March 2014

March 28, 2014

「開明的な」の実態

半藤一利 保阪正康著「日本海軍と昭和史」を読了。
近年、「小柳資料」なるものの存在が判明した。それは、元海軍軍人が戦後,旧海軍要職者たちから行った聞き取り資料で、仲間内の気安さからマスコミに公式には語らなかった各個人の本音なり自己擁護の虚偽弁明である。これを昭和史軍国史の歴史探偵を自任する二人がその虚実をコメントしたものである。
通説では、「陸軍」には「鈍重な」、「海軍」には「開明な」というイメージであるが、実態は「狡猾な」海軍であったことを指摘していく。
昭和の戦争は日中ノモンハン事変など陸軍の戦争、太平洋戦争は、基本的に海軍の戦争 海軍が「戦えない」と言えば、避けられた。
太平洋戦争の引き金となった南部仏印進駐が、連合艦隊などの現場の意見も聞かず海軍中央が決めたこと、人事や権限を巡る暗闘は、軍縮条約交渉や日独伊三国同盟などの重要局面のたびに繰り返された。海軍善玉論が、いかに根拠がないか浮き彫りにする。
また外務省が 対米和平交渉にいかに消極的であったか、その最大の表れは,開戦通告の遅れである。この責任はもっと指摘追求されるべきであろう。
「手術をすれば非常な危険はあるが、助かる望みはないではない。このままの状態では段々衰弱してしまう虞れがある。だから今手術するべき」として、国家を戦争に踏み切らせた陸海軍部であった。国と個人は別。国は助かる望みが充分でなければ手術・戦争はしてはならない。


バナー

クリックよろしくおねがいします。


ryosuke_hara at 18:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

March 23, 2014

「センセイと呼ばれるほどの・・・」

私は現職引退声明後、公の会合には出席せぬようにしていた、特に大病を患って以来、夜の会合は避けてきた。先日永く私の後援会役員として ご支援頂いた大恩ある方の米寿の祝いの会が開催され.この方への感謝の気持ちを表明したく、会場となった三宮の中華料理店に三年ぶりに出向いた。その際の挨拶は上手く言えたか自信ないが,その意のあるところは伝えられたのではないかと自己満足している。
その際、感じさせられたこと。
地方政治に係わる議員に対しての呼び掛けのコトバには、「○○先生」が通常である。
このお祝いの会で、久方ぶりに大勢の出席者から「先生」と呼び掛けられた。その口ぶりにその方の本心が垣間見られたような気がした。呼びかけの「センセイ」という言葉には、敬意なり親近感を伴った「センセイ」と、無難な呼びかけとしながらも人を小馬鹿にしたようなニュアンスの「センセィ」との二種類である。
その微妙な相違を現役の時には感じず、一応に自分に都合よく受け止めていたのではなかったか、これからの人生、今後とも永くお付き合いする相手とそうでない相手を慎重に選別すべきと思った。
政治家を安易に「先生」と呼ぶ日本人の気質、また「先生と呼ばれてその気になっている政治家」は同一局面の両面であろう。
誰が言ったか「先生と呼ばれるほどのバカでなし」と。



バナー

クリックよろしくおねがいします。


ryosuke_hara at 08:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

March 14, 2014

現場の声

初代日ソ友好議員連盟会長であった石田博英先生の外交関係秘書として、ブレジネフ体制下のモスクワには(田中総理がブ書記長に領土問題で「ダー」と言わせた会談の先行交渉として)度々随行した経験上、また現在安倍総理とプーチン大統領の在任中に領土問題を含む日ソ平和条約締結の可能性が高まっている故に、題名に魅かれて本田良一著「日ロ現場史」を読了。
北海道新聞の夕刊特集である。 その「二つの現場」とは「北方領土を抱える根室地域とその周辺の海の現場」と「領土交渉の現場」である。東北大震災により、原子力の安全神話は崩壊した。領土問題でも日ロ双方に自国の主張を正当化する為に事実の一部を強調した神話がある。二つの現場で、何が起きていたのかその経過を検証したものである。
日ロ双方ともに、【その気になった時】があった。しなしボタンの掛け違いや一部の頑迷固陋な(両国外務省の官僚は、この問題が解決すれば自分達の仕事が無くなる、と考えているかと思わせるほどである代表格である)勢力により、未解決のまま放置されている。
本文末の【納沙布岬から見える海は「対立の海」であり、「銃撃の海」でもあり、貝殻当のコンブ漁に象徴される「平和の海」でもある。そこには「生活・暮らし」がある。領土問題未解決であることによって苦しむ多くの人がいる】との記述は、これが「現場」の切実な希望であろう。
更に、北方領土は我が国固有のものでありその地を故郷としている人が存在する。一方これだけ期間を経過すれば、かの地を故郷とするロシア人も存在しその数は年代を経て増加することとなる。長引けば長引くほど、この問題では相手国に有利となるであろう。
我が国の潜在的施政権さえ認められるなら、プーチンの言う「引き分け」、「残余は後世の知恵に任せる」で決着をつけ、一歩前進すること、決断すべき時は迫っていると思う。


バナー

クリックよろしくおねがいします。


ryosuke_hara at 09:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

March 09, 2014

最後の挨拶

昨八日 私の叙勲祝賀会が開催された。関係各位に御礼申し上げる。そこでの私の謝辞挨拶は、大勢の皆さんの前でお話しする最後のものであろう。そのせいか、割合好評であった。「その挨拶要旨ヲブログに」との要請あり。以下の如きものであった。

今回の叙勲は 地方自治 県会議員 当選させて頂いた有権者の御蔭。ポスターは公営掲示板だけにしか貼らない というような選挙だが 常に最高点で当選。その結果、叙勲の栄に浴した。これは自分の自慢を申しているのではありません。「その政治家をみればその支持者の程度が分かる。その支持者を観ればその政治家の程度が分かる」と言われてきた。「私がいかに素晴らしい支持者に支えていただいていたか」を言いたい。今改めて感謝。
 日本人の先人の知恵の象徴、伊勢神宮の式年遷宮。内宮外宮のみならず伊勢神宮全体が新しくなる。五十鈴川にかかる橋、宝物殿 さらに中の全ての宝物を作り直す。それが何故二十年毎なのか、親の世代からこの世代への技能技術の継承の確認。古いものに新しい工夫を加えて改善、世界に誇るべき日本の特徴
戦後からの復興 これが日本国歌第一次の試練。それがオリンピックの開催によって 敗戦国から国際社会の一員に復帰、これを契機に経済成長、世界で枢要な地位へと飛躍、 この「昭和の大事業」の本当の担い手は大正生まれの人々。
東北の災害からの復興が 現下最大の政治課題。国家第二の試練。六年後オリンピック決定 このイベントを契機に再び日本を飛躍させられるか」この飛躍は単なる経済成長だけでなく「成熟社会の在り方の御手本」となることを目標とすべき、それが国際社会の日本の使命、この「平成の大事業の担い手は昭和後期生まれの人々」 それは私の次の世代の役割 世代交代が必要 辞意表明の真意
引退後の我が人生の生き方 夕焼けの美しさ お別れの挨拶 光り輝く美しき夕日は次の日の晴天に繋がる。ブログで発信していきたい。そのような晩年としたい。


バナー

クリックよろしくおねがいします。


ryosuke_hara at 09:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

March 01, 2014

歴史の転換期

ブログの間隔が空いてしまった。
主治医と妻の「叙勲祝賀会を控えて、万全の態勢で臨むべし」との命令?と「昔の貴男は2000ccのフル稼働の車だとすれば、今は1300ccのエンジンしかない、自覚しなさい」には抵抗出来ず、検査入院していたのである。
その間、野口武彦著(異形の維新史)を読了。
通常は、国家社会と個々人の生活との間に大きな乖離はない。国家社会の大きな変わり目では、二度と恢復出来ない状態が出現する。歴史の転換点、革命期は「大状況」と「小状況」の乖離が発生する。
革命期には、今まで社会を支配してきたあらゆる権力が弱まり、上から下にずり落ち、反対に下位にあった者が上位に成り替わる。「小石が浮かんで木の葉が沈む世の中」となり、名状し難い混沌、無秩序、滅茶苦茶、天真爛漫、胡散臭さ、挙動不審が続出するのである。
明治維新は、まさに革命であり、世を挙げての下剋上、徳川の権勢は地に落ち,朝廷に権力権威が急上昇「葵が枯れて菊が栄える」のである。
朝廷側の岩倉具視や三条実美に知謀や術数なら余るほどあるが、自前の兵力戦力は皆無。薩摩や長州の兵力には遠慮もあり、あくまで自前の武力勢力が欲しい。そこで徳川期では被支配者であったアウトロー集団を社会の突如の液状化に伴って浮上させて、自前の鉄砲玉として使う手に出た。被支配者が逆に支配者の側に転換したのだから たちまち舞い上がってしまう。そこに悲劇喜劇が出現した。
それを七つの物語にした読み物である。面白かった。


バナー

クリックよろしくおねがいします。


ryosuke_hara at 17:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)