August 2007

August 29, 2007

きなり

和のお菓子「きなり」という店がある。

『忘れたくない昭和の味
小麦粉・砂糖・卵・ハチミツ
たったこれだけでの材料で作るお菓子 
知っている人には、懐かしい        
知らない人には、新しい味         
たぶん、このままずっと変わる事の無い     
昭和大好きな僕の作る「きなり」のおせんべい』

灘区水道筋6丁目1-17
TEL:078-881-2248

「きなり」とは、「生成り」で
糸や布地の漂白していないもの。
生地のままで、飾り気のないこと。   と広辞苑にあるが、

若夫婦二人だけのお店で、ご主人の最大の悩みは、すべて手作りであるが故に、腱鞘炎に悩まされており、奥様もまさに「きなり」の人柄である。

今、「昭和」という時代が見直されているが、その「昭和」の味と人柄である。


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ryosuke_hara at 17:26|PermalinkTrackBack(0) 雑感記〜日々私が思うこと〜 

August 26, 2007

「平和友好外交」の名の下に

麻生 幾 著「エスピオナージ」

曽根圭介 著「沈底魚」を続けて読了した。

前者は、ロシア秘密機関SVRと日本の公安警察との「スパイ・ハンター」の物語。
後者は、中国共産党と日本の外事二課との、二重スパイ「モグラ」の物語である。

特に「スパイ天国」と言われる我が国の実態を描いた作品が立て続けに発表されたのは、何か意味があるのか?

息詰る展開で一気に読ませる本だった。

中でも注目したのは、

北朝鮮による拉致の原型が、旧ロシアKGBにあったこと。

さらにこの諜報・防諜活動は各国にあり、激しい攻防と打算による協調の姿が錯綜する。


フレデリック・フォーサイスを彷彿とさせた。

彼が作家生活に終わりを告げ、筆を折ってから約10年を経過したが、その契機は、旧ソビエトの崩壊により、秘密組織は無用となったからと聞いていたが、今なお「平和友好外交」の名の下に、このような諜報活動が行われている。

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ryosuke_hara at 16:18|PermalinkTrackBack(1) 雑感記〜日々私が思うこと〜 

August 23, 2007

「審判」…「判定に従う」ということ

夏の高校野球は佐賀北の逆転初V
甲子園未勝利校が、まさにミラクルの連続で初優勝を遂げた。
この大会が感動と共感を生むのは、その球児たちの「一途さ」で
あろう。
それは極端に言えば
結果を問わず懸命にプレイすること。そしてその判定については
無条件に審判に従う。
「不平不満」があろうともその判定には、一切異議を唱えず従う、
その姿であろう。
「判定に従う」・「ルールを守る」はスポーツの原点である。
「勝てばよい」・「強ければよい」はスポーツではない。

一方、大相撲界では未だゴタゴタが続いている。
多くの精神科医が色々な病名の診断をしている。
しかしこの問題の端緒である、「公務放棄の肩・肘」の診断書について、誰も言及しない。
この診断書が正当なものか、その解明からスタートするべきである。
それに言及しないのは、現象の後追いの姿勢だけだ。

この稿を仕上げた後、大人が球審の判定に異議を申し立てた。
私もそのテレビ中継を観て、「これはストライク」と思った一人だが、
そのことを言わないのが「美学」だと思っていたが。


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ryosuke_hara at 18:13|PermalinkTrackBack(0) 雑感記〜日々私が思うこと〜 

August 20, 2007

「水」の活用方法

先日の建設常任委員会の審査事項は、企業庁の水道・工業用水事業であった。

計画当初の受水計画と、その後の水需用の変化により、特に工業用水については、50%台の実需用にとどまっている。

最近の地球温暖化により、国内最高気温の記録更新や熱中症による、多数の死者発生の状態を見れば、これらの余りの水を地域冷却用に用いられないものなのか、と思う。

「屋上緑化」・「壁面緑化」・「緑のカーテン」・「照り返し防止の為の道路舗装」・「ミストによる清涼感の演出」に利用できないか。

古くから日本の伝統文化に「打ち水」・「遣水」の気配りがあった。

「焼け石に水」かもしれぬが、気分の問題としての提言。

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ryosuke_hara at 20:00|PermalinkTrackBack(0) 雑感記〜日々私が思うこと〜 

August 18, 2007

「行革」の先人

二宮金次郎は、薪を背負って読書する勤勉な少年というイメージがある。

江戸時代末期に、困窮する農村や藩財政の再建計画を実行する、実業家、商人、破産管財人、政治家、というのが実像である。と、残された文献を挙げて、三戸岡道夫 著「二宮金次郎の一生」が明らかにしている。

勤労(よく働く)
分度(身分相応に暮らす)
推譲(世の為に尽くす)   が報徳の三大徳目である。

いずれにせよ、上に立つ者の理解と決断とそれに耐える人々の協力
がなければ成り立たない。

「分度」を決め、それ以上の収穫は更なる改革の為にのみ使う手法は、当時としては、斬新であった。

現在の行財政構造改革・財政再建の難しさを江戸時代末期に実践した姿である。

静岡県の掛川市に「大日本報徳社」の仰徳記念館がある。
一度訪ねたいものだ。

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ryosuke_hara at 08:00|PermalinkTrackBack(0) 雑感記〜日々私が思うこと〜 

August 16, 2007

「終戦記念日」に

戦争はしてはならない。しかし、戦争を避けるためには、戦争を理解しなくてはならない。

福田和也 著「バカでも分かる戦争論」を読了。

武器を持つということは、いつも、自分は他人を殺す可能性がある、と意識し続けることである。自分の人生の中で、殺人の可能性が想像の範囲内である国と、交通事故や医療ミスでの死を体験するぐらいの国民とは、危険や暴力に対する感度が違う。

日本の場合は、一般的には安全だけれども、限度を知らない過度な
暴力が振るわれるなど、想像力の欠如が問題になっている。

すなわち日本には、「刀狩」された良さと危険性の両方がある。

日本人は一般に、暴力や権力に対する感度が低すぎる。

暴力についての想像力が欠ける国には、真の平和はない。

観念的な平和論だけでは、対応できない。そのことを、この本は過去の戦争を分析して説いたものである。


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August 13, 2007

問われるもの−「率」よりも「質」

篠原文也著「政界大変動」を読了した。

今回の参院選の直前に書き上げられたものだが、今回の結果を見越してのものであり、今後の日本の政治・政党の在り方、特に二大政党制にふれたものである。

「自民党とかけて、古い電化製品ととく
 
     その心は、どちらも耐用年数切れ」

「民主党とかけて、凧揚げととく

     その心は、どちらも風頼み」


改革に伴う痛みを当然視するのか、痛みを和らげるための激変緩和措置に力を入れるのか、それは、両々相またねばならないが、そのスタンスの取り方、力点の度合いで違いが出てくる。

それは「程度の問題だ」であるが、その「程度」こそ、これからの対決軸である。

テレビは、「視聴率」よりも「視聴質」が問われている。

国民は、「投票率」よりも「投票質」が問われている。

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ryosuke_hara at 12:00|PermalinkTrackBack(0) 雑感記〜日々私が思うこと〜 

August 10, 2007

「最悪の刑罰」−「謹慎処分」

ドフトエフスキーの言う「最悪の刑罰」は、「決定的に無益で無意味なことを強制されること」である。

即ち、拘束されてパンを焼いたり、壁を塗ったりする仕事を強制されても、それは意味がある仕事である。

しかし、「穴を掘れ、終われば穴を埋めろ」・「石を積め、終われば石を崩せ」という強制は、全く無意味なものであり、一番辛い刑罰である。

今回、横綱に課せられた「謹慎処分」は、まさに
「じっと耐えろ・自らを見つめ直せ」である。
日本人は、「○○道」に独特のこだわりをもつ。
大相撲が日本の伝統文化を代表する一つである以上、「相撲道」が問われている。

「サッカーをした位で、この処分はきつ過ぎる」というのは、             日本の伝統文化・「○○道」には、そぐわない。

多数の精神科医や政治家までもが横綱擁護論に動員?されている姿は、異常に感じる。

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ryosuke_hara at 17:48|PermalinkTrackBack(0) 雑感記〜日々私が思うこと〜 

August 08, 2007

漢の友情物語 

葉室 麟著「銀漢の賦」を読了。

この本は、本年度の松本清張賞 受賞作品である。

三人の男 「漢」の友情物語である。

「花は自然に咲いていて、綺麗なものだが、やはり葉は切らなければなりませんか。」

「人も花も、生まれたもったものは、尊いもの。

 それを美しくする為に、花には鋏を入れる。

 人は勉学や武術で鍛錬して自分を美しくするのだ。」


漢詩が、作品を活かしている。

「有限を将て、無窮をおうこと莫れ」

社会人としての経験を活かした作品である。

山本周五郎の「長い坂」の主人公・三浦主水の生き様を想起させた。


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ryosuke_hara at 18:00|PermalinkTrackBack(0) 雑感記〜日々私が思うこと〜 

August 06, 2007

横綱の「品格」

「国家の品格」とか「女性の品格」がベストセラーになっている。

横綱が本来の「公」の仕事・巡業参加を、仮病?の届け出をし、「私」の趣味に興じていた。

そのことに対し厳罰の処分が発表された。

その「謹慎処分」に対し「うつ病・ノイローゼ」の診断のもと処分を軽くするなり、帰国療養を認めるべきだという声がある。

一連の事態に対する、本人の反省の記者会見、「けじめ」もなく対応しようとする姿勢には疑問なしとしない。

「強ければよい・勝てばいい」だから「わがままも認める」というのは如何なものか。

本来弟子を指導する立場の親方が、「お友達」のような立場であるから「強い者」・「稼ぐ者」に注意・指導が出来ないのではないのか。

まさに今、政治の世界でも「お友達・公私」の区別が、問われている。


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ryosuke_hara at 18:00|PermalinkTrackBack(0) 雑感記〜日々私が思うこと〜