February 2009

February 27, 2009

おくりびと

邦画「おくりびと」がアカデミー賞を受賞した。
その原作である青木新門著「納棺夫日記」を読了。
この原作は小説・物語というよりも「生と死を考察する哲学書」とでも言うべきものである。
現代人にとって、死は悪であり忌み嫌うべきもの排除すべきものであり、葬式などは生と無縁の非日常のイベントぐらいにしか思っていない。「死」は医者が見つめ、「死体」は葬儀屋が見つめ、「死者」は愛する人が見つめ、宗教家は「死も死体も死者も」なるべく見ないようにしてお布施を数えている。のが現状である。
著者は「死」に日常的に接している体験から「手を伸ばせば届く程度に前を行く人が最も頼りになる。その人が前にいるだけで安心して進める。」そういう日本の伝統・伝来の宗教のあらまほしき「ひかり」として、親鸞に傾倒していくのである。

数学者・岡潔は「春宵十話」で「きょうの情緒があすの頭をつくる」と述懐している。
著者の「失敗の連続」と自称する前半生の人生での、読書や思索歴が「納棺夫」という仕事を天職とさせ、人間としての「厚み」を与えたといえよう。

バナー

クリックよろしくおねがいします。


ryosuke_hara at 16:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

February 23, 2009

政策より政局

麻生内閣支持率低下が止まらない。
今回の調査で特徴的なことは、自民支持層の中でも不支持が支持より多くなった事であり、いわば「身内からも見放された」状態であると言わざるを得ない。
小泉以降の安倍・福田・麻生という自民党内閣は、孰れも小泉改革路線の「負の遺産」の処理に追われたのが実態であるが、「政局よりも政策」と言いつつ具体的政策を打ち出せず、公務員改革・郵政民営化等の発言のブレ、お友達閣僚の国際的舞台での失態等など、いわば「自損事故」による自壊であると言えよう。

自民党内には、再度表紙を取り替える動きもあるやに聞くが、党員選挙により「表紙」を取り替えたのは、わずか5ヶ月前である。今問われているのは「表紙」ではなく、「自民党そのもの」が問われているのである。
かくなるうえは「憲政の常道」に立ち返り、予算成立後速やかに国民に信を問うべきであろう。
「民主党に政権担当能力ありや?」を自民党が言うのは、オコガマシイ。その判断は国民がするのである。

バナー

クリックよろしくおねがいします。


ryosuke_hara at 15:55|PermalinkComments(1)TrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

February 20, 2009

「愛情300%」の家族

_SL160_[1]喜多条 忠著「女房逃ゲレバ猫マデモ」を読了。
著者名に惹かれて手にしたこの本は、一気に読ませるものであった。
「盥渡しの子」という宿命の重圧の中で、自暴的な無頼の生き様を経つつも、稀代の名曲(神田川)で名句(何も怖くなかった。ただ、あなたの優しさが怖かった)をものし、その一作だけで消えてしまったマボロシ?の作詞家の、私小説というべきものである。

「人生ってやつは、本じゃねぇんだ。人生を本にする奴はいるけど、本いくら読んでもたいした人生にゃならねえだろ。」と指摘されつつ、彼はその人生を読ませる本にした。
離婚という試練を経ながらも、素直な子供と、更に「愛情300%」の新しい家族を持ちえたのは、彼の豊かな感受性と「家族のつながり」への熱い思いの賜物であり、心の葛藤を経て掴んだ「家族愛の姿」が、そこにある。

「お前さんの書く詞なんてモンは、まだまだ「聞き歌」だろ。ひとりでジトッと聞いてりゃ、いい歌かもしれねえが、風呂場で鼻歌で歌って気持ちがよくなる歌なんて、お前さん、まだ一曲も書けちゃいない。「歌い歌」が書けるようになんなくちゃな」と言われた彼の、今後の「歌い歌」が期待される。

バナー

クリックよろしくおねがいします。

ryosuke_hara at 15:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

February 17, 2009

「父なる神」と「母なる神」

_SL160_[1]ピーター・シャビエル著「イエスの涙」を読了
この書を読み出してすぐ感じた疑問は、この著者は日本人ではないのか?であった。外国名の著者の作品なら翻訳者名があるはずなのに、それが無かったからだけではない。作品のテーマ「十字架上での死は神の願いではない」は、まさに日本人的な発想であると感じたからである。
このテーマは、かつてカトリック信者の遠藤周作が「ヨーロッパの神」と「日本の神」の受け止め方の違いとして追求したものである。
ヨーロッパは一神教の世界で、厳しい宗教的対立をもたらす「父なる神」・「裁きの神」である。
これに対し日本は多神教(八百万の神)の世界であり、聖母マリア崇拝に結びつく「母なる神」・「許しの神」である。

この著者のテーマ「十字架上での死は神の願いではない」・「神の楽園建設こそイエスの願い」は、宗教対立の融和への一道程であろう。

バナー

クリックよろしくおねがいします。


ryosuke_hara at 14:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

February 14, 2009

「赤ひげ」  原作と映画

本日、2月14日は山本周五郎の命日である。
本年は、黒澤 明監督の没後10年ということで、BSで全作品が放送され投票によって、ベスト5が決定した。1位は「七人の侍」で、「赤ひげ」は2位であった。
「赤ひげ」は山本周五郎の「赤ひげ診療譚」を映画化したもので、これを機に原作を読み直した。
周五郎は庶民は作家と言われているが、人間の暗い深層心理を見つめ続け、それにたじろがずに立ち向かう姿勢を保持し続けた作家であることを再認識させられた。
映画の前半部分は原作を忠実に展開するものであったが、特に後半部分の「心を閉ざした少女が心を開き人間性を取り戻す話」は原作よりも遙に映画の脚本の方が説得力のあるものであった。
開幕の荘厳なる家並みの映像をバックに流れる音楽は、テーマによって微妙に曲調を変え物語の展開を引っ張っていく力に満ちたものであった。あたかもムソルムスキーの「展覧会の絵」のように。
その音楽を担当した佐藤 勝は既に鬼籍に入っているが、「映像は音楽によって更に重厚さを増す」ことを痛感させられた。

バナー

クリックよろしくおねがいします。


ryosuke_hara at 14:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

February 12, 2009

敏馬の歴史

先日 地元の財団法人が主催する「古代の岩屋地区と敏売浦」と題する研修会が開催された。講師は神戸大学地域連携センターの坂江 渉氏であった。
敏馬神社は岩屋地区のシンボル的存在である。
この地は古くは万葉集時代から「百船の泊つる泊」として「美奴売」と記録されている。
国内船舶の停泊地としてだけではなく、我が国の西の玄関口として国際的なミナトでもあった。その外交接遇の儀礼は 7世紀にはマニュアルとして記録に残されている。
当時中国大陸政権に対して朝貢貿易を余儀なくされた我が国は、朝鮮半島政権に対しては朝貢貿易を強いていた。  人間や国家の避けられぬ悲しいサガを感じさせる。

本年は神戸港開港 140年である。
しかしこの岩屋の地は開港1600年の歴史を持っているのだ。
更に又この地は、古代からの信仰の対象であった六甲山・摩耶山への参詣路でもあり、まさに水陸交通の結節点でもあった。
今われわれが生活を営む土地の歴史を知り、語り継ぐことこそ必要であろう。

バナー

クリックよろしくおねがいします。


ryosuke_hara at 10:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

February 08, 2009

国家救済の政治力とは

瀧澤 中著『幕末志士の「政治力」―国家救済のヒントを探る』を読了。
昨今の国民の政治不信は、現在の政治家のふがいなさが、そのまま国民の不安につながっているとも言える。漢字が読めないなどという政治以前の問題はともかくとして、政策変更(郵政民営化には本心反対だった)を軽々に公式の場で発言するなど、まさに現在の政治家の資質が政局混乱を招いているといっても過言ではあるまい。

著者は、“人間力”の視点から、幕末志士と現代政治家の違いを指摘し、国家救済の具体的提言をしている。
”奮覆里△訐治家が、国を再生する
  愚直で損を覚悟をしても信念を曲げない、品格ある政治家が必要である。
国をよくしたいのなら、国民自身がよくならない限り不可能
  現在の日本は「おまかせ民主主義」である。「一度A党に政権をやらせてみたらいい。やらせた後の責任はA党がとればいいのであって国民は関係ない」では真の政治変革はない。
B昭圓里燭瓩棒犬るというDNA
  物質的に豊かにはなったが、「互いに助け合うという社会」は逆に構築されていない。
真の自助・公助・共助体制には「理性と志」が必要である。

バナー

クリックよろしくおねがいします。


ryosuke_hara at 16:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

February 05, 2009

本降りになって出て行く雨宿り

解散しようとして迷い、補正予算を出そうとして迷い、公務員の「渡り」禁止でまた迷う。消費税引き上げや定額給付金では筋を通したように見えるが、ピントがずれている。
そうこうするうちに風雨はますます強くなり、どうやら最悪のタイミングで解散・総選挙。こうなれば政権交代は必至である。

本来、「小選挙区制」は「政権交代」を前提としている。
「現在の民主党に政権担当能力ありや?」は大いに疑問だが、国民の選択である以上冷静に受け止めるべきである。自民党は衆院選挙で負けたならば、堂々と野党になって、「時節を待つ」、そういった腰のすわりが必要だ。
ただ自民党の最大の結集力は政権与党であり続けることであった。その点が野党になったときの自民党の危うさであろう。そういう意味では、現在の自民党は野党になることで役割を終え、その後、真に保守政党たるバックボーンを国民に提示して再生を図る必要に迫られるのではないか。

バナー

クリックよろしくおねがいします。


ryosuke_hara at 15:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

February 02, 2009

大人と子供

898bebb4[1]有吉玉青著「ぼくたちはきっとすごい大人になる」を読了
子供の頃、大人の言う事で判らない事がイッパイあった。
僕達の友達が死ぬと「いい子だから早く天に召された」という
どうしていい子が早く死ななければならないのだろう
生き残っている僕たちは、いい子じゃあないの?

「正しいことをするには勇気がいる」と大人は言う
しかし本当に勇気がいるのは、悪いことをする時なのだ。
僕たち子供は、勇気がないから悪いことが出来ないだけなのだ。

大人は理由がないと物事が受け入れられないのだ
僕たち子供は「大人より本当のことを知っている。」
ダカラ「僕たちはきっとすごい大人になる」のだ

作者は有吉佐和子の娘である。
母は「恍惚の人」で老人のさまよう世界を描いた
娘はこの短編集によって子供の心理を描いた

バナー

クリックよろしくおねがいします。


ryosuke_hara at 15:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜