性店員が注文を復唱し、立ち去る。
「ありがとうございます。・・・大迫さんも飲みたいですよね、すいません」
「いや、大丈夫だよ。カオリちゃんを送ってくまでが俺の仕事だから。帰ったら浴びるように飲むよ」
少しの沈黙のあと、大迫さんが、
「なんか、さっきカオリちゃんも同じようなこと言ってたよな」
と、笑った。
私も軽く笑って、ふと中華料理店の大きなガラス窓から外を見た。
東京都台東区千束四丁目ーー
この一角の雰囲気は、まるで異国のようだ。
吉原、と呼ばれるこの一帯は、造りからして不思議な空間だ。
何本もある似たような通り。人通りは少ないが、古びた喫茶店のような店の間に「入浴料一万円、総額三万円〜」といった看板のある、粗末な造りのソープランドがほぼ等間隔に並んでいる。
そして朝から夜まで、それぞれの店舗の前にスーツ姿の胡散臭い客引きの男が立っている。
吉原、と呼ばれるこの一帯は、造りからして不思議な空間だ。
何本もある似たような通り。人通りは少ないが、古びた喫茶店のような店の間に「入浴料一万円、総額三万円〜」といった看板のある、粗末な造りのソープランドがほぼ等間隔に並んでいる。
そして朝から夜まで、それぞれの店舗の前にスーツ姿の胡散臭い客引きの男が立っている。
男達はまるでそれぞれの店舗から見えない首輪で繋がれているかのように、
一定の距離以上は動かずに立ち続けている。
「お待たせ致しました」
中国人訛りの声と共に料理が運ばれてきた。
瓶ビールからコップにビールを注いで、空になった瓶をテーブルの上に置いた時、
「カオリちゃん、いつまでやんの?この仕事」
と、大迫さんが言った。
「決めてないですけど・・結局こっちに戻ってきちゃうんですよね。でも、そんなに長くは・・需要も無くなるだろうし」
笑いながら私が答えると、大迫さんは眉間を上に寄せるような表情をしながら小さく頷き、空になったビールの瓶を一瞥して店員に向かって、瓶ビールもう一本ちょうだい、と言った。
