February 2010

February 27, 2010

もう一つの「2.26」

昨日、2月26日は「2.26事件」の日である。日本の歴史の内で非常に特異な時代の不幸な悲劇の日として忘れられない、否忘れてはならない日である。
この「2.26」に関して忘れられぬ話がある。それは「人事万華鏡」で話された松下幸之助の人間観、組織論である。
彼は言う「改革する人が20%、大勢に従う人が60%、改革に抵抗する人20%であり、改革が進まないのは改革する人が20%に満たないからである。」と。
「改革出来るかどうかは、改革せんとする人を20%に引上げられるか否かにかかっている」と。

今、政権交代が実現した。
改革を目指した民主党が国民の積極的支持を20%まで獲得し、大勢の60%を制したのである。自民党が政権交代を願うならば、この大勢に従う60%の人々の支持をいかに回復するかであり、それには現在の20%の支持者をいかに積極的支持層化とするかであろう。今は自民支持の20%の人々も消極的支持層でしかないからである。


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February 23, 2010

器量 その2

明治時代から昭和の前半まで、「命」は貴重なものであった。戦争は理不尽にも命を奪い、貧困や疾病もそうであったゆえに、人が生き延びること、成長して一人前になること自体がおおごとであった。
「命は失われやすいもの」ゆえに「命」への思いは痛切であり、それが「命ある他者」への配慮というものに結合し、それが「器量」というものに反映した。
日本人が小粒になったのは戦後60年間戦争がなかった事、そしてその間経済的発展の中で貧困とそれによる疾病が激減し、「命」が守られるのは当たり前になったからである。
「命は何よりも大切だ」と誰もが思いメディアも競うように宣伝している今ほど、皮肉にも「命が軽くなっている」時代はないのではないか?
「命」というものが観念になり流行語となり宣伝文句になってしまっている。それ故に「命」について実感が少ないのである。

鳩山総理は先日の施政方針演説で「命を守りたい」と謳い上げた。そこで引用されたガンジーの「七つの大罪」が「理念なき政治」でありまた「労働なき富」を指すのであるが、それが総理の口から言われると虚しい響きであると、国民が受け止たように。

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ryosuke_hara at 16:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

February 20, 2010

器量 その1

福田和也著「人間の器量」を読了。
「品格」ブームに火をつけた横綱が引退したら、今度は「器量」か?
筆者は「能力があるか、ないか。良い人か、悪い奴か。人を評価する基準が薄っぺらになっている。善悪、良否の敷居を越えるような人間観が必要であり、その物差しとして器がある。その器が小さくなった。
気にかける人、心を配る人の量が、その人の器量である。自分の事しか考えられない人は、いくら権力があり、富があっても器はないに等しい。」と言う。
「器」には水も入れば酒も入る。油も毒も入れられるという「受容性」の大きさがある。
結局、「あれかこれか」という二者択一ばかりで、「あれもこれも」という重層的判断が出来なくなって、人間が小粒に、即ち器が小さくなった。
それ故に「品格」よりも「器量」を問う時代だというのである。

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February 17, 2010

選挙が阻む日本の再生

政経週報2.15号「真相深層」より
近年「政権交代」が大きな政治課題となって以来、マスコミの世論調査が頻繁に行われるようになった。加えて、政権与党を実質支配する小沢一郎民主党幹事長が「政策よりも辻立ち」を促す「選挙第一主義」で「臨戦ムード」を煽っている。
それはそれで政治に対する国民の関心を集めるのは良い事だが、「選挙」優先の政策となると、受けがいい政策が優先され、受けの悪い課題が先送りされてしまう。
国の税収の確保が最大の政治課題になっている今こそ、税制の見直し(消費税議論を当然含む)こそ議論すべきである。
民主主義が直接制ではなく間接制を取っているのは、その場の民意ではなく、現時点では苦い薬でも将来に良かれという政策の判断を政治家に託しているからである。
政治家にとって大所高所から国のあるべき未来像を議論するという最も尊い仕事を、「選挙第一主義」は放棄させてしまう。
より良い政治を実現するための「選挙」が国の再生を阻むというのは悲劇だ。

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ryosuke_hara at 16:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

February 12, 2010

秀長 よき補佐役

第二の男小島英記著「第二の男」を読了。
歴史に残る偉大なリーダーも、自分一人で事を成し遂げられたわけではなく、そこにはなくてはならない協力者がいた。参謀、軍師、ナンバー2の呼称でくくられ、時に主人をしのぐ存在感を見せる人物を、洋の東西・歴史の古今を問わず選び出した。

その中で私には、秀吉に対する秀長の存在が印象的であった。
秀吉が華々しく前線で活動出来たのは、後方で武器・弾薬・食料の補給を担う秀長の存在があった。
又、政治的にも重要な補佐役でもあった事は、秀長亡き後に、豊臣政権が急激におかしくなった事からも明らかである。関白秀次の無残な死、朝鮮出兵の愚挙、石田光成と加藤清正ら秀吉恩顧の武将たちの政権内部の対立が激化……。唯一無二の調整役・相談相手であった秀長を失った打撃は大きかったと想像される。もし彼が生きていたら、秀吉政権はもっと安泰であったかもしれない。
「歴史にIFはない」が、秀吉にとって秀長の存在は大きいものであったからである。

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February 07, 2010

組織の健全性

先日、「他人の批判には耳を貸さず、わが道を行く」が信条である「剛腕」「剛力」の二人の「大物」が出処進退について決断した。
大相撲の「強力」横綱は自発的?に「引退」を申し出た。
民主党の「強腕」幹事長は「嫌疑不十分で不起訴」であるから、「現職にとどまる」と決めた。

内部からの批判の有無こそ、その組織の健全性の担保でなる
しかし、この二人の場合、今までは内部からの批判には耳を貸さなかった。
大相撲の横綱の引退の裏には、彼の身内の相撲協会ではなく、外部の横綱審議会の「引退勧告」の圧力があり、それに従ったのである。
民主党の幹事長には、彼を支える政党の内部からは、批判の声は一切封じられている。
それがない以上あとは、彼に政治的道義的責任を取らせるに外部の「世論の圧力」しかないのであろう。


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February 04, 2010

謎の鳥

4日付産経新聞朝刊より
  『日本には謎の鳥がいる。正体はよく分からない。
  中国から見れば「カモ」に見える。
  米国から見れば「チキン」に見える。
  欧州から見れば「アホウドリ」に見える。
  日本の有権者には「サギ」だと思われている。
  オザワから見れば「オウム」のような存在。
  でも鳥自身は「ハト」だと言い張っている。
  それでいて、約束をしたら「ウソ」に見え
  身体検査をしたら「カラス」のように真っ黒、
  釈明会見では「キュウカンチョウ」になるが、
  実際は単なる鵜飼いの「ウ」。
   私はあの鳥は日本の「ガン」だと思う。』と

ネット上で複数の作者による作品らしい。
私もその輪に入って
『嫁さんとは「おしどり」の如く派手に遊ぶが、
肝心の「巣作り」では、残された材料が悪いと言うばかり』と付け加えたい。

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