July 2010

July 28, 2010

政治主導とは?

長谷川幸洋著「官邸敗北」を読了。
著者は前作「官僚との死闘七〇〇日」で、自民党政権では「官僚のお膳立てで政治家が動く」が政治の実態であるが、これからの政治の基本図式は、「与党VS.野党」、「自民党VS.民主党」ではなく、「与野党双方の改革派VS.政権内抵抗勢力」という構図にシフトする必要ありと指摘した。
そして昨年末、脱官僚依存を主張する民主党政権が誕生した。
しかし民主党政権も、その目玉政策「事業仕分け」が内実は財務省の振り付けであった事や、検察・税務の権力機関にツー・トップの「政治とカネ」にまつわる疑惑の弱味を握られ、更に選挙で勝利をもたらしたマニフェストの諸政策の財源を、財務省の知恵に依存せざるを得なかった事等により、脱官僚依存=財務省への集中依存体質、財務省の権力機関化へと変化していく様子を「官邸敗北」としたのである。

メディアの「権力を監視する」という重要な役割から「財務省は財政健全化を唱えるが、それは常に歳出削減による健全化ではなく、増税による健全化である」事への注意を喚起し、その財務省依存体質を強化しつつある民主党政権への警告の書である。

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ryosuke_hara at 16:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感記〜日々私が思うこと〜 

July 21, 2010

今昔物語

田宮虎彦著「寛永主従記」を読了。
封建領主父子の反発、その対立に巻き込まれた家臣の「自己の信念」を貫く忠節の生き様の物語である。
ちなみに著者は、不遇の時代にようやく社会的評価を得た作品を、謂われなき批判にさらされた折、反論する事なくその作品を発刊にしたという信念の人である。
「この著者にしてこの作品」と思うのは、最近の民主党と比べるからであろうか。
時あたかも、鳩山前総理は退陣の際「次の選挙は出馬せず」とし「散り際の美学」と評価されたが、今は「出馬如何は選挙民が決める事」とまたブレた。
管新総理も民主党の最大のマニフェスト、政治主導の要である「国家戦略室」を、党内議論もせず廃止するそうだ。
結局その時々に「美辞麗句」を発するも、何も信念に基づくものではない。
今昔物語か?

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July 18, 2010

改善と負担

神戸新聞、大沢真幸「日本人の二つの世界感覚」の要旨は以下である。
日本人は現状を「年金制度など改善すべき必要がある」というものと、「変えると悪化するような変更は反対する」という一見矛盾する感覚を持ち合わせている。
即ち「財政状況や社会保障の改善は必要」と国民の大多数は思っている。しかし、「消費税率の引き上げ等、自分の負担が増加するのは反対」という感覚である。
民主党は昨年の衆院選で「改善」を訴えた。「その代償は官僚機構の何処かにある埋蔵金で対応」とした。国民は「新たな負担なしなら」と支持をしたのである。
今回も「改善」を訴えたが、「その代償負担を消費税率引き上げという国民の負担」とした。それ故に支持を得られなかった。とするのである。

国民の願い「改善」の為には、「負担分担」の国民的同意が必要であり、「政府がまず無駄遣いをやめ、国会議員も大リストラ」する等、先ず民主党マニフェストの「バラマキ政策」を変更することが前提条件であろう。

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July 08, 2010

マニフェストはどこへ?

某携帯電話会社のコマーシャルに、「立派な国を作るためのエベレスト」との表現。誠に諧謔に富んだものであると思う。
今回の参議院選挙の争点は、先の衆議院選挙で政権交代した民主党の政権運営全体を評価する事、即ち、民主党のマニフェストがどの程度、実行・実現されたのかを問う事であった筈である。
然るに、管新首相は「消費税10%」を打ち出しそれが最大の争点となり、民主党の各種政策が財源的に実現可能か、という判断基準がボカされてしまい、「政治とカネ」の問題を表紙を換えて出直した、「民主党への信頼」を問う選挙、いわば目くらましの選挙となってしまった観である。
まさに選挙公約のマニフェストは、エベレストの如く高い山の頂に置き忘れ去られた状態であると思うからである。

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July 04, 2010

「人間力」の魅力

内田百?著「まあだかい」を読了。
著者は芸術院会員への推薦を、「イヤだからイヤだ」という理由で辞退したように、頑固偏屈を自認した人物である。それは若くして実家が没落し、多額の借金に苦労した事が原因であろう。
一方、教師退官後は、昔の教え子(彼自身はこの呼称を非常に嫌っており、学生と呼んだ)達から慕われ、還暦を迎えた翌年から摩阿陀会が開かれていた。その会名は、「先生の還暦祝いはもう済んだ。それなのにまだ死なないのかい」、即ち「まあだかい」に由来する。この会は、「もういいよ」となるまで二十数年間も続いた。(この微笑ましい交わりは、黒澤 明監督の遺作映画の題材となった。)
これは著者が、ただ頑固、偏屈、無愛想、我が侭なだけでなく、人をひきつける「何か」を持っていた証明であろう。
それは切羽詰った「金繰り」を、晩年は「錬金術」と称していたように、貧・老・死の三重苦をも笑いとユーモアと諧謔の対象としてしまう精神力であろう。その人間的修練が独特の人柄を形成させ、それが百聞独特の作風に反映され、周囲の人々を魅了させたのであろう。(ちなみに高峰秀子はこの著者の愛読者であると言う。)

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