January 2009

January 29, 2009

老舗の秘訣

昨日、灘区で大正9年より続いている精肉店の5代目の結婚式が行われた。式場は、神戸空港の滑走路の西端に昨年末にオープンしたもので、そのロケーションは異国情緒あふれた場所であり、神戸の新名所になるであろう。
新しい場所で新しく人生のスタートを飾る二人を祝福する、アットホームな式であった。
その式場でフト思ったこと。
野村 進が「千年、働いてきました」で、老舗企業の秘訣として指摘したこと。
 一つは、同族経営は多いもの、時代の変化にしなやかに対応してきたこと。
 二つは、時代に対応した製品を生み出しつつも、創業以来の本業を大切にしていること。
 三つは、「良品、声なくして人を呼ぶ」の原則を忘れず、自らの商品に自身を持っていること。
 四つは、「町人の正義」を実践し、買い手との公正と信頼を取引の基盤に据えていること。  である。

何よりも感銘を受けたのは、この跡取り息子の門出の引き出物が、新郎の祖母・母がそれぞれ「世界に一つだけ」の手作りの物であったこと。である。
この家族・一族の結束がある限り、この老舗店は存続し続けるであろう。

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January 26, 2009

気張りもんそ

_SL160_[1]鷲尾村夫子著「気張りもんそー西郷隆盛の生涯―」を読了。
神戸市灘区の在野の経済理論家として、独自の景気浮揚策を論じる人であるが、日本文学館最終選考入選作としての栄誉を得て出版に踏み切られた。
下級武士として生を受けた西郷隆盛が、主君斉彬に見出され幕末の志士として活動の場を与えられるも、突然の主君の死により挫折し、僧、月照との入水自殺や遠島という失意のうちにありながらも、流刑の地で再起の機会を待つまでの物語である。
全4巻の大作の予定であるが、今後の西郷の活躍(それらはすでに語り尽くされたもの)であるが、独自の立場での続編が期待されるところである。

「そもそも政治家や役人は「改革」という言葉が好きである。年中改革といっては自己顕示したりするが、その癖問題の本質も捉えることは出来ず、問題解決の現実的手段を確保することも無い。ただ、制度を弄くって、結局は何の解決にならないどころか、更に大きな問題点を作り出したりする。西郷は法律や制度を外面的に変更することよりも、その法律を執行する人の意識、制度を運用する人の意識の改善を重視した。」
その西郷の精神こそ、今最も必要なこととの認識がこの著作の発想の原点であろう。

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January 23, 2009

激怒すべきこと

「全国体力テスト」の結果が公表された。
「学力と体力は相関関係にある」との結果であり、生活習慣がそれを決定しているとの結論である。

「教育とは知育・徳育・体育で知・徳・体の健全な発育を目指すもの」であるが、知育と体育はその成果がどれだけ上がっているかはテストすることができる。
しかし「徳育」に関しては明確な判定基準がない。徳育に関する教科書をつくり、○☓式の試験をしたところで、その点数の高い者に徳があり、低い者には徳がないとは言えないからである。

戦後の民主主義は、「個人の尊厳」を外から侵しそうなものに対しては過敏なほど警戒的であったが、物質的に豊かな社会となった今、「個人の尊厳」を内から腐らせるという点には、無関心であった。
現代社会では「何かが欠けている」というのが最大の問題であり、それは「徳育がない」なのではないか。

「学力と体力は生活習慣による相関関係」ならば「徳育」も相関関係にあるのではないか。
「学力・体力ともに下位に甘んじた大阪府の知事が激怒した」とのニュース。  「真に怒るべき対象」は「徳育」の成果の有無であろう。

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January 21, 2009

新大統領への期待

世界中から最も注目され、期待され、かつ祝福されて、オバマはアメリカの大統領に就任した。
その就任演説のTV中継は「夢を語る政治家とそれをじっくり聞き入る聴衆の姿であり、アメリカが民主主義の国としての原点の姿」であった。
「アメリカが直面する困難を克服するものは、国民一人ひとりの自制と自律の精神であり、それは我が国の伝統精神でもある」との崇高な理念は、説得力に富むものであった。

ただ、政治参加は、消費活動と同様、満足を求めて行われるが、通常は失望と不満をもって終わる。政治の現実が期待を上回ることは稀であり、期待値をどれほど下方修正しても、政治から幻滅は除去できない。当初の期待値が高ければ高いほど失望感は大きいのが現実である。

今後100日間のハネムーン期間を経て、彼のスローガン「CHANGE」がどういう成果を挙げるか。それは単にアメリカがどう変わるかだけでなく、政権交代必至といわれる日本の政局にも、大きく影響を与えるであろう。

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January 18, 2009

一人ぼっちの日本

文芸春秋2月号の塩野七生のエッセイである。
永くイタリアに滞在し、ローマ帝国千年の歴史とそのリーダーの男性的魅力を研究した彼女にとって、外から見た日本はまさに「一人ぼっち」のウブな民族である。
殺さなければ殺されるという恐怖に無縁で生きてきた日本。それはそれで結構な事だが、反面殺される場合を想定しての対策の必要性にいっこうに目覚めない日本。いかに独自の国際協力をしても、どの国も独自性を尊重してくれず損ばかりしている日本。それはまさにウブを通り越して「かわいそうな」国にある。
石油があり民主主義化する目的もありながら、9.11の数千の犠牲者でたちまち浮き足だったアメリカが、石油も無く民主主義化の必要のない日本の防衛に、自国の若者の命を犠牲にすると信じるのは、もはやウブを超えた状態である。とするのである。

その日本に対して、このエッセイは大胆な提言である。
その具体的な提言の内容は、このエッセイを読み頂きたい。


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January 15, 2009

輿論と世論

_SL160_[1]佐藤卓己著「輿論と世論―日本的民意の系譜学―」を読了。
著書は敢えて「輿論」と「世論」を峻別することを主張している。

「政治の大衆化」の中で、理性的な討議より情緒的共感を重視する「輿論の世論化」が生じた。
その顕著な例として、芥川龍之介は「侏儒の言葉」で、「輿論は常に私刑であり、私刑は又常に娯楽である。たとひピストルを用ふる代りに新聞の記事を用ひたとしても。」としている。世論と輿論を混同する現実。その後の政治史は「理性的輿論」が「感情的世論」に飲み込まれていった過程を見事に示している。
この「輿論の世論化」の中で、私たちは世間に漂う気分(世論)を批判する気概を失ったのではないだろうか。
神輿という言葉が示すように、輿とは担ぐものである。個人が担う意見こそが、尊重されなければならない。世間の空気に流されず、責任のある意見(輿論)を自ら担う覚悟が必要であり、まず「輿論」を論ずるべきではないか。

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January 12, 2009

成人の日に

一人前の大人の特長には、自主、自発、自活、自覚、自由、自信などと、「自」の字がつくコトバで表されるものが多い。自分自身を明確に意識して、自己のアイデンティティーを主張し、独立独歩の精神を発揮した言動をする独自性が必要である。
顔かたちが独特であって、指紋が異なっているのは生まれつきである。それは「動物としての人間」であるという証明になるだけだ。「中身のある人間」といわれるためには、自分自身で築き上げたものを持っている必要がある。一人前の人間としての価値は、自分が努力して身につけた「付加価値」にある。ここでは、本来の価値よりも付加価値のほうに、より大きな価値があるのだ。
但し、これは成人になったから完成するものではない。
日々の精進がそれを成し遂げる。

「心せねばならぬこと」と「成人の日」に改めて思う。

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January 10, 2009

モノの道理

谷沢永一著「モノの道理」を読了。
「弱者の見方」を標榜する権威主義的なマス・メディア。
「反権力」というメロディーを奏でつづける進歩的文化人。
「民意、民意」と喚き立てる政治家。
彼らの特徴は、タテマエしか口にしない。いわく「平和」、いわく「平等」、いわく「公平」・・・・・・。つねにそうした正論を振りかざして声高にモノをいう、いわゆる「正義派」に対する反論である。
著者は「日本の社会は道理で動いているのであって正論で動いているのではない。そしてその道理が日本人の人間観に根ざしたものであるから、道理すなわちモノの本質を見抜くには、私たち日本人の心の流れを察知する必要があります。それができる人がモノの本質を摑むことのできる人である。
そこで、人心とは何かといえば、「大勢順応」であり「権威尊重」であり「慣例遵守」。さらに「嫉妬心」と「自尊心」である。
つまるところ、道理をわきまえ、世間に渦巻く嫉妬の原理に心を傾け、そして空気を読む――それがモノの本質がわかる早道である。」と、説くのである。

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January 08, 2009

景気対策

昨年末より迷走した「定額給付金」は、「景気対策として所得制限なしに全国民に給付する。」との政府見解が発表された。
しかし景気対策ならば、このような一時的なものではなく、恒常的な対策でなければ効果的ではないのではないか。 例えば
企業の従業員への労働分配率を上げる。この賃上げにより企業の国際競争力が低下するとの批判もあろうが、むしろ購買力・消費活動を刺激し、最終的に企業の操業率を上げる事を計る。
交際費の課税控除枠を増やす。かねてから企業活動の広告費が損金算入として認められているのに対し、交際費の控除枠が少なすぎるのは不公平でありすぎた。
これらにより、景気刺激を計ることである。
すなわち「カネは、オアシ。カネは天下の回り物」であるからである。
過去の経済論議で、「設備投資」が景気回復の最大要因であったように、今は「人間投資」こそ景気刺激の最大の要因となるであろう。

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January 05, 2009

歴史の転換期を担う人材

_SL160_[1]半藤一利著「幕末史」を読了。
「歴史探偵」を自称する著者の寺子屋風の講演録である。
「歴史は勝者の歴史」であるが、勝者側からの歴史観が端的に表れているのは、靖国神社に朝廷側(西軍)の戦死者は祭られているが、幕府側(東軍)のそれは祭られていないことである。
著者は「江戸っ子」と自認しているが、その歴史観を敗者側から見直そうとしている。
その「江戸っ子」の代表としての勝 海舟に親密感を抱き、彼を「勝つぁん」と呼び、彼の創設した「海軍伝習所」の役割を重視すべきであるとしている。その役割として
? そこで学ぶ各藩の青年達に、藩意識を超えた仲間意識を与えた。
? 軍艦の操縦には科学の基礎知識が必要であり、合理主義的な思考方法を学ばせた。
? 封建的な身分制度に関係なく、能力による人材登用への気運を生んだ。  である
これにより、朝廷側や幕府側の立場を超越して日本国としての一体感を抱いた青年達により、歴史の大転換がなされた。とするのである。

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