June 2007

June 29, 2007

吉田 茂を支えた二人

昨日、宮澤元総理が亡くなられた。

奇しくも本日閉会した六月議会で、石川議員が、兵庫県出身の「白州次郎の生き様」を取り上げた。

まさに、宮澤喜一・白州次郎は、戦後の日本の方向付けた吉田 茂を支えた二人であった。

しかし、この二人の生き方は全く対照的である。

宮澤喜一は、政界に身を転じ総理総裁まで勤め上げたが、政権を野党に明け渡すという悲哀も味わった。政界に身を置く以上、毀誉褒貶は、覚悟の上であったろう。

一方、白州氏は、マッカーサー・GHQとの折衝においても原理原則を貫き通し、相手側からも、その生き様を評価された。

そして吉田退陣後は、一切政界に関わらず、自由人として生き抜いた。

「葬式無用・戒名不用」と遺言したのは、象徴的である。

吉田 茂を支えた二人の生き様が、対照的であったという所以である。

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ryosuke_hara at 15:05|PermalinkTrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

June 27, 2007

企業倫理

津本 陽 著「小説 渋沢 栄一」を読了した。

最後の将軍、徳川慶喜の弟 昭武に随行し、パリで行われた第一回万国博覧会に出席した際の経験を生かして、「バンク(銀行)」というものが近代資本主義の源泉であるとして近代日本の建設者の一人である。

大隈重信から「八百万の神が寄り合って新日本を作るのだから、一つ君も神様になってくれ」と口説かれて明治二年から、租税制度・殖産振興に関する諸制度を制定し、
明治四年から、日本銀行を創設し各種産業の育成を計った。

尊皇攘夷主義者から開国主義者への転身、そして、官僚による上からの改革路線に見切りをつけ、産業といった従来の被支配者階級による実業の興隆へと自らの位置づけを変えていく姿。

基本として「金銭資産は、仕事の滓である。滓をできるだけ多く蓄えようとする者は、現世に糞土のかきねを築いているだけである」と喝破している。
創業期の人々の「哲学や志」と、現在のミートホープ事件や耐震偽装を対比させられた。

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ryosuke_hara at 18:00|PermalinkTrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

June 25, 2007

「絆」について

この字については、人と人が心の糸を半分づつ出し合って、結びつく様子を表すと説明されている。

子が幼い時は、親は一方的に手を差し伸べて、親は無力な子をかき抱く。子の成長につれて、子の側も少しずつ手を差し伸ばす。(お手伝いで何であれ)

子が成人すれば、半分づつ出し合い、お互いに助け合う。
親が、老境に入るにつれて、今度は子が、長く手を差し伸べて、親を看る。
それが、「親子の絆」だと思う。親と子、いずれが長く手を出すかは別にして、ずっと永く結びついている。

そして今、母の百日忌を迎えて、思うこと。
ここ十年ばかり認知症を患った母を、週末の土日の空いている時間に面会に行くのが、習慣となっていた。それが、ようやく母は、父と共に我が家の仏壇の中にいる。ということが、自明のことなるのに、百日を要した。

一家の中心を、大黒柱と言う。それが、父親であるのか、母親であるのか、いずれにしても、子供達がまた孫達が、皆集まるのは、父や母があってのことである。
「両親がいない」という事は、「子供達(兄弟)・孫達の結合の原点が無い」という事を、つくづく痛感させられている。

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ryosuke_hara at 19:00|PermalinkTrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

June 23, 2007

組織論として

18日に自民党全国幹事長会議が開催に引き続き、23日、兵庫県連大会が開催された。

その際の議論で思ったこと
小選挙区制度導入により、国政レベルの選挙は、党組織あげての戦いとなっている。
党本部の考え方は、国会議員中心の選挙である。
しかし、地方組織から見ると、県連組織が中心となって戦う。
その認識の差が、党本部と地方組織の認識の違いである。
その証左が、地方組織の実質的責任者の全国幹事長会議が、党組織の中で、法的に位置づけられていない点に現れている。

又、党本部が安定した政権運営をする為の他党の連携についても、
地方組織に押し付ける形は如何なものか?

本来、政権運営を安定させるのは、
競い合った選挙の結果、どの党との連携が一番安定するのかという判断でなされるべきで、戦う前から政権の組み合わせを決定するのは、如何なものか?

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June 22, 2007

国会の会期延長

マスコミ的には、「安倍内閣 背水の陣」と評されている。

私は以下のこと考える。

年金支給もれ対策について

 この問題は政争の具としてはならない。
正当な権利者である国民が不利益とならぬよう万全の対策を講ずべきで、
野党の対策で、まっとうな物があれば、それも取り組んだ形で処理すべきだ。

公務員制度改革について

 今ほど「公務員の全体の奉仕者としての責務」への信頼感が失われていることはない。高級公務員の天下りも、実務職員の仕事ぶりに対しても、国民は非常な怒りを感じている。

それゆえに、会期延長をしても、これらへの対応策を早く打ち出すことが
国会の責任であると

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ryosuke_hara at 20:01|PermalinkTrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

June 21, 2007

使い捨ての兵士

菅原 出 著「外注される戦争」を読了した。

現在の先進国では、警察官よりも警備員の数の方が多いという現実がある。
すなわち「安全」は公が責任を持つ以上に、民間のビジネスの問題となっている。
いみじくも、ライス国務長官が指摘したように「今日の脅威は巨大な軍隊からではなく、より小さな軍隊や闇の集団であるテロリストによって引き起こされる。強力な国家というよりむしろ、弱くて破綻した国家によって引き起こされるのである」
イラクやアフガニスタンの戦闘状態の終結に、正規軍だけではなく民間軍事会社が
大きな役割を担っていると言う現実を指摘した本である。

米英の軍人OBがその任にあたっているようであるが 悲しい現実としてその現場を担っている人達は「命と引き換えの仕事」として報酬を得ているわけで、第三世界の人材でコスト削減が図られていることである。

まさに「使い捨ての兵士」であろう。

フレデリック・フォーサイスの「戦争の犬たち」は30年前のサスペンス物語であったが今はこれが世界の現実であることを指摘している。


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ryosuke_hara at 17:00|PermalinkTrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

June 18, 2007

「父の日」に

「父の日」に
昨日は「父の日」であった
「母の日」と「父の日」の関心の差は 今日の「母権」と「父権」との差に比例している

男女同権・共生が唱えられている
  「父がなすべきこと」を 父も母もやる
  「母がなすべきこと」を 母も父もやるべきと・・・
 反対すべきことではない
しかし おのずから「父」・「母」の役割分担はあるであろう
その役割の違いを お互いに尊重する事こそ 今必要ではないか
 
昨今の現象を見ると 「父母どちらも等しく荷うべきである」と言う事が
強調されすぎ それがお互いの無責任さに流されている弊害が出ているのではないか
「父の日」に そう思う。


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ryosuke_hara at 19:49|PermalinkTrackBack(0)

June 15, 2007

兵庫県勢・100年の変遷

内田 満氏の『政治の品位』を読了した。

特に、母校・早稲田に対する思い入れと、高田早苗先輩に対する敬愛
の情、更に政治学徒としての若々しい情熱を痛感させられた。

フランシス・ベーコンの随想録から『読書は充実した人間をつくる。議論は、当意即妙の人間をつくり、書くことは、きちんとした人間をつくる。』を引いて自らを『充実した当意即妙の』、『きちんとした』人間に近づけたかどうかという言葉は、重く感じた。

その指摘の中で、

明治23年の第一回総選挙(その選挙は、選挙人資格が国税15円

以上の男子納付者に限られていた。)の際の有権者数全国第1位は、

兵庫県であり、2万2千人であった。ちなみに、東京は、5千7百人

で全国府県中36位であった。

また人口で言うと、その時の兵庫県の人口は152万人で東京府と
同じ。

その結果、総定数が300で、兵庫と東京に割り当てられた定数は、同数12人であった。

その時、最大の割り当ては、新潟県で13人であった。

それから、115年を経た現在、同じ小選挙区制で定数300、東京が25、兵庫が12、新潟は6議席と変わっている。

その変遷をどう見るか。

特に兵庫県勢から見て、いかにこの数字の変遷を見るか?

本日より改選後の新しい議員での議会が、開会し、正副議長が選ばれた。

緊迫した情勢もあったけれども、兵庫県勢を進展させるために、県議会も、真剣に取り組むべきだ。


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June 13, 2007

鈍感さと繊細さ

渡辺淳一著「鈍感力」を読了した。

小泉前総理が 就任直後の安倍新総理に贈ったコトバとして有名に

なった。

小泉政治の『鈍感さ』は、自らに反対する「抵抗勢力」を批判する

だけでなく 否定する『鈍感さ』であったように思う。

政治家は、「人を喰っている。」という位の大気さ『鈍感さ』と同時に

自らの信念と 世論動向を調和させる、『繊細さ』が求められていると思う。

作者の渡辺淳一氏は、医者であり、その立場からの『真の強さ』の分析である。

特に女性の 「母となるため」に 天より与えられた『鈍感力=強さ』

環境衛生と病気の関係
   無菌状態が 本当の「生命力」につながるか否か。
『図にのる才能』
   子供の教育・力を伸ばすには、その気にさせること。
の指摘が気になった。


『やってみせ、言ってきかせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ』 (山本五十六元帥)

他人の子供を叱る勇気・鈍感さと
他人の子供をほめる親切・繊細さ                                             

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June 11, 2007

議員バッジの機能

本日より、県議会議員の新任期の四年間がはじまった。

兵庫県議 議員記章


そして、議員バッジが支給された。

私は、議員バッジには、二つのマイク機能がついていると思っている。

一つは、集音マイクであり、二つは、発信マイクである。

一つは、その議員と有権者・支持者との接続のマイクであり、

それぞれの要望等を的確に聞き取る為の集音マイクである。

二つは、それらを踏まえて、自分の政策として、

外に向かって発言する発信マイクである。

議員は、その二つのマイクが、正常に機能しているかどうかが、

常に問われているのであり、それが正常にまた的確に作用しているかどうかを

選挙によって、ためされるのである。

このバッジに、議員としての責任と使命感を、あらためて思う。

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