December 2009

December 28, 2009

年末に

本年の最大の話題は「政権交代」であったろう。
これをもたらしたのは「二大政党制」を前提とする「小選挙区制」である。
それが実現した今日、二つの点を指摘せざるを得ない。
その一つは、本来、政党内には常に反主流派が存在し、活発な党内議論が行われるところに、政党の存在意義があるのだが、「小選挙区制」では党の公認決定権が幹事長に集中し、党内民主主義が失われることである。
その二つはイデオロギー対立が消滅し価値観の多様化した今日、社会の争点は複雑・重層的になっているのに対し、善悪二元論に還元するテレビ政治の影響もあって、「二大政党制」は問題を単純化する「劇場型政治」となり、即ち対立を強調し社会の分断を広げる。

勝ち組と負け組、中央と地方、正規と非正規、分断された社会を統合することこそ今求められており、「対立の政治」から「協調の政治」へのチェンジこそ、今求められているのではないか。
「二大政党制」は対決・多数決型、多党制は合意・コンセンサス型の政治につながる。それ故に現行の「小選挙区制」についても再検討する必要があるだろう。

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ryosuke_hara at 16:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

December 25, 2009

本年の漢字

本年の表す漢字は「新」が選ばれた。
私には、「止」が相応しいように思われる。以下その理由。
喉頭がんによる長期入院。おかげ?で、永年のヘビースモーカーも卒業することができた。即ち「悪癖」は「止」ったのである。(飲酒?これはまだ「止」まらない。)
政治的には、永年の航海により船底についた「カキガラ」が船の操縦の速度と柔軟性を退歩させ、それらが原因で政権交代が行われた。即ち自民党を中心とする政権が「止」まった。
新政権は国民の高い期待を荷い出発した。しかしリーダーの決断力の無さ・権力の二重構造が明らかとなり、その支持率も急速に低下し、その期待感も「止」まった。しかし、その急落も「自民党復活」として声に結びつかず自民党の勢いも「止」まったままである。
経済的には、経済無策に加えてデフレスパイラルにより経済成長は「止」まったままだ。
小泉総理以来、年末は毎年、総理名が変わっている。「総理一年の使い捨て」、この習慣は来年も「止」まりそうにない。

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December 23, 2009

総理の決断と「闇将軍」

「最後は私が決めます!」と明言しつつ何事も決められなかった総理が、税制大綱についてようやく決断した。
ここに至るまでの経過。かつて「闇将軍」と言われた田中角栄の17回忌の墓参を終えたあと、総理官邸を訪れた民主党の小沢幹事長の姿は、「真の天下人は誰か?」という権勢を誇示するものであった。党の要請という名目で予算編成直前に主要公約をいきなり転換させようとする。しかも、十分な議論と国民への説明もなく党の要請(というよりも小沢個人の)決断で唐突に変更するのでは、「国民との約束」は一体何だったのか。
この決断もまた、小沢の「助け舟?」で出来たことなのか。

「天下人」の歴史的人物は豊臣秀吉であろう。この人は「人たらしの天才」と呼ばれた。「闇将軍」と呼ばれる前の田中角栄にも「今太閤・人たらし」と呼ばれた愛嬌さがあった。
その角栄の一番弟子を自認する、小沢一郎には「人たらし」の一面もない。
この点にも「現在の政治の貧困さ」が表れている。


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ryosuke_hara at 15:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

December 20, 2009

「歴史の教訓」

保阪正康著「太平洋戦争、七つの謎」を読了。
「歴史の中には必ず普遍的な原則というものがある。それを見出すのが歴史に関心を持つ者に必要な姿勢である。」とする著者。
『20世紀の大量殺戮の戦争の経験から、我々は「戦争はすべきではない」という「教訓」を得ている。しかしその「教訓」とて時代の制約の中にある。
例えば20世紀前半のドイツ。第一次世界大戦でドイツ国民は「戦争の悲惨さ」という教訓を得たが、その一方で屈辱の感情を持たされた。そこへヒットラーが登場し「教訓」よりも「屈辱」に火をつけ、国民を扇動し再び世界大戦を引き起こした。
これからも、国家同士の利益が対立し、軍事衝突が発生した場合、あるいはファシズムが国家を支配する時代が来たら、我々が今常識としている「教訓」など簡単に否定される可能性はある。』という観点から、異常事態の中での人間の行動の謎を解こうとするのである。

「山本五十六の責任の取り方」を特記しているのは、この危うさの中で普遍的なものを、著者が見出したからであろう。

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December 16, 2009

映像からの連想

天皇陛下と来日中の習副主席との会見が実現した。
陛下のご体調を配慮した「一ヶ月ルール」を無視し強行されたこの会見。
陛下はにこやかに対応されているが、それを報道する映像から、敗戦直後の「天皇陛下とマッカーサー元帥との会見写真」による「屈辱的なショック」を連想したのは私だけであっただろうか。
前日の、民主党小沢幹事長の会見。「天皇の国事行為は内閣の助言と承認で行われる。今回の会見はその内閣の要請によって行われるのだから、ルール破りではない。お体が悪いのなら、他の重要度の低い行事をお休みになればよい。」というものは暴論である。
「天皇は国民の象徴である。」国民にとっては、天皇は独立至高の存在である。この小沢論理によれば「天皇は内閣の指示に従わなければならない。すなわち天皇も内閣の下部組織である」という論理になり、国民の感情と合致せぬからである。

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December 12, 2009

「官僚制度」への不信

ハッピー・リタイアメント浅田次郎著「ハッピー・リタイアメント」を読了。
偶然に天下った二人の人物。その二人の「常識人」が抱いた違和感を通じて、「天下り組織」の実態を、著者独自の語り口で「笑い飛ばした」物語である。
著者は、日本人の生活習慣・意識について述べている。
『我が国は江戸幕府以来、長期間平和であり続け、その間に階級社会が確立した。それによって世襲も習慣となった。明治維新により、階級制は否定されたが習慣としては残り形を変えて終身雇用制として定着し、さらに権力側を「お上」として批判の対象とさせなかった。第二次世界大戦による敗戦で、アメリカの指示によって近代市民社会の「自由」は確立されたが、日本独自の生活習慣・文化は「改革の指示さえなく」相変わらず政治は「公」にまかせ、「お上のなさる事は、無謬であり批判の対象ではない」は生活習慣として残存してきた』と。

我が国の生活習慣・意識構造は、社会の大きな転換期に大きく変化してきた。最近、官僚制度への批判は高まっていたが、今回の「政権交代」は、それが決定的なものとなり、大きく日本人の意識構造が変化した転機と言われる日となるやもしれぬ。
しかし、それ等の変化に対して、国民一人一人が「公」と「私」の意識を持ち、両者を峻別する「賢明さ」を持たねばなるまい。

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December 08, 2009

優柔不断の二人

本日は日米開戦の日である。
この戦争の責任者の一人として、近江文麿を挙げられよう。
最近の鳩山首相の言動・動向を見ていると、近江文麿と類似性を思わざるを得ない。両者とも「恵まれた家庭」に育ち、「お坊ちゃん」・「人当たりの良さ」などで、マスコミの寵児となり、衆望を担って政権担当者をなった。
近衛は「親米路線」と言いながら暴走する軍部に迎合する姿勢により、対米戦争への道を開いてしまった。
最近の鳩山首相は、沖縄基地移転問題について
アメリカには「日米同意は尊重する。トラスト・ミィ」と言い
連立政党には「連立政党の政策には配慮する」と言い
沖縄県民には「県民の県外への移転の希望は尊重する」と言い
相手側にそれぞれに期待感を抱かせながら「何事も決められない・先送りする」が実情である。
ここに国民の圧倒的支持によって、政権交代を実現させた自分は、国民や県民の気持ちを代弁しているのだから「結果はどうであれ許してくれるはずだ」という「甘え」があると言わざるを得ない。

「優柔不断」が「重大な結果をもたらさねば良いが…」と思うのは私だけか。

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December 04, 2009

最後の「遺言」

さらば大遺言書
語り・森繁、文・久世著「さらば大遺言書」を読了。
長期に亘った連載は歳下の久世の急逝で打ち切りとなった。
「森繁久弥と言えば「森繁節」である。「森繁節」とは「歌」ではなく「唄」である。では「歌」と「唄」はどう違う?
「歌詞」で歌うのが「歌」であり、「文句」で唄うのが「唄」である。「森繁節」は日頃から自然に暗誦してこなれている。だから歌のリズムがそのまま句のリズムとなり涙となって人の心を打つ。」と久世は言う。至言であろう。
更に森繁は言う。「小学唱歌は、西欧の国で言えば「讃美歌」である。物心つかぬ内から教会に通い、意味が解らずとも大人と一緒に歌う。何年も何十年もそうやって歌っている内に心豊かに敬虔になっていく。西欧では今後も賛美歌は歌い続くであろう。
しかし我が国では小学唱歌が急激に忘れ去られてゆく。日本の美しい自然をたたえる歌や人々の生活ぶりを表す歌が消え去ってゆくことは誠に嘆かわしく、私が一番悲しむ事だ。」と

「愛国心」とは「自分のふるさと」を懐かしむ心であり、これが二人の対談の最後の「遺言」であろう。
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ryosuke_hara at 16:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜