November 2009

November 30, 2009

坂の上の雲

司馬遼太郎が生前「この作品は映像化しないほうがいい」と言っていた、「坂の上の雲」が、NHK大河ドラマとして放映が始まった。
明治維新後、世界に雄飛した日本。その時代の雰囲気を描くことが、作品のテーマである。
正岡子規、秋山好古・真之という松山出身の青年たちが成長していくプロセスの中で、当時の日本人がどういう考えで、どういう気持ちで戦争というものに絡んでいくのか。その人間成長記録であると同時に、戦争の中で日本人がどういう判断力、どういう能力を発揮したのかということである。
司馬遼太郎がこの作品を通じて言いたかった事は、『これら明治初期の日本人は「公」と「私」を明確に区別していた。』という事である。
「私」が大きく広がってしまい、「公」の精神が抜け落ち、それが多くの社会のひずみを起こしている今日、司馬遼太郎の言う「公」と「私」を今一度見直さなければならぬというのが、今回放映の原点であろうか

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November 27, 2009

芸能論 その1

語り・森繁 文・久世著「今さながら大遺言書」を読了。
森繁92歳までの両者の対談集。この両者の対談集は全3冊であるが、その根底にあるものは「全ての物語の主人公は<歳月>である。生まれてから今日まで、びっしり敷き詰めた石畳のように、弛みなく連なっている歳月の長さを知って、恐ろしいほどに感動する。」という事である。
この著は、森繁を通じての久世の芸術論というべきである。
そのなかで森繁の説く朗読論は芸能論でもある。
「自分が酔ってしまうのが、いちばん危険です。中でも涙が大敵です。読み手は怺えなければなりません。怺えて怺えて、遂に穏やかな平静に戻ったときが、たぶん本当に<巧い>と言われていいときなのでしょう。芝居だってそうです。自分が泣いて、お客の涙を誘うのはゲスな芝居です。ところが芝居をしていて涙が出ると、役者は妙に安心してしまうところがあるのです。すると、先がなくなります。そこで芝居が終わってしまう。だから、怺えるのです。」
これぞ、まさに<歳月>の積み重ねが言わせたものであろう。

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November 23, 2009

「この漢を見よ」

雑誌PRESIDENTの12月14日号は、司馬遼太郎の特集号である。
松本健一は、「先が見えない時代の生き方」として、以下のように述べている。
近代文学は、自己形成の過程を描く形式、「私はこうして生まれ、こういう人と出会い別れ、こういう壁を乗り越えて、このような人間になった。それを見てくれ。」、即ち、「Look at me」という文学である。
司馬遼太郎は「歴史の中にこんな素敵な漢達がいる。彼を見てくれ。」という物語、「his-story」つまり「history」である。ここに従来の歴史小説とも現代のエンターテイメントでもない司馬遼太郎の独特の世界がある。
「美しいものを見ようと思ったら、目をつぶれ」というロマン主義と「現実をあるがままに見よ」というリアリズム。司馬遼太郎は、ロマン主義とリアリズムの両方を見つめた作家であったと。

司馬作品が今なお、読み続けられているのは、「この漢を見よ」という作風によって、従来の歴史観の変革を行うと同時に、そこに彼の独特の美学を込めたからであろう。

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November 19, 2009

「卆寿万歳 人生善哉」

大遺言書語り・森繁久彌、文・久世光彦著「大遺言書」を読了。
先日96歳で大往生を遂げた名優・森繁が振り返る人生を、久世が軽妙酒脱な描写で綴るエッセイである。
この書は森繁90歳。「人の全ての死は夭折である。自分より若い人を見送るのは、悲しいよりも辛い。」と、元気かくしゃくたる語り口である。
彼の演技論、「語るように歌え。歌うように語れ」、「顔の表情だけ撮るな。役になりきった全身を撮れ」の真髄は、曽野綾子の「この人は若い頃から人を観察し続け、人の人生を盗み続けたことによって完成させた、厚みのある見事な顔の持ち主」という人物評に通じるものである。
彼はNHKのアナウンサー出身で、プロとして劇団・演劇の役者修行はしていない。全て彼自身が独創的に作り上げたものであるが、その基礎となっているものは、若い頃から詩歌を吟じ、諳んじてその詩情にひたる習慣が彼の「役者として」というより「人間として」の厚みを創り上げたのであろう。

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November 15, 2009

映像の怖さ

国会議員や民間人などからなる「仕分け人」が各府省の担当者と公開の場で議論し、事業の要不要をその場で決めていく、「無駄使いの洗い出し作業・事業仕分け」が始まった。
テレビの映像は、それらの一部のシーンを切り出したものだが、受け取り方によっては「鳩山新内閣の鳴り物入りの新政策で、従来ない斬新な手法の痛快さに喝采を送る」という受け止め方と、「問答無用とばかりに仕分け人が発言を遮ったり、相手を嘘つきの悪玉と決めてかかり、“やりこめてナンボ”の正義の味方役を演じている。まるで人民裁判のような陰湿ないじめを見るようで不愉快。」という受け止め方もある。

これらから痛感するのは、タバコや酒、大麻などもそうであるように、「止めること」は「始めること」よりはるかに難しい。
さらに役人の世界でも、中央と地方では人員配置の流動性が異なることである。

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November 12, 2009

昭和時代

7andy_32332365佐野眞一著「昭和が終わった日」を読了。
「平成時代の希望のなさと分厚い閉塞感は、どこから来たのか。その遠い淵源は、昭和天皇の死に求められるのではないか。」と著者は言う。
「現人神」から「象徴天皇」となった昭和天皇。その体現した雰囲気はまさに「偉大なる君子」であり、その長い治世の最後には、彼の時代を象徴する経済成長の体現者・松下幸之助、更にその成長を支えた国民の心象風景を謳い上げた歌手・美空ひばりを共に連れさった。まさに「君子への殉死」の形であっただろう。

「昭和という時代が、“叩き上げ”タイプの人間が活躍できた最後の時代だった。政治の世界でも、同じ鋳型から抜き出したような二世、三世の世襲議員ばかりが目立つ平成の政治家に比べ“叩き上げ”の「昭和の政治家」の振幅は相当に大きく、その人間的風味はやはりひと味もふた味も違っている。」と言うのである。

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November 08, 2009

沖縄問題

昭和天皇の艦長恵 隆之介著「昭和天皇の艦長」を読了。
主人公は、明治維新により琉球王朝から日本に帰属した辺境の地、沖縄出身初の海軍提督となり、昭和天皇皇太子時代のヨーロッパ訪問時の御召艦の艦長を務めるまでになった漢那憲和である。
しかし、武人としては藩閥人事により、いち早く予備役に回されてしまうが故郷沖縄の衆望になって国会議員となる。議員としては軍部独走を非難しシビリアンコントロールを主張した。「私の文官を可とする論拠は憲政の運用上国務大臣は連帯責任を似て進退を共にせねばならぬ。それには軍部と言う特種地域を設けて軍部大臣に治外法権的行動の自由を与えうることは宜しくないと言う点にある。」この発言により漢那は退役将官会「洋洋会」から除名処分を受けているが、これは彼が単なる秀才ではなくて、中学時代に校長排斥のストライキの中心人物となるなどの熱血漢であったが、その態度・生き方は「筋を通す」という点で一貫しているといえよう

鳩山新政権の下、オバマ新大統領の訪日により普天間飛行場移設問題等、沖縄の諸問題が最大の外交課題である今日、沖縄の歴史を振り返らせる好著である。

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November 03, 2009

国会論戦

鳩山新政権に対する国会議論が始まった。
我が国が直面する課題は格差と貧困等の経済問題であり、経済の成長戦略の有無が議論の中心となっている。
経済成長なしに失業の問題、貧困の問題は解決出来ず、また、経済成長なしには財政・年金・福祉などのシステムは構築できない。
キャッチアップ型の成長を終えて久しい日本には、再び高度経済成長を遂げる余裕はない。しかし、通常2%、好況時3%の実質経済成長は達成可能であり、それは欧米の先進国も達成していることである。

経済成長を可能にする方法は、第一に、個人の自由な創意工夫が発揮される環境を作る事(競争)  第二に,その挑戦を可能にするためにも失敗時のセイフティーネットを整備すること(再配分)  第三に,長期成長へのビジョンが描けるよう景気の振幅を抑制するマクロ経済政策運営が行われること(安定化)である。
それらの政策の有無が、経済成長戦略の有無の問題点である。
その点が、現民主党政権の課題であろう。

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