December 2013

December 30, 2013

往く年、来る年

いよいよ年の瀬となった。今や「70歳は古来稀なるもの」ではなくなっているが、私にとっては、「古稀の今年は記念すべき年であった」と言えそうだ。昨年末からの永い入院生活から生き延びたお陰で本年秋叙勲の栄を受け、更に年末には50年前に投函した中 勘助さん未亡人宛ての手紙に再会できた。左手のマヒは変わらぬが、体重(20キロ減)も変わらず体調は徐々にではあるが改善されている。
そして2014年の新年を迎える。干支では「甲・午(きのえ・うま)」である(恒例のこれを題材にすることなど、昨年は余裕も無かったのだ)。
「甲」は鎧で,草木の芽がこの鎧の殻から頭を少し出す象形文字であり、「旧体制が破れて、革新の動きが始まる」ことを意味する。
「午」は 上の字画は地表、下の字画は陰が陽を冒して上昇する姿を現す。説文学的には、これを「たづな」即ち馬の轡に結び付けて、馬を御する索(つな)とする。
即ち、「甲乙」の年は、停滞・混迷する時代と決別せんとする時、名人が暴れ馬を御する如く、優れた指導者が出て大いに手腕を振るう年である、と期待されるのである。
かって敗戦の「戦後」、オリンピックを経て「世界の奇跡」と言われた如く経済的繁栄を築いてから四半世紀、阪神淡路や東北の震災の「災後」を経て、再びのオリンピックの開催によって「成熟社会の豊かさの御手本」となるべき出発の年と期待したい。


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ryosuke_hara at 21:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

December 22, 2013

五十年のタイム・カプセル

昨日、「銀の匙」を教材で教育をされた橋本 武先生を偲ぶ会が担当学年共催で開催された。著者である中 勘助さんの記念館(静岡市にある)の関係者も参加され、研究家の小田原短大の木内教授から、先生の著者宛時候挨拶の葉書を披露された。小説の中の明治時代の玩具や菓子などの事を、若かりし頃著者に直接問い合わせた事は、先生から聞いていたが、その現物が保存されていることは初めて知る事実であった。列席者一同そのハプニングに感銘を新たにしたのであった。
私には更なるハプニングがあった。今から48年前の中さんの御葬式に、東京に在学中の私も参列し棺を担わせて頂いた(これは橋本先生の著作で紹介されている)。その1年後未亡人に「銀の匙を教材とした教育を受けた者であり、以来愛読者である故に墓参したく御墓の所在場所をお教え願いたい」との手紙を出したことは、自分だけの思い出であった。その私の手紙が先生のものと同様に、中家から静岡市が創設した記念館に寄贈保存されていたのだ。その現物も披露されたのである。
タイムカプセルは何年か後の自分宛に手紙を書き残す。それはあくまで将来の開封を前提にするものだが、今回のそれは、全くの予想外であり驚愕であった。一気に五十年前の自分に引き戻された感覚である
なによりも、かくの如く読者からの書類をも大切に保存されていたとは、中さんご夫妻のお人柄を偲ばせるものである。改めて良き著者著書と恩師に恵まれた幸せを思う。 


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ryosuke_hara at 16:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

December 16, 2013

行政の実態

「現役キャリア官僚のリアル告発ノベル」との宣伝で購入した、若杉 冽著「原発ホワイトアウト」を読了。
我が国の国家権力の実態は、「政財官の融合体」であり、その実態を支えるのは、表の政治面では政党助成金制度 裏では業界団体特に地域独占企業の総括原価方式による献金・集金システムである。一方、「政」「財」「官」の三竦み状態(グー・チョキ・パーの関係)の実態は、一見最も慇懃な立場に立つ「官僚」が、関連情報の収集に圧倒的力を持ち、その独占によつて「政・財」を掌の上で踊らせている。それは行政の根幹である規制のもとである「法律」が成立するまでの原案作成・法案審査の過程から明白である、と指摘する。
原発の安全基準の現実(集中立地規制の甘さ、対象範囲が原子炉設置場所内に限定、非常時の地域住民避難計画の不備)は、何事にも性善説の楽観論で対応し,「想定外という免罪符」が通用する典型であろう。

時あたかも「特定秘密保護法」の成立過程の混乱の最中での読書であった。
「秘密保護の必要性」には異議はないが、「官僚主導の秘密指定へのチェック」と「一定時間経過後の公開」は、現行の公益通報者保護法の運用の形骸化の実態からしても、必須の原則とすべきであろう。「公開の原則」が「真剣真恣な秘密指定」、「組織の蓑に隠れる為政者の無責任体制」からの脱却に結合するからである。
 

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ryosuke_hara at 07:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

December 08, 2013

「地方税」とは

新聞報道によれば、十月の総務省有識者検討会の「法人事業税(地方税)の一部を国税とし、税収の少ない地方へ再配分する」との答申を受けて、政府は政策決定したようだ。
2008年度の税制改正で「地方税である法人事業税の内、2兆6000億を切り離し、税収の少ない地方自治体に手厚く配分する仕組みとして、地方法人特別税(国税)を導入」したが、「これは抜本的な税制改正までの経過措置」と説明されていた。
今回消費税の税率引き上げが正式決定されてが、経過措置が改善されるどころか、「このアップでも東京が一番得をする」との理由で、地方税である法人住民税も国税として徴収」という追加措置なのである。
確かに、政治・経済ともに一極集中により「東京の独り勝ち」が進行、経費をかけて養育した若者に首都圏に進学・就職・納税・定住される地方は、高齢者ばかりの過疎地域・税収不足となって疲弊するばかりである。この対応策として交付税の地方への重点配分は当然である。
しかし、今回の「住民税を国税とする」のは,いかがなものか。本来、住民税はその地域に居住する住民が自己の利便性の為に負担する地方税である、それを国が召し上げる、というのである。
「霞が関の権限と財源を地方に配分」し、地方の自立を図ることこそ、真の「地方分権」への対応策であろう


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ryosuke_hara at 15:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)