December 2010

December 30, 2010

年を終えるにあたって

政権党・民主党の実りなき党内抗争は年を越すようだ。
本年は、「国民生活が第一」とのスローガンで「政権交代」して以来、「政治主導」を唱えるこの政党の政治に振り回された一年であった。「結果に対する責任を負う姿勢と経験の無さ」がその根底にあるのだろう。
自民党にとっても「政権交代」を実感させられた一年でもあった。「政権交代」は昨年後半の出来事であったが、其の事が実体として如何なる変化をもたらすかは、本年の後半になって実感させられたからである。

「中央政界の政権交代は地方行政の政権交代ではない」が、あと三年近く「中央と地方のねじれ状態」が続くという前提のもと、地方行政に於いても随所にその影響が現れてきたのである。県下各種の団体との意見交換、予算要望など、以前とは様変わりしてきたのである。

政治家に求められるものも変容しつつあり、「政権交代」ならぬ「選手の在り方交代」が求められている年の瀬である。



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ryosuke_hara at 16:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感記〜日々私が思うこと〜 

December 23, 2010

責任を取るべき「結果」

先日、静岡にある中 勘助記念館の前田、奥山、木内の各氏が来神。その目的は我が恩師、橋本 武先生が「銀の匙」を教材に選ばれた理由を問う事であった。
先生答えて曰く「自分の学生時代、その教材は何一つ覚えていない。自分の生徒には何か忘れられぬものを残してやりたかったから」

伊藤氏貴がその近著「奇跡の教室」でその事について書いている。
『「結果が出なければ、責任をとる」、『銀の匙』を教科書にしようと心に決めた“覚悟の言葉”だ。我々は、橋本の言う「結果」とは「進学実績を上げること」と認識していた。だから、その後、日本一の進学校になったことで、結果は出たと、解釈していた。
しかし、彼の本意は、実際は我々の想像のはるか先にあった。
「一緒に『銀の匙』を読んだ生徒が、還暦過ぎても、みんな前を向いて歩いている。それが何よりも嬉しい。『結果』が出て、良かった――」
大学受験の成果など、先生の求めた「結果」ではなかった。』と

現在、99歳の橋本先生はそれに加えてこうも言われる。
「今、私は、『銀の匙』の新しいテキスト作りに熱中しています。今の生徒に合った『銀の匙』研究ノートです。これが完成しないと、満点とは言えません。」と。


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December 20, 2010

政治家の発言

政治家の発言が、感銘よりも失笑の対象となったのはいつ頃からであろうか?
先日の総理、前総理の発言もその類のものであった。
現総理は沖縄の米軍基地移設問題について、自らの政党が混迷させたのに「元の案がベターであり、この提案を直接伝えられたことは大きな一歩」と自讃した。前総理は「政界からも引退」を、「国益に資する政治を実現させる為に撤回」と発言したのである。
「発言の軽さ」と「自ら置かれた状況」への認識の無さを象徴するものであろう。
これは悲劇なのか、喜劇なのか。
国民にとって、これらの発言は「お芝居の喜劇」なら笑って済ませられるが、一国の責任者の発言である限り、このようなリーダーを冠している事は悲劇と言わざるを得ない。
その昔、「世論を見て政治をする」と批判された総理が居た。政治家、特にリーダーは「自ら置かれた状況」・「世論」に対し、今少し敏感であるべきであろう。

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December 16, 2010

風淅瀝として流水寒し

特務機関長 許斐氏利牧 久著「特務機関長 許斐氏利」を読了。
戦時下の上海・ハノイで特務機関(それは戦争に必要な物資を現地で調達する「商社機能」と、敵対する各国の情報を探る「スパイ機能」を併せ持つもの)を組織し、戦後は銀座で一大歓楽郷「東京温泉」を開業、クレー射撃でオリンピックにも出場したという昭和の“怪物”の物語である。まさに「波乱万丈の昭和裏面史を駆け抜けた男の生涯」であり、その前半生の活動の場はベトナムの地。そこへ戦後マスコミの特派員として派遣された筆者が、この人物が戦後にまで残した影響の大きさに触れ、この怪物を歴史の表に描き出したのである。
許斐氏利は、「魔性の歴史」を歩き続けた。魔性の歴史は、魔性の人間を生む。
それぞれの時代に、それぞれの正義があった。一つの時代の正義が、後の時代には否定され、不正義になることは歴史上そう珍しいことではない。許斐氏利の正義、それは武道の精神、任侠の世界に通じるものであった。
「生死を共に」との約束を果たせなかった故に小指を切断した「魔性の男」の正義は、彼の盟友でもある、大川周明が東京裁判の法廷で、前に座った東条英機の頭をピシャリと叩いた論理にも通じる。

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ryosuke_hara at 16:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感記〜日々私が思うこと〜 

December 11, 2010

今年の漢字

本年の世相を表す漢字は「暑」が選ばれた。
私は「暑」の反対の「寒」を選びたい。その理由は以下である。

これまで「日本とはどんな国?」と問われた時に、多少誇りをもって「世界第二の経済大国、世界第一の長寿国、世界第一の安全安心な国」と答えたであろう。
それが経済的には長く停滞が続き「経済大国」との実感は失われている。長寿国ではあるが、「孤独死や将来の年金不信」など「老後は本当に幸せなのか?」 に不安感が増している。さらに「安全安心」については無差別殺人など社会不安はつのり、なによりも新政権のもと外交関係の不安定な要素が増し、領土問題をはじめ「国そのものの安全安心」について不信感が増したからである。
その原因に「なにも決まらない」の政治状況があり、「日本とはどんな国?」と問われた時、自信のある答えが出来ぬ「背中がウスラ寒い」の焦燥感と不安感が増した一年であったからである。

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ryosuke_hara at 12:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

December 05, 2010

戦争の裏面史

後藤基治著「日米開戦をスクープした男」を読了
また、日本の歴史で「忘れられぬ日」が巡って来る。70年前12月8日の毎日新聞朝刊の第一面には、「断乎駆逐の一途のみ」「驀進一路・聖業完遂へ」の大文字が踊っていた。
我が国の新聞の歴史は約140年になるが、その中でも最大のスクープは戦時非常体制の厳しい検閲と報道規制の中で、「大東亜戦争開戦」という最高国家機密のスクープであった。
このスクープをものにしたのが、この著者である。この開戦を決定するまでの情勢(政府も陸海軍も日米の戦力差から「勝算なし」は共通理解であった。)と、敗戦に到るまでの取材記録でもある。
「最強の皇軍」と自称しつつも、陸海両軍間で戦争物資の取り合いは、「誰が真の敵か判らぬ」ほどのイガミアイをする等、効率的な戦争態勢から程遠いのが実態である事を指摘している。
立場上海軍側からの分析であるが、その海軍も戦果の実態の隠蔽体質や、将官の無責任な官僚体質への指摘も厳しいものがある

新聞記者と取材対象との距離のとり方等は現代のマスコミと通じるものがある。


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ryosuke_hara at 17:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)