July 2009

July 29, 2009

「天にツバする」財源論

いよいよ選挙戦も本格的になって来た。
昨日、野党・民主党のマニフェストが発表され、それに対し自民党の「財源が明らかではない」という反論がマスコミに報じられている。  それに対して思うこと

これまで政権を担ってきた自民党が、反対党の政策への財源論を云々するのはイカガなものか?
政権党はこれまで自らの新政策を実現させる財源には、国債という借金でまかなってきた。その結果、今日の借金まみれの財政状況をもたらしたのであるから、今回のように野党の新政策の財源論を、自民党が指摘するのは「天にツバするもの」と言わざるを得ない。

これまでも政権交代を言われた選挙はあった。
しかし、それに対して「野党には任せられない。不安だ」というブレーキがかかっていた。
今回の選挙には、そのブレーキがなくなっているような雰囲気がある。

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ryosuke_hara at 15:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感記〜日々私が思うこと〜 

July 26, 2009

官邸主導政治の崩壊

退院後、発声機能は順調に回復しつつも、味覚機能はいまだ不十分で食欲無きゆえに、体に一本シンが入らず、読書に集中できない状態が続いている。

清水真人著「首相の蹉跌 ポスト小泉 権力の黄昏」は時宜を得たものである。
本書は小泉政権による、巨大与党を引き継いだ、安倍と福田、そして麻生政権の衆院選前夜までを「小泉時代」と大くくりしたうえで、二つの軸を組み合わせて記述している。
縦軸は、「強い首相」を目指した小泉政治が、後継者たちの政権に入って次第に色あせ、政策面での小泉改革の遺産も除々に変質し、黄昏ていく「小泉時代」全体を通した政治の流れの素描である。
横軸は、安倍、福田がともに小泉政権からの「継承と断絶」の狭間で引き裂かれ、首相として権力操縦につまずき、求心力を失っていく政権の構造と失速のプロセスの検証である。

強烈な個性の「官邸主導政治」がもろくも崩壊し、一気に政権交代の進むかも知れぬ過程を描き出さんとしている

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ryosuke_hara at 16:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感記〜日々私が思うこと〜 

July 23, 2009

政治の「徳」

解散直前の自民党内の議論の中で、最も痛切な総理総裁への批判は、「徳が無い」ではなかったか?
それが自民党一流の「大人の知恵」で集会を公開し、「声涙下るようなお詫びと反省」で党の一致団結を図り、後は「選挙はやってみなければ分からない」と決戦を鼓舞。党内もまたそれに応じた形で一致団結・選挙態勢を確立したがの如く演出したが、国民は「シラケたお芝居」と見透かしている。

「お詫びと反省」は、あくまで自らの組織内へのそれであり、政治不信を募らせた国民へのそれではない。また、国民の関心事であるゲリラ豪雨による土石流被害へのお見舞いの言葉は一切聞こえてこない。
それらを指摘し演出するのが、総理総裁のブレーンである。それは解散によって自らの命運をかけた戦いに気もそぞろというのが実態であろうが、少なくとも日本国の国民の安全と生命に万全の責任を持つ責任政党の自覚は何処にもない、と言わざるを得ない。
「徳が無い」と言われても、もって瞑すべきか。

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ryosuke_hara at 16:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感記〜日々私が思うこと〜 

July 20, 2009

衆院、あす解散

いよいよ「政権交代」選挙となるであろう衆院解散が迫ってきた。
それを迎えるに、我が自民党は「政権担当能力ありや?」との問いに自ら否定するような自堕落な状況を呈している。

これまでも「政権交代」がテーマとなった衆院選挙はあったけれども、自由民主党は「野党に政権担当能力ありや?」と国民に訴え、国民からその主張を認められたのであるが、しかし今回の事態は全く様変わりの状態である。

党内議論の「ガス抜き」の機会は設けても「国民の政治不信・不満に対応することは放棄している」と言わざるえず、自ら「政権担当能力なし!」を自認にしいる状況である。

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July 17, 2009

「教師魂」…その

この度の灘の同窓会は盛り上ったものになった。
当日出席いただいた三人の恩師は、97才・90才・83才とそれぞれにご高齢であるものの
御元気で過ごされている。そして今もなお、次の世代の為に残された仕事に取り組んでおられる事に尊敬の念を抱くと共に我々は、この先生方の教え子であることへ心ひそかな誇りが湧いてくるのである。
その意味で、教師と教え子の関係は相互依存関係であり相互信頼関係であるだろう。

NHKは、今回このような生き方をされた教師を「ザ・コーチ」と題して橋本先生を取材対象とした。9月放映予定のようだが大いに期待をしたい。
只、私たち教え子にとって母校の恩師は、あくまで「恩師」であって、「コーチ」という概念ではいささか違和感を覚える。

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July 14, 2009

「教師魂」…その

その同窓会での、橋本 武先生の挨拶より
「私は今、97才になり立てである。諸君との年齢差は32才。その97にして、私は夢を持っている。その夢とは、今一度灘の教壇に立ち「銀の匙」の授業を行うこと。
教えるべきことを山ほど持っていながら、何も教えないでいることのできる教師―それが教師の理想像というべきではないか。教えることは、教育する者の力を『注入』するのではなく、教育を受ける者の持つ力を『抽出』することだと思う。
今、私が準備している、再び灘の教壇で使うための「銀の匙」の教材は、『抽出』に重点を置いたものになっていると、はっきり言うことができる。
生徒諸君の持てる力を信頼し、彼らが自分で自分の力を確認していく作業に重点を置いた教材作り、それを仕上げるのが、私のこの世での大きな仕事とであり、それは今7割の進捗率である。」と
更に「もしそれが不可能となっても、生まれ変わってでも灘の教壇に立つ夢を持ち続けます。」と

誠に力強い挨拶であり、「教師魂」そのものの表れでもあった。

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July 13, 2009

「教師魂」…その

去る7月11日、灘中高・新制14回生の同窓会「瞳輝会」が開催された。
比較的出席者が多かったのは、この日がたまたま我らが国語の恩師・橋本 武先生の97歳の誕生日でもあったからであろうが、それ以上に、
NHKの「ザ・コーチ・人生の教科書」という題する番組があり、引退・現役を問わず、全身全霊を捧げて技術や心を継承するコーチ。彼らはどのような発想と理論に基づき、独特な指導法を編み出したのか。そして、教え子たちの心に刻まれたものとは何か。実際に指導を受けた教え子の体験・証言をもとに、指導者のコーチングの真髄に迫る番組がある。
そのような指導者の一人として 我が母校の国語教諭の橋本 武先生を取り上げたい。ついては当日、取材を許可されたいとの連絡が中嶋新二ディレクターより連絡があった故であろう。
たしかに、この我が恩師は市販の国語教材は一切使用せず、中勘助の『銀の匙』を素材とした、手作りの教材である。こういう独創的な授業は教育に携わる者としての自負と矜持そのものであろう。

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July 08, 2009

「声を大切にする仕事」

無事に退院の許可が医師から出たのだが、体調は喉元の痛みは退いたものの、発声は我が意の如くとはならず、それ故にか体全体がフワついているような感じでジックリと物事に取り組めない。
二ヶ月に亘る入院生活は、癌が病名である故にそれなりにショックを受けた事もあるが、今から想い出しても妙な感じであった。
入院は5月7日、その日は「池田勇人の生と死」を読書中であったが「前ガン症状」という用語が世間に登場した始めてのケースであった。
5月9日、ロック・ミュージシャンの忌野清四郎、58歳。5月12日、作曲家の三木たかし、64歳。更に、6月17日頼近美津子、53歳。いずれも喉頭ガンがその原因であるが、「声を大切にする仕事」故、声を失う手術を避けた早すぎる死とも報じられた。
特に三木たかしの場合、その死の直前に残された声で自らの持ち歌を録音する映像は、正視し難かった。

「余生としての人生のあり方を考えさなければ」と想う。

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July 03, 2009

少子化対策

選択7月号の「少子化対策はあと5年が勝負」と題する 佐藤博樹の巻頭インタビューより

「少子化」傾向が一行に止まらないのはなぜですか?
「これまでの少子化対策は、結婚したカップルを対象としたもので、少子化の最大の要因である未婚化・晩婚化への対応策は論議されてこなかった。未婚化や晩婚化に関しては、ほとんど取り組みがないからだ。
1980年代半ばまでは職場は男女の出会いの場だった。また地域にはインフォーマルに出会いをアレンジする人がいた。しかし、職場や地域の出会いのサポート機能が衰退した。出産や子育てについても大きく社会環境が変わってしまった。
最近、若い世代に「婚活」と呼ばれる積極的な動きが出てきたことは悪くはない。こうした動きを支援することも重要だ。
少子化対策とは「生めよ、育てよ」という政策ではなく、国民の普通の希望(結婚・出産)が、実現できる当たり前の社会を取り戻す政策だと据え直さなければならない。国民の結婚や出産に関する希望が実現すれば、出産率もおのずと先進国平均の1.74前後に上昇する試算もある。
しかし、それも「いわゆる団塊世代ジュニアの世代」が、結婚・出産の適齢期であるこの5年間に国民的合意を形成しなければならないタイム・リミットがあるのだ」とするのである。

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ryosuke_hara at 11:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感記〜日々私が思うこと〜