狭く、深く。
それが俺の人づき合いのモットーだ。
元来、なんだか、人に興味が湧かない。
可愛い女の子には湧くけど。
俺は、近い将来に自分が興味を抱く人間だけ引き連れて、会社を作ろうと考えている。
二十代の頃、地方でかなりの人気バンドになった俺のバンドはよいよ、東京進出することになった。また、0からだけど、チャレンジに心がけ踊った。
地元から、3人のメンバーを引き連れて、東京に進出した。
金が無かったから、所沢の安アパートを、4人が、2組、2組に別れて生活した。
まあ、ヘビーな生活だった。
初めは結束も硬かったが、先の見えない生活の中で、俺と同居していた、ギター担当が、仕事に行かなくなった。
彼は、地方に嫁と1歳の子供を残してのチャレンジだったから、そもそも無謀だったんだろう、、
嫁のプレッシャー、バンドのプレッシャー、
板挟みになり、心を病み、引きこもりになって、借金漬けになっていった。
消費者金融から金を借りるようになり、
借金は膨らみ、それでも仕事に行かなかった。
俺は自分のことが精いっぱいで、彼を構うことが出来なかった。
そしてついに、限界が来て、彼は地元に帰っていった。
もはや、仕方のないレベルだったから、
後は見送るしかなかったが、数日したある日、俺は衝撃的な事実と直面する。
彼はもはや、金を借りる先が無かったので、
俺の留守の間に、俺の健康保険証をパクリ、俺名義で消費者金融に金を借りていたのだ。
知らない金融機関から身に覚えのない借金の催促が俺の元に届くようになり、
俺は、ああ、やられた、、
と思った。
ギターに連絡してもしても、当然繋がらない。
消費者金融の会社を回り、俺は借りてないという事を話して回った。
あまりにしつこく俺が食い下がるものだから、
向こうも嫌気が指し?
返さなくて良くなった。
但し、その爪痕は重く、俺はその先の10年くらいあらゆるローンを組めなくなった訳だが、、、
こんな裏切りや別れが、沢山あった。
俺は、この期間かなり人生と人について
経験値を貯めた訳だけど、良いか悪いか、
基本、人を信用しなくなった。
そして、新たに出会う人は、まずがっつり自分の心をガードして、その人がどういう人間か解って、初めてその人にどういう自分で接するべきか、キャラを選定するようになった。
よく言えば野生動物くらい、人づき合いに慎重になったし、余計な人とは極力関わらない方針をとった。
そんな事を続けていると、人へのプロファイリング技術ばかり発達し、黒い部分を直ぐに見つけ出す事に長け始めた。
俺は、基本的に、雰囲気で怖そう、よく言えば、クールそうと呼ばれるようになった。
皮肉なもんで、そんな男が好きな女性も一定数いつもいて、人気はあった。
決して、今まで一度も爽やかなんて呼ばれた事はない。
けど、そんな自分が好きだ。
よく戦ってきたな。と思う。
いつも人の「本質」を追うようになった。
やや、前置きが長くなったが、こんな俺は恋愛工学生が好きだ。
彼らは、現実から目を背ける事なく、「本質」を追っている。
それが、大事なのだ。
「本質」を追う事は、辛い苦行であり、「本質」から目を背けると楽になる。
綺麗事無しに言うと、男はSEXしたい。
誰がなんと言おうが生物である以上、それは、善であれ悪であれ、揺るぎない真理であり、
「本質」なのだ。
その、「本質」に難癖つけて、倫理やら、常識やらで武装して、理想論を信じる人がいる。
いやいや、、お前は、道ですれ違う美女に1ミリも何も感じないのか?
彼女や嫁さん以外に、1ミリたりとも興味がないのか?
本当はその美女とSEXしたいのに、
常識と倫理観に甘えて逃げてないか?
ただ、自分の力の無さでSEX出来いだけ
で、SEX出来る男、口説かれる女に嫉妬しているだけなんじゃないのか?
もし、本気で逃げてないと言えるのなら、お前は、真理に破綻した生き物だし、もしかしたらブッダの域に到達してるかもしれないが、んな訳あるか。
そこを、理性で抑えるのが人間?
なら、本質を追わないのが人間か?理性に贖うのが人間か?
もし、本気でそう思うなら、美女とすれ違っても1ミリたりとも何も思わないお前でなくてはならないだろう。思って我慢した時点で、「本質」から逃れられていない事になり、その論理が破綻する。
恋愛工学生は、「本質」を理解する。
だから、自分の倫理観で行動できる。
潔い。
そして、恋愛工学生は女性を軽視しないし、尊敬し、敬う。
恋愛工学生の、ブログやツイッター、金融日記に寄せられる相談を読んでも、女性を心から馬鹿にした文章を、読んだことがない。
既存ちゃん、新規ちゃんとか、限られたコミニュティの、中でそう言う呼び方やら、なんやらする事はあっても、女性を肉便器にしてやったとか、洗脳してやったとか、キズつけてやったとか、そんな、投稿をする人間はいない。
ナンパして、ガンシカされたり、アポでゴール出来なかったとしたら、女性を責める事は無く、彼らは、自分の力の無さを責めてきた。
そして基本、去る者を追わず潔くいた。
どんなに追い縋りたくても。それは、非モテコミットという、一番してはいけない事だからだ。
非モテコミットが逆効果以前に、恋愛工学生は、そんな非モテコミットする自分が許せないのだと思う。
そして、そんな事をしてしまった自分を責めるのだ。
「本質」で生きる事に逃げない。
だから、俺は、何人とやったとか、どうとかはどうでも良くて、いつも戦っている恋愛工学生を見ていいなと思うのだった。
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