June 2011

June 29, 2011

公務員制度改革

古賀茂明著「日本中枢の崩壊」を読了。
公務員制度改革に対する国民の期待は大きい。
長期政権による閉塞感は、「自民党でない政党 民主党」に国民の期待が集まり結果、政権交代が実現した。
しかし、その民主党も「政治主導」という理念だけ、経験不足というより無能力であることが露呈した今日、国民の無力感は深まるばかりである。
更に、この公務員制度改革は、対立する相手党の手柄にするよりも、自党が政権にある時にした方が得だという、「政策よりも政局」の材料となっている様でもある。
著者は、「霞ヶ関」の中心におりながら、官僚の道を選択した初心を忘れず、大病を患ったこともその一因であろうが、そこに踏みとどまってこの改革の「志」を貫かんとしている。

蛙は湯の中ではいられない。しかし今の温度が少しづつ上がっていけば、「おかしいな」 と思いつつ慣れてしまい、最後は熱湯に茹で上がってしまうという。
「何とかしなければ」との思いは、「志」のある者が引っ張っていかねばならない



バナー

クリックよろしくおねがいします。

ryosuke_hara at 15:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

June 23, 2011

バルカン政治家

バルカン政治家とは、手練手管の手腕と度胸で自国の生き残りを計る政治家のことである。
今、我が国にバルカン政治家気取りの総理がいる。
だが、この総理の手練手管は、自国の利益よりも自分の延命の為のみにつかわれている。
衆参の捩れ現象が続く限り、与野党協調して対応せねばならないことは自明である。それにはまず信頼関係がなければならない。その妨げが総理自身にあるとすれば、彼が潔く退陣するほかにこの国難に対処できない。そのことを無視して、延命に固執する総理の動きは「悪あがき」というほかはない。

山内東大教授は「バルカン半島の政治家が、結局その地域のユーゴスラビアやセルビアを解体させてしまった如く、バルカン政治家気取りの菅 総理が民主党そのものを分裂や解党に追い込みかねない。これは、喜悲劇という他はない」という。
民主党の分裂だけではない。我が国の政治家不信をますます拡大させているのだ。

権力に抵抗する姿勢の市民運動家が、権力を手にすると最も権力的であった。



バナー

クリックよろしくおねがいします。

ryosuke_hara at 10:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

June 17, 2011

理想と現実

伊勢崎賢治著「紛争屋の外交論」を読了。
著者は国際紛争調停の経験から、「外国企業がまず資源を持つ国の財政を破綻させる。そこで国際社会の要請を受ける形で善意の仮面を被って国際援助業界が介入するのが現状」であり、その「マッチ・ポンプ」の世界に、日本の「カネで解決できるのなら」の善意が悪用されているのが実態である。と言う。
この現実に対して、わが国は自衛隊の海外派遣の為の恒久法の制定し「国際的に名誉ある地位」を目指すべきだと、提言するのである。

しかし、具体的な国境問題での「ソフト・ボーダー」設置による紛争の棚上げの提言は理解しにくいものである。
わが国では、「国家間の紛争が発生すると、まずメディアが、芸能ニュースのノリで外国の脅威を煽る。民衆の人気取りだけの政治家が好戦アジテイターと化す」のが、実態であると冷徹に分析していた著者は、我が国を取り巻く各国はそれ以上に「愛国精神」を煽る国である現実に対して甘すぎると思うからである。



バナー

クリックよろしくおねがいします。

ryosuke_hara at 15:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

June 12, 2011

不信任で問われたもの

内閣不信任案は、急転直下否決となり「役者が違う」と思わせたが、その役者が自ら転んで、結果的に内閣不信任は皮肉にも実現することとなった。
この茶番劇で、政権党のトップ人は遠からず建て直される。しかし、「何事も決定できず、対応が遅い」この状態は、新しい総理が選出されても「衆参の捩れ」がある限り続くのである。
即ち、本当に建て直さなければならぬのは、日本の政治中枢の政策決定のあり方であり、今回の茶番劇に救いがあるとするならば、この政策決定のあり方を改善協議する場を持てることであろう。
国難を克服する為に、対応できる協議が可能な政党間の度量と体制の整備こそ、求められているのではないか。
小選挙区制を選挙制度とする限り、二大政党の連合・連立は論理矛盾であり、この制度の再検討まで進むべきである。




バナー

クリックよろしくおねがいします。

ryosuke_hara at 16:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

June 07, 2011

歴史を決定するもの

大佛次郎著「天皇の世紀」第十二巻を読了。
この長編は著者の病没の為未完となったが、その最終巻は西日本の革命勢力が 東日本の旧体制を武力制圧する過程であり、 東日本 特に長岡藩の河井継之助(「河井と談判させるのに、成り上がり 気負いばかりの若造ではなく、仮に西郷あたりが出て行っておれば、名誉ある妥協が出来戦争にもならなかったろうに」と語り継がれる人物)を登場させる。
日本の西南諸藩は瀬戸内海の航路を大動脈とし、外への発達進展を考える習性があった。一方東日本地方は、険しく高い山々に遮られ、経済活動は自らの住まう大地に限定され、精神生活もまた伝統守旧的であった。
その東西対決、西日本の下級武士階級・不遇公卿の「気負いきった成り上がり」の革命的勢力に対して、東日本の「古くとも黒光りした太い柱」が滅多に動揺しない強い存在として対立した象徴であった。

個人個人の尊厳よりも科学技術の進化が歴史を決定する、のである。



バナー

クリックよろしくおねがいします。

ryosuke_hara at 16:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

June 02, 2011

不信任案

内閣不信任案についての賛否の議論が喧しい。
いわく「この国難の時に政争をするな」と、「今必要なのは実行力ある総理」と。
いずれにせよ、国民の政治家不信は募るばかりである。
更に輪をかけるものがある。
政府が任命した民間有識者でつくる復興構想会議が、増税や国債発行など復興財源を確保する方法の検討を進めている」との報道である。(この会議の議長の言動は「学者バカの如く抽象論に終始している」と思うのは、私だけか?)
しかし、この構想会議の担うべき最優先の役割は、被災地の復興を日本の未来像につなげていく構想を立案することの筈である。そしてその実現に必要な財源は、政治家が考えることである。
「復興財源の手当てをいかにするか」を考えるのは政治家の責任である。その財源問題まで、政治家は丸投げしているのか。 
政治家としての責任を放棄している以上、「内閣不信任」より「政治家不信任」とすべきであろう。



バナー

クリックよろしくおねがいします。

ryosuke_hara at 09:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)