November 2013

November 30, 2013

歴史を変える「コンプレックス」

鳥居 民著「近衛文麿 黙して死す。すり替えられた戦争責任」を読了。
近衛はその出自からして天皇に対して意見具申できる者は自分しか居ない、という自負から「天皇の自発的退位表明によって早期の戦争終結の申し出」を建言した。それに対して、2・26事件の処理方針決定以来、陸軍と結託し今次対米戦争の開戦の責任を問われるのを危惧する内大臣の木戸は、それを無視し戦争終結を遅らせた。それには「木戸の近衛へのライパル心とコンプレックス」が原点にあった。また木戸は終戦後も、勝者である米側に対して身内の都留重人を介して「開戦決定の責任」を自己から近衛に転嫁すべく策謀した。近衛が天皇の立場を慮って何も言い訳せず自決した理由はこれであり、「誰も書かなかったが真の戦争責任者は木戸」である、というのが著者の見解である。
「天皇は建前では万能の存在、事実は側近の操り人形」であり、唯一の側近である内大臣である木戸の狡猾な言動の指摘は納得させるものがあるが、それだからといって「近衛を悲劇の英傑として讃美する」までは賛同し難い。
それよりも、「中国の大国化を実現する為、天皇制を護持させても早期の戦争終結を願ったルーズベルト」と「大統領になっても前任者と対比されるコンプレックスの故に、戦争終結を遅らせても原爆投下により自ら存在を誇示したいトルーマン」の指摘のほうが素直に納得出来た。更に戦争終結のため、東大教授の提案とともに近衛の建言する「天皇の退位の意志表明」が実現されていれば、今日に至るまで【戦争責任が不明確、歴史認識が不足】などと、海外から批判される現状も変化しているであろう、とも思う。


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ryosuke_hara at 16:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

November 22, 2013

慧眼の歴史家

「今まで書かなかったこと」と題した「敗戦時の国際共産党の策謀」「原爆投下に至るルーズベルトとトルーマンの関係」また「近衛文麿と木戸幸一」に関する評論は、説得力に富むものであった。特に「近衛と木戸」の関係の解明は、私に新たな興味を覚醒させるものである。鳥居 民「昭和史を読み解く」を読了。
つくづく「惜しい人を亡くしたものだ」と思う。今春早々に急逝した著者の単行本未収録エッセイ集である(彼は昭和二十年を日付毎に記述しながら、八月十五日まで至らず未完成のまま筆を置いた)。まさに精密緻密な歴史家であった。
彼の歴史文献、特に「日記」への取り組み態度は、感服すべきものである。
《歴史は文献と記録を資料とする。当事者が書き残した「日記」は第一級のそれである。しかし、「日記の記述」は飽くまで記録作成者の「思い」であり、「記述者にとって不都合なことは書かない」また「当人が墓場まで持っていく秘密とすると決意したものは書き残さない」。その両者の違いは、その出来事が起きた当時の周辺の情況から観察判別しなければならない。
「当人にとって枢要な事実であるのに敢て書かなかった事」にこそ、歴史の真実真相がある。、当人の気質性格・信念と当時の周辺社会状況から「何故書かなかったかを推察、その真意を発見・指摘すること」こそ、【歴史の真実の資料】を後世に伝えるべきことであり、それはその時代を共有した研究者でなければ出来ない。世代が経過すれば、「書き残された日記の記述」しか判断の対象とならず、「その様な歴史へのアプローチ」は不可能だからである》と説くのである。 まさに慧眼の歴史家というべきであろう。

今まで書かなかったこと」と題した「敗戦時の国際共産党の策謀」「原爆投下に至るルーズベルトとトルーマンの関係」また「近衛文麿と木戸幸一」に関する評論は、説得力に富むものであった。特に「近衛と木戸」の関係の解明は、私に新たな興味を覚醒させるものであった。


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ryosuke_hara at 08:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

November 15, 2013

叙勲の栄に浴して

皇居に参内拝謁し、本年秋の叙勲の栄を賜わり、帰宅して一息ついて思うこと。
昨年の今頃は病院の集中治療室にいた、よくぞ七十の古希を迎えられた結果である。まずは亡き両親(横浜の義父母には帰途勲章披露)、そして健康面で献身的に支えてくれた妻、更にこの栄誉は地方自治への議員としての貢献に対するものであり、御支援頂いた後援会の皆様あってのものでありそのことへの感謝である。
この叙勲制度は地域経済活性化策の面もあると思う。実際に内示されて以来、この栄誉に浴する為に着用衣服(特に女性)はじめ報告会の開催まで(それらの為に記者発表と同時に数社からカタログの分厚い冊子が送られて来る。東京からは宿泊案内は勿論、衣装着付け、記念写真撮影、お祝い膳の案内まであった)実に多彩な準備をすることとなる。叙勲は一部高齢者にとって最高の冠婚葬祭であり、その為に可能最大の対応をする、これは全国各地の地域経済の刺激策となるに違いないからである。
すべて終えての帰途の新幹線で確認したこと。この景気対策の第一の受益者は東京都である。何故なら毎年二回全国から数千人を超える対象者が参内すべく上京する。宿泊,土産代など東京都の消費経済が最も潤う。その東京都の徴収する税の一部を地方が配分を求めるのは、地方議会の議員の経験から当然のことだと思う。




ryosuke_hara at 17:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

November 11, 2013

日中関係  その

更なる理解を深めるべく藤野 彰著「嫌中時代の中国論」を読了。説く所は「相互の誤解からの脱却」と同一であるが、前の中島のものより共産党支配の実態ヤヌスの両面についても幅広く考察力・説得力に富むものであった
共産党独裁の権威主義体制を堅持する一方、社会主義の看板を掲げながら資本主義化を推進するという、従来は存在しなかった変則的な方策で驚異的な経済成長を達成し、台頭する国、自らの不都合な歴史(列強の帝国主義的簒奪や文化大革命なとど)には「歴史健忘症」であるのに対して、対外的に特に日中関係には「際限なき歴史認識問題」を言求する唯我独尊の中華思想の国への対応策は,複眼で複雑系の中国を捉え、日本は何を基本とするのか立場を明確にし、知力と戦略を駆使し国際世論に訴える姿勢を確立・明確にすることこそ、最悪ともいうべき現況からの「日中関係の仕切り直し」に必要、と説くのである。
広大な領土、膨大な人口、七大方言、多数の異民族、これらは単一の国家として統治可能の限界を超えるものであろう。更に昨今のその矛盾弊害に対して変革改革を求める運動が蔓延する状況は、単一の国家体制よりも、共通言語地域ごとの独立あるいは連邦体制こそ望ましいのではないか?これは余計なお世話か?
知日派の言論人の「中国人はバラバラの砂、日本人は花崗岩、砂は吹き飛ぶだけだが、花崗岩は打ち砕かれ破裂する」という。これに対しては、「日本国歌は細石の巌となるまで」であると返しておこう。


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ryosuke_hara at 17:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

November 05, 2013

対中国理解への反省

私が政治の世界に入った昭和四十年代は、東西冷戦の時代であり同時に東側では中ソが激しく対立していた時代でもあった。特にこの二つの国はお互いの理解者を囲み合うべく激しく対決していた。我が国、特に自民党は所属の議員を振り分けて相互の友好親善を計っていた。私の仕えた石田博英は日ソ友好議連の会長であったが故に、当時から中国は遠い国であった。
最近の日中関係から、より冷静な知識理解が必要と思い、中島 恵著「中国人の誤解 日本人の誤解」を読了した。
日中両国に多数の友人を持つ著者のフィールドワークの集積である。
「中国から見ると、日本人のいざと言う時の団結力は不気味な脅威だ、と思っている」との指摘には、「強引な対外外交を展開、更にそれに対する内部批判を認めない政治姿勢こそ脅威だ」と返しておこう。
ただ、日本との関係で、五月四日、七月七日、八月十五日、九月三日(抗日戦争勝利日)、九月十八日(柳条湖事件)、十二月十三日(南京陥落)への彼等の思いを察するべき、との指摘は正当なものであろう。
台湾に比べて、中国本土への己れの無関心さを反省するのみ。


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ryosuke_hara at 13:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)