October 2010

October 30, 2010

数奇な人生

指揮官の決断早坂 隆著「指揮官の決断」を読了。
主人公は兵庫県淡路島出身の陸軍中将であった樋口孝一郎である。
陸軍大学出身の情報将校という経歴からは典型的軍人を想像させるが、その人柄は芸術にも造詣の深い教養人であった。
満州国特務機関の長の任にある時に、迫害されたユダヤ人にヴィザ発給したのは、あの杉原千敏よりも一年前の事であった。それは、今だもってユダヤ人社会ではオトポール事件として語り継がれている。
陸軍軍人としては、日本軍最初の玉砕戦であるアッツ島の命令指揮官であり、かつまた奇跡的な脱出救出作戦と評されるキスカ島撤退作戦の指揮官であり、まさに喜悲こもごもの経歴である。
更に、ポツダム宣言受諾後、不法にも北方から侵攻してきたソ連軍との戦闘(占守島の戦)に直面し、「天皇の命令による戦闘」ではない唯一の「私人の指示による戦闘」の指揮官ともなるのである。
まさに数奇な人生であったと言うべきであろう。
戦後は一切の公職につかず、戦死した部下の霊を慰める日々を送った。
著者は言う。「樋口の人生には泥がある。しかしそこにこそ彼の底光りする魅力がある」とは至言であろう。

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ryosuke_hara at 16:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

October 26, 2010

国民性の違い

フランスでは大学や高校生を中心にデモの嵐が吹き荒れている。「年金制度の変更により、自分達若年層の働く場が失われる」との理由であるという。尖閣諸島問題での中国の「反日デモ」も、経済発展する海岸部に対して、内陸部では貧富の格差の拡大と「蟻族」と称される就職難の若年層の現状に対する不満の発散が、その実態であるとの見方もある。
翻って我が国はどうであろうか。
国債の後世代ツケまわし、年金等の社会保障制度に対する不満、将来世代の「負担と受益」に対する不公平感は募り、かつ、雇用機会が失われている状況では、将来の無年金層や生活保護予備軍が増加するばかりであり、かの国と同様のデモや暴動が発生しないのは「国民性の違い」だけであろう。
雇用機会拡大の対策は急がれるべき所以である。
しかしこれまでの我が国の雇用対策は、個別企業向けの補助金を基本としており、企業全体を対象とする雇用拡大の措置はなかった。
「雇用促進税制の導入」と言うが、その財源と具体策は何なのか?
雇用促進の為に、またバラマクのであれば更なる財政悪化を招く事となり、それはこの十年、我が国が陥っているアリ地獄の再現でしかない。

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ryosuke_hara at 15:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

October 20, 2010

地図を動かせ

大石英司著「魚釣島奪還作戦」を読了。
書店で偶然、現在の政治状況に対応する題名に魅かれて購入した。
「21世紀の新課題は個人レベルで国際紛争を起こせるようになった事だ。」と著者自身が指摘するように、大富豪の中国人が、最新鋭の装備で私設軍隊を組織し尖閣諸島を占拠し、インターネット中継により国内の愛国抗日感情に訴え、兵士には「領土回復は、必ず次の世代が諸君の志を継いでくれる。諸君は国民の英雄として、諸君の家族には国民からの多額の弔慰金が贈られる。」とテロ行為を鼓舞煽動するというのが物語の設定である。
小説では、自衛隊が出動し抗戦排除する設定になっているが、現実にはその様な対応が可能なのか。先日の事例でも心寒い限りである。

日本人は「日本が世界の真ん中にある地図でしか世界を見ていない」と言われる。
中国の地図から見ると、太平洋に進出する際に、北海道から沖縄の島々まで長く延びる日本列島は何と目障りなことか。尖閣諸島を資源獲得の為だけではなくその領有地を将来に亘って主張したいのは容易に想像しうる。
中国側からの視点を考えれば、それ故にこそこの問題に対しては先送りする事なく、主権国家として毅然と対応すべきである。

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ryosuke_hara at 16:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

October 17, 2010

政権交代

神戸新聞情報文化懇話会10月例会の講師は、NHKの大河ドラマ「龍馬伝」で時代考証を担当している大石 学東京学芸大教授であった。
主人公の人格の形成や作品のテーマを、ドラマの冒頭部分で「いかにさりげなく埋めこむか」の話は面白かった。
特に坂本龍馬が「憎しみの連鎖からは何事も生まれず」という精神で、一介の土佐の地下人から日本人に、そして国際人に目覚めていき「AとBの立場の対立があれば、それにとらわれずCの立場で対立を克服する」姿勢は説得力あるものであった。
まさに江戸幕末の「佐幕開国」と「尊皇攘夷」の対立を、列強諸外国の介入を許さず、「尊王開国」でまとめあげたのは日本人の知恵であり、彼のこの精神がその端緒を築きあげたのであった。
更に明治維新という我が国最大の政権交代は、それまで譜代大名や旗本などで「幕府官僚」が担っていた国家運営を、朝廷官僚や外様大名の藩官僚を加えた「新政府官僚」が担うとう「官僚革命」であり、その成功は「国民国家と日本人としての自覚」であると、講師は位置付けるのであった。

現代の政権交代に於いては、新政権を担う政治家と官僚に従来の発想を転換し、「国家国民に奉仕する」という自覚はあるのか、考えさせられるものであった

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ryosuke_hara at 11:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

October 10, 2010

職務への使命感は何処へ?

警官汚職津島 稜著「封印…警官汚職」を読了。
この作品は昭和57年に発生した大阪府警の汚職事件について、この事案を「持ち込んだ」新聞記者が回想したものである。この事件は、大阪地検が担当し解明したのであるが、「何故今頃になって」と思う、ましてや大阪地検特捜部の不祥事が発覚した今日ならばである。著者は実在する関係者の了解と「もはや時効であるが故」の発表であるというばかりである。
しかし、この28年の歳月の流れで「失ったもの」を痛感するのは、私だけではあるまい。

検察、警察、マスコミは、真実を究めて悪を糾弾し正義の実現を図る組織である。その原則、本則はそれぞれの職務に従事する者の、職務への気概や執念があってこそであり、著者はそのことがいわば当然の事として作用していた時代を、ノスタルジーと思いつつも、時代の変遷に関わらず、職務への使命感、「検事魂」「記者根性」は受け継ぐべきものとしての回想であろう。
取材者の血脈横溢の人間関係を生かした取材から、記者クラブの当局発表を鵜呑みにするマスコミ。
職務への重大性への責任感や「護民官」としての自覚を忘却した検察官や警察官。
それらへの憤懣がこの著を書かせたのであろう。


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ryosuke_hara at 16:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

October 05, 2010

向う三軒両隣り

日本社会が自分が思っている社会とは別物になっているのではないか。
「不明高齢者」の存在、特に家族が居りながら親の所在不明(どこへ行ったか判らない)等、役所のオザナリの仕事振りと家族や地域のあり方が問い直されている。
法と正義の実現者である筈の検察官が、その立証の為の証拠を改ザンし、不正義・冤罪をデッチ上げる等も「まさか」の世界である。
一昔前「今時の若い者は・・・」という苦言に代えて、異質な人という意味で若い世代を「新人類」と呼ぶ表現が流行した。今は全ての世代でその違和感が広がりつつあるというのが実感である。

日本の国歌は「君が代」である。
その歌詞に「さざれ石の巌となりて苔のむすまで」とある。それぞれの小石が結集して大きな岩となるのである。
その結束させる力とは、そこに住む人々の結束力であり安心感の源泉である。
さざれ石が「向う三軒両隣り」で結束して、地域社会ひいては国家が成り立つのである。
我々は今一度、国歌の歌詞と「向う三軒両隣り」の意味を再認識するべきだ。

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ryosuke_hara at 16:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜