2009年05月10日

道場伝説を支えた料理人 太さん逝く

ふとりたけつね新日本プロレス野毛道場、先代道場管理人
太武経さん、ひっそりと天に召される。
7年前の定年を機に退職。今年に入り連絡が取れなくなっていたところ、
5月5日、神戸で亡くなっていたことが判明したという。
経歴は以前ウチでまとめたことがあったので再掲。
*太武経(ふとり・たけつね) 元野毛道場及び合宿所・初代管理人兼料理長。
海員学校卒業後、日東商船に勤務。チーフ料理人として世界中の海を回り、その後坂口氏の紹介で新日本道場管理人に。86年〜2001年まで実に15年にわたり新日本レスラーの胃袋を満たし、また、選手の良き相談役にもなっていた。ちなみに名前の通り、体型は太め。
訃報を伝えたブログはこちら。
三澤トレーナーのボディヒート日記:テールスープはもう二度と
永田裕志のサンダーデスブログ: 酒、パチンコ、女

以前出版されたムック本には退職を記念してインタビューも載ってました。
新日本プロレスの胃袋を支えた影の功労者の言葉を少し要約。

■1986年に新日本プロレスに。それまで坂口征二夫妻が管理していた道場を引き継ぎ管理人に。
 船乗りを続けるつもりだったため、半ば嫌々管理人になるが、
 人間・坂口征二に惚れこみ2年契約を延長。古くは闘魂三銃士。
 矢野通、棚橋弘至の代まで寮の管理とまかないを勤める。
■25歳からチーフ料理人として、船乗り相手にフルコース料理を振舞い、
 当時は1000人規模の船上パーティーも対応していたので、
 レスラーがいくら大食いと言っても、ちゃんこ料理の量は遊びのようなもの。
■ちゃんこは最高に美味くなきゃいけない。
 なぜならレスラーは巡業でスポンサーに連れられ最高級のものをたくさん食べているから。
 自分ならそこらへんの安い食材(地元で交渉し約3割引で仕入れ)でも、最高級の味に出来る。
 人気があったのは目玉焼きと後述するテールスープ。

■船でデカい人間には慣れてるつもりだったが、最初はとにかくレスラーが恐かった。
 空気がピリッとしていて、ちゃんこを作っては部屋でひきこもり。
■食堂は小鉄さんに怒られた選手が正座する場。
 そこでレスラーと話すようになり、慣れてきた。話し出すと、みんな言い付けを守るいい子たち。

■獣神サンダー・ライガーと橋本真也にレシピをこっそり教えたら、一から全部自分で作ってた。
 ただ2、3年たつと「自分で考えた料理だ」と言い張ったのが困り物。
「ワシが教えたやつだろ!」と怒鳴っても忘れてた。
■息子は船に乗ってたときに生まれ、育ったので、
 レスラーたちは自分の子供以上に可愛がったし、殴った。
 特に殴ったのは中西学。とにかく要領が悪い。なにやってもヘマをする。
 手で殴るとこっちがケガをするので、最終的には竹刀を用意していた。

亡くなったのは1月のようですが、新日本の選手やスタッフに伝わったのは5月5日。
殴られた思い出を持つ中西選手が奮起をし、太さん最後の世代の棚橋選手に勝利。
そしてそれを見ていた鬼軍曹・小鉄さんが涙する。
5月6日後楽園大会の裏ではこんな思いが走馬灯のように過ぎっていたと思うと…
あの一戦がより深く、感極まるものに思えてきますね。
三澤トレーナーのブログを読むと… ご本人も相当強烈なキャラクターだったようで。
直接お会いしたことは無いですが、心よりご冥福を祈り致します。

最後に、新日本の選手が愛したというレシピをひとつ。豪快、10人前。
 太スペシャル 野毛道場のテールスープの作り方(10人前)
★材料…テール10圈〕琉2kg ニンジン1kg 長ネギ5本 小松菜1ワ ニンニク0.5Kg タマネギ3kg 茄子1kg レモン4個
★調味料…レッドペッパー大さじ5杯 塩少々 醤油少々 ワイン、コップ1杯 コショウ少々 
★作り方
 大鍋に水をいっぱい張りテールを入れ沸騰させ、アクが出たらお湯を捨てる。テールをひとつずつ、きれいに水洗いして、また大鍋に水を張り、洗ったテールを入れる。茄子、ニンジン、タマネギ、長ネギを適当に入れ、最初は強火で沸騰させ、あと弱火で8時間くらい焚く。10分おきくらいにアクを取り、肉が骨から外れるくらいになったら、上に浮かせた野菜類を取り出し、味付けをする。
★味付けの仕方
 まず0.5Kgの皮を剥いだニンニクを摩り下ろして入れ、調味料を上記のとおりの順番に入れる。そのあとは一口大に切った野菜を入れ、とろ火で野菜が柔らかくなるまで煮る。ただし小松菜だけは器に盛り付ける分だけ、そのときそのときに入れる。器に盛ったら、みじん切りにしたタマネギとレモンの絞り汁をかけ食べる。(ベースボールマガジン社刊 週刊プロレススペシャル(8)新日本プロレススーパー30年史)
ちゃんこの味、これからもちゃんと引き継いでいかなくちゃね。
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この記事へのコメント
不幸中の幸いというか、次シリーズでは神戸のお隣になる明石市で興行があるのでテンカウントゴングで追悼して欲しいですね。
Posted by りゅう at 2009年05月10日 15:25
永田さんや三澤トレーナーブログでも触れられていますが、まさしく豪放磊楽。旧き新日本らしさを感じる人だったみたいで。
でもそんな人がいたからこそ、橋本や中西の様な型破りのカリスマ・個性が育まれた。
中西‐棚橋戦での小鉄さんが流した涙、少なからず太さんへの想いもあったんでしょうね。

三澤さんブログによると太さん退職後に失われたメニューもあるようで。
できることなら太メニューも後世にも残し続けて欲しいものです。

ベルトを巻いた中西の姿、天国の太さんに届いたでしょうか・・・
Posted by トロピカリ at 2009年05月10日 16:41
きっと中西選手の不器用さも可愛かったんでしょうね。
橋本さんと獣神さんの忘れちゃうってのも、らしい話です。
ワカの時同様に三澤さんのblogは道場のサイドストーリーを伝えてくれますね。
華やかな表舞台を支える影の功労者の話を知るとプロレスがもっと好きになります。
合掌
Posted by TJS at 2009年05月10日 16:53
普通にプロレスを見ているだけでは、なかなかこういった試合以外での役割を担う人の名前は出てこないものですが、裏でレスラーをサポートしてくれる人がいるからこそ、レスラーたちは試合で全力を発揮することができ、我々もそこに感動を覚えられるというものです。
御冥福をお祈りいたします。
Posted by かわいいブタ at 2009年05月10日 16:57
船乗りにプロレス。
男なら一度は憧れるこの二つの職業を経験された太さんはまさにロマンの塊ですね。
中西選手はそんな男のロマンをしっかりと継承されてると思います。
ご冥福をお祈り致します。
Posted by のり at 2009年05月10日 17:20
●りゅうさんへ
やってほしいですねえ。裏方さんでテンカウントってあんまり前例ないだろうけど。
そしていつの日か、グレイテストレスラーズに…(レスラーじゃないけど)。
Posted by 漁師JJ at 2009年05月10日 19:08
●トロピカリさんへ
吉橋選手はちゃんこ鍋作れなかったからなあ…
(闘鍋の企画を思い出し)。
新日本の味、引き継いで守っていってもらいたいですよね。
Posted by 漁師JJ at 2009年05月10日 23:30
●TJSさんへ
ライガー、ナポリタンを作るの巻。http://blog.livedoor.jp/riki_pro/archives/51241406.html
この味ももしかしたら? なんて幻想が広がりますね。
チャンコの味は次第に和田色が強まっていきそうですが。
ウウン、今はキムチの素だけか。
Posted by 漁師JJ at 2009年05月10日 23:38
すみません。この太さんのお名前は初めて目にしました…。あと、中西選手もこの様な壮絶な過去を持っていたとは…。私にとって知らなかった事ばかりです。ただ、この苗字は、奄美大島出身なのでは(ふとりとは普通聞きませんから)?元ちとせさんや、中京女子大学レスリング部監督の栄和人さんもそうですし。心から太さんのご冥福をお祈り致します。
Posted by アニマル仲代 at 2009年05月11日 00:32
●アニマル仲代さんへ
珍しい苗字ですよね。出身はどうなんでしょ。地元は神戸だそうですが、
先祖を遡れば、そちらへたどり着くのかも。
Posted by 漁師JJ at 2009年05月11日 22:08
●かわいいブタさんへ
新日本レスラーの体躯の陰に、料理人の美食あり。
裏方さんが支えるからこそ、表舞台が華やかになるんですよね。
太さん、たくさんの夢をありがとうございました。

●のりさんへ
まさにパイレーツ。中西選手にとっては、父親同然だったかもしれませんね。
Posted by 漁師JJ at 2009年05月11日 22:15