April 2010

April 28, 2010

社会派作家

GEQ柴田哲孝著「Great Earth Quake」を読了。
戦後混乱期の社会的事件を洗い直し、新たな解釈により真実に迫ろうとする作業は、歴史学者と共に社会派と呼ばれる作家の重要な使命である。先年「下山事件、最後の証言」を発表し、社会派作家として評価を得ていた著者が、あの悲惨な阪神淡路大震災の謎に肉薄せんとしたものである。

実在する体験者から大震災を回想。地震発生直前の不審な作業船、被災地を照射した大きな閃光、災源地が隣接する二ヶ所、ヘリ消火活動停止による被害の拡大、国際都市直下型であるのに欧米人死亡者がない事、また世界各地で大震災は発生しているがその現場には常に特定された欧米企業の作業班が存在する事等々から、何等かの作為、謀略ありとするものである。

かくの如く大地震を自然災害としてではなく、莫大な経済効果や政治的解決を生み出す装置として捉えんとする謀略史観に対しては、実際に被災した者として違和感を覚えるが、それなりの説得力を持つものであった。

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ryosuke_hara at 16:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

April 24, 2010

人はパンのみにて生きるに非ず

20日から23日まで4年振りに台湾訪問。
故 陳 文政教授の友人であった頼 源河ご夫妻の手配により、故教授の兄上ご夫妻と45年ぶりに再会。
戒厳令下であった初の訪台より現在の発展ぶりに、歳月の流れを痛感したその印象。
1 生活文化環境の向上
    都市計画による街並み美化と単車等の交通騒音の静謐化
2 中国民族の懐の大きさ 
    政治経済制度の違いを超えた大陸との交流の拡大と
     蒋介石の業績評価の変化
    台湾側から大陸への経済投資だけではなく、
     大陸側からの大量の団体客の増大
3 今後の課題
    人的交流により経済利益の拡大するものの、生活習慣の相違に
     よる感情の反発の増大(「あの人達はお行儀が悪すぎる」)

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April 20, 2010

コンプライアンス

わが記者会見のノウハウ2佐々淳行著「わが記者会見のノウハウ」を読了。
コンプライアンスとは「法令順守」と訳されているが、我が国危機管理の第一人者として突発する数々の非常事態に対応してきた著者にとって、それは「組織には不平、不満、辞任要求、損害賠償要求などが時を選ばず寄せられるが、それらにいかに対応するかがコンプライアンスである」と言うのである。
最も大事な事は、問題に柔軟に対応し落とし所を見つけてどう結着させるかであり、その最前線にあるのが記者会見であるとし、その記者会見で注意せねばならぬ事を、著者の体験した具体的な事例を踏まえて列挙するのである。
その際「記者会見」の相手であるマスコミの記者は、「ニュースに飢えた猛獣」である社会部記者である事を忘れず、その後ろには何万という国民が居る事を注意せねばならぬとする。

「大きく構えて小さく納める」。  これが佐々流の危機管理の要締だが、「討論や交渉の場で威力を発揮するのは、理路整然とした三段論法でもなければ、ドイツ観念論の弁証法でもない。支離滅裂な「理外の理」であったり感情論であったり、利益誘導や威嚇恫喝が実状である。」と彼が最後に言うのは、その生涯を通じて厳しい局面に直面させられても、それを全て乗り越えた、自信と自負の表れであろう。

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April 16, 2010

宇宙人

鳩山総理の仇名は「宇宙人」だそうだ。そのココロは「地球人(常識人)ではない」ということ。最近の事態は「宇宙人」現象ばかりである。
その1.先日の日米首脳会談
大勢の食事会で隅々隣り合わせで着席し、わずか10分程話し合うのは「会談」と呼べるのか。その程度の接触で相手方の反応も見ず、自分だけの願望で「重要問題は決着の方向に前進」と確信出来る神経は「宇宙人」としか言いようがない。
その2.高速道路無料化の為の社会実験。
試行してその結果から判断し、それを「行うか止めるか」を決めるのが実験であろう。「無料化」が結論としてあるのなら実験をやる必要はない。「過疎地の利用度の少ない道路の無料化」が「都市部の渋滞している道路の渋滞解消を計る為の実験」とは「宇宙人」の発想でしかない。
その3.自分の秘書の逮捕起訴に対して
「鳩山なかりせばこの秘書の起訴はなかったものを・・・慙愧の思い。しかし私は辞めない」との感想。この人の政治信念は「友愛」であるという。「友愛」とは「友の憂いに我は泣く精神」ではないのか。「言は良し。されど・・・」である。「宇宙人」と言わざるを得ない。

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April 14, 2010

永田町の鉄板

先週末の各種マスコミの世論調査によれば、鳩山内閣の支持率は三割を切った。
この数字は政権崩壊の危険域になったことを意味するそうだ。
時を同じくして発足した自民党分裂の「立ち上がれ日本」という新会派に対しては「期待する」は二割を超えないという。表向きは「郵政に対する姿勢が対立する人々の結束は野合である」という批判であるが、発足メンバーの平均年齢が70才という事が、何よりも「新しいもの好き」のマスコミから距離感を持たれた故であろう。
私から言わせれば、政党や会派というものは多様な価値観の積み上げたものであり、「一つのテーマで対立すれば一つの政党ではない」などというのは暴論というべきである。更にまた「功なり名をとげた高齢者が今更・・・」という批判に対しては、高齢であるが故に未来に対して純粋に憂慮するという私心なき姿勢であると評価するべきである。

毎日新聞に「永田町の鉄板」という投稿があった。
「永田町で二枚の鉄板がじりじり焼けている。
一つは政局鉄板である。我々は野党に転落しこの状態は三年余は続きそうだ。とても自分の待ち時間では政権復帰は無理だ。
二つは財政危機の鉄板である。本年度、税収は歳出の半分にもならぬ。そのうえ更に民主党は公約実現の為に追加歳出をせんとしている。これでは日本国が崩壊する。この二つの鉄板に焼け出されたのだ。」と。
まさにこの憂国の思いが、彼等をして「政界再編のため、新党結成へ」と清水の舞台から飛び降りさせた。と評価するからである。

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April 12, 2010

善悪二元論の限界

ガラスの巨塔今井 彰著「ガラスの巨塔」を読了。
著者は一世を風靡したTV番組・「プロジェクトX」のディレクターであった。「この著を書く為にNHKを辞めました」との新聞広告に魅かれて購入したが、いささか失望した。
ドキュメンタリーとして切れ味鋭く緊張感を盛り込んだ映像の世界からは程遠い、自己中心のお涙頂戴の私小説と言うべきものであったからである。
あのTVが好評を得たのは、戦後の日本が科学も技術も文化も根絶やしの惨状、その全てが灰燼の中から、傷ついた故郷を蘇らせよう自分の会社を再建しようと願い、額に汗し血の涙を流すような労苦を重ねた、名もなき人々を取り上げた緊迫感・臨場感が圧倒的に説得力があったからであり、それらが観る人々の琴線に触れるもの、即ち感動と共感を呼び起こしたからである。
その著者が、この小説では自己弁護の立場からのみ巨大組織の人事構造を見るばかりで、読者に一向に感動・共感を呼び起こすものがないのである。
「物事には両面がある。」「見る角度によって姿は変わる。」即ち単純な善悪二元論に陥ることなく、なおかつ真実・真相を求める姿勢こそ、観る者に感動と共感を与えるのである。

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April 08, 2010

代わり映えなく

世論調査によれば鳩山内閣不支持率は五割を上回った。一方自民党は離党者が五月雨式に続いて一向に支持率は向上しない。 
政局は混迷、国民の政治不信は昂ずるばかりだ。
その原因は、「政治とカネ、リーダーシップの欠如、発言のブレ、内閣不一致、政策の迷走・・・」と。鳩山内閣に浴びせられる批判の声は、前自民党政権当時と全く同じである。
一年前、攻める立場の民主党が一番に憂慮したのは「麻生退陣」で自民党が出直す事であった。今、攻める立場の自民党は「鳩山・小沢体制」を激しく攻撃しているが、その実、小沢退陣による人心一新を恐れている。
まさに攻守立場を変えても「代わり映えしない」現象であると言わざるを得ない。

今回の政権交代で国民の関心を引いたのは、民主党の「政治主導」であり、その具体化としての「事業仕分け」という予算査定であったが、これも実は「財務官僚の手のひらの上で踊っただけ」という批判もある。

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April 05, 2010

大した人だよ。この人は。

高峰秀子の流儀斎藤明美著「高峰秀子の流儀」を読了。
「天才子役」から「大女優」となって、映画界を突然引退、引退後は才能あるエッセイを発表する文筆家として『華やかな存在・遠い存在』であった高峰秀子の現実は、あまりに過酷であった事を、この著ではじめて知った。
仕事に終われて学校にも行けぬ稼ぎ頭の彼女を“食い物“にする欲望に憑かれ、虚栄心を満たそうとする、金に踊らされる人間に囲まれた生活。
それらの人間の姿を黙ってじっと見据えながら、人間にとって本当に大切なものは何か。何が醜くて、何が美しいか。何が本物で、何が偽者か――。読み書きも習えなかった彼女が、人として本能的に身につけたもの。
「動じない。求めない。期待しない。振り返らない。甘えない。こだわらない……」。奇しくも「……ない」という“否定”の中に、人生の“肯定”確固たる流儀を見つけた彼女。
その意味で「大した人だよ。この人は。」

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April 01, 2010

地域活力の源

兵庫県芸文センターの舞台監督である山崎正和氏の論より。
『地域社会は江戸時代から存在した。その頃の行政組織は現在のそれよりも権威的であるばかりで不備でひ弱であったが、藩主が国替えとなっても、農民や町民はその地域にとどまっり平穏に生活・生産をし地域社会には活力があった。
今日の地域社会の疲弊とその活性化を論ずるならば、「それは何故か」を問う事から始めねばならぬ』と言うのである。
その理由は一つには、昔は他地域との交流が困難であったが故に、その地域の独自性が純粋な形で継承され、地域の特産物と伝統文化を育んでいた。それらが社会の発展と伴に交流範囲が広まる事によって、それがその地域の誇りを生み育てていった。
しかし近代化とともに、全国統一となり格一化が求められ、特に西洋文化の窓口である東京が模倣の対象となり、地方の特性が失われるとともに地域に誇りさえが失われていった事であろう。

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ryosuke_hara at 16:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜