November 2010

November 29, 2010

不可解な事

今回の北朝鮮砲撃事件の報道を見て、不可解に思う事
国際的には、南の国防相が更迭されたが
1、北の突然の攻撃に対し、南の反撃は誰がいかなる手続きを経て決定をしたのか、またその反撃はどれほどのダメージを北に与えたのか、の報道がないこと(北は公表せぬが、衛星写真で判明している筈)
2、その反撃を「打ち方止め」との命令は、誰がいかなる手続きでなされたのか(この種の問題は「始めるよりも止めるほうが難しい」)
国内的には、官邸が長時間カラッポであった事について
1、菅総理は「情報収集に万全を期し待機していた」と言うが、非常事態にすぐに対応できる体制を構築するべきであろう。
2、何事にもリーダーシップ発揮せぬ総理が、唯一自ら指示を出したのは「朝鮮高校の授業料無償化」に対し「この攻撃は隣国への主権侵害である。」との理由でストップさせた。
ならば「拉致問題は我が国への主権侵害であり、この朝鮮高への無償化は本来認めるべきものではなかった」はずである。
「菅総理、あなたはどの国の総理なのか?」と問わなければならない。

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ryosuke_hara at 16:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

November 25, 2010

やはり野におけレンゲ草

「近頃の若者は」という言い方には、その前提に「自分が若い頃にはもっとしっかりしていた」という自負がある。この論理でいけば、若者の質は時代と共に劣化し最も優秀だったのは、原始時代の若者であるという事になる。しかし、その若者が新しい時代を変革創造してきたのが人類の歴史でもある。
若者は現状に満足せず、「変革」を目指す。それが実現するか否かは、若者の「変革」への情熱が、私利私欲ではなく「公」の精神に立脚するか否かの国民の判断による。

最近の菅・民主党内閣に対する各種世論調査で、内閣支持率・政党支持率が凋落しているのは、国民の「今時の政権は」という気分の表れであろう。
昨年夏の「政権交代」は、永らく続いた自民党政権よりも、政権未経験である若い政党の民主党に対して、国民が「変革」の期待を寄せたものであった。
しかし、政権を担った民主党の現況は、「公」の精神と責任感よりも、政権維持が自己目的化しており、それが国民の「今時の政権は」という気分になっているのであろう。

「やはり野におけレンゲ草」というのが国民の想いであろう。

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ryosuke_hara at 10:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

November 19, 2010

司馬史観

司馬遼太郎が書いたこと小林竜雄著「司馬遼太郎が書いたこと、書けなかったこと」を読了。
司馬の代表的な小説は、武士階級の勃興があった鎌倉期は「義経」、室町末期は「箱根の坂」、戦国時代は「国盗り物語」、織豊時代は「新史 太閤記」、幕末は「竜馬が行く」であり、武士が主人公である。そして明治草創期は「坂の上の雲」であり、武士が消滅した時代に志を持つ人物がいかに生きたかの物語である。
「坂の上の雲」の主人公である、子規は写生という概念を俳歌壇に導入し私生活では病苦と対決。好古は騎兵を創設し日本陸軍に近代合理主義を導入。真之は、独創的作戦によって世界最強のバルチック艦隊を撃破する等、三人ともに「変革」に挑戦した戦士であった。
即ち「司馬が書いたこと」は武士、「変革の志の持ち主」を描き続けたのであり、いわゆる司馬史観とは武士史観であると言える。
一方「司馬が書けなかったこと」は、明治後半期からの日本であり、それを荷った軍人はノモンハン事件に象徴されるように私利私欲、保身を計る出世主義者であり「武士の志」なき故に、司馬は「書かなかった」または「書けなかった」とするのである。

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ryosuke_hara at 16:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

November 14, 2010

尖閣ビデオ

中国漁船衝突ビデオ流出問題についての論点は2つ
一つは、政府が機密とした内容を国家公務員が漏洩したという危機管理の問題
一つは、政府が機密と指定したその政治判断の是非の問題である。
前者に対しては、公務員の守秘義務違反として粛々と処罰対象とするべきである。ただ、「漏洩された機密」は「守るべき国家機密」に該当するか否か。それによって、処分の軽重が決まる。
後者についても「守るべき国家機密」と決定した政府にその説明責任がある
いずれにしても、問われるべきは「流出」そのものではなく、本来広く国民の間で共有されるべき情報が、政府の判断によって公開に制限が加えられ、結果として「流出」騒ぎになってしまった。即ち、「政府の判断が正当であったか否か」が問われているのである。

政府側はこのビデオは刑事裁判の証拠であるから「不開示が原則である」と強弁するが、刑事事件の容疑者はすでに国内におらず、刑事裁判そのものが成立しないのだからその論理は成立しない
なによりもこのビデオは国内法の対象ではなく、我が国の国益を左右する外交上の重要な資料であるから、国民の知るべき権利の対象であり、公開すべきものであるのは当然である。それ故に、処罰内容は「悪法も法なり」の範囲にすべきものであると考える。

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November 10, 2010

徳川モデルからの脱却

日本政治の謎猪口 孝著「日本政治の謎」を読了。
著者の分析によれば、日本は「パックス・トグワーナ」とも言うべき徳川時代の政治決定モデルを未だに踏襲し「元禄の平和」に安住している。
その徳川モデルの特徴は
  1.対外関係は軽武装商人国家であり、鎖国指向である
  2.政治行政は擬似連邦制であり、最終決定権者が不明確である
  3.社会組織は拡大イエ社会であり、「御上」依存体質である
  4.経済運営は隣百姓であり、護送船団方式である
  5.文化的には集団主義であり、家元世襲制を尊重する。である。
我が国が「泰平の眠り」から目覚め「普通の国」となる為に、世界史的視野から日本再生の処方箋として
  1.自由に門戸を開放する
  2.権力の行使とその責任の所在を明確にする
  3.個性の確立と自律の精神を涵養する
  4.勤勉による革新から技術・組織による革新で対応する
  5.個性の尊重による「共存共栄」を図る。が必要であると説いている。

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November 06, 2010

円高 ・・・その2

先月の財務省発表によれば、我が国の外貨準備高は1兆1000億ドルとなり、過去最大となったとの事。その大部分は推定900tの金塊と9000億ドルの米国債である。
しかし、これら現物は日本銀行の金庫にあるのではなく、アメリカのFRB(連邦準備制度理事会)や金融機関に預けられている。しかも、その利息も日本に支払われず、ドル債権に加算されるだけとも言われている。
米ドルは基軸通貨として世界に流通しているが、「金融資産としての米ドルの債権はアメリカが管理しており、その運用権もアメリカに握られている」との事である。
仮に日本が預金やドル債権を引き出そうとした時、その権利は自由に行使出来るのか。(橋本元総理がその事に触れた際、強いオシカリがあった事を思い出す)

外貨準備高は高い程良いとは言えず、日本のそれは準備水準を超える過剰なものであるとも言われるが、特に米ドルだけに集中依存する体制を変更しようとする方策を模索すべきときである。

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ryosuke_hara at 17:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑感記〜日々私が思うこと〜 

November 02, 2010

円高 ・・・その1

円高が止らない。史上最高値を更新する勢いである。
「生産の海外移転による国内空洞化で経済は悪化」と悲観する見方が多い。
「この円高を生かして世界の資源や食料、企業買収の好機とする」との強気の意見は少数である。
円高の実態はアメリカ自体がドル安を望んでおり、ドルは全ての通貨に対して安くなっているのである。
ならばこの際、ドルを世界経済の基軸通貨とする常識を考え直すべきではなかろうか。
先ず、日本の対外貿易収支の決済をドル建てから円建てに変更する事を考えるべきではないか。
円建て決済であれば、我が国は安く資源食糧を輸入しうる。相手国もドルで決済されそのドルが安くなるより円決済を歓迎するだろう。輸出も円建てであれば対外要因に左右されず安定する。
ちなみに世界各国の外貨準備高はドル、ユーロ、円である。
少なくとも、EUがユーロでEU圏貿易収支を統一している以上、アジア圏では円建て決済する方策を求めるべきである。

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