November 2008

November 29, 2008

待つことの意味  その

「未来を先取りしたほうが勝ち」という近代化のエトスが「待つこと」を厭う社会とさせた。
「この学問は役に立つか立たないか分からないけど、面白そうだから一遍やってみろ」、出来なかったら「まあ仕方ない」と待ってくれるような社会。また、企業で「この事業は何の役に立つのか、100年後に重要な意味をもつかもしれない」というような企画は、絶対に通らない社会となった。
即ち小手先・目先だけの社会で、根源的な思考方法が失われてしまったのではないか。
この息苦しさを打開する為に、発想を変えるべきではないのか。
そこで「待たれる」という側から「待つこと」を考えたとき、例えば親に対して反発していても、親から離れていろいろな失敗を経験すると、「ひょっとして、親は子がこの事に気づくことを待っていたのかもしれない」と気付いて始めて、自分が親の気持ちが分かる。大人になって始めて、自分が親に「待たれていた」ことに気付くように。
つまり「待たれていること」に気付くことによって、人間性の重み・厚みを増すのではないか。

「待つ」に対応する「待たれること」を合わせて考えるときに、倫理や人間の責任といった一番根源的なものが含まれている。と鷲田総長は説いている。


バナー

クリックよろしくおねがいします。


ryosuke_hara at 15:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感記〜日々私が思うこと〜 

November 26, 2008

「宰相と総理」

25・26日と神奈川県立病院事業の調査の新幹線車中で、沢木耕太郎著「危機の宰相」を読了。
『三人の「ルーザー(敗者)経験者」の同志的な結びつきが、「所得倍増」政策を実現させ、池田勇人をして、あるべき「総理」と言わしめた』とするルポルタージュである。
その帰りの車中の電光ニュースは、『麻生総理、二次補正予算の先送り決定』である。

「選挙の顔」として登場した麻生総理は、「政局よりも政策」と言い「解散」を先送りした。金融恐慌対策・景気対策を重視する姿勢、「定額給付金は早いほうがいい」・「年末年始の企業の資金繰り支援の拡充」は、それなりに理解できるものであった。が
結局、「政策も解散も」見送る事となった。
外交面では国際金融不安に対する日本の協力姿勢は打ち出しながらも、肝心の足元の国内景気対策は無為無策ではないのか。
「ケンカ太郎」が売り物であったが、「選挙の顔」失格であろう。これでは、何のために総理になったのか、結局、「総理の椅子」を楽しんでいるだけなのか?
「選挙の顔」として登場した安倍総理も、その後の福田総理も一年で投げ出した。
最近の「総理」は「宰相」とは言い難い。
「歌手1年、総理1年の使い捨て」との感想を抱かざるを得ない。

バナー

クリックよろしくおねがいします。

ryosuke_hara at 15:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感記〜日々私が思うこと〜 

November 23, 2008

待つことの意味  その

今月の学士会会報の鷲田清一(大阪大学総長)の講演録。
「待つ」ことの切なさ。日本人は、そういう想いに習熟していたからこそ、日本語には「待つ」という言葉の表現がたくさん存在する。(待ちわびる、待ち遠しい、待ち焦がれる、待ちかねる、待ち明かす等々、)日本文化は「待つ」ことについて、深い想いをもっている文化であった。
人は「待つ」ことの辛さを知っているからこそ、できるだけジリジリ待たないで済むような社会をつくってきた。その結果、待つことができない社会であると同時に、待たない社会・セッカチな社会になった。
わが子の誕生ですら、母体に超音波を当てて、やがて生まれてくる子どもの性を早く知ろうとするように。
しかし「男の子か女の子か」と期待に心を弾ませ、いよいよ臨月マヂカになると「どちらでもいい。五体満足なら・・・」という思いが、親子の愛情・絆に昇華するのではないのか。
「待たなくてよい」は便利な事だが、その事によって失われたもの。即ち「待つこと」に今一度思いをいたす必要があろう。

バナー

クリックよろしくおねがいします。


ryosuke_hara at 15:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感記〜日々私が思うこと〜 

November 21, 2008

アメリカ合衆国憲法修正第20条

大統領が選ばれてから、1月の正式就任までに事故ありたる時、どのような手続きがなされるのか疑問を提したが、それに対し新野幸次郎先生よりご教授いただいた。


http://jp.youtube.com/watch?v=qb-1C5MQTcw&feature=related を参照するようにと。

それによると、以下のようなケースが考えられる。
○11月の一般投票終了後、12月の選挙人投票前に死亡した場合
 ・選挙人投票で選挙人は死亡した次期大統領に投票する。1月に、次期副大統領が 「大統領が職務執行能力を欠くこと」を理由に大統領就任し、新大統領として改め て副大統領を任命する。
 ・選挙人投票で選挙人が次期副大統領を次期大統領として承認し、次期副大統領に ついても投票を行う。
 ・下院が大統領を選ぶ(可能性低い)
○11月の一般投票・12月の選挙人投票終了後、1月の就任前に死亡した場合
 ・次期大統領、次期副大統領は共に一般投票・選挙人投票を経て承認を受けている ため、次期副大統領がそのまま大統領に就任する。
との内容である
いずれにしても、憲法上明確な規定は無いとの事であった。

バナー

クリックよろしくおねがいします。


ryosuke_hara at 15:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感記〜日々私が思うこと〜 

November 18, 2008

昔も今も(文明の利器)

浅田次郎著「お腹召しませ」(中公文庫)を読了。
現代に生きる著者のエッセイ風のコメントを、江戸時代末期に題材を求めた時代小説集である。
この著者の「蒼穹の昴」・「中原の虹」は中国清朝末期の動乱期を生きた、王朝側・革命側の人物を綿密に描きあげる大きなスケールの長篇小説であり、その構想力を高く評価していた。
が、これらの短篇集は、短い紙幅のなかで、感動を凝縮する才能を発揮している。
特に「神隠し」をテーマにした「失踪事件之顛末」は、現代人の活動の幅を拡げる文明の利器が、個人の自由を束縛している二面性の指摘に結びつく。
「携帯電話は会社や家族からの伸縮自在の首縄の象徴である。自由のため電源を切れば切ったで、あらぬ憶測・疑惑が抱かれる故に、電源を切る自由さえもない」とするのである。

「神隠し」によって日常性からの逃避を願った江戸時代の侍の想いは、まさに現代に生き続けている。

バナー

クリックよろしくおねがいします。


ryosuke_hara at 15:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感記〜日々私が思うこと〜 

November 16, 2008

二つの資本主義

アメリカ発の金融危機打開のための「金融サミット」が開催された。
20世紀には、資本主義経済と共産主義経済の二つの経済体制があった。21世紀には、資本主義経済のみが生き残った。
しかし、今の世界には、二つの資本主義経済があるように思われる。
 一つは、アメリカやイギリスのような金融型資本主義
 一つは、日本やドイツのような産業型資本主義  である。
金融型資本主義は、株主利益を優先し「市場原理主義」により、企業買収(M&A)をやりたがる。短期利益を重視し、大きな貧富の格差を生む事をいとわない。それに対し産業型資本主義は、従業員の愛社精神を基盤に置き、企業は商品ではないという哲学のもとM&Aを好まない。長期的に安定した企業の発展を望み、短期利益に重点を置かない。会社は株主だけのものではなく、利害に関わる関係者全体のものであるという意識が非常に強い。

この度の「金融サミット」でも、アメリカは金融の規制強化に反対の立場を変えていない。
産業は物造り・製造の原点である事を、忘れるべきではない。
実体のない金融資本の自由放任は許されるべきではないと思う。

バナー

クリックよろしくおねがいします。


ryosuke_hara at 15:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感記〜日々私が思うこと〜 

November 14, 2008

ジャーナリスト論 その

人間は未来を見ることができない。過去へ戻ることも出来ない。
いわゆる知識人は未来を見通しているように言いたがるし、過去については何でも分かっているように言いたがる。一昔前の進歩的知識人は、戦時中自分は戦争に反対しなかったと一応は反省する、しかし自分は戦争の間違いを知っていたし、勝てる訳はないと思っていたと、「先見の明」を言い添えるのを常としたように。
人間にとって大切なのは知性の限界を知ることである。遠くが見えない自分の見えなさを目覚すれば、やがて歴史が遠くまで見えるようになる。つながりの流れの中にある歴史のトータルの姿がかえって自然に目に浮かぶようになるのである。
歴史の全体があたかも自分に見えているかのように語る知性に、全体は見えない。見えない自分の限界を知る知性にして、始めておぼろげながらに全体が見えてくるのではないか。

ジャーナリスト・言論人の心すべき事であろう。

バナー

クリックよろしくおねがいします。


ryosuke_hara at 13:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感記〜日々私が思うこと〜 

November 11, 2008

「多事争論」と「真贋論争」

西尾幹二著「真贋の洞察」を読了。
「多事争論」の筑紫哲也の逝去に伴い、ジャーナリスト論が論ぜられている。
我が国は、自己の判断基準・評価の尺度をヨーロッパ、ついでアメリカという他者に委ねる事によって「近代化」を進めてきた。
明治開国の際、「和魂洋才」の名のもとに、自らの意思によりヨーロッパ文明を取り入れた。
戦後は、アメリカによって、彼らと同じ価値観を共有させるべく、我が国の本質の変更を強く迫られた。
しかし、アジアの多くの国(韓国・フィリピン)がキリスト教国となったのに対し、我が国は伝統文化の神道・仏教・武士道の伝統を守ってきたから、キリスト教国とはならなかった。
歴史を破壊しながら時代を展開する中国やアジア諸国と比べて、連続性を歴史意識の根底にすえているからである。

しかし最近の言論界を見る時、「グローバルスタンダード」の美名の下、我が国固有の伝統文化を忘却した「根無し草」の言論が横行していないか?
それ故に「真贋の洞察」が求められていると説くのである。

バナー

クリックよろしくおねがいします。


ryosuke_hara at 15:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感記〜日々私が思うこと〜 

November 08, 2008

危惧と疑問

次期アメリカ大統領は決定したが、正式の就任は来年の一月である。
次期アメリカ政府の閣僚人事構想が報じられている。
米中関係・日米関係がどうなるか、が日本のマスコミの関心事である。

シカゴでの勝利宣言は感動的なものであったが、厳重な警備体制を見る時 私が危惧し疑問に思うこと
大統領に事故ある時は、正式の地位継承の順序は決められている(副大統領、次に上下両院議長と)
しかし、正式の就任前に事故ある時は、どうなるのであろうか。
マスコミはこの疑問に答えてくれない。

バナー

クリックよろしくおねがいします。


ryosuke_hara at 17:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感記〜日々私が思うこと〜 

November 06, 2008

米、新大統領選出

アメリカに黒人大統領が誕生したのは、45年前の出来事。
それはあくまで小説上のフィクションであったが、今それが現実となった。
人種偏見の壁を乗り越えたのは、アメリカ人の閉塞感からの『CHANGE』のスローガンとともに、経済金融危機がもたらしたものであろう。
が、彼のスピーチはケネディのそれを彷彿させるとさせるものであり、まさに「理想が人を動かす」を証明するものであった。

アメリカの世論のみならず、我が国のマスコミも、これを高く評価している。あたかも世界の政治状況が大きく好転するかのような論調である。
しかし、オバマが言う『Yes, We Can』のWeはアメリカ国民であって、世界人類のWeではない。ましてや日本のそれではない。

歴代のアメリカ民主党政権は、概して日米関係に微妙な影をもたらした事を忘れてはいけない。
今、考えるべき事は、我が国は日本の国益を見据えた対応を、いかにすべきかである。

バナー

クリックよろしくおねがいします。


ryosuke_hara at 15:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感記〜日々私が思うこと〜