September 2008

September 30, 2008

少子化問題―その1

少子化は大きな社会問題である。
子育て支援策(結婚して子供が出来てからの育児休暇や手当て等)が議論されているが、本質論から外れていると言わざるをえない。
雇用問題からのアプローチが必要であろう。すなわち安心して結婚できる状況を作り出す・雇用問題が先決であると思うからである。
ここ10年の規制緩和の弊害の一面として、正規社員は93万人減・非正規社員は220万増である。「勝ち組・負け組」の所得格差が増大している。
低所得を余儀なくされている派遣社員やフリーターは、安心して結婚できる状況にない。
この人々は圧倒的に若年層であり結婚適齢期の人々である。
正規雇用により所得が保証されれば、生活に余裕ができ結婚が増え、自然に少子化問題は解決するであろう。
結婚適齢期の男女が「安心して結婚できる」状況作り出すことこそ、問題解決の近道であると思う。
「子育て支援策」の充実は、その後の議論であろう。

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ryosuke_hara at 16:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

September 26, 2008

「オーラ」・「風圧」

小泉元総理の突然の引退。マスコミは大々的にこれを報じている。
政治家の引退がこれほど大きく扱われるのは近年稀である。
その政治業績の功罪についての議論は別にして、それだけの存在であったことは間違いないところであろう。

日本が抜本的に変革された時期は、明治維新と大東亜戦争の敗戦である。いずれも外的要因による「非連続的改革」であった。
「自民党をぶっ壊す」がキャッチフレーズであった小泉改革は、少なくとも自民党にとっては「非連続的改革」であったと言えるであろう。

一昔前の社会的リーダーには、、人を一歩退かせる人間的「オーラ」や「風圧」が備わっていた。だが小泉元総理にはそこまでの「オーラ」や「風圧」は感じさせなかった。
それだけ政治家のみならず社会全体が小粒になっているということか。

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ryosuke_hara at 16:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

September 23, 2008

世直しの犯罪

五十嵐貴久著「誘拐」を読了。
今日の政治・経済状況を背景に、現職総理の孫を誘拐するという事件の物語。
規制緩和による格差問題、さらに企業買収やリストラという混迷状況
さらに、頻繁に開催される国際会議に警備が集中し、警察力低下のなか北朝鮮によるテロ問題をも絡ませる背景での誘拐事件の発生は、ある意味で盲点をつくものであった
警察側からは事件の着地点・目的が判然とせぬ中で二重三重の意表をつく展開
政府首脳の政治家としての公私の使い分けの葛藤
犯罪者側から身代金奪取の目的を「風説の流布」によるインサイダー取引で完成させる現代性
犯罪の実行者と実際の犯罪企画者の意外性
「犯罪者は人間を信じている」という観点から真相を解明するベテラン刑事の存在
などは意表つくものであった

しかし犯罪の綿密な計画性に対して、犯罪発覚のミスはあまりにも単純すぎるであろう。
共犯者の女性が描かれていないという難点はあっても、本年度屈指のサスペンスである。

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September 20, 2008

「衣食足りて礼節を知る」?

太田農水相が辞任した。
近年の食品偽装(賞味期限の改ざん・使いまわし・産地偽装等々)も呆れたものであったが、今回の事故米を食用に転用した事件、これは更に悪質である。
これは基準値を超えた汚染米、いわば毒をばら撒くというテロまがいの行為である。
この犯罪の企画者は、まさに「カネになりさえすれば・・・・・」であり、またそれを本来管理監督する農水省は「誰を守るのか」の原点から外れている。
農水大臣は、辞めるのが仕事ではない。役人に適切な処置を命じるのが仕事ではないのか。

「衣・食・住」、 我が国のそれは一応のレベルに達しているといえるであろう。
それは何のためか、「人間の生活を豊かにする」為のはずである。
「衣食足りて礼節を知る」といわれる。
「礼節」や「人間の品格」は、どこにいったのか。
自己の職業への「誇りと使命感」はどこへ行ったのか

我が国は国産米で自給できている。外国産米輸入が国際的取り決めなら、その米は食糧不足の国への援助米としてその国に直送する。
その国が、食品安全基準によって処分するというシステムを考えるべきでないのか。

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September 17, 2008

「孤高の闘い」とそれを支えたもの

門田隆将著「なぜ君は絶望と闘えたのか―本村 洋の3300日」を読了。
大学生のような青年が、時には涙ながらに、しかし常に感情を抑えて沈着冷静に世論に訴える姿を感銘を持って見ていたが、この本はその背景を描き出していた。
「闘うべき相手」。それは加害者のみならず、現行の少年法や刑罰・裁判制度などの法制度の不備であり、その本村さんと彼を支えた人々(検事・検察官・職場の人々・全国犯罪被害者の会・そして何よりも亡き妻娘と両親)との「心の交流の温もり」を感動的に描き出したものである。
事件の持つ多様な側面を、複線的にその背景にまで深い考察と丁寧な取材で一気に読ませるものであった。

「死刑制度」については各般の議論があるが
「死刑制度は人の命を尊いものと思っているからこそ存在するもの、生命は尊いものとの前提で初めて残虐な犯罪を人の命で償うのである」と私は思う。

エピローグで、加害者が著者に示した態度こそ、生命というものの真の重みを理解したからであろう。

密かに危惧すること。十字架を負った本村さんが、その十字架を降ろせる日は果たしていつ来るのであろうか。

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September 15, 2008

「国民のレベル」

福田内閣は、衆・参ねじれ国会の混迷の中政権を投げ出した。
一つ置き土産がある。 それは公務員制度改革を端緒につけたことである。
しかしそれを実効あるものにするのはこれからの課題である。

「政権交代」を求める世論がある。
単に政権党が変わっても、ますます官僚に依存する心配無しとしない。
官僚を主導する見識を持つ政治家・政党こそ求められているのだ。
その政治家を選出するのは、国民である。
結局「国民のレベルにあった政治家しかもてない」とは至言である。

その昔「政治は三流でも、経済は一流」といわれた時代があった。
それは官僚が、「我こそが国家を担っている」という見識と志を持っていたからであろう。
その官僚の保身体質の変化も「国民のレベル」に応じたものかも知れん。

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September 12, 2008

公務員のあり方

長谷川幸洋著「官僚との死闘七〇〇日」を読了。
「戦後体制」の変革を訴え、教育基本法を改正しついで公務員制度改革により官僚支配体制を崩そうとした安倍政権に対し、霞ヶ関官僚が猛烈に抵抗したのが内閣崩壊の一因ある。との説がある。
著者はその内閣の政策ブレーンとして参画したジャーナリストで、その官僚との戦いの「戦場ルポ」として著したもの。
ある高級官僚が語った言葉がある。
「『政治主導』なんてのは言葉だけだ。官僚がこの国を動かす仕組みは変わらない」
「新聞記者はまるでヤギだ」  政府発表資料を「カミをくれ、カミをくれ」とせがむ記者クラブ制度に安住するマスコミ
この官僚とマスコミが組んで世論を操作し、政治不信を煽った。
例えば  税調会長のスキャンダル
       社会保険庁の年金記録漏れ  
官邸と官僚との戦いの具体例を挙げている
      アイディアを通しても運用で骨抜きにする悪知恵
      当初予算をシリぬけにする補正予算(税収増を隠す)
      改革派官僚の追い落としや排除
まさに陰湿な戦いの「戦場のルポ」である。

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September 10, 2008

親の務め

大相撲の外国人力士の大麻吸引事件について。
当事者は、圧倒的数値に対しても、シラをきり通し再検査を拒否した。
親方は「弟子・子の言うことを信じ守るのが親の務め」であるとし弟子をかばった。

力士が「チョンマゲ」を結っているのは「サムライ精神」を体現するためである。
疑いを掛けられれば、「その容疑だけでハラを切る」のが「サムライの精神」である。
そこにこそ日本の伝統文化の象徴があり、相撲協会が公益法人として認知されている所以であろう。
その精神に反する行為は、国技・公益法人の名に値しない。

「弟子・子も子なら親方・親である」
「子を守ることが親の務め」である以前に「ウソをつく子を育てない」事こそ親の務めであろう。

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September 08, 2008

中国は「どこへ行く?」

学士会会報今月号の、阿南惟茂(前中国大使)「最近の中国事情」と題する講演録。
『中国が解りにくい国で、「群盲恐竜を撫でる」と言われる理由は三つ。
第一に、この国は昔から「中国とは、こういう国である」と、一概に決められない多 様性を孕んでおり、基本的に単一民族、単一文化の日本とは対照的である。
第二に、党(共産党)・政府(共産党)が社会主義市場経済を遂行しているが、中国の最高指導者や官僚でさえ、この社会主義市場経済を的確には理解していない。
その証左に共産党独裁支配をチェックする立法・司法は全く無力であり、また国有企業は優遇されるが、民間企業は雨後のタケノコの如く出来ては消える状態である。
第三に、中国は大変透明性が低い国である。
この国は実情を隠す傾向が昔からあって、国外ばかりか国民に対しても、国内で実際に起こっている事実を正確に伝えない。
国家統計局という役所の仕事は、「中国は今こういう状態であるべき」とする数字を、どう作るかに専念しているので、この役所が提出する数字からは「今こういう状態である」という実体は見えてこない。

そういう意味で、中国という国は、外の世界からは相当過大評価されているのではないかと思う。』と

「中国はどこへ行く」問われれば、「どこにも行かない・日本の隣に存在し続ける」
故に、この国とどういう関係を保つかが重要であり、その実態・変化を注意深く見守るべき必要性を説いている。

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September 05, 2008

台湾人が目指すもの

酒井 亨著「台湾ってどんな国?」を読了。
『著者は台湾に住まいを移して、かの国の政情を観察した報告である。
台湾が「主権国家」として認知されなくても、国際社会において一定の地位を保っていられる理由は、台湾が民主化を達成し、レベルが高い市民社会を建設してきたという実績に基づいて「国家」として認知される事に意味を認めていないのではないか。
こう解釈したほうが、台湾が経済的には中国と交流を深めるほど、政治面では中国離れを強めるという事実は、説明しやすい。だからこそ中華人民共和国が台湾に対して常に「一つの中国」を持ち出し、歴史や主権や国家というものを強調すればするほど、台湾人はそれに違和感を持つだけなのである。』と。

現在のように「中国が主権を主張し、日米もそれぞれ自分の勢力圏と考えている」という国際関係の方が、「中国大陸に行けば中国人にもなるが、日米とも親しい西側の台湾人でもある」というコウモリのような立場を取ることができ、そして日米と中国の双方から最大の利益を得る立場をとっている。
台湾人の強かさの一面であり、これは中国四千年の歴史の知恵が、大陸ではなく台湾島で活かされているのは、皮肉というべきか。

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