October 2007

October 31, 2007

「昭和」は遠くなりにけり

山本甲士著「ALWAYS・三丁目の夕日」
   続編「もういちど、あのときへ」を読了。
これは、西岸良平原作のマンガを小説化したものである。
昭和30年代という日本の経済成長期の象徴として、東京タワーが建設された。その東京タワーの周辺に住む人々の物語である。
貧しかったけれど、下町の長屋に住む人々の、隣り近所の人情と
善意のあふれる物語であり、ホロリと涙させるものであった。
特に、子供たちの感性・心構えは、実に「けなげ」であり現代の
大人よりもはるかに「オトナ」である。

その東京タワーが使命を終え、新しい東京タワーが建設予定されている。
旧東京タワーの周辺には、貧しくとも、地域社会や人情の繋がりが溢れていた。
新東京タワーの周辺には、経済的に豊かになったが、それらのものはあるであろうか?

昔のように、流れ星に願いを託して「心の宝物」を見つけることができるだろうか。

まさに「昭和」は遠くなりにけり、である。

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October 28, 2007

父親の品格・反面教師?

「○○の品格」と題する本の出版が多い。
「父親の品格」を著したのは、川北義則さんである。
先日のボクシングの亀田一家長男の記者会見。
私には、「父」と「子」が逆転しているように思った。

戦後の教育では、国家権力の雛壇を家庭における父親とし、父親の権威を根こそぎ否定した。その結果として
「家族は全員が平等で、誰もが自由にふるまっていい」とした。その行く先が家庭崩壊であり、学級崩壊である。

「地震・雷・火事・オヤジ」は死語となっている。しかし、
「父子は仁、兄弟は礼、夫妻は智、朋友は信」(山鹿素行)
「父の背中を見て、子は育つ」  これらは死語にしてはならない。
 

息子にとって、父親はいづれ乗り越えてゆかねばならぬ存在である。

亀田兄弟も、その「乗り越える」局面に直面したと言えるのか。


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October 26, 2007

そばの料理

そばは、江戸時代から日本人の健康食品の一つである。
灘区に、その本来の「そば」を食わせる店がある。
そこのメニューに「KASHA」が追加された。
それは、旧ソ連圏・東欧圏の代表的な家庭料理であり、蕎麦の実を
粗ら挽きか挽き割りにして、各種野菜とともに炊き込み、バターを
入れたりもする「おかゆ」である。

この料理を教えた、かの地出身の人が、
「本来は貧しい農民などの一般的食事だった」と言う。

蕎麦は、本来土壌のあまり恵まれない場所にできる作物である。
それを美味しく食べる方法を考えたのは、日本人だけではなかった。

いわば、人類の世界共通の食文化であった。
混み合うと困るので、店の名・場所は教えない。
JR六甲道駅の付近にあるとだけにしておく。


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October 23, 2007

「STRESS」の大切さ

川北義則「男の品格…気高く、そして潔く」を読了。
「遊びをせんとや生まれけむ
戯れせんとや生まれけん
遊ぶ子供の声聞けば
我が身さえこそ動がるれ」 梁塵秘抄を前文とするエッセイ集である。

「精神の余裕…多様性と遊び心」が、世の潤滑油となる。
「メンデルの法則」で有名なグレゴール・メンデルは、本職は聖職者であり、修道院の庭でエンドウ豆を栽培し遺伝の法則を発見した。
決して「植物学者」ではなく、「物好きな司祭さんの趣味」であった。
いわば、遊び心が偉大な遺伝の法則を発見させたのである。

「ホモ・ルーデンス」(人間は遊ぶ人)の原点はストレス
 S・・・スポーツ
 T・・・トラベル(旅行)
 R・・・レクリエーション
 E・・・イート(食べることを楽しむ)
 S・・・スリープ(よく眠る)
 S・・・スマイル        
にあり。と締めくくっている。

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October 21, 2007

エンターテイメント小説

雫井脩介 著「犯人に告ぐ」を読了。
誘拐犯を逃がしマスコミ対応にも失敗、左遷された刑事が
新事件の捜査官として、そのマスコミを使う「劇場型捜査」を展開する。
その主人公(捜査官)が戦う相手は犯人だけではない。
「内部の敵」とも戦う。
事件の責任を部下に負わせるエリートの上司。
「刑事の血を知らない」若い警察エリート。
さらに、老練な昔気質の捜査の職人、犯罪被害者家族との信頼関係、何よりも主人公を支える家族の絆。
それらが、背筋を這い上がってくるような緊迫感と、次に起こるであろう期待感を盛り上げる。久方ぶりに読み応えのある小説である。

「痛そうじゃないから痛くないだろう、と思うのは大間違い。
それは単に、その人が我慢しているからだけだ。」
このコトバが、この小説のエッセンスか?

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October 19, 2007

中国の現状と未来

神戸新聞情報文化懇話会の十月例会は、富士通総経済研究所の
柯 隆さんの「八年後に節目を迎える中国」についての講演であった。
内容は、
 ‥垰塢瑤版逝蕊瑤粒丙耕簑
◆^貎佑短卆策による人口構成の歪み
 不良債権問題
ぁ.┘優襯ー確保と環境問題      であった。
これらの指摘は、杉本元上海領事の「大地の咆哮」の正確さを証明するものであった。
ただ、率直に、自国の現状を分析される姿勢は好感が持てた。

次に、最大の問題として、
    ァ 嵜用」・・・市場経済と無神論、を挙げられた。

    「来世」ガアレバ、「現世」ヲ大切ニスル
    「来世」ガナケレバ、「現世」ヲ信用シナイ

即ち「共産主義の無神論」を教え込まれた現代の中国人は
「市場経済における信用の大切さ」を理解してない。と
この問題が、「中国経済の転換期が八年後にくる」という指摘に
繋がっている。

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October 16, 2007

士…職責

「家族にも連絡もせず遺体を親方に返すとは」
相撲部屋の若い力士の急死問題で、遺体を解剖した学者が、愛知
県警の検死者が、安易に「心不全」としてしまった失態を語る。
「何もしてくれなかった」
富山冤罪事件で無罪確定の人が、国選弁護人を批難する。
有罪とした同じ法廷で、裁判官は人ごとのように「お気の毒に」と語る。

自ら選んだ職責の重さを、何と感じているのだろう。

私の大学卒業時の、当時の法学部長の「餞のコトバ」は、以下で
あった。
『君たちは法学部を卒業し、今日から「法学士」となる。
しかし、四年間法律を学んだくらいで「」を修めたと言えるか。
義務教育を含めて、十六年間学んだくらいで「」を修めたと言えるか。
オコガマシイと思うなら社会に出て、せめて残された「」として生きて欲しい。』と

「医者」・「弁護士」・「裁判官」という職業に誇りを持った仕事をすべきだ。

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October 14, 2007

癒し

「緑のリハビリ ―これからの園芸療法を考える―」と題して、
京大大学院医学研究科の山根 寛教授の講演があった。

そこでの挨拶。

幼稚園の卒園式に贈る言葉として、

「小学校にいけば、お友達の数が増え、お兄さんお姉さんの数も
増え、先生方の数も増え、運動場もとても大きくなる。

しかし、幼稚園にあって小学校にないものがある。
それは幼稚園では、仏教であれ、キリスト教であれ、神様や仏様の存在と、何か大きな目に見えない存在が君達を見つめている。そのことを、毎日教わった。

しかし、小学校では、そういう神様や仏様、目に見えない大きな
存在があることを、一切触れない。そのことを子供たちもお父さんお母さんも忘れてはならない。

そのことが、今の世の中の潤いや温かみの欠如に結びついているのではなかろうか」と

「病は気から」といわれる。

「いのちの根幹である大地に触れ、美しい草花を育てる」という
園芸療法の社会的認知が進むように」と

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ryosuke_hara at 20:00|PermalinkTrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

October 12, 2007

大言壮語と風格・品格

本日のスポーツ記事のトップは、WBCフライ級タイトルマッチであった。

史上最年少の挑戦者の、惨めさだけが目立ったものであった。


「勝敗は時の運」である。しかし勝負は、定められた場所で行うもの。

プロの世界では、試合を盛り上げるショウマンシップも必要であろうが

それも、一定レベルの「戦う者」としての資格が必要であろう。

親子・家族揃って、本来の勝負以前に「大言壮語」というよりも、罵りあいに終始し、しかも反則行為は、誠にオソマツとしか言いようがない。

マスコミも亦、無責任にあおるだけでは『イエロージャーナリズム』の謗りを免れまい。


「国家の品格」・「男の品格」・「女の品格」がベストセラーになっている。

本来の実力者は黙っていても、それなりの風格・風圧を感じさせるもの。


「実る程 頭が下がる稲穂かな」


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ryosuke_hara at 17:25|PermalinkTrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

October 10, 2007

政治力…コトを成し遂げる力

上杉 隆著「官邸崩壊、安倍政権迷走の一年」を読了。
この本は安倍内閣退陣前に著されたものであるが、そのことを予言したものである。
「危機意識の欠如、それはこの政権を覆う共通の空気であった。
損失を食い止めるため、即座に手を打つという戦略が採用される
ことはまずない。誰もが早々と自分とは無関係であると結論付け、
他人ごととして事の成り行きを見守る。成功に対しては異常なまでに執着するが、失敗が迫り来るとそろって目を瞑る。そして危機が直前まできた時になって、ようやくその重要性に気づく。もちろんそのときは手遅れである。」と。

「少年官邸団」と揶揄された。
世襲議員が多かったが、与えられた職責への重みの認識が不足していた。
彼らは一様に「新自由主義」を標榜するが、本来それは性悪説を
前提とするのに、彼らは例外なく性善説であった。

政治家の生き様の重さを痛感する。
先日の「他策ナカリシヲ」の佐藤総理の『沖縄返還』にかける情熱と、その根回しの周到さに比すれば、今回の政権崩壊は、「現代っ子」のそれとしか言いようがない。

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ryosuke_hara at 17:19|PermalinkTrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜