March 2007

March 29, 2007

この度の戦いに懸ける想い

国政選挙の場合は、論点として政党のイデオロギーやマニフェストを競い合う。

しかし、地方議員の場合は、その地域の人達の多岐に渡る要望を

いかに幅広く行政に反映させるか、が問われており、

それは、主義主張よりも、人間性、信頼性を問われているのである。

それ故に、私は、選挙だからといって、特別な事をするのではなくて、

いつも通り、あるがままの自分の生き様が、

有権者に信頼されているかどうかを、問われていると思っている。

だから、選挙前にポスター等は一切貼付はしなかったし、

事前活動も特別な事はしなかった。

この4年間の、否、20年間の県政に取り組む姿勢が

有権者に信頼されているかどうかを、問われていると思っている。

「その政治家をみれば、その支持者のレベルがわかる。」

「その支持者をみれば、その政治家のレベルがわかる。」、といわれている。

私は、真っ当な支持者に恵まれて、ここまで来られたと思っている。

それ故に真っ当な政治家として、あり続けたいと思う。

この度の戦いは、そのことが問われているのだ。

                   兵庫県議会議員 原 亮介

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公職選挙法により、
3月30日から4月8日までは、BLOGの更新が出来ませんのでご了承下さい。


<個人演説会予定表>

3月30日 原田地区の源光寺にて 19時から

3月31日 西郷会館       18時半から

4月1日  徳井会館       18時から

4月2日  高羽会館       19時から

4月3日  岩屋青年会館     19時から

4月4日  灘中央自治会館 19時から

4月6日  河原会館       19時から




ryosuke_hara at 18:00|Permalink雑感記〜日々私が思うこと〜 

March 28, 2007

唐様で売り家と書く三代目

これは江戸時代の川柳である。

意味は、風流な字体で売り家と書いている。事を皮肉ったものである。

すなわち、初代・二代目は、教養も風流心もないけれども商売熱心で、商売一筋であった。

三代目になると、家業も豊かになり、その孫は教養を身につけ、

風流の世界にも親しんでいるが、商売の方はおろそかにしてしまう。

その結果、家業を潰して先祖代々の家を売らざるを得ない、という意味だ。

今日の経済面の最大のニュースは某電機会社の同族経営が行き詰まり、

三代目が社長を退くことになったというニュースである。

まさに、江戸時代の川柳通り(売り家)と書く結果となった。

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ryosuke_hara at 17:14|Permalink雑感記〜日々私が思うこと〜 

March 27, 2007

準備を整える為に

母の突然の死を乗り越えて、準備を進めなければならない。

ようやく気持ちの整理をつけて、ボランティアも、参加してくれるようになった。

「戦いの必勝法」といえば、

思い出すのは、イギリスのチャーチル首相の言葉である。

それは、「団結すれば生き延び、分裂すれば滅びる」である。

当時、イギリス本土はドイツの爆撃空襲によって、

被害が甚大であり、イギリス国民に厭戦気分が漂った時に、

ラジオでこの言葉を毎晩、放送し、最終的にイギリスを勝利に導いたのである。

だから「戦いの必勝法」は、

陣営がいかに勝利の目的に向かって団結するかに、懸かっているのである。

これは私が、昨年四月に自民党県連幹事長に、就任した際の挨拶に引用した言葉である。

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ryosuke_hara at 17:47|Permalink雑感記〜日々私が思うこと〜 

March 25, 2007

石川県で震度6の地震があった。

今のところ被害状況は明白でないけれども、

震度6というのは、十二年前に経験した阪神淡路大震災と比べても

相当大きな地震であった。

被災者の方々に心からお見舞いを申し上げたい。

あの時に思ったこと。

日本には、古くからのことわざがある。

一つは、「備えあれば憂いなし」

一つは、「遠くの親戚よりも近くの他人」である。

即ち、我々の経験では、「神戸には地震はない」という思いで、

地震に対する備えがなかった。「憂えなければ備えなし」という状態であった。

それ故に被害が拡大してしまった。

いざ、大被害が発生すると頼りになるのは近隣の住民であった。

その思いからこの二つのことわざを身にしみて痛感した次第である。



ryosuke_hara at 17:50|Permalink

代理出産母子と認めず その最高裁判決に関して思うこと

昨日の朝刊の最大のニュースは表記「最高裁判決」であった。

私は法律的なことは門外漢であるが、親子関係というものは、

「生みの親」と「子」だけではなく、

「育ての親」と「子」にも成り立つものだ。

むしろ、本当の両者のつながりの濃さは、

「育てる事」によって出来るものが本物であろうと考えている。

勿論、「生みの親」と「育ての親」が一体であることが望ましいが、

現実に生じてる事象からみれば、人と人との信頼関係は、血のつながりよりも

精神的なつながりの方が大切だ。と思う。

母を亡くした今、特に感じる事は、

幼児期に母から与えられた愛情や躾や、

それら諸々の「思い出」が私と母とのつながりであると考えている。

いくつになっても「かあさん」と呼ぶ時、言い難い感情が溢れるのは、

その幼児期の精神的なつながりが基本になっている。

向井さん夫婦も子供が戸籍上実子という扱いで無くても、

精神的な意味での親子関係は、充分成り立っているのではないか。

そのことの方が大切だと思う。


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ryosuke_hara at 09:00|Permalink雑感記〜日々私が思うこと〜 

March 24, 2007

幼稚園卒園児に贈る言葉

〜幼稚園の卒園式にて〜

「君たちのお顔にお口はいくつありますか?またお耳はいくつありますか?」と問えば、一つと二つと答えてくれる。

それでは「お口は何をするのですか?、お耳は何をするのですか?」と問えば、

「お口は、お話をする。お耳は、人のお話を聞くところです」と答えてくれる。

「これは大事なことですよ」という。

「お話をするお口の二倍お耳があるのは、自分のしたいことを言うのではなくて、

人の言う事をしっかりと聞きなさいという意味なんですよ。

今、幼稚園の時は、皆さんが、ああしてほしい、こうしてほしいと言えば、

お父さん、お母さん、幼稚園の先生は必ず聞いてくれました。

小学校に上がるとお友達の数はとっても増えます。

また学校の先生だけでなくて、五年生、六年生のお兄さんお姉さんも沢山います。

だから、小学校にいけば自分のしてほしい事だけ言うのではなくて、

先生やお兄さんお姉さんの言う事を聞かなければならないんですよ。

よく覚えてくださいね。」


これは大石保育園 松岡園長から聞いたお話である。

私は、この話を聞いた時にこれは、幼稚園の卒園生にだけに聞かせる話ではなくて、今の日本の社会の大人にも聞かせるべき話であろうと思った。

更に目の数はやはり口の二倍ある。これは、しっかりと物事の本質を見極めることが更に重要であるからだ。

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ryosuke_hara at 12:30|Permalink雑感記〜日々私が思うこと〜 

March 22, 2007

母の思い出として

母への想いは、つのるばかりだ。

四年前、私が還暦を迎えた時に詠んだ詩として。

    その昔、母は幼児の眠りにつくまで

      むづかる我を

    添い寝して眠りにつかせ給ひし

    ああ それから六十年の星霜

      その母が、淋しくて眠れぬ故に

    一緒に寝てくれと我にせがむ

    それが、母が呆け始めた兆しであった


    その昔、母は幼児を乳母車にて

      日光浴させながら

      人としての成長を見守り給ひし

    ああ それから六十年の星霜

      今 我が、母を車椅子にて

      日光浴をさせる しかし

      人としての機能は衰えるのみ

    その乖離に、言葉なく、ただ涙あるのみ


    その昔、母は幼児のおぼつかなき歩みに

      手を添えてゆっくりと歩み

      知恵と知識を教え給ひし


    ああ それから六十年の星霜

      今 我が、母のおぼつかなき歩みに

      手を添えてゆっくりと歩む しかし

      記憶と尊厳を失うのみ

    その乖離に、言葉なく、ただ涙あるのみ


それから四年間、母は植物人間状態でありつつも、それなりに安定した状態であった。

そのことを常態として、いわば安心しておったのだが、

たった三時間のうちに突然、状態が急変するとは全く信じられない思いである。


ryosuke_hara at 18:00|Permalink雑感記〜日々私が思うこと〜 

March 21, 2007

突然、母を亡くして

17日のブログを入れ終わった時に(18時頃)急な連絡があった。

長年、闘病生活を送っていた母が呼吸不全になり、

救急車を手配したという連絡が入った。

妻と共に慌てて病院に駆けつけ、

集中治療室であと数時間の命だと医者から言われた。

「このモニターの数字が0になれば、ご臨終です。」と言われて、

母の手を握る以外何も出来ない時間が経ち、

午後9時12分に息を引き取った。

それから慌しく20日に葬儀を終えた。

母は震災後から認知症が進行し、

ここ5年ばかり全く意思疎通を欠いた状態であった。

その間色んな対処を試みたが、

この母の病を癒すのは、

26年前に先立った父と再会する以外に母の記憶を取り戻す術はないと

覚悟はしていたがこんなにも慌しくその時が訪れるとは今全く信じられない心境である。

今、母は父のもとに行き、全ての記憶を取り戻して

昔の母に戻ってくれたことを喜ばなければならないと思うけれども、

母を失った無力感はどうしようもない。

これから益々その想いがつのるのだろう。



ryosuke_hara at 17:34|Permalink雑感記〜日々私が思うこと〜 

March 17, 2007

「あれかこれか」と「あれもこれも」

先日兵庫県議会議員は、平成19年度の予算案を議決した。

私はこう考えている。

政策は、「あれかこれか」ではなく「あれもこれも」であると。

選挙になれば、特定の政党は「あれかこれか」という訴えの仕方をする。

しかし国民政党というか、幅広い支持層を抱える政党は、各界・各層の幅広い要望に対して応えるべく、「あれもこれも」やらなければならない。

限りある財源、時間的制約の中でそれぞれの要望を、進度調整や重点配分という形で実現しなければならない。

すなわち政治は、「あれかこれか」ではなく、「あれもこれも」というのが実際の姿である。

私に言わせれば、「あれかこれか」というのは小学校の算数の世界であり、

「あれもこれも」というのは高等数学の世界であると思う。


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ryosuke_hara at 16:00|Permalink雑感記〜日々私が思うこと〜 

March 16, 2007

話を聞く会を開催して頂きます。

3月21日(水)午後1時より、

地域の皆様の主催によって、

『原亮介の話を聞く会』を開催して頂きます。

場所は、灘区・国魂神社南の五毛会館です。

ご興味のある方は是非ご参加下さいませ。

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ryosuke_hara at 17:46|Permalinkお知らせ